【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

文字の大きさ
36 / 86

呼び出しに備えて

 翌々日、エドモンと会った。実家の様子を見に行きたかったけれど、仕事が立て込んでいてそんな暇がなく、下手に行けば余計なトラブルが増えるようで気が引けたのもある。エドモンにも行かなくて正解だったと言われた。

「父上から連絡がきたよ。五日後に家に来いと」
「私にもよ。急に言われても困るわ。休みの調整があるのに……」
「姉さんのところは人数が少ないから大変だよね。それに、フィルマン様のこともあるし」
「そうね……」

 エドモンはフィルマン様に悪い感情はなかったから、大袈裟だと思っただろうか。

「未練がましくてちょっと引いたよ。そんな風には見えなかったんだけどなぁ」
「エドモンがそんな風に言うなんて意外だわ。フィルマン様に同情的だったでしょう?」
「そりゃあね。色々世話になったから」

 確かにエドモンはフィルマン様を兄のように慕っていた。

「でも、姉さんよりも大事なんてことはないよ」
「ありがとう」

 当然のようにくれるその言葉が嬉しい。

「お父様の呼び出しの理由、聞いている?」
「いや、父上の手紙には家に来い、大事な話だとしか書いてなかったよ」

 エドモンも何の話か知らなかったらしい。私はレニエ様から聞いた話をエドモンに話した。

「ミレーヌがねぇ……あいつ、見目がいい男なら誰でもいいのか?」

 さすがにエドモンも呆れていたけれど同感だった。ミレーヌの基準はわかりやすく、まず見栄え、その次に爵位の高さと経済力だ。でも、いくら爵位が上で裕福でも見目が悪ければ見向きもしない。お陰であちこちに敵を作っているとも言える。

「こうなると、本気で家を出ることも考えた方がいいかも……」
「当てはあるの? 婿入りの話もあるんでしょう?」
「まぁね。上司からそういう話はいくつか貰っているよ」

 嫡男だけど優秀で人懐っこいエドモンにはそういう話は子供の頃からあった。昔は社交辞令だったろうけど今はどうだろう。

「でも、それとは別にとある家から婿に来ないかって誘われている」
「そうなの? どこの家から……」
「う~ん、色々あってまだ話せないんだけど、うちよりも家格は上だよ」
「上から? でも、ミレーヌのことが問題になるんじゃ……」
「そんなの気にしない家だからそこは大丈夫だよ」

 自信満々に言われたけれど、大丈夫なのだろうか。確かにエドモンは当主業も出来るし、社交的で要領もいいから婿に入っても上手くやっていけるだろうけど。

「それよりも姉さんは? 誰かいい人いないの?」
「それは……」

 話してもいいのだろうか、レニエ様のことを。でも、まだ話していいとは言われていない。

「いない訳じゃないんだけど……その、まだ話していいのかわからなくて……」
「そっか」

 躊躇ってしまったけれど、エドモンもそれ以上追及してこなかった。有り難い。今度レニエ様に確認してみよう。

「まぁ、父上が何を言い出すのか心配だから、手を打っておいた方がいいかもね。姉さんも相手がいるならそれまでに話を付けておいたほうがいいかも。また勝手に婚約者を決めてくる可能性もあるからね」

 冗談ではないから頭が痛かった。ジョセフ様の時も一方的に決められて反論すら聞いて貰えなかったのだ。
 そのジョセフ様とも音信不通だ。実家に手紙を送ったけれどそのまま返されてしまった。その頃には既にデュノア伯爵家の怒りを買っていたのだろう。婚約破棄になるのが決まっているから職場に連絡するのも憚られる。職場も棟が違うから偶然会う可能性も低い。連絡を取るのは無理そうだった。




 実家に帰る前々日、残業になってしまった。しかもレニエ様も一緒だ。話しかけるタイミングを計っていたところだったので有り難かった。翌々日実家に帰ること、父から話があると連絡があったことを話した。

