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第二部
敵前逃亡?◆
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渋るカミルから昨夜の真相を聞き出した。予想通り薬で眠らせてベッドに運び、服を脱がせてそれらしく見せたのだと白状した。あいつの服を脱がせたのか? 一瞬で怒りが膨れ上がって蹴り殺そうかと思ったが、そっちは女の使用人に頼んで見ていないと言う。だったらいいが。いや、よくはないが。
もっとも、予想外に薬が効き過ぎて二人とも寝落ちし、奴の予想通りにはいかなかったらしい。詰めの甘い奴だ。まぁ、俺は子どもの頃から薬に慣らされていて普通の量じゃ効かねぇし、ベルも薬師だからか何なのか効きが悪かったらしく、二人揃って効いてなさそうだと量を増やしたのが裏目に出たらしい。
まぁ、寝落ちしなかったら俺はさっさとその場を去っただろう。あいつを巻き込みたくねぇし、そもそもこんな卑怯な手を使って手に入れたいとは思わねぇ。こういうことは正々堂々とやらなきゃ意味ねぇだろうが。いや、ちょっと惜しかったなとは思わなくもないが。いや、これでいいんだ。下手に関わると未練が残るし、これ以上あいつに辛い思いをさせたくねぇ。
「ギル、エーデルに行くならフランクを連れていけ」
「フランク? いいのか? あいつがいないと兄貴は……」
フランクは俺のカミルみたいな存在だ。武に特化したカミルと違って文官肌で兄貴の政務を支えている大事な存在だ。分家の子爵家の出で、兄貴がエーデルに留学していた時も同行していた。少々真面目過ぎるのが難点だが、頭は切れるし法律にも明るい。兄貴の側を離れたら兄貴を支える手が減っちまう。
「構わない。それにフランクはベルヴァルト侯爵と面識がある。彼を尋ねるなら一緒の方がいいだろう」
いいのか? ちらっと兄貴の後ろに控えるフランクに目をやると不本意そうな表情ながらも頷いた。こいつと一緒かよ。性格が合わねぇからちょっと、いや、かなり気が滅入るが、ベルヴァルト侯爵と知り合いなら話が早くて助かる。それに法律に詳しい奴がいてくれるのもありがてぇ。俺はそっちの方はからっきしだからな。
「恩に着る。何かあっても奴は必ず兄貴の元に帰すから」
「お前も一緒に戻るんだ。急がなくてもいい。時間が経っても構わない」
気付いていたのか、俺が二度と戻る気がねぇと。いや、何年か経って落ち着いたら様子を見に帰ってくるくらいはしようかと思っていたが。
「必ず戻ってくるんだ。そうでなければ許可は出来ん」
「……わかったよ。必ず戻る」
「生きてだ。話し合いが決裂しようとエーデルも敵に回そうと構わない」
おいおい、何言ってるんだよ。そんな状況になっておめおめと戻って来れるかよ。
「それじゃ、俺が行く意味がなくなるんだが……」
「お前は弟を犠牲にして幸せになれるのか?」
真剣な表情でそう問われて……反論出来なかった。弟を犠牲に……そんなこと許せるか……って、そうだな、兄貴の言う通りだ。そんなことになったら一生後悔するだろうな。それもまた親不孝兄貴不幸かもしれねぇ。
「わかったよ。ちゃんと生きて帰る」
「約束だぞ」
「ああ、俺の名にかけて約束する」
そう答えると兄貴の表情が緩んだ。ったく、食えねぇな。情などなさそうな顔してるくせに愛妻家で子煩悩で弟思いのいい兄貴なんだから。
「それと……」
そこまで言いかけて俺を見た。何だよ、まだあるのか?
