【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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初めての同行

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 ルイーズ様の公務は時には地方への視察もある。大抵は王都内で日帰りが可能だけど、いつもそうだとは限らない。時には宿泊ありの公務もあって、その時の準備は大々的なものになる。ルイーズ様付きの文官も同行する場合がある。私も今までに三度同行したことがあるけれど、今回初めて室長と一緒に来ていた。

「今のところ順調だね」
「はい。視察と懇親会は無事に終わりました。ルイーズ様は部屋でお寛ぎです。夕食は領主らを交えての晩餐会になりますので、それまでは休憩時間でよろしいでしょうか?」
「そうだね、今のところ変更の指示は来ていないよ。ああ、君も暫く休んでいてくれ。晩餐会では書記を務めて貰いたいんだ」
「承知しました」

 ミオット室長と二泊三日の視察に同行した私の心は弾んでいた。馬車でも視察先でもミオット様と一緒なのだ。仕事とはいえ、いいえ、仕事だからこそ普段とは違いきりっとした表情の室長が見られて、私の心は少女のようにときめいていた。こんな気持ちはフィルマン様とでは感じたことはなかったように思う。

 指定された部屋は領主が所有する離宮の一室で、ルイーズ様と同じ建物だった。別棟だとやり取りが面倒なので有り難い。部屋は居間と寝室が一体のこじんまりしたものだった。貴族が旅行する際はこんな宿には泊まらないけれど、今回は視察。同行する者が多いためにいい部屋は身分や地位が高い順に埋まっていく。爵位もない下っ端の私では仕方がなかった。それでも警備は厳重だし、寮も広くないから気にならなかった。
 それに、同じ建物に室長がいらっしゃると思うだけで胸が高まる。何かが起きるわけじゃないとはわかっていても、視察中は二人で行動することが多い。それだけでも心が満たされた。

 視察先の領主主催の晩餐会は滞りなく終わった。晩餐会が始まってから雨風が酷くなったけれど、離宮に戻る頃には小雨になっていた。明日は王都に戻るだけ。気の張る公務はこれで終わりだとホッとしたのだけど……

「部屋が、使えない?」

 晩餐会での会話を室長と突き合わせしてから部屋に戻ったところ、侍女に申し訳なさそうに言われた。さっきの雨風で雨漏りがしてベッドが濡れてしまったという。幸い私の荷物は無事だったけれど、部屋が埋まっているので替えが用意出来ない。ソファを運び込むのでそこで寝て欲しいと言われてしまった。

「そう、ですか……」

 この二日間、連日夜遅くまで打ち合わせが続き、疲労はピークに近かった。やっと肩の荷が下りて今日はゆっくり眠れると思っていたのにツイていない。でも他に部屋がないと言うなら仕方がない。

「わかりました」

 既に夜半とも言える時間帯で、相部屋を頼もうにも寝ているだろうから頼みに行くのも申し訳ない。きっと疲れているのはみんな同じだろうから。

「待ってくれ」

 異を唱えたのは部屋まで送ってくれた室長だった。

「だったら私の部屋を使いなさい」
「ええ? でも……」
「未婚の女性をソファで寝かせると聞いては見過ごせないよ」
「ですが、そうすると室長が……」
「私はいいよ。ソファで寝るのには慣れているんだ。明日は移動日で馬車の中だ。いざとなれば馬車の中で寝ているよ」

 そう言ってくれたけれど、馬車の中で寝ていられるわけがない。今までも室長の元には予定の確認だなんだと人が尋ねてくるのだ。いくら帰りでも寝ている暇なんかないだろう。





「本当にいいのか?」
「はい。だってもう夜中を過ぎていますし、あそこで言い合っていても迷惑でしょうから」
「それはそうだけど……」
「朝早くに起きて部屋に戻ります。そうすれば誰にも見られない筈です」
「うん、まぁ……」

 どっちも譲らずの攻防が続き、最終的に室長の部屋をお借りすることにした。室長の部屋は居間と寝室が分かれていて、寝室には鍵もついていたからだ。室長が私を襲うなんてあり得ないし、朝早くに部屋に戻れば大丈夫だろう。最悪徹夜で仕事をしていたと言えば誤魔化せる。これまでだって夜中過ぎまで打ち合わせをしていたのだから。

 荷物を移動して一通り片付くと、室長がちょっと出てくると仰った。下のサロンで打ち上げをしているのだという。

「その間に湯あみをして寝室に入っていてくれるかな。鍵はちゃんと閉めてね」

 結局私が寝室、室長は居間で寝ることになった。寝室には鍵が付いていたからだ。ここは室長が譲らず、そうしないなら自分があの雨漏りがした部屋で寝ると言い出したからだ。

「あ、はい。すみません、お気を使わせてしまって……」
「打ち上げはいつものことだし、立場上顔を出さない訳にはいかないからね。酔っ払いに捕まったらいつ戻れるかわからないから先に休んでいて。あと明日の朝一番に警備の最終打ち合わせがあるから、ゆっくり寝ていればいいよ」

 そう言って室長は出て行った。その途端、力が抜けてソファに座り込んでしまった。まだ心臓がドキドキしている。室長と同じ部屋だなんて、意識するなという方が無理だ。自分でも随分大胆なことを言ってしまったとは思うけれど、室長と視察に同行する事自体が稀なのだ。いつもと違う状況だったからこそ出来たことかもしれない。

 部屋の鍵を掛けて湯あみをした。今日は風が強かったから砂っぽい。予定していた部屋では湯あみなんか出来なかったからありがたかった。浴室から出ても室長の姿はなかった。ソファに座って髪を拭きながら室長の戻りを待った。

「あら、鍵が……」

 持っていったはずの鍵が残っていた。これでは室長が戻って来た時に部屋に入れない。どうしよう。先に寝ていていいと言われたけれど、戻ってきて中に入れなかったら大変だ。

(仕方ないわ。ここで待っていればいいわよね)

 どうにも興奮しているのか、眠気が全くやってこない。それに、少しでも話す機会があったらと思ってしまう。こんな機会は二度とないかもしれないから。私は髪を拭きながら室長の帰りを待った。




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