【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第二部

職場の変化

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 それから一週間が経った。

「ローズちゃんの淹れるお茶は美味しいねぇ」
「ありがとうございます」
「イゾルテや、手が止まっているぞ」
「は、はいっ」

 ここは薬草の加工室。あの後院長先生の指示でイゾルテさんが私に出した指示書の調査が行われ、その結果彼女の処方に問題があることがはっきりした。もっともその原因は彼女の師匠にあって、彼はより効き目の強い薬を処方することで患者が早く治ると信じていて、副作用のことは全くと言っていいほど考慮していなかったのだ。

 彼がそんな風になったのは戦時中、母親と妹を流行り病で亡くしたせいだと院長先生が仰った。十分な薬草がなくて気休め程度の薬しか飲ませることが出来ず、そのせいで二人とも亡くなったとか。それからは強迫的に強い薬を求めるようになったらしい。

 そんな彼の思い込みは一年前に大きな騒ぎを起こした。立て続けに副作用で患者の容態を悪化させて大問題になったのだ。彼の考えは極端過ぎると糾弾されて懲戒解雇となり、その後程なくして戦闘に巻き込まれて亡くなったという。

師の早過ぎる死は彼を尊敬していたイゾルテさんにとって大変なショックで、彼女はその志を受け継ぐのは自分の使命だと思い込み、師が遺した処方を頑なに守り続けた。そこにぽっと出の私に指摘され、彼女は自分だけでなく師も侮辱されたと受け取り、強い敵愾心を抱くようになったという。

 本来ならイゾルテさんも懲戒解雇になる予定だったけれど、代わりの薬師が見つかりそうもなく、また本人も辞めたくない、心を入れ替えて学び直したいと懇願したため、院長の監視の下で再スタートすることになって今に至る。実際、多くの薬師がそれぞれの故郷に帰った今は薬師不足が深刻で、薬師がいない治療院もあるらしい。

院長先生は利き手に麻痺があって調合が出来ないから、イゾルテさんは院長先生に命じられるまま薬草の下処理などの雑務に追われている。まぁ、私が面倒を見るのは何か違うし、向こうもそんなことは望まないからいいんじゃないかと思う。院長先生はずっとこの加工室に入り浸っているのでイゾルテさんは一息つく間もないほど忙しそうだ。

「ローズさん、心臓の薬をお願い出来るか?」

 お茶を飲んでいるところに気まずそうにやってきたのはデニスさんだった。調査結果が出た後で彼は謝りに来て、今ではさん付けの上言葉遣いも随分変わった。他の職員もそうで、薬師の塔の出という肩書は思った以上に大きかった。

「出来ますが……どのような方でしょうか?」
「ああ、この人なんだけど……」

 デニスさんが患者の既往歴や体質の説明を始めた。同じ薬でも相手によって使う薬草や量が変わってくる。他に飲んでいる薬があるかも重要だし。

「以前はどんな薬を?」
「前にモゼを使ったものを飲んで貰ったんだが、あまり効かなかったようで……」
「だったらグナンを使ったものはいかがでしょう? むくみがあるならこっちの方が効くかと」
「そうだな。じゃ、それを頼む」

 そう言うとデニスさんは診察室に戻った。イゾルテさんが患者を椅子に案内している間に調合に入る。グナンとモボル、バーシャとソショの壺を取り出す。体型や年齢なども合わせて配合も微妙に変わるけれど、初めて飲むなら基本となる配合から始めて、様子を見ながら配合を変えていくしかない。混ぜ合わせた薬をサザロの葉に一回分ずつに分けて包む。

「これを一包、朝晩、食後に飲んで下さい。お酒は飲んじゃダメですよ。効き過ぎて心臓が止まることもありますから」
「ああ、ありがとうよ」
「飲み忘れたからって二回分飲むのもダメですからね」
「はいはい、わかってるよ」

 付き添いの孫らしい女の子にも注意事項を伝える。平民は字が読めないから紙に書いて出すことも出来ないので、家族が一緒に来てくれるのはありがたい。

「薬が切れた頃にまた来てください。気分が悪くなったとかいつもと違った感じがしたら飲むのを止めて、直ぐに先生に診てもらって下さいね」
「はいはい、わかったよ」
「ありがとうございます」

 頭を下げると孫らしい少女は老婦人を守るように寄り添って帰っていった。その姿に在りし日の祖母を思い出した。あの頃は祖母が守ってくれたから幸せでいられたわね。家族はどうしているかしら? 問題を起こしていなければいいのだけど……

「ローズの調合は見事だねぇ」

 患者が帰った後、院長先生がカップを手ににこにこと笑顔でこちらを見ている。

「そうでしょうか。まだまだ見習いレベルですよ」
「いやいや、それだけの知識と技術があれば十分だよ。まぁ、薬師の塔は専門家の集団だから、あの中にいれば見習いレベルだろうけどね」

 確かに塔は薬師の最高峰だし、専門家しかいなかったからレベルは高かった。あの中では父だって青二才扱いされていたわね。

「ああ、休憩にしようか。イゾルテも少し休みなさい。ローズちゃん、お茶を淹れてくれんかね」
「普通のお茶でいいのなら」
「ははっ、よろしく頼むよ」

 院長先生の要望に応えてお湯を沸かし、お茶の準備をする。イゾルテさんも手を止めて院長先生がいるテーブルのところにやってきて少し離れた場所に腰を下ろした。気まずそうだけどそれも彼女の罰なのだとか。突っ掛かって来なくなったし、間違った処方で患者を害する可能性が減ったからそれでいい。副作用の危険性を理解して二度と同じことをしなければ、だけど。

「どうぞ」

 お茶を注いだカップをそれぞれのテーブルに配っていく。イゾルテさんの分を置いたところで堅い靴音がこちらに向かってくるのを耳が拾った。急患かしら? 顔を見合わせている間に音は近付いてきて、次の瞬間、扉が乱暴に開け放たれた。

「ベルちゃん!! 頼む!! 一緒に来てくれ!!」

 懐かしい声が懐かしい名を呼んだ。



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