71 / 74
戦場の鬼神がご降臨です
しおりを挟む
「これはどういうことか、説明して貰おうか」
低くてよく通るその声は、今は怒りに満ちていて、声だけで人を殺せるんじゃないかと思えるほどに恐ろしいものだった。騎士団長で、実際に戦場を駆けていた人だからだろうか、その声は静かで大きくはないのに、その場にいた人達は息をするのも忘れるほどの威圧を感じていた。これが…噂に聞く戦場の鬼神と言われるアイザック様の一面なのだろうか…
アイザック様に抱きしめられていた私ですら、その尋常じゃない剣呑さに息を飲んだのだから、問いかけをされた二人には相当な恐怖だったんじゃないだろうか…うん、これまでもパワハラ上司に泣かされてはきたけれど、殺気が籠っていた事はなかった。いや、あの当時は殺気だと感じていたかもしれないけど、そんなの、アイザック様からのそれに比べたら可愛らしいものだ。
二人の方に視線を向けると、二人は騎士に拘束されていたけれど、顔は青ざめて血の気がなかった。今直ぐ倒れても不思議に思わないだろう、というくらいに。
ちなみに拘束している騎士も青ざめているけど…さすがは騎士、倒れそうな気配はなかったからちょっと安心した。
「さて、説明して貰おうか、ギース伯爵家令息パトリック殿、そして…ゲイル伯爵令嬢シンディ嬢。どうして私のセラフィーナ嬢がこの様な状況になっているのだ?」
「そ、それは…」
「ぁ…」
アイザック様に問いかけられた二人は、既に魂が飛んでいきそうなほどに生気がなかった。う~ん、この状況で質問しても答えられるだろうか…怖すぎる先生の前で何も言えなくなった生徒のようだ。
そして、二人の名前がようやく判明したけれど…アイザック様の言い方からして、既に二人の事はご存じだったらしい。まぁ、令嬢の方はアイザック様から贈られたドレスを汚してくれた令嬢達の一人だから、アイザック様がご存じでも納得だけど…令息の方は全く心当たりがなかった。
令嬢の言葉を信じるなら、あの令息がセラフィーナに一目惚れしてあの令嬢との婚約を解消したらしいけど、それはこちらがあずかり知らぬところで起きていた事だし…アイザック様は一体どうやって彼の事を知ったのだろう。
そう言えば…あの痛メールと花束の送り主はリックと名乗っていたっけ…確かにパトリックならリックが愛称でもおかしくはない。それに…あの花束のラッピングはシルバーと深緑だったが、その色は目の前の令息の髪と目の色でもある。
「あ、あの…アイザック様?」
「どうした、セイナ?」
沈黙を破ったのは…私だった。いや、だってあの二人はもう完全にアイザック様の圧に飲まれていて、会話が出来そうに見えなかったし、膠着状態が続いたせいで他の騎士達の顔色も…よろしくない。少なくとももう少しその威圧感を弱めてくれないと、話も出来ないだろう。
「その…そんなに睨まれては、あの二人も話せませんわ」
「しかし…」
「既に戦意は喪失しているでしょうから、その…」
「…確かに、貴女の言う通りだな」
暫くの沈黙の後、アイザック様は観念したようにそう仰った。その途端に空気が和んだような気がしたのは気のせいだろうか…視界に映った騎士が徐にほっとした表情を浮かべたので、私の感じ方は間違っていなかったみたいだけど。
「ローウェル様の婚約者と知りながら、彼女を連れ去り部屋に監禁した事は免れない事だ。二人とも、申し開きは?」
このままでは膠着状態だと思ったのか、フレディが二人に問いかけた。その声に二人はビクッと身体を震わせたが、声の主がフレディだったためか、少し緊張が和らいだのだろう。
(う~ん、アイザック様にそこまで怯えるならこんな事しきゃよかったのに…)
というか、私を連れ去った後、どうする気だったのだろう。アイザック様の力なら私の居場所など直ぐにわかってしまうだろうに。さっきもアイザック様は私に人を付けていると言っていたし…
(あれ?って事は…私、監視されてた?)
