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ストーカー男と嫌がらせ令嬢は…
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頭の左側に衝撃を受けた後、痛みがじんわりと広がってきて、私は自分が目の前の男に殴られたのだと悟った。こんな男のイメージ通りに振舞ってやる必要はないと、わざと乱暴な言葉使いをしたのだけど、失敗しただろうか…
でも、こんな奴に天使のセラフィーナなんか勿体なさ過ぎる。
「女を殴るなんて…サイテ―」
思いっきり殴られたせいか、耳がキーンとなっているけど、ここで怯みたくはなかった。そうは言っても絶体絶命である事には変わりない。脚は鎖に繋がれているし、腕力では勝てそうもない。
でも、ここは王宮の一室…だろう。だとすれば…
「黙れぇ!僕を愚弄するな!」
「愚弄されるような事しているのはあんたでしょうが。女一人も口説けないなんて、情けない奴」
「何だと!」
「言葉通りよ。薬を使うとか、姑息すぎて笑っちゃうわ。本当にいい男はそんなものに頼らないからね」
「黙れと言ってるだろうが!!!」
呆気ないほど簡単に逆上する男だったが、図星を付かれて反論の余地なしなのだろう。最初の芝居がかった馬鹿丁寧な口調は、今や街の破落戸のような乱暴さで、声の大きさも加減出来ていないらしい。こんな場でそんな大きな声を出せばどうなるか、なんて事は頭にないのだろう。それが狙いなのだけど。
「…ちょっと、リック。声が大きすぎるわ」
現れたのは、一人の令嬢だった。あれは…あの長い前髪は以前、アイザック様から贈られたドレスにジュースをぶっかけてくれた令嬢達の中の一人だ。そう言えばあれからも挨拶もなくてすっかり忘れていたけど…確かクローディアの取り巻きの一人、だった筈…
「シンディ、だが…」
「あんまり大きな声を出しては気付かれるわ。ここはまだ王宮の中なのよ」
「わ、わかった…」
シンディと呼ばれる令嬢に諫められたのか、リックと呼ばれた男はあっさりと大人しくなった。どうやらあの令嬢とは知り合いというか、親しい間柄らしい。共犯その一、という事か。いや、主犯はもしかしたらあの令嬢だろうか…
そしてここは王宮だという事もはっきりした。情報ありがとう。それならまだ希望はある。
「目が覚めたのね、ハットン子爵令嬢」
「どちら様かしら?」
「まぁ、私をご存じない?」
「ええ。何度か睨まれたり絡まれたりした記憶はありますけど。ローウェル侯爵家での婚約披露パーティーではご出席なさっていたのに、挨拶にいらっしゃいませんでしたよね?」
「な…」
そう、パーティーに出席しながら主催者に挨拶に来ないなんて大変なマナー違反なのだ。
それに、セラフィーナやエレンから聞いた限り、この令嬢との接点は見つからなかった。クローディアはゲイル伯爵家のシンディ嬢だろうか…と言っていたけど、それでもセラフィーナとの接点に心当たりはないと言っていたから、どうしてこうも悪意を向けられるのかはわからない。
「あ、あなた…!よ、よくそんな事を…あ、あんな事をしたくせに…!」
「あんな事?」
何やらお怒りなのは目元が見えなくても伝わってきたけれど、こっちは心当たりがない。セラフィーナはこれまでも知らない男性に一方的に好意を寄せられて、そのせいで令嬢達から恨まれていたらしいけど、そんなの知ったこっちゃない。セラフィーナが誘惑した訳じゃないのに、勝手に被害者面されても困るというものだ。
「あんな事が何かは存じませんけど、私が何をしたんです?」
「な、何って…ひ、人の婚約者を…」
「婚約者?」
「そ、そうよ。人の婚約者を誘惑しておきながら…よくも…!」
「誘惑?はっきり言っておきますけど、私、男は嫌いです」
「な…!」
「当然でしょう?見た目に釣られて寄ってきて、こっちの気持なんかお構いなしに一方的に気持ちを押し付けて。そんな相手のどこに好意を感じろと?」
「何を言って…」
「そもそも貴女の婚約者なんて存じませんけど?」
「な…!
