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愛する家族
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呪いが解けた聖域は、穏やかな森へと戻っていきました。呪いのせいで発生した魔獣も定期的な討伐で数を減らしていき、三年もすると目撃情報があれば討伐隊を派遣するまでに落ち着き、六年も経てばその目撃情報すらも殆ど見かけなくなりました。
魔獣が出たと聞く度にウィル様が討伐に向かうことが減ったのは、私にとってもとても嬉しいことでした。ウィル様の強さは知っていますが、それでも万が一……ということがないとは言えませんから。
「奥方様、旦那様は今日お戻りでしたわね」
「ええ、魔獣退治は昨日には終わったそうよ。きっとお疲れでしょうから、お迎えの準備は万全にお願いね」
「既に準備は終わっていますわ。後は無事にお戻り下さるだけです」
「ふふっ、さすがはマーゴ。仕事が早いわね!」
私がウィル様と結婚してから七年が経ちました。私がマーゴたちと討伐隊を迎える準備をしていると、ぱたぱたと軽い足音が近付いてきました。
「おかあちゃま! おとうちゃまはまだなの?」
「まぁ、アメリ―様、廊下を走ってはいけませんわよ」
「あ……マーゴ、ごめんなしゃい。でも、おとうちゃまにはやくあいたくって!」
乳母を振り払うように駆けてきた彼女にマーゴがやんわりと窘めますが、それをさらりと流したのは私とウィル様の娘のメアリーでした。ウィル様の美しい銀の髪と薄紫の瞳を持つ彼女は今年三歳になりました。ウィル様が大好きで、最近の口癖は『おおきくなったらおとうちゃまのおよめちゃんになるの!』です。その言葉を聞く度にウィル様がデレデレして麗しいお顔を崩されるのですが、これは年頃になったらきっと大変ですわね。
「メアリーと結婚したいなら、俺の屍を越えて行くくらいの気概がある奴でないと認めない!」
早くもそんなことを言っているのですから。
「何ですか、屍だなんて物騒過ぎますわ」
「それくらいの覚悟が必要という意味だよ」
思わず突っ込んでしまったらそう返されましたが……刃傷沙汰だなんて勘弁してほしいです。
「ああいうタイプは結婚式で号泣しますよ」
「あ~旦那様なら確実にそうなるでしょうね。娘離れ出来ない父親になりそうです」
デリカとマーゴがそう言っていますし、九割はそうなるだろうと私も思います。今から対策しておいた方がいいでしょうか。悩ましいところです。
「さぁ、お父様がお戻りになるまでまだ時間がありそうよ。お部屋に戻っておやつにしましょう」
「ほんと? やった!」
ワンピースのスカートを揺らし飛び上がって喜ぶメアリーに、思わず頬が緩みました。自分の感情を素直に出すメアリーといると、心の中が少しずつ軽く温かくなっていくのを感じるのです。子育ては自分育てと言いますが、本当にその通りですわね。繋いだ小さな手は、いつか私よりも多くのものを手に入れるでしょう。そう願わずにはいられません。
「あ、ハンシュ~!」
部屋に入ると、メアリーが小さなベッドを覗き込みました。その中で眠るのは、こちらもメアリーと同じ銀の髪と紫の瞳を持つ弟のハンスです。ふくふくとしたほっぺを見る度に私の頬も緩んでしまいますわ。って、最近の私は緩みっぱなしかもしれません。
「メアリー様、ハンス様はお昼寝中です。し~ですわ」
「あ、うん。し~だね! メアリー、おねえしゃんだからしずかにするの!」」
マーゴと唇に人差し指を立てて言い合うメアリーは全く静かではありませんが、それでもお姉さんとして頑張ろうとするメアリーが可愛くてなりません。私とレオのように大人になっても仲のいい姉弟になって欲しいと切に願います。
そんな子供達を見ていると、どうしても両親とお姉様のことを考えてしまいます。その三人は今も粛々と騎士団の下働きをしています。白かった肌は日焼けし、肉体労働のせいか三人とも体格も随分しっかりして健康的です。
いつだったか、お母様にどうして私を疎んじたのか尋ねたことがありました。従属の腕輪のお陰でどんな質問にも嘘偽りなく答えてくれるからですが……