今更ながらにその事に思い至ったけれど…不思議と嫌悪感はなかった。これは…惚れた弱みだろうか…目の前のストーカー男よりもヤバイ気がするけど、アイザック様ならいいかな、なんて思えてしまうのだから。
それに、さすがにお風呂やトイレの中までは見られていないだろう。アイザック様だって私の着替えている姿を他人に見せたくはない筈だから、私室にいる時は大丈夫だろう。うん、そう思いたい…
「ギース伯爵令息、貴殿には彼女に付きまとうなとお父上を通して警告した筈だが?」
「…そ、っ…それ…は…」
「まさか知らなかったとは言うまいな?」
「……」
萎れた様に俯くその姿は、警告を知っていたのに無視していたのが丸わかりの態度だった。アイザック様は相手の伯爵を通じて警告をして下さっていたのか…という事は、あの痛メールと花束の主が彼だと知っていたと。
いつの間に…と思ったけど、アイザック様だとそれくらい当然のような気がするから不思議だ。どれだけ有能なのよ…と惚れ直してしまった。
「ゲイル伯爵令嬢もだ。クローディア嬢を通じて貴女にも警告した筈だが?」
「……」
アイザック様に直接そう問われたから、卒倒するんじゃないかと心配していた私だったけれど…以外にも彼女の方が令息よりも強かった。俯いているけど、下唇を噛んでいるのが見えて、呆けている令息とは違い悔しさを噛み殺しているようだった。いざという時は女の方が強いのかも…なんて思ってしまった。
「それに…貴女には聞きたい事がある」
「…聞きたい…こと?」
「セラフィーナ嬢が男性を誘惑しているとの噂の件についてだ」
「な…」
「…シ、ンディ?」
驚きの表情で、令嬢が勢いよく顔を上げた。目元は相変わらず髪で見えないけれど、その表情には大きな驚きが浮かんでいるように感じた。そしてそんな彼女を、令息が信じられないような目で見つめていた。
- - - -
いつも読んでくださってありがとうございます。
こちらがまだ未完ですが、性懲りもなく新しく連載を始めました。
「孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?」です。
こちらもよろしくお願いします。
低くてよく通るその声は、今は怒りに満ちていて、声だけで人を殺せるんじゃないかと思えるほどに恐ろしいものだった。騎士団長で、実際に戦場を駆けていた人だからだろうか、その声は静かで大きくはないのに、その場にいた人達は息をするのも忘れるほどの威圧を感じていた。これが…噂に聞く戦場の鬼神と言われるアイザック様の一面なのだろうか…
アイザック様に抱きしめられていた私ですら、その尋常じゃない剣呑さに息を飲んだのだから、問いかけをされた二人には相当な恐怖だったんじゃないだろうか…うん、これまでもパワハラ上司に泣かされてはきたけれど、殺気が籠っていた事はなかった。いや、あの当時は殺気だと感じていたかもしれないけど、そんなの、アイザック様からのそれに比べたら可愛らしいものだ。
二人の方に視線を向けると、二人は騎士に拘束されていたけれど、顔は青ざめて血の気がなかった。今直ぐ倒れても不思議に思わないだろう、というくらいに。
ちなみに拘束している騎士も青ざめているけど…さすがは騎士、倒れそうな気配はなかったからちょっと安心した。
「さて、説明して貰おうか、ギース伯爵家令息パトリック殿、そして…ゲイル伯爵令嬢シンディ嬢。どうして私のセラフィーナ嬢がこの様な状況になっているのだ?」
「そ、それは…」
「ぁ…」
アイザック様に問いかけられた二人は、既に魂が飛んでいきそうなほどに生気がなかった。う~ん、この状況で質問しても答えられるだろうか…怖すぎる先生の前で何も言えなくなった生徒のようだ。
そして、二人の名前がようやく判明したけれど…アイザック様の言い方からして、既に二人の事はご存じだったらしい。まぁ、令嬢の方はアイザック様から贈られたドレスを汚してくれた令嬢達の一人だから、アイザック様がご存じでも納得だけど…令息の方は全く心当たりがなかった。
令嬢の言葉を信じるなら、あの令息がセラフィーナに一目惚れしてあの令嬢との婚約を解消したらしいけど、それはこちらがあずかり知らぬところで起きていた事だし…アイザック様は一体どうやって彼の事を知ったのだろう。
