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私の事情
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私がため息をついたのには理由がある。父が私を娘だと認めていないからだ。そう、私にはちょっと複雑な事情があった。
私の母のアマリアはブランザ男爵家の娘だった。曇りのない鮮やかなピンク色の髪に湖水のような水色の瞳、透き通るような白い肌を持つ明るい顔立ちの美少女だった、らしい。そんな母は天真爛漫と言えば聞こえがいいが、マナーも何もあったもんじゃなく、貴族が通う学園では浮いていたという。
それでも可憐な容姿に夢中になる男子学生は多く、父もその一人だった。母は辺境伯家の次期後継者と結婚出来る立場ではなく、また父にも王命で決まった婚約者がいたため、二人が結ばれる可能性は皆無に等しかった。
だが、意外にも父の婚約者は隣国の王族から望まれ、父よりも隣国に嫁いだ方が国益に適うと判断されて父達の婚約は白紙となった。父は次の婚約者が決まる前に母と既成事実を作り、それを盾に周囲の反対を押し切って母を妻に迎えたのだ。
世間では真実の愛だと持ち上げる者と、貴族らしからぬ振る舞いだと眉を顰める者に分かれた。平民には称賛されたが、貴族からは侮蔑の視線が向けられた。
そんな二人だったが、幸せだったのは最初だけで、直ぐに身分差による価値観の違いが露呈した。厳しく育てられた父は結婚してから母の至らなさが目につき、一方の母は上位貴族に受け入れられず孤立していった。こうなると関係が冷え込むのはあっという間だった。
二人の仲が決定的に壊れたのは、私が生まれた時だったと聞く。婚姻後すぐに子が出来て、生まれたのが私だった。二人の関係は冷め切る一歩手前だったが、子が鎹になる可能性はまだ十分に残っていた。母譲りの髪と白い肌を持つ私に父は歓喜し「この子は天使だ!」と叫んで天使の意味を持つアンジェリクと名付けた。
だが、私の目が開いた時、父の態度が一変した。私の瞳の色が茶色だったからだ。父は深みのある緑色、母は水色だったため、父は母が不貞したと激高したのだ。母はそのような事実はないと訴えたが、結婚するまでは多くの令息と懇意にしていたことが仇になった。これで両親の仲は決定的に悪化し、母は私が一歳になる前に、実家に帰ってしまい戻ることはなかった。実家で流行り病にかかり、そのまま亡くなってしまったからだ。
こんな経緯があったため、父は私を娘と認めなかったが、私の瞳が金色になったことで実子だと認めざるを得なくなった。祖母の、王家の金瞳を受け継いだ私を不貞の子として追い出すことが出来なかったからだ。私は王都の屋敷ではいない者とされ、最低限の