「気持ち悪かったから。あの子が生まれてからは誰もいないのに変な音がしたり、急にコップがひっくり返ったりして、とにかく怖かった」
まさかそんな理由だったとは思いませんでした。それは私が精霊との親和性の高さからで、私を気に入った精霊が悪戯をしていたのだろうと思いますが、それが私を疎んじた理由だったとは思いもしませんでした。魔力量の少なさをいつも責められていたからです。淡々と答える姿が余計に悲しくて、それ以来三人には会っていません。今にして思えば、お母様は魔力はあっても魔術の才も知識もなかったので、精霊のせいだとは思いもしなかったのでしょう。
「ふ、ふにゃ……」
「あ、おかあしゃま! ハンシュおきた!」
「あらあら、目が覚めたのね」
微睡んでいたハンスが目を覚ましてふにゃふにゃ言い出したので、私はそっと彼を抱き上げました。まだぼ~っとしている姿も可愛いですわね。この子はメアリーよりもおおらかというか動じなくて、あまり泣かないのです。
「あ! おうまさんのおと!」
軍馬の蹄の音に最初に反応したのはメアリーでした。
「おかあしゃま! おうまさん! おとうしゃまかえってきた!」
メアリーはまだ一目散に窓に駆け寄ると、窓に顔をくっつけています。ハンスを抱いたままメアリーの後ろに立つと、屋敷に向かう道に騎士団の姿が見えました。
「おとうしゃま~!!」
「ああ、メアリー! 会いたかったよ!」
玄関の扉が開くとメアリーはウィル様が広げた腕の中に突撃しました。あらら、どこからか親馬鹿との声が漏れましたわ。
「エル、ただいま」
「お帰りなさいませ、ウィル様」
メアリーを片手で抱き上げたウィル様が揺るぎなくやってきます。私はそろそろ片手抱っこは辛いのですが、ウィル様はまだまだ大丈夫そうですわね。
「ああ、ハンスはどうかな? うん、また重くなったな!」
ウィル様はメアリーを下ろすと、今度はその重みを確かめるようにハンスを抱き上げました。そんなウィル様にハンスもにこにこと笑顔を向けています。メアリーも一生懸命留守の間に起きたことを話しかけ、ウィル様が嬉しそうに相槌を打っていますが、本当に子煩悩という言葉がぴったりですわね。十日ぶりに家族四人が揃い、いつもの日常が戻ってきました。
(この幸せが、一日でも長く続きますように)
愛する旦那様と子どもたちが、今日も私を幸せにしてくれます。
魔獣が出たと聞く度にウィル様が討伐に向かうことが減ったのは、私にとってもとても嬉しいことでした。ウィル様の強さは知っていますが、それでも万が一……ということがないとは言えませんから。
「奥方様、旦那様は今日お戻りでしたわね」
「ええ、魔獣退治は昨日には終わったそうよ。きっとお疲れでしょうから、お迎えの準備は万全にお願いね」
「既に準備は終わっていますわ。後は無事にお戻り下さるだけです」
「ふふっ、さすがはマーゴ。仕事が早いわね!」
私がウィル様と結婚してから七年が経ちました。私がマーゴたちと討伐隊を迎える準備をしていると、ぱたぱたと軽い足音が近付いてきました。
「おかあちゃま! おとうちゃまはまだなの?」
「まぁ、アメリ―様、廊下を走ってはいけませんわよ」
「あ……マーゴ、ごめんなしゃい。でも、おとうちゃまにはやくあいたくって!」
乳母を振り払うように駆けてきた彼女にマーゴがやんわりと窘めますが、それをさらりと流したのは私とウィル様の娘のメアリーでした。ウィル様の美しい銀の髪と薄紫の瞳を持つ彼女は今年三歳になりました。ウィル様が大好きで、最近の口癖は『おおきくなったらおとうちゃまのおよめちゃんになるの!』です。その言葉を聞く度にウィル様がデレデレして麗しいお顔を崩されるのですが、これは年頃になったらきっと大変ですわね。
「メアリーと結婚したいなら、俺の屍を越えて行くくらいの気概がある奴でないと認めない!」
早くもそんなことを言っているのですから。
「何ですか、屍だなんて物騒過ぎますわ」
「それくらいの覚悟が必要という意味だよ」
思わず突っ込んでしまったらそう返されましたが……刃傷沙汰だなんて勘弁してほしいです。
「ああいうタイプは結婚式で号泣しますよ」
「あ~旦那様なら確実にそうなるでしょうね。娘離れ出来ない父親になりそうです」
