【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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足手まとい

「さ、ギルベルト様、ここで我らに身を預けるか、死ぬか、どちらかを選んでいただきます」

 慇懃にそう告げるジェイ殿は温かみの欠片もない笑みを浮かべていた。青白い夜闇の下ではいっそ非情にすら見える。秀麗な顔立ちが一層そう見せているのでしょうね。

「はっ、どっちもお断りだ」

 吐き捨てるようなギルベルト殿の口調はいっそ挑発的にすら聞こえた。実戦経験ではジェイ殿の比じゃないけれど……

「足手まといを庇っていては私には勝てませんよ」
「ははっ、大きく出たなぁ」

 それはまるで子どもを相手にするような口調だった。実際、一対一ならジェイ殿に勝ち目はないわ。だけど私を守りながら戦うのは簡単じゃない。武芸に関してはからっきしな私では援護の一つも出来ない。悔しいけれど彼の言う通りだった。

「ベル、大人しくしてろよ」

 その声とともに背中にあった温もりが消えた。軽々とギルベルト殿が馬から降りて私と彼らの間に立ち、剣を抜く。

「ジェイ! やめて! ギルベルト様に手を出さないで!!」

 アンネマリー嬢がギルベルト殿を庇うように両手を広げて私たちとジェイ殿の間に立った。

「アンネマリー様、どうかお退きください。これはあなた様のため、そしてマルトリッツ家のためでもあるのです」
「で、でも……」
「誰か、アンネマリー様を頼む! 賊を捕らえろ!!」

 号令と共にジェイ殿が剣を抜き、こちらに向かってきたけれど、アンネマリー嬢は尚もギルベルト殿を庇うように彼の前に立ったままだった。

「どいて下さい、アンネマリー様!」
「やめて、ジェイ! お願いだから!!」
「どきなさい、アンネマリー様!! 誰か、アンネマリー様を!!」

 テントに向かってそう叫んだジェイ殿だったけれど、誰一人としてテントから出てくる者はいなかった。

「な!! どうした!? 何をしている!? なっ……!?」

 叫びながらジェイ殿の身体が振れ、剣を支えに膝を付いた。

「……な、なに、を……」
「ジェイ?」

 思うように身体が動かないのか、ジェイ殿がうめき声を上げ、異変を感じ取ったアンネマリー嬢が慌てて駆け寄った。

「ジェイ、どうしたの?」

 裏切ったはずのジェイ殿をアンネマリー嬢は躊躇なく気遣った。長い付き合いだと、十歳くらいからの付き合いだと誰かが言っていたから、護衛というよりも兄妹のような家族のような存在なのかもしれない。

「ははっ、ちゃんと効いたみたいだな」

 悪戯が成功した子供のような声を上げたのはギルベルト殿だった。もう勝負は決したと判断したのか馬に乗り上げた。背中に戻って来た温もりに安堵が込み上げる。

「な、何を、した?」
「お前さんが足手まといだと言った相手は戦力だったってことだ」

 まるで自分の功のようにギルベルト殿が自慢げに答えた。

「ど、どういう、意味だ……」
「簡単なこった。虫除けの薬、あれに痺れ薬と眠り薬を仕込んでおいたのさ。この薬師の君がな」

 そう言って頭をまた撫でられた。表情は見えないけれど声はやけに嬉しそうね。一方のジェイ殿は信じられないものを見るように私を見上げていた。アンネマリー嬢は忌々しそうな表情で睨みつけている。想い人の側に侍り、自分の部下に一服盛った私を許せないでしょうね。

「心配は無用です。量が少なかったので効果は長く続かないでしょう。後遺症の心配もありません。でも、無理に動くと関節などに無理がかかって後で困ることになるかもしれません。薬が抜けるまでは、そうですね……二つの薬を使っているので、少なくとも二刻は安静にした方がよろしいかと」

 一応薬師なので薬の効果は説明しておく。無理をして怪我なんかされて、それを私のせいだと言われても困るし。まぁ、半刻もすれば薬の効果は抜けそうだけど、多めに言っておこう。足止めになるかもしれないし。

「あ、あなた! そういう問題じゃないでしょう!?」
「そうは仰いますが、私たちだってここで捕らえられたり殺されたりするわけにはいきませんから」

 そう言うとアンネマリー嬢が言葉を詰まらせた。たった今腹心の部下がギルベルト殿を害するとはっきり言ったばかりだものね。

「ははっ、そういうわけだから。じゃぁな!」
「そんな!! ギルベルト様っ!!」

 アンネマリー嬢の悲鳴にも似た呼びかけを無視してギルベルト殿は馬に鞭を振り下ろした。馬が蹄を鳴らして夜闇の中を走り始める。暗いから速度を上げられないけれど、薬が切れる前に出来るだけ遠くに行きたい。逸る心を抑えながら私たちは僅かな月明かりを頼りに森を進んだ。

「思った以上に上手くいったな」
「そうですね」

 正直、こんなにもあっさり彼らから離れられるとは思わなかった。薬がどれくらい効くかは賭けだったから。

「しっかし、怖ぇなぁ、お前さんも。剣も槍も使わずにあいつらを無力化しちまうんだから」
「緊急時だからです。普段はあんなことしませんよ」

 人でなしのように言うのはやめてほしいわ。薬だってこんな邪道とも言える使い方なんかしたくないわよ。だけど背に腹は代えられないから仕方なしにやっているんだから。

「まぁ、でも助かった。さすがに顔見知りを切るのは目覚めが悪ぃからなぁ」
「そう、ですね」

 しみじみと実感を込めてギルベルト殿が言ったけれど、否定はしないわ。散々嫌がらせもされたけれど、だからといって不幸になればいいとは思わない。まぁ、彼女がこれまでにやった嫌がらせと同じくらい痛い目に遭えばいいとは思うけれど。

「ルチアたちは……大丈夫でしょうか?」
「何ともいえねぇが、カミルらがマルトリッツ家の騎士に後れを取るとは思えねぇ。大丈夫だろう」
「そう、ですよね」

 今はその言葉に縋りたかった。カミルさんたちはギルベルト殿と共に戦っていたべ精鋭だし、ドルフさんたちも訓練されているという。きっと大丈夫よね。

「これ以上の厄介事はごめんだ。先を急ごう」
「はい」

 いつのまにか周りは下草の少ないなだらかな平地になっていた。木々も互いの距離を保つように生えていて、野営していたところよりもずっと明るく感じた。これなら馬たちも走りやすいわね。ダーミッシュ領に入るまではこんな地形が続いてくれと祈った。



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