【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

王都の市祭り

 翌日、私たちは街へと繰り出していた。私は髪を後ろで一つに結んで赤い髪留めを付け、服はちょっと裕福な平民が着るような赤みの強い黄色のワンピース姿だった。ギルは茶を基調とした騎士服っぽい感じの服と革の編み上げ靴。王都では割とよく見かける若夫婦という感じに収まったと思う。出かけ際にジークベルト殿がよく似合っているとほめてくれたのだけど、ギルはうんざりした顔でうるせぇとぼやいていたわ。そんな言い方はないと思うのだけど。最近ギルの口が一層悪くなった気がする。

「うわぁ」

 久しぶりの王都の市。来るのは何年ぶりかしら。最後に行ったのは戦争が始まる少し前だから、六年? 七年ぶりかしらね。あの頃とは会場となる場所も街の様相も変わったけれど、露店がずらりと並び、気を付けないと人波に攫われてしまいそうなほど人が多い。王城に突入したのは二月ほど前になる。あの頃は人の姿もまばらで露店なんか一つも見なかったけれど、随分と賑やかになったのね。それだけで心が弾んでくるわ。

「ほら」
「え?」
「これだけ人が多いとはぐれるだろ」
「そ、そうね」

 そう言って手を繋がれた。見上げると赤い瞳が目じりを下げて柔らかく見下ろしてくる。明るい外では瞳の赤さがはっきりわかる。綺麗な色よね。血の色だと蔑む人もいるけれど私は大好き。それに、鍛えているから着崩していても様になるわ。

「おい、そんな可愛い顔してあんま見るな。襲うぞ」
「な……」

 か、可愛いって……いえ、それよりも襲うって、こんな公衆の中で何言っているのよ! かっこいいと思ったけれど前言撤回だわ。そっぽを向いたけれど笑いを押し殺す声が聞こえる。揶揄ったのね、もう!

「さぁて、何から食うかな」
「……さっき朝食を食べたばかりでしょ?」

 あれだけ食べたのにまだ食べるの? 見ているだけで胸焼けしそうな量だったけど。

「こんだけいい匂いしていたら腹も減るだろ? 食える時に食っておく癖がついているからな。上手そうな匂いを嗅いだだけで腹が減るんだ」

 言っていることが野生動物だわ。そりゃあ、戦場では次にいつ食べられるかわからない毎日だったけど。

「お腹壊さない程度にね」
「わかっているって。まずはあの店だな。一番美味そうな匂いがしている」

 そう言って少し離れた露店を指さした。既に十人くらいが並んでいるその店は、ガルマ牛の串焼きと書かれているわ。王都ではよくある人気の肉だけど、ダーミッシュではあまり見たことがなかったわね。二人で手を繋いでその列に並んだ。こんな風に気を負わずに彼と外を歩けるなんて夢みたいだわ。串焼きを買い、水筒にエールを詰めて貰う。その後三軒の店で魚の丸焼きや茹でた腸詰肉、鶏肉の香草焼きを買い、噴水広場にあるベンチを陣取った。人混みから離れると秋の風が吹き抜ける。ちょっと脂っこい臭いが鼻についたから気持ちがいいわ。

「はぁ~美味ぇな。飯とエールは美味いし天気はいいし可愛いお前さんは横にいるし」

 串焼きを手にギルがエールを飲み干すとしみじみとそう言った。

「何よ、いきなり」
「幸せを実感していたんだよ。お前さんと一緒になるのは無理だと思っていたからな」

 そんな風に言われて、前に王都にいた時のことを思い出した。そうね、あの頃は一方的に約束を反故にされて、他の人と婚約したと言われて、もう二度と会うことはないと思っていたわ。それを思うと、こうして共にいるのが不思議な感じがする。

「ありがとう。諦めずにいてくれて」
「なんだ、急に?」

 怪訝そうに顔を覗き込んできたけれど、後ろめたくて直視出来なかった。だって……

「私は、諦めていたから。ギルが会いに来てくれなかったら、今ここにはいなかったもの」

 私から彼に会いに行く勇気はなかった。王都には理由があったしおじ様が一緒だったから行けたけれど、ザウアーに向かったと言われてホッとしたし追いかけようとは思わなかったから。

「お前さんは王都に来てくれた。それって俺のこと、少しは気にしてくれたからだろ?」
「それは、まぁ」

 ギルがいなかったら……私はどうしたかしら? ネーメルの毒のことはあったけれど、結局行かなかったような……気がする。いえ、それもわからないわね。仮定の話をしても意味はないわ。

「こうして一緒にいるんだ。それで十分だ。そうだろう?」
「そうね。これからはずっと一緒ね」

 そう答えると大きな手が伸びてきて頭を撫でてくれた。そうされるのが好きだと知ってからはよく私の頭を撫でてくれる。その優しい手つきになんだか泣きたくなった。のだけど……

「どうした?」

 私が知りたいわ。どうしたのかしら? 気持ち悪いわ……特に香草焼きの臭いが……

「ギル、ちょっと離れて……」
「は? たった今ずっと一緒だと言っただろうが?」
「そうなんだけど……」

 一緒にいる気持ちは変わらないけれど、その香草焼きはどこかにやってほしい。

「気持ち、悪い……」
「は?」
「その、香草焼き、が……」
「こ、これか? まさか毒か?」

 ギルが慌てて立ち上がって私の前に立った。お陰で余計に臭いが風で……

「ギルベルト様、どうされました?」

 どこからかギルの部下がこちらに向かって走ってくるのが見えた。やっぱり近くにいたのね。いるとは思ったけれど……

「誰か、医者を! 医者を呼んでくれ!!」

 ギルが叫ぶと部下が慌てて踵を返し、来た道を駆けていった。



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