デリカとマーゴがそう言っていますし、九割はそうなるだろうと私も思います。今から対策しておいた方がいいでしょうか。悩ましいところです。
「さぁ、お父様がお戻りになるまでまだ時間がありそうよ。お部屋に戻っておやつにしましょう」
「ほんと? やった!」
ワンピースのスカートを揺らし飛び上がって喜ぶメアリーに、思わず頬が緩みました。自分の感情を素直に出すメアリーといると、心の中が少しずつ軽く温かくなっていくのを感じるのです。子育ては自分育てと言いますが、本当にその通りですわね。繋いだ小さな手は、いつか私よりも多くのものを手に入れるでしょう。そう願わずにはいられません。
「あ、ハンシュ~!」
部屋に入ると、メアリーが小さなベッドを覗き込みました。その中で眠るのは、こちらもメアリーと同じ銀の髪と紫の瞳を持つ弟のハンスです。ふくふくとしたほっぺを見る度に私の頬も緩んでしまいますわ。って、最近の私は緩みっぱなしかもしれません。
「メアリー様、ハンス様はお昼寝中です。し~ですわ」
「あ、うん。し~だね! メアリー、おねえしゃんだからしずかにするの!」」
マーゴと唇に人差し指を立てて言い合うメアリーは全く静かではありませんが、それでもお姉さんとして頑張ろうとするメアリーが可愛くてなりません。私とレオのように大人になっても仲のいい姉弟になって欲しいと切に願います。
そんな子供達を見ていると、どうしても両親とお姉様のことを考えてしまいます。その三人は今も粛々と騎士団の下働きをしています。白かった肌は日焼けし、肉体労働のせいか三人とも体格も随分しっかりして健康的です。
いつだったか、お母様にどうして私を疎んじたのか尋ねたことがありました。従属の腕輪のお陰でどんな質問にも嘘偽りなく答えてくれるからですが……
「気持ち悪かったから。あの子が生まれてからは誰もいないのに変な音がしたり、急にコップがひっくり返ったりして、とにかく怖かった」
まさかそんな理由だったとは思いませんでした。それは私が精霊との親和性の高さからで、私を気に入った精霊が悪戯をしていたのだろうと思いますが、それが私を疎んじた理由だったとは思いもしませんでした。魔力量の少なさをいつも責められていたからです。淡々と答える姿が余計に悲しくて、それ以来三人には会っていません。今にして思えば、お母様は魔力はあっても魔術の才も知識もなかったので、精霊のせいだとは思いもしなかったのでしょう。
「ふ、ふにゃ……」
「あ、おかあしゃま! ハンシュおきた!」
「あらあら、目が覚めたのね」
微睡んでいたハンスが目を覚ましてふにゃふにゃ言い出したので、私はそっと彼を抱き上げました。まだぼ~っとしている姿も可愛いですわね。この子はメアリーよりもおおらかというか動じなくて、あまり泣かないのです。
「あ! おうまさんのおと!」
軍馬の蹄の音に最初に反応したのはメアリーでした。
「おかあしゃま! おうまさん! おとうしゃまかえってきた!」
メアリーはまだ一目散に窓に駆け寄ると、窓に顔をくっつけています。ハンスを抱いたままメアリーの後ろに立つと、屋敷に向かう道に騎士団の姿が見えました。
「おとうしゃま~!!」
「ああ、メアリー! 会いたかったよ!」
玄関の扉が開くとメアリーはウィル様が広げた腕の中に突撃しました。あらら、どこからか親馬鹿との声が漏れましたわ。
「エル、ただいま」
「お帰りなさいませ、ウィル様」
メアリーを片手で抱き上げたウィル様が揺るぎなくやってきます。私はそろそろ片手抱っこは辛いのですが、ウィル様はまだまだ大丈夫そうですわね。
「ああ、ハンスはどうかな? うん、また重くなったな!」
ウィル様はメアリーを下ろすと、今度はその重みを確かめるようにハンスを抱き上げました。そんなウィル様にハンスもにこにこと笑顔を向けています。メアリーも一生懸命留守の間に起きたことを話しかけ、ウィル様が嬉しそうに相槌を打っていますが、本当に子煩悩という言葉がぴったりですわね。十日ぶりに家族四人が揃い、いつもの日常が戻ってきました。
(この幸せが、一日でも長く続きますように)
愛する旦那様と子どもたちが、今日も私を幸せにしてくれます。
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