「話は変わるが、ローズ嬢には何と言って行くつもりだ?」
「は? 特に何も言う気はねぇけど」
何であいつの話になるんだよ。俺たちの間には何もなかったんだ、もう関係ねぇだろうが。余計なことを知らせる必要はねぇよ。知ればあいつに余計な心配をかけることになる。あいつは俺のことなんか気にせずに生きて行けばいい。だったら何も言わない方が一番だろう。
「彼女の後見はどうするんだ? 何も言わずに行っては彼女も困惑するのではないか? この家から籍を抜けば彼女を守ることは出来なくなるぞ」
はぁ? どうしてそうなるんだ……
「そこは兄貴が……」
「俺が後見になると伝えて、彼女は納得するのか? 辞退すると思うが?」
何とかしてくれる……気、ねぇな、この顔は。
「俺は弟に全てを背負わせる気はないぞ」
「……わかったと言ったくせに……」
「除籍するとは一言も言ってないが?」
やられた……ったく、いい性格してやがるぜ。最初から除籍する気なかっただろ。まぁ、俺が兄貴だったら同じようにしたかもしれねぇが。
「それに敵前逃亡するつもりなのか?」
「はぁ? 何言って……」
「怖いのか?」
「…………は?」
何言ってんだ、俺に怖いものなんて……
「彼女に拒絶されるのが怖いか? わかった風なことを言っているが告白する勇気がないだけじゃないのか?」
「はぁあ!?」
何言ってやがる。別に怖くなんか……俺が何も言わないのはあいつのためを思ってのことで……
「さっさと告白したらどうだ? 指輪まで渡しておいて」
「何で、それを……」
カミルを見下ろすとわざとらしく目を逸らしやがった。こいつ……余計なことを……
「まったく、戦場で鬼と恐れられたくせに好いた女を前に敵前逃亡とはなぁ」
「左様でございますね」
兄貴にフランクがしみじみと応えている。くそっ、こいつら……
「確かに彼女は元の婚約者を忘れていないかもしれないが、先のことはわからないだろう? 全く、ホロホロ鳥まで捧げるくらいなら早く告白して来るんだな」
「…………」
何でそんなことまで……
「ああ、一度断られたからって尻尾を撒いて逃げて来るなよ。俺だって妻には三度告白して断られたが、それでも必死にアピールしたんだ。本気ならそれくらい容易いだろう?」
しつこくて怖ぇえわ。笑顔で言うことかよ。まぁ、だけど兄貴んとこは羨ましいと思えるくらいには夫婦仲も親子の仲もいいけど。
「いい報告を待つ」
それはエーデルのことでいいんだよな? 俺の色恋沙汰なんざ今は重要じゃねぇだろう。
もっとも、予想外に薬が効き過ぎて二人とも寝落ちし、奴の予想通りにはいかなかったらしい。詰めの甘い奴だ。まぁ、俺は子どもの頃から薬に慣らされていて普通の量じゃ効かねぇし、ベルも薬師だからか何なのか効きが悪かったらしく、二人揃って効いてなさそうだと量を増やしたのが裏目に出たらしい。
まぁ、寝落ちしなかったら俺はさっさとその場を去っただろう。あいつを巻き込みたくねぇし、そもそもこんな卑怯な手を使って手に入れたいとは思わねぇ。こういうことは正々堂々とやらなきゃ意味ねぇだろうが。いや、ちょっと惜しかったなとは思わなくもないが。いや、これでいいんだ。下手に関わると未練が残るし、これ以上あいつに辛い思いをさせたくねぇ。
「ギル、エーデルに行くならフランクを連れていけ」
「フランク? いいのか? あいつがいないと兄貴は……」
フランクは俺のカミルみたいな存在だ。武に特化したカミルと違って文官肌で兄貴の政務を支えている大事な存在だ。分家の子爵家の出で、兄貴がエーデルに留学していた時も同行していた。少々真面目過ぎるのが難点だが、頭は切れるし法律にも明るい。兄貴の側を離れたら兄貴を支える手が減っちまう。
「構わない。それにフランクはベルヴァルト侯爵と面識がある。彼を尋ねるなら一緒の方がいいだろう」
いいのか? ちらっと兄貴の後ろに控えるフランクに目をやると不本意そうな表情ながらも頷いた。こいつと一緒かよ。性格が合わねぇからちょっと、いや、かなり気が滅入るが、ベルヴァルト侯爵と知り合いなら話が早くて助かる。それに法律に詳しい奴がいてくれるのもありがてぇ。俺はそっちの方はからっきしだからな。
