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婚姻証明書
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その翌日、ウィル様の執務室でお茶を頂きながら解呪をしていると、一人の男性がやってきました。年はウィル様と同じくらいでしょうか。日に焼けてがっしりした身体には騎士服がよく似合っています。短く切り揃えられた髪は艶やかな茶色で、瞳は……榛色です。あの色はどこかで……と思うと同時に気付きました。あれはライナーと同じ色ですわね。もしかして……
「ああ、エル―シア、彼はオスカー。ライナーの孫で私の乳兄弟なんだ」
やっぱりそうでしたか。確かに面差しが何となくですが似ていますわね。ウィル様のお話では、オスカーは爪の変形で字が思うように書けないウィル様に代わって、騎士団の書類関係を受け持っていらっしゃるそうです。
「彼にはエル―シアの護衛をして貰おうと思ってね」
「護衛ですか? 私に?」
「ああ。ここで私の妻として暮らす以上、誘拐などの可能性もある。勿論警備はしているが、屋敷の外に出る際は彼を伴ってほしい」
「でも、マーゴたちもいますし。第一私などを攫っても……」
所詮はお飾りの妻です。わざわざ攫っても公爵家には何のダメージもないでしょうに。
「そうは言うが我が家も一貴族、政敵がまるっきりいないわけじゃないんだ。当主も非力な妻を狙うのは常套手段だ。それに、あなたに何かあればリルケ伯爵に顔向けも出来ない」
確かに私に何かあればお父様が嬉々としてウィル様の責任を追及しそうです。大事な愛娘を失った可哀相な父親の顔をして。想像しただけで薄ら寒いですわね。
「わかりました。オスカー、エル―シアです。よろしくお願いします」
「オスカー=グラウンです」
オスカーはにこりともせず、素っ気なくそう言いました。護衛ということはずっと側にいるわけで、それはそれで気まずくないでしょうか。いきなりぽっと出の小娘の護衛を頼まれて不本意なのかもしれませんが。
それからはオスカーが私の側にいることが増えました。自室にいる時には控えの間にいるようですが、食堂やウィル様の執務室、庭に出る時には必ず付いてくるので緊張してしまいます。常に一定の距離を保っていて話しかけるには距離があるので、打ち解けるのも難しく感じますし。
一方で護衛が付いてもイデリーナさんの嫌味は止まらず、また嫌がらせだと思われるようなことがちょくちょく起きるようになりました。内容はとても些細なもので、食事に虫が入っていたり、砂糖と塩を間違えたお菓子が出たり、ソファに座ったら濡れていたり、というものです。その度にマーゴたちが世話を焼いてくれますが、護衛が付いた後に嫌がらせが増えるとはどういうことでしょうか。
「……もしかして、オスカーって侍女たちに人気だったりする?」
「そうですね。旦那様の側近ですし、子爵家なので旦那様よりもハードルは低いかも」
どうにも気になってマーゴに尋ねてみると、あっさりと肯定されました。でも、確かにその通りです。公爵家の妻になるには普通侯爵家以上の家格を求められますが、子爵位なら平民でもなんとかなります。そういう意味ではお屋敷の侍女たちにとっては最優良物件でしょう。そんな相手が私などの側にいるのが許せないのでしょうね。
(面倒だわ。そういうのじゃないのに……)
妻なのも護衛が付くのも全ては仕事なのです。それに目くじらを立てられても困るのですが……
(いずれは侍女として雇って貰おうと思っているのに、これでは先が思いやられるわ……)
残念ながら新天地で心機一転! は意外に難しいようです。
オスカーが護衛に就いてから五日後、午前のお茶の時間にウィル様の執務室を訪れると、珍しくお仕事の手が止まっていました。
「ああ、エル―シア。ちょうどいいところに。私とあなたの婚姻が成立したそうだ」
「え?」
(すっかり忘れていましたー!!)
そう言えばお飾りでも妻になると言いましたわね。ウィル様はあの話し合いの後、陛下宛に私たちがサインした婚姻契約書を送っていたそうです。それがようやく認められて、今朝早くに王都から届いたそうです。
ウィル様がライナーに目配せすると一枚の書類を私に渡してくれました。厚手のそれを手に取ってみると……婚姻証明書でした。ウィル様と私の名がちゃんと入っていますし、立派な印は国王陛下のものでしょうか。見たことがないので本物かどうかわかりませんが。
「これであなたとは正式な夫婦になった。こちらの事情で形だけのものになってしまって申し訳ないが、よろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
改めて証明書をまじまじと眺めました。結婚出来ないかもしれないと思っていただけに感慨深いです。そりゃあお飾りの妻なので結婚した内に入るのかは微妙ですが、世の中には政略で形だけの結婚というのもありますし。少なくとも誰かの妻になる日が来るなんて、実家にいた時には想像も出来ませんでしたから。
「それはそうと旦那様、結婚式はどうなされるのです?」
「ああ、それは……さすがにこの姿ではな……」
デリカがそう尋ねると、ウィル様はそんな風に言われるとは思いもしなかったようです。でも確かに呪われたお姿では人前に出るのは難しいかもしれません。このお屋敷の中の方や私は平気ですが、式ともなれば貴族を招いてのものになりますし。
「左様ですわね……」
デリカが凄く残念そうです。いえいえ、形だけの結婚なので式など不要なのですが。
「それでは、旦那様のお姿が元に戻られたら盛大にやりましょう!」
デリカがそう宣言しましたが、そんな日は来るのでしょうか。毎日少しずつですが解呪を進めてはいても、未だに終わりが見えないのです。それに私はお飾りの妻、後々のことを考えると式はしない方がいいのではないでしょうか。
「ああ、エル―シア、彼はオスカー。ライナーの孫で私の乳兄弟なんだ」
やっぱりそうでしたか。確かに面差しが何となくですが似ていますわね。ウィル様のお話では、オスカーは爪の変形で字が思うように書けないウィル様に代わって、騎士団の書類関係を受け持っていらっしゃるそうです。
「彼にはエル―シアの護衛をして貰おうと思ってね」
「護衛ですか? 私に?」
「ああ。ここで私の妻として暮らす以上、誘拐などの可能性もある。勿論警備はしているが、屋敷の外に出る際は彼を伴ってほしい」
「でも、マーゴたちもいますし。第一私などを攫っても……」
所詮はお飾りの妻です。わざわざ攫っても公爵家には何のダメージもないでしょうに。
「そうは言うが我が家も一貴族、政敵がまるっきりいないわけじゃないんだ。当主も非力な妻を狙うのは常套手段だ。それに、あなたに何かあればリルケ伯爵に顔向けも出来ない」
確かに私に何かあればお父様が嬉々としてウィル様の責任を追及しそうです。大事な愛娘を失った可哀相な父親の顔をして。想像しただけで薄ら寒いですわね。
「わかりました。オスカー、エル―シアです。よろしくお願いします」
「オスカー=グラウンです」
オスカーはにこりともせず、素っ気なくそう言いました。護衛ということはずっと側にいるわけで、それはそれで気まずくないでしょうか。いきなりぽっと出の小娘の護衛を頼まれて不本意なのかもしれませんが。
それからはオスカーが私の側にいることが増えました。自室にいる時には控えの間にいるようですが、食堂やウィル様の執務室、庭に出る時には必ず付いてくるので緊張してしまいます。常に一定の距離を保っていて話しかけるには距離があるので、打ち解けるのも難しく感じますし。
一方で護衛が付いてもイデリーナさんの嫌味は止まらず、また嫌がらせだと思われるようなことがちょくちょく起きるようになりました。内容はとても些細なもので、食事に虫が入っていたり、砂糖と塩を間違えたお菓子が出たり、ソファに座ったら濡れていたり、というものです。その度にマーゴたちが世話を焼いてくれますが、護衛が付いた後に嫌がらせが増えるとはどういうことでしょうか。
「……もしかして、オスカーって侍女たちに人気だったりする?」
「そうですね。旦那様の側近ですし、子爵家なので旦那様よりもハードルは低いかも」
どうにも気になってマーゴに尋ねてみると、あっさりと肯定されました。でも、確かにその通りです。公爵家の妻になるには普通侯爵家以上の家格を求められますが、子爵位なら平民でもなんとかなります。そういう意味ではお屋敷の侍女たちにとっては最優良物件でしょう。そんな相手が私などの側にいるのが許せないのでしょうね。
(面倒だわ。そういうのじゃないのに……)
妻なのも護衛が付くのも全ては仕事なのです。それに目くじらを立てられても困るのですが……
(いずれは侍女として雇って貰おうと思っているのに、これでは先が思いやられるわ……)
残念ながら新天地で心機一転! は意外に難しいようです。
オスカーが護衛に就いてから五日後、午前のお茶の時間にウィル様の執務室を訪れると、珍しくお仕事の手が止まっていました。
「ああ、エル―シア。ちょうどいいところに。私とあなたの婚姻が成立したそうだ」
「え?」
(すっかり忘れていましたー!!)
そう言えばお飾りでも妻になると言いましたわね。ウィル様はあの話し合いの後、陛下宛に私たちがサインした婚姻契約書を送っていたそうです。それがようやく認められて、今朝早くに王都から届いたそうです。
ウィル様がライナーに目配せすると一枚の書類を私に渡してくれました。厚手のそれを手に取ってみると……婚姻証明書でした。ウィル様と私の名がちゃんと入っていますし、立派な印は国王陛下のものでしょうか。見たことがないので本物かどうかわかりませんが。
「これであなたとは正式な夫婦になった。こちらの事情で形だけのものになってしまって申し訳ないが、よろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
改めて証明書をまじまじと眺めました。結婚出来ないかもしれないと思っていただけに感慨深いです。そりゃあお飾りの妻なので結婚した内に入るのかは微妙ですが、世の中には政略で形だけの結婚というのもありますし。少なくとも誰かの妻になる日が来るなんて、実家にいた時には想像も出来ませんでしたから。
「それはそうと旦那様、結婚式はどうなされるのです?」
「ああ、それは……さすがにこの姿ではな……」
デリカがそう尋ねると、ウィル様はそんな風に言われるとは思いもしなかったようです。でも確かに呪われたお姿では人前に出るのは難しいかもしれません。このお屋敷の中の方や私は平気ですが、式ともなれば貴族を招いてのものになりますし。
「左様ですわね……」
デリカが凄く残念そうです。いえいえ、形だけの結婚なので式など不要なのですが。
「それでは、旦那様のお姿が元に戻られたら盛大にやりましょう!」
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