「何を…」
私の一言に、二人がそれぞれの反応を示した。何?今のシンクロした反応は。もしかして…
「私の婚約者は、リックでしたわ!」
「リック?」
「ええ、そうです。子供の頃からずっと好きだったのに…なのに、貴方のせいで、私は婚約を解消されてしまって…!」
「…シンディ?」
セラフィーナの交友関係は大方本人から教えて貰ったけど、リックなどと呼ばれそうな名前に心当たりはなかった。あるのは…あの痛メールを送ってきたストーカー擬きだ。
(…って、あれ?)
もしかしてそのリックって、目の前のこの監禁ストーカー男?そう思って二人に視線を向けると…
シンディとかいう令嬢は口に両手を当てて顔を真っ赤にしているし、男の方は…何だろう?呆然と言うのがピッタリな腑抜けた面で令嬢を見ていた。
(これって…本人の前で、今更ながらに好きだって言っちゃったってやつ?)
修羅場の中に新たな修羅場が湧いて出たような気がした。これはあれか、二人は幼馴染で、令嬢は子どもの頃からリックが好きだったと。婚約したけど想いはリックには伝わっておらず、そのうちリックとやらはセラフィーナに惚れ込んで、さくっと令嬢と婚約解消をした…そう言う事?
いやぁ、ちょっと男の趣味、悪くない?ストーカーになるような男はやめた方がいいとおねーさんは思うけど…でも…
(そう言う事なら後は二人で話し合ってくれ。うん、私はさっさとここから出ていくから)
そう思いながら成り行きを眺めていた私だったけれど、私の視線に気付いたらしい令嬢が、私に視線を向けたように感じた。
「貴女が…!貴女さえいなければ…私はこんな惨めな想いをしなくても済んだのに!」
(ええ?何で怒りがこっちに向かうのよ?)
今度は令嬢が大声で叫んだ。
でも、こんな奴に天使のセラフィーナなんか勿体なさ過ぎる。
「女を殴るなんて…サイテ―」
思いっきり殴られたせいか、耳がキーンとなっているけど、ここで怯みたくはなかった。そうは言っても絶体絶命である事には変わりない。脚は鎖に繋がれているし、腕力では勝てそうもない。
でも、ここは王宮の一室…だろう。だとすれば…
「黙れぇ!僕を愚弄するな!」
「愚弄されるような事しているのはあんたでしょうが。女一人も口説けないなんて、情けない奴」
「何だと!」
「言葉通りよ。薬を使うとか、姑息すぎて笑っちゃうわ。本当にいい男はそんなものに頼らないからね」
「黙れと言ってるだろうが!!!」
呆気ないほど簡単に逆上する男だったが、図星を付かれて反論の余地なしなのだろう。最初の芝居がかった馬鹿丁寧な口調は、今や街の破落戸のような乱暴さで、声の大きさも加減出来ていないらしい。こんな場でそんな大きな声を出せばどうなるか、なんて事は頭にないのだろう。それが狙いなのだけど。
「…ちょっと、リック。声が大きすぎるわ」
現れたのは、一人の令嬢だった。あれは…あの長い前髪は以前、アイザック様から贈られたドレスにジュースをぶっかけてくれた令嬢達の中の一人だ。そう言えばあれからも挨拶もなくてすっかり忘れていたけど…確かクローディアの取り巻きの一人、だった筈…
「シンディ、だが…」
「あんまり大きな声を出しては気付かれるわ。ここはまだ王宮の中なのよ」
「わ、わかった…」
シンディと呼ばれる令嬢に諫められたのか、リックと呼ばれた男はあっさりと大人しくなった。どうやらあの令嬢とは知り合いというか、親しい間柄らしい。共犯その一、という事か。いや、主犯はもしかしたらあの令嬢だろうか…
そしてここは王宮だという事もはっきりした。情報ありがとう。それならまだ希望はある。
