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家族と王女殿下
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突然現れたアリッサ様に、両親は一瞬ぎょっとした表情を浮かべましたが、アリッサ様が穏やかな笑みを浮かべているのを見てあからさまにホッとした表情を浮かべました。お姉様は先ほどの件があるせいでしょうか。一気に表情が曇り心なしか青褪めているように見えるのはドレスの色のせいではないのでしょう
「な、何か……?」
アリッサ様が王女然とした笑みを浮かべているとはいえ、お姉様が魔力を使った直後、しかも魔術師でもあるアリッサ様だからでしょうか。たったそれだけの言葉なのに閊えた後は声にならなかったようです。
「ご歓談中失礼、リルケ伯爵。こちらで魔術が発動したのを感じましたの。何事かと思いまして」
アリッサ様はおっとりした口調でそう言うと、お姉様が明らかに肩を揺らしました。
「ああ、あなたが魔術を使ったのですね」
「え? あ……」
アリッサ様の目は真っすぐにお姉様に向けられています。その表情は穏やかなままですが、有無を言わせない威厳を感じさせるのは王族だからでしょうか。魔力を感じられる人なら誰が使ったかは直ぐにわかりますし、見えればどんな術が使われたかもわかってしまいますから、ここで使ったのは悪手としか言いようがありません。
「お話を伺いたいので一緒に来て頂きますわ」
「え? そ、そんな……」
お姉様の顔から益々色と余裕が抜け落ちていきました。さすがに相手は王女殿下、しかも正規の魔術師です。魔術を使った場面を見られては誤魔化すことなど不可能でしょう。
「王女殿下、何か思い違いをしていらっしゃいませんか?」
「思い違い?」
「はい。今魔力を使ったのはエル―シアです」
(ええっ!?)
父がはっきりそう言い切りました。名を出された私は冷気を頭から被った気分ですが、何だかウィル様の方からも別の寒々しいモノが伝わってくる気がします。
「その証拠に……アルーシアをご覧ください。ほら、ここに魔術式がございます。これはエル―シアがアルーシアにかけたものでございます」
お父様も一応王宮魔術師として畏まった態度がとれたのですね。家でのお父様しか知らなかったのでちょっと驚きました。それにしても、あの術式を私がやったなどと……いえ、従属の呪いを自分にかける人などいないでしょうし、ちゃんと見えているのならそう考えるのが妥当でしょうが……お父様、そうなると私にかけられていたそれもずっと見えていたのに放置していた、ということになりますが。
「リルケ伯爵、誤魔化しても無駄ですわ」
「これは異なことを、王女殿下。私は真実を話したまでです。アルーシアがこの術式を自分いかける理由がどこにございますか?」
確かにその論法は間違っていませんわね。ですが……
「その術式はアルーシア様の魔力でかけられていますわ。伯爵にはお見えになりませんの?」
「……っ!」
「ついでに言えば、私の魔力も少しですが含まれていますわね」
「な、何を……」
「術者本人と私の僅かな魔力。そしてエル―シア様が身に着けている腕輪。これだけ条件が揃えばわかりそうなものでしょう、魔術師ならば」
最後の部分を強調し、アリッサ様は扇で顔の下半分を隠しながらも目も弧を描いて楽しそうな笑みを浮かべました。
(もしかしてあの腕輪の主は、アリッサ様?)
ウィル様を見上げると、目が合った私を見て口角が上がるのが見えました。
(ウィル様……!)
その笑みが限りなく黒に近いグレーに見えたのは気のせいでしょうか。
「お、お待ちください、王女殿下。さすがにそれだけの理由で決めつけるのは……」
さすがにアリッサ様の意図をお感じになったのでしょう。声が私に対するのとは別人のように弱々しく張りがないのは、自分たちの立場がマズいと理解しているからでしょうか。
「リルケ伯爵夫妻とご令嬢、お話を伺いたいので我々と共に来て頂きましょう」
いつの間にか私たちの周りには騎士たちが取り囲んでいました。歩み出たのは一番立派な衣裳と勲章を身に着けた壮年の騎士で、その声には有無を言わせぬ張りと威厳が込められていました。
「な! なぜ騎士が!?」
「ど、どういうことですの? 触らないで! ぶ、無礼ですわ!」
「……」
騎士の迫力に押されて目を見開いて及び腰になったお父様と、対照的に強気で抗議の声を上げるお母様、そんな二人を前に騎士たちを呆然と眺めながらも一歩も動こうとしないお姉様でしたが……
「お静かに。さもなくば一層衆目を集めることになりますぞ」
その一言にようやく周囲の視線が自分たちに集まっていると気付いた三人は、その後は意外なほどに大人しく騎士たちに連れていかれました。さすがにこの場で騒げば恥の上塗りになると理解していたのでしょう。それだけの理性がまだ残っていてよかったです。
「さぁ、私たちも行こうか」
「え、ええ……」
後で話があるとはこのことだったのですね。どうやらこうなることは最初から想定されていたようです。
両親らの後ろに続き、ウィル様にエスコートで向かったのは、夜会の会場の上のフロアでした。このフロアには来るのは初めてですわね。いえ、私が王宮に来たのは二度目で、陛下の私室と夜会の会場しか知らないので、ここがどこかもわかりません。
「どうぞこちらに」
騎士に促されてその部屋に一歩足を踏み入れて、私は息を呑みました。
(どうして、ここに……)
「な、何か……?」
アリッサ様が王女然とした笑みを浮かべているとはいえ、お姉様が魔力を使った直後、しかも魔術師でもあるアリッサ様だからでしょうか。たったそれだけの言葉なのに閊えた後は声にならなかったようです。
「ご歓談中失礼、リルケ伯爵。こちらで魔術が発動したのを感じましたの。何事かと思いまして」
アリッサ様はおっとりした口調でそう言うと、お姉様が明らかに肩を揺らしました。
「ああ、あなたが魔術を使ったのですね」
「え? あ……」
アリッサ様の目は真っすぐにお姉様に向けられています。その表情は穏やかなままですが、有無を言わせない威厳を感じさせるのは王族だからでしょうか。魔力を感じられる人なら誰が使ったかは直ぐにわかりますし、見えればどんな術が使われたかもわかってしまいますから、ここで使ったのは悪手としか言いようがありません。
「お話を伺いたいので一緒に来て頂きますわ」
「え? そ、そんな……」
お姉様の顔から益々色と余裕が抜け落ちていきました。さすがに相手は王女殿下、しかも正規の魔術師です。魔術を使った場面を見られては誤魔化すことなど不可能でしょう。
「王女殿下、何か思い違いをしていらっしゃいませんか?」
「思い違い?」
「はい。今魔力を使ったのはエル―シアです」
(ええっ!?)