そう言えば…あの痛メールと花束の送り主はリックと名乗っていたっけ…確かにパトリックならリックが愛称でもおかしくはない。それに…あの花束のラッピングはシルバーと深緑だったが、その色は目の前の令息の髪と目の色でもある。
「あ、あの…アイザック様?」
「どうした、セイナ?」
沈黙を破ったのは…私だった。いや、だってあの二人はもう完全にアイザック様の圧に飲まれていて、会話が出来そうに見えなかったし、膠着状態が続いたせいで他の騎士達の顔色も…よろしくない。少なくとももう少しその威圧感を弱めてくれないと、話も出来ないだろう。
「その…そんなに睨まれては、あの二人も話せませんわ」
「しかし…」
「既に戦意は喪失しているでしょうから、その…」
「…確かに、貴女の言う通りだな」
暫くの沈黙の後、アイザック様は観念したようにそう仰った。その途端に空気が和んだような気がしたのは気のせいだろうか…視界に映った騎士が徐にほっとした表情を浮かべたので、私の感じ方は間違っていなかったみたいだけど。
「ローウェル様の婚約者と知りながら、彼女を連れ去り部屋に監禁した事は免れない事だ。二人とも、申し開きは?」
このままでは膠着状態だと思ったのか、フレディが二人に問いかけた。その声に二人はビクッと身体を震わせたが、声の主がフレディだったためか、少し緊張が和らいだのだろう。
(う~ん、アイザック様にそこまで怯えるならこんな事しきゃよかったのに…)
というか、私を連れ去った後、どうする気だったのだろう。アイザック様の力なら私の居場所など直ぐにわかってしまうだろうに。さっきもアイザック様は私に人を付けていると言っていたし…
(あれ?って事は…私、監視されてた?)
今更ながらにその事に思い至ったけれど…不思議と嫌悪感はなかった。これは…惚れた弱みだろうか…目の前のストーカー男よりもヤバイ気がするけど、アイザック様ならいいかな、なんて思えてしまうのだから。
それに、さすがにお風呂やトイレの中までは見られていないだろう。アイザック様だって私の着替えている姿を他人に見せたくはない筈だから、私室にいる時は大丈夫だろう。うん、そう思いたい…
「ギース伯爵令息、貴殿には彼女に付きまとうなとお父上を通して警告した筈だが?」
「…そ、っ…それ…は…」
「まさか知らなかったとは言うまいな?」
「……」
萎れた様に俯くその姿は、警告を知っていたのに無視していたのが丸わかりの態度だった。アイザック様は相手の伯爵を通じて警告をして下さっていたのか…という事は、あの痛メールと花束の主が彼だと知っていたと。
いつの間に…と思ったけど、アイザック様だとそれくらい当然のような気がするから不思議だ。どれだけ有能なのよ…と惚れ直してしまった。
「ゲイル伯爵令嬢もだ。クローディア嬢を通じて貴女にも警告した筈だが?」
「……」
アイザック様に直接そう問われたから、卒倒するんじゃないかと心配していた私だったけれど…以外にも彼女の方が令息よりも強かった。俯いているけど、下唇を噛んでいるのが見えて、呆けている令息とは違い悔しさを噛み殺しているようだった。いざという時は女の方が強いのかも…なんて思ってしまった。
「それに…貴女には聞きたい事がある」
「…聞きたい…こと?」
「セラフィーナ嬢が男性を誘惑しているとの噂の件についてだ」
「な…」
「…シ、ンディ?」
驚きの表情で、令嬢が勢いよく顔を上げた。目元は相変わらず髪で見えないけれど、その表情には大きな驚きが浮かんでいるように感じた。そしてそんな彼女を、令息が信じられないような目で見つめていた。
- - - -
いつも読んでくださってありがとうございます。
こちらがまだ未完ですが、性懲りもなく新しく連載を始めました。
「孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?」です。
こちらもよろしくお願いします。
60
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる