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近づく距離

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「アリーセ様、私を王配に選んでくださってありがとうございます」

 私の正面に座っていたハンクが頭を下げて礼を言った。何を言われるかと身構えていたが、まさか礼を言われるとは思わなかった。一方でどこかホッとしている自分がいた。理由は……わからないけれど。

「礼を言われることではない。第一、お決めになったのは父上だ。礼を言うなら父上の方だろう」

 気恥ずかしくてそんな風にしか言えなかったが、実際にその通りだった。私に決定権はなかったのだから仕方がない。それに……

「こうなる様に手を尽くしていたんだろう?」

 彼ほどの知略の持ち主なら、四公爵家を取り込んで自身を王配にするように持って行く事は可能な気がした。彼のお陰で他国とのいざこざがこちらに有利な形で終わっているのだ。その能力と我が国の現状を思えば、彼以上の王配は見つからないと思う。

「誤解なさっているようですが、王配に選ばれるための根回しはしておりません。ただ、選んで頂けるようにと実績を積む努力は厭いませんでした」
「そ、そうか……変な言い方をして、すまない」
「いえ、そう思われても仕方がありませんので謝らないで下さい。実際、そう思われていることを否定していませんから」
「そうか」

 戦術が得意だから政局でもそうかと思っていたが、どうやら違ったらしい。それでもそう思わせて放置しているのは、そうした方が有利だからだろうか。確かに彼の戦術の鮮やかさを思えば政局でも如才なく動けそうに見えるし、王配になるのであればそう思わせておいた方がいいだろう。私はそう言うことはどちらかというと苦手な方なので、彼がしてくれるのなら有り難い。勿論、一歩間違えれば傀儡にされる危険はあるのだが。

「私が忠誠を誓うのは国ではなくアリーセ様ご自身です。アリーセ様の意向に沿わないことは決してしないと誓いましょう」
「い、いや、そこまでしなくても大丈夫だから」

 何だか心を読まれている気がする。そんなにわかりやすかっただろうか。だが、真剣表情でそう言われると疑うのは難しい。これまでの交流から彼が不実な態度を感じさせる場面はなかったから。

「すまない。その、疑うつもりはないのだ。ただ、何と言うかその、私は自信がないというか……」
「自信がない?」
「あ、ああ。その、私は女性らしくないし、がさつで気も利かないだろう?」
「そんなことはありません」

 間髪入れず強く否定されてしまって、次の言葉が見つからなかった。

「アリーセ様は十分にお可愛らしくていらっしゃいます。何もフリルやレースで飾ったから可愛いわけではありません
「ま、まぁ、そうだが」
「それに人には好みと言うものがございます。初々しく無垢さを好む者もおれば、成熟した色香がいいと言うものもおります。それに、恋に落ちるのは条件ではありませんから」
「そ、そういうものだろうか」
「そういうものです。私も以前はどうしてアリーセ様なのかと思ったものです。手が届かない方を思い続けるなど不毛だとも。それでも想いは捨てきれませんでしたが、今は諦めなくてよかったと、そう思っています」

 真剣な表情から最後は耳を赤くしたハンクに、私の心臓が大きく跳ねた。何だろう、私よりも大きくて年上の彼を可愛いと思ってしまった。そして同時に彼が言っていることが何となくわかった気がした。

(お、落ち着け、私……)

 何とも言いようのない恥ずかしさが湧き上がってきて、彼を直視出来なくなってしまった。急にどうしたというのだろう。この状況をどうしたらいいのかさっぱりわからない。助けを求めるようにチラとソフィアに視線を向けたが、彼女は笑みを深めるだけだった。あの表情は絶対に私の反応を面白がっている……!

「アリーセ様、私はまだ婚約者に決まったばかりです。互いを知る時間はこれからいくらでもありますし、私も無理に距離を縮めるつもりはありません」
「あ、ああ」
「私を好きになって欲しいと思いますが、無理強いするつもりはありません。慌てなくてもいいのです。少しずつ歩み寄っていきませんか?」

 優しい声で諭すような言い方に緊張が解れるような気がした。慌てなくていい、少しずつでいいと言われて安堵の思いが広がった。

「そう、だな。私はこの手のことがよくわからないんだ。だから……お手柔らかに頼む」
「もちろんです」

 そう言ってハンクが一層嬉しそうに笑った。はにかんだような笑みは彼を年よりもずっと幼く見せて、彼との差が少しだけ縮まったように感じた。




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