父がはっきりそう言い切りました。名を出された私は冷気を頭から被った気分ですが、何だかウィル様の方からも別の寒々しいモノが伝わってくる気がします。
「その証拠に……アルーシアをご覧ください。ほら、ここに魔術式がございます。これはエル―シアがアルーシアにかけたものでございます」
お父様も一応王宮魔術師として畏まった態度がとれたのですね。家でのお父様しか知らなかったのでちょっと驚きました。それにしても、あの術式を私がやったなどと……いえ、従属の呪いを自分にかける人などいないでしょうし、ちゃんと見えているのならそう考えるのが妥当でしょうが……お父様、そうなると私にかけられていたそれもずっと見えていたのに放置していた、ということになりますが。
「リルケ伯爵、誤魔化しても無駄ですわ」
「これは異なことを、王女殿下。私は真実を話したまでです。アルーシアがこの術式を自分いかける理由がどこにございますか?」
確かにその論法は間違っていませんわね。ですが……
「その術式はアルーシア様の魔力でかけられていますわ。伯爵にはお見えになりませんの?」
「……っ!」
「ついでに言えば、私の魔力も少しですが含まれていますわね」
「な、何を……」
「術者本人と私の僅かな魔力。そしてエル―シア様が身に着けている腕輪。これだけ条件が揃えばわかりそうなものでしょう、魔術師ならば」
最後の部分を強調し、アリッサ様は扇で顔の下半分を隠しながらも目も弧を描いて楽しそうな笑みを浮かべました。
(もしかしてあの腕輪の主は、アリッサ様?)
ウィル様を見上げると、目が合った私を見て口角が上がるのが見えました。
(ウィル様……!)
その笑みが限りなく黒に近いグレーに見えたのは気のせいでしょうか。
「お、お待ちください、王女殿下。さすがにそれだけの理由で決めつけるのは……」
さすがにアリッサ様の意図をお感じになったのでしょう。声が私に対するのとは別人のように弱々しく張りがないのは、自分たちの立場がマズいと理解しているからでしょうか。
「リルケ伯爵夫妻とご令嬢、お話を伺いたいので我々と共に来て頂きましょう」
いつの間にか私たちの周りには騎士たちが取り囲んでいました。歩み出たのは一番立派な衣裳と勲章を身に着けた壮年の騎士で、その声には有無を言わせぬ張りと威厳が込められていました。
「な! なぜ騎士が!?」
「ど、どういうことですの? 触らないで! ぶ、無礼ですわ!」
「……」
騎士の迫力に押されて目を見開いて及び腰になったお父様と、対照的に強気で抗議の声を上げるお母様、そんな二人を前に騎士たちを呆然と眺めながらも一歩も動こうとしないお姉様でしたが……
「お静かに。さもなくば一層衆目を集めることになりますぞ」
その一言にようやく周囲の視線が自分たちに集まっていると気付いた三人は、その後は意外なほどに大人しく騎士たちに連れていかれました。さすがにこの場で騒げば恥の上塗りになると理解していたのでしょう。それだけの理性がまだ残っていてよかったです。
「さぁ、私たちも行こうか」
「え、ええ……」
後で話があるとはこのことだったのですね。どうやらこうなることは最初から想定されていたようです。
両親らの後ろに続き、ウィル様にエスコートで向かったのは、夜会の会場の上のフロアでした。このフロアには来るのは初めてですわね。いえ、私が王宮に来たのは二度目で、陛下の私室と夜会の会場しか知らないので、ここがどこかもわかりません。
「どうぞこちらに」
騎士に促されてその部屋に一歩足を踏み入れて、私は息を呑みました。
(どうして、ここに……)
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2021/08/29
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