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王配たちとのお茶会

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 カールからの贈り物は金地に紫の宝石が付いたブローチだった。華やかなものが好きな彼らしい派手な装飾だが、センスがいいのか仰々しさはなく品もよく見えた。彼は時折こうしてアクセサリーを贈って来るが、それはあくまでも体裁を保つ域から脱することはなかった。
 というのも、彼自身が王配を辞退したいと直に言って来たからだ。勝手に候補にされたが、彼自身は王配などと言う堅苦しい地位に興味がないと言った。ブランゲには他に未婚の男子がいない上、女性を口説くのが上手いので白羽の矢が立ったのだろうが、今の気楽な地位が気に入っているのだと言っていた。
 彼は波打つ栗毛と赤紫の瞳を持つ、艶やかという表現がぴったりの麗しい容姿を持っていた。私よりも十歳上で、一応宰相府の末席に籍を置いている。結婚して子を設けている年だが彼にはそんなつもりはなく、花から花へと飛び回っている。

「カールが会いたいと。ハンクも交えて交流会をと言っている」
「まぁ、そうですか。では早速その様に手配を」
「ああ、頼んだ」

 それだけ告げるとソフィアが近くの侍女を呼んで耳打ち、そっと侍女が離れていった。私とハンク、そしてカールは定期的に三人で集まって茶会をしていたが、三人で会う時は殆どがカールからの提案だった。その提案に私もハンクも否やはなかった。



 三人が集まったのはそれから三日後のことだった。王配問題は国にとっても重要な案件なので、急に茶会をしたいと言っても許される雰囲気があるのが幸いだった。場所は母上の温室だ。ここなら盗み聞きを心配することなく話が出来るからだ。

「お久しぶりです、アリーセ様」
「ああ、カールも元気そうだな」
「本当に、まだ無事でいてなによりですよ」
「アリーセ様もハンクも、棘があるなぁ」

 そう言って苦笑を浮かべたカールは、確かにそれだけで絵になるような色香があった。男なのにと思うが、ソフィアたちの話では男娼よりもずっと色気があるのだそうだ。

「いやいや、いつ女性に刺されるかと心配しているのですよ」
「そんなヘマはしないから大丈夫ですよ。それに、これでもいざって時のために鍛えているのですから」

 見た目は享楽的な快楽主義者に見える彼は、自分の容姿の良さをよく理解しその有効活用法も自覚していた。そんな彼は実は王家の影の一人で、女性を相手とする諜報活動を主としていた。
 彼が影になったのは、十年ほど前に重大な問題を起こしたことが発端だったという。それを穏便に解決する交換条件として王家の影になることを求められたのだと。彼の女性の扱いの巧みさが有効なカードだと認められたらしい。彼が王配を辞退するのもこのような事情があったのだが、影である事は実父のブランゲ公爵も知らないことだった。

「それで、今日はどうなされたのです?」

 ハンクがそう切り出した。彼の呼び出しは政局に影響する何かがあった時に限られているからだ。

「父たちが動き出しました。王配候補にレッツェル国の第三王子を推すようです。そしてハンク、お前にはシュミット公爵家の令嬢を宛がうつもりだ」
「レッツェルか……」

 レッツェルは我が国の北にある国で、関係は良くも悪くもなく、国力は同程度で特に恩も義理もない。彼の国から王子を王配として迎えるメリットは……特にないように思えた。逆に彼の国の王配を迎えれば生まれれば、王位継承権を巡って火種になり兼ねない。

「レッツェル王が先日体調を崩して、今は王太子が実権を握りつつあるとの情報があります」
「あの王太子が……」
「野心家だと言われている御仁ですね」
「そうです。彼の国の周辺国の中で最も手を出しやすいと思われたのでしょうね。特に今は後継者が変わって国内が混乱していると見られているようです」
「そうか」

 確かに急に王太子になるものが変われば、国内が混乱していると思われても仕方がないだろう。しかもその理由があれだ。王家はエーデルマンとザックスの二家公爵家を怒らせ、私にはリーベルトしか支持者がいないので、ハンクを王配に迎えようとしていると思っているらしい。

「アリーセ様、こうなったら一刻も早くハンクを王配にお決めください。正式な要請がないうちに」
「そう、だな」

 確かに正式に申し出がされると突っぱねることは難しい。父上が他国から王配は向かえないと宣言しているのに申し込んでくるからには、何かしら納得させるだけの材料があるのだろう。

「我がブランゲのことはご心配なく。父はアレですが兄は四公爵家を敵に回す気はありませんから」
「ナイハルト殿は常識人だからな」
「ええ。私にとってもそれだけが救いです。兄が父と同じ人種だったら、当主にならざるを得なかったでしょうからね」

 笑いながらそう言われると冗談に聞こえるが、実際にそうだったら彼は兄を蹴落として当主になったかもしれない。ああ見えて彼は民への責任をよく理解していた。そうでなければ影など務まらないのだが。

「レッツェルの未婚の王子は第三王子だけですが、末っ子で甘やかされたせいか我儘に育っています。そんな者を押し付けられてはろくなことになりませんからね」

 全くカールの言う通りだった。我儘に育った王族ほど面倒くさいものはいない。私は父上にこの件を奏上して、先手を打つことにした。




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