「恩に着る。何かあっても奴は必ず兄貴の元に帰すから」
「お前も一緒に戻るんだ。急がなくてもいい。時間が経っても構わない」
気付いていたのか、俺が二度と戻る気がねぇと。いや、何年か経って落ち着いたら様子を見に帰ってくるくらいはしようかと思っていたが。
「必ず戻ってくるんだ。そうでなければ許可は出来ん」
「……わかったよ。必ず戻る」
「生きてだ。話し合いが決裂しようとエーデルも敵に回そうと構わない」
おいおい、何言ってるんだよ。そんな状況になっておめおめと戻って来れるかよ。
「それじゃ、俺が行く意味がなくなるんだが……」
「お前は弟を犠牲にして幸せになれるのか?」
真剣な表情でそう問われて……反論出来なかった。弟を犠牲に……そんなこと許せるか……って、そうだな、兄貴の言う通りだ。そんなことになったら一生後悔するだろうな。それもまた親不孝兄貴不幸かもしれねぇ。
「わかったよ。ちゃんと生きて帰る」
「約束だぞ」
「ああ、俺の名にかけて約束する」
そう答えると兄貴の表情が緩んだ。ったく、食えねぇな。情などなさそうな顔してるくせに愛妻家で子煩悩で弟思いのいい兄貴なんだから。
「それと……」
そこまで言いかけて俺を見た。何だよ、まだあるのか?
「話は変わるが、ローズ嬢には何と言って行くつもりだ?」
「は? 特に何も言う気はねぇけど」
何であいつの話になるんだよ。俺たちの間には何もなかったんだ、もう関係ねぇだろうが。余計なことを知らせる必要はねぇよ。知ればあいつに余計な心配をかけることになる。あいつは俺のことなんか気にせずに生きて行けばいい。だったら何も言わない方が一番だろう。
「彼女の後見はどうするんだ? 何も言わずに行っては彼女も困惑するのではないか? この家から籍を抜けば彼女を守ることは出来なくなるぞ」
はぁ? どうしてそうなるんだ……
「そこは兄貴が……」
「俺が後見になると伝えて、彼女は納得するのか? 辞退すると思うが?」
何とかしてくれる……気、ねぇな、この顔は。
「俺は弟に全てを背負わせる気はないぞ」
「……わかったと言ったくせに……」
「除籍するとは一言も言ってないが?」
やられた……ったく、いい性格してやがるぜ。最初から除籍する気なかっただろ。まぁ、俺が兄貴だったら同じようにしたかもしれねぇが。
「それに敵前逃亡するつもりなのか?」
「はぁ? 何言って……」
「怖いのか?」
「…………は?」
何言ってんだ、俺に怖いものなんて……
「彼女に拒絶されるのが怖いか? わかった風なことを言っているが告白する勇気がないだけじゃないのか?」
「はぁあ!?」
何言ってやがる。別に怖くなんか……俺が何も言わないのはあいつのためを思ってのことで……
「さっさと告白したらどうだ? 指輪まで渡しておいて」
「何で、それを……」
カミルを見下ろすとわざとらしく目を逸らしやがった。こいつ……余計なことを……
「まったく、戦場で鬼と恐れられたくせに好いた女を前に敵前逃亡とはなぁ」
「左様でございますね」
兄貴にフランクがしみじみと応えている。くそっ、こいつら……
「確かに彼女は元の婚約者を忘れていないかもしれないが、先のことはわからないだろう? 全く、ホロホロ鳥まで捧げるくらいなら早く告白して来るんだな」
「…………」
何でそんなことまで……
「ああ、一度断られたからって尻尾を撒いて逃げて来るなよ。俺だって妻には三度告白して断られたが、それでも必死にアピールしたんだ。本気ならそれくらい容易いだろう?」
しつこくて怖ぇえわ。笑顔で言うことかよ。まぁ、だけど兄貴んとこは羨ましいと思えるくらいには夫婦仲も親子の仲もいいけど。
「いい報告を待つ」
それはエーデルのことでいいんだよな? 俺の色恋沙汰なんざ今は重要じゃねぇだろう。
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