【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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妹の悪評

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 カバネル様の言葉に心が揺れて、考えずにはいられなかった。この想いを伝えずに辞めようと思っていたけれど、どうせ辞めたらお会いする機会などない。だったら伝えるだけ伝えてもいいだろうか。何かが変わるわけじゃなくても、気持ちに区切りをつけるくらいは望めるかもしれない。それに、こんな風に誰かを想うのもきっと最後だろうから。そんな思いが日に日に膨らんでいった。

 室長たちが戻る三日前、ジョセフ様とのお茶のために実家に戻った。お茶だけなら王宮か王都のカフェでもいいだろうに、わざわざ実家なのが気が滅入る。親へのアピールなのかもしれないけれど。

「まぁ、ジョセフ様ったらぁ」

 重い足取りで客間に向かうと、何故かドアの向こうで甲高い声が私の婚約者の名を呼んだ。見なくてもわかる、ミレーヌだ。どうしてここになんて疑問は愚問だ。華やかなジョセフ様はミレーヌの好みだから。

「失礼します」

 執事がドアを開けてくれたので中に入ると、案の定ミレーヌがいた。しかも二人掛けのソファでジョセフ様の隣に陣取っている。婚約者でもない男女の距離としては適切ではないだろう。こういうところが婚期を逃しているのだけど、ミレーヌは気付かないのか気付きたくないのか……

「まぁ、お姉様、遅いですわ」

 慌てて体半分の間を開けて座り直したミレーヌだったけれど、そもそも婚約者でもない男と隣り合わせで座るのが問題だ。

「時間には遅れていない筈ですけれど。それよりも、どうしてミレーヌがここに? あなたを呼んだ覚えはないけれど?」
「まぁ、お姉様がお戻りにならないからですわ。仕方なく私がお相手を……」
「そう。だったらもう結構よ」

 そう言ってジョセフ様の向かいの席に腰を下ろした。

「まぁ、お姉様ったら、酷いわ。そんなに邪険にしなくても……」

 笑顔が一気に崩れ、今度は縋り付くような表情に変わった。見慣れているからそんな顔をされても心は少しも動かないけれど。

「これはあなたのために言っているのよ?」
「私のため?」
「ええ。あなた、自分の世間での評判を知っているの? 略奪女に泥棒猫、社交界で言われているあなたの別名よ」
「そんな!! 酷いわ、お姉様!」

 途端に涙を流し始めたけれど、それが演技なのはお見通しだ。今までもこうやって令息たちの同情を買い、彼らの婚約を壊してきたのだろう。

「私が言っているのではないわ、世間がそう言っているの。それが嫌なら自分の婚約者以外の男性には近付かないことね」
「そんな、近付いていなんて! 私はただお姉様の代わりにと……」
「誰があなたにそんなことを頼んだの?」
「え? そ、それは……でも、この家の娘として……」
「それが余計なことなの。この家の娘だと言うなら、これ以上悪評を広げる真似は止めてちょうだい」
「そ、そんな、悪評だなんて!」
「略奪女に泥棒猫、これのどこが悪評じゃないと?」
「そ、そんな! 酷いわ、お姉様!!」

 とうとうミレーヌが泣き出した。しかもジョセフ様に縋りつくようにして。言った端からこれだ。

「はは、我が婚約者殿はしっかりした方だな」
「甘やかすだけが愛情ではありませんから」
「なるほど、確かに一理あるね」

 意外にもジョセフ様はミレーヌを擁護しなかった。まぁ、彼は女性関係が豊富だし、彼のような男性は後腐れのない相手を好みそうだ。ミレーヌのような女性は苦手かもしれない。

「そんなぁ、ジョセフ様まで……」

 擁護されると思っていたらしいミレーヌは目を見開いてジョセフ様を見上げ、ジョセフ様は笑顔でそんなミレーヌを見下ろしていた。それでも抱きしめたりする様子はなく、それが一層ミレーヌに困惑をもたらしているように見えた。

(こんな見え透いた態度に騙されたのね……)

 若いから仕方がないのかもしれないけれど、全ての令息がミレーヌを選んだわけじゃない。一方で女性慣れしたジョセフ様にはあまり効果がないらしい。経験値の差か、性格なのか……

「さ、ミレーヌ嬢、姉上がいらっしゃったからもういいよ」
「で、でも……」
「私の婚約者はジゼル嬢なんだよ」
「……」

 侍女にミレーヌを部屋まで送る様に伝えると、名残惜しそうに何度も振り返りながら部屋を出て行った。そんなに男と一緒にいたいのかと呆れると同時に言いようのない不安を感じた。まるで男がいないと生きていけないようにも見える。エドモンに話を聞いてみた方がいいだろうか。きっと父は気付いていないだろうし。

「中々手厳しいですね、ジゼル嬢は」

 ジョセフ様の声に我に返った。そういえばまだジョセフ様はいらっしゃったのだ。何となくこういう場合ミレーヌと共にいなくなるのが普通だったから。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。でも、これもあの子のためですから……」

 漏れそうになるため息を何とか押し殺した。あの子のためと言いながらも、本当にこれでいいのかと疑問が残る。もしかしたら余計な執着心を植えてしまったかもしれない。

「噂に違わない子だね」
「え?」
「実に愛らしくて庇護欲をそそるタイプだ。私の相手にはいなかったタイプだね」
「そうですか」

 それはそうだろう。ミレーヌは自己愛が強くて、自分が一番でないと気が済まない子だ。あれではあちこちで浮名を流すジョセフ様の相手は無理だろうし、ジョセフ様も手を出さないだろう。そんなことを考えていたら、ジョセフ様がじっとこちらを見ていた。

「あの、何か?」

 美形に見つめられるのは貴重な体験なのかもしれないけれど、居心地が悪いだけ。室長の時のようなドキドキが全くなかった。

「いや……ジゼル嬢は中々手強いなぁと思って」
「手強い?」

 自分に靡かないことを言っているのだろうか。それなら自意識過剰じゃないだろうか。全ての女性がジョセフ殿に頬を赤くするわけではないだろうに。

「妹にあそこまで言い切れてしまうのがね。しかも婚約者の前だ。普通は当たり障りなく宥めようとするでしょう?」
「それで済む相手だったらそうしたでしょうね」

 あれだけ言ってもわからないミレーヌなのだ。遠回しに言ったら絶対に気付かないだろう。

「なるほど、確かに仰る通りだ。でも助かりましたよ。実はああいう子は苦手なので」
「そうでしたか」

 正直に言うと残念に思った。どうせならミレーヌに心変わりして引き取ってもらえたらよかったのだけど。そんなことを思い付いて、それはとてもいい案のように思えた。ミレーヌのことだ、きっとあれで諦めることはしないだろう。父だってミレーヌが望み、ジョセフ殿が是と言えば私に拘ることはないように思えた。




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