「そう。シャリエ伯爵が……」
「ミレーヌの件だとは思いますが、何の話かは弟も聞いていませんでした」
「そう。デュノア伯爵家からは婚約破棄したい旨の申し出があったそうだ」
「そうですか……ジョセフ様に手紙を出したけれど、そのまま返されました」
「ああ、伯爵は相当お怒りだったからね。ジョセフ君の廃嫡願いも出ていたよ」
「廃嫡願い!? ジョセフ様に?」

 それは思いもしなかった。今回の件はミレーヌが問題で、ジョセフ様は巻き込まれた側だろうに。

「伯爵はジョセフ君が妹君と噂になったのを問題視してね。そうなったこと自体、次期当主としての自覚がないと」
「そんな……」

 確かに一度はミレーヌを拒絶しながら、その後好きにさせていたのはどうかと思う。でもそれも婚約を解消するためだっただろう。それに彼の華やかな噂は今に始まったことじゃないのに……

「ジョセフ様のせいではないのに……」
「でも、彼は廃嫡を望んでいたからね。こうなってホッとしているだろう」
「ですが……」
「彼には彼の事情があるんだよ。私からは話せないけれど、彼がそう考える気持ちはわかる」
「そう、ですか」

 レニエ様はその理由をご存じなのか。そう仰るのならその通りかもしれないけれど……

「ああ、廃嫡はされても勘当はされないそうだ。彼の能力なら自力で文官爵を得ることは出来るだろう」

 文官爵は騎士爵の文官版で、次男三男などの爵位を継げない者を対象にした一代限りの爵位だ。一定の実績があり、試験に受かれば得られる。ジョセフ様ならその資格は十分におありだろう。

「ジゼル嬢が家に行くのは午後から?」
「はい。そう言われています」
「そう。だったら私も一緒に行こう」
「え?」
「どうせ話し合いは婚約破棄の件だろう。だったらその場で申し込んでしまった方が早い。どこから横やりが入るかわからないからね」

 まさか一緒に行くことになるなんて。でも、仕事は大丈夫なのだろうか? ただでさえ休みなく働かれているのに、今はフィルマン様の分も負っていらっしゃるのに。

「大丈夫だよ。ジゼルにも弟君にも、悪いようにはしない。二人には今までの分も幸せになって欲しいからね」

 大きな手がそっと髪を撫でる仕草が優しい。エドモンのことまで考えて下さっていたのも嬉しい。あの子も婿養子の話を決めてくるのかもしれない。だったらもう心配することはないだろう。私たちに害がなければ父とミレーヌは好きにすればいいのだ。




感想 192

あなたにおすすめの小説

元の世界に帰らせていただきます!

にゃみ3
恋愛
淡い夢物語のように、望む全てが叶うとは限らない。 そう分かっていたとしても、私は敵ばかりの世界で妬まれ、嫌われ、疎まれることに、耐えられなかったの。 「ごめんね、バイバイ……」 限界なので、元いた世界に帰らせていただきます。 ・・・ 数話で完結します、ハピエン!

『「代わりはいる」と言われたので、公務をすべてお返しします』

かおるこ
現代文学
『「代わりはいる」と言われたので、公務をすべてお返しします』 「代わりはいる」 その一言は、羽のように軽く けれど刃のように胸に沈んだ 灯りに満ちた夜会の中で 笑い声に紛れて落とされた言葉は 誰よりも静かに、深く響いた 私は頷いた 涙は零れず、声も震えず ただ、終わりを受け取るように 机の上に積み上げたものは 紙ではない 夜を削った時間であり 飲み込んだ言葉であり 名も残らぬまま重ねた日々だった インクに染まった指先も 冷えた朝の空気も すべては誰かの名の下で なかったことにされていた 「誰でもできる」 そう言ったあなたの背で 世界はきしみ始めていたのに 見えない糸をほどくように 私は一つずつ手を離す 支えていたものを、静かに返す 結び直されることのない契約 交わされぬまま消える言葉 止まる流れに気づくのは もう、私ではない 記録は残る 光の中に、確かに刻まれている 誰が何を背負い 誰が何も知らなかったのか だから私は振り返らない 崩れていく音も 呼び止める声も もう私のものではないから あなたの世界が止まる頃 私はようやく歩き出す 代わりなどいない場所へ 私であることを 私のまま受け取られる場所へ

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。