「目が覚めたのね、ハットン子爵令嬢」
「どちら様かしら?」
「まぁ、私をご存じない?」
「ええ。何度か睨まれたり絡まれたりした記憶はありますけど。ローウェル侯爵家での婚約披露パーティーではご出席なさっていたのに、挨拶にいらっしゃいませんでしたよね?」
「な…」
そう、パーティーに出席しながら主催者に挨拶に来ないなんて大変なマナー違反なのだ。
それに、セラフィーナやエレンから聞いた限り、この令嬢との接点は見つからなかった。クローディアはゲイル伯爵家のシンディ嬢だろうか…と言っていたけど、それでもセラフィーナとの接点に心当たりはないと言っていたから、どうしてこうも悪意を向けられるのかはわからない。
「あ、あなた…!よ、よくそんな事を…あ、あんな事をしたくせに…!」
「あんな事?」
何やらお怒りなのは目元が見えなくても伝わってきたけれど、こっちは心当たりがない。セラフィーナはこれまでも知らない男性に一方的に好意を寄せられて、そのせいで令嬢達から恨まれていたらしいけど、そんなの知ったこっちゃない。セラフィーナが誘惑した訳じゃないのに、勝手に被害者面されても困るというものだ。
「あんな事が何かは存じませんけど、私が何をしたんです?」
「な、何って…ひ、人の婚約者を…」
「婚約者?」
「そ、そうよ。人の婚約者を誘惑しておきながら…よくも…!」
「誘惑?はっきり言っておきますけど、私、男は嫌いです」
「な…!」
「当然でしょう?見た目に釣られて寄ってきて、こっちの気持なんかお構いなしに一方的に気持ちを押し付けて。そんな相手のどこに好意を感じろと?」
「何を言って…」
「そもそも貴女の婚約者なんて存じませんけど?」
「な…!
「何を…」
私の一言に、二人がそれぞれの反応を示した。何?今のシンクロした反応は。もしかして…
「私の婚約者は、リックでしたわ!」
「リック?」
「ええ、そうです。子供の頃からずっと好きだったのに…なのに、貴方のせいで、私は婚約を解消されてしまって…!」
「…シンディ?」
セラフィーナの交友関係は大方本人から教えて貰ったけど、リックなどと呼ばれそうな名前に心当たりはなかった。あるのは…あの痛メールを送ってきたストーカー擬きだ。
(…って、あれ?)
もしかしてそのリックって、目の前のこの監禁ストーカー男?そう思って二人に視線を向けると…
シンディとかいう令嬢は口に両手を当てて顔を真っ赤にしているし、男の方は…何だろう?呆然と言うのがピッタリな腑抜けた面で令嬢を見ていた。
(これって…本人の前で、今更ながらに好きだって言っちゃったってやつ?)
修羅場の中に新たな修羅場が湧いて出たような気がした。これはあれか、二人は幼馴染で、令嬢は子どもの頃からリックが好きだったと。婚約したけど想いはリックには伝わっておらず、そのうちリックとやらはセラフィーナに惚れ込んで、さくっと令嬢と婚約解消をした…そう言う事?
いやぁ、ちょっと男の趣味、悪くない?ストーカーになるような男はやめた方がいいとおねーさんは思うけど…でも…
(そう言う事なら後は二人で話し合ってくれ。うん、私はさっさとここから出ていくから)
そう思いながら成り行きを眺めていた私だったけれど、私の視線に気付いたらしい令嬢が、私に視線を向けたように感じた。
「貴女が…!貴女さえいなければ…私はこんな惨めな想いをしなくても済んだのに!」
(ええ?何で怒りがこっちに向かうのよ?)
今度は令嬢が大声で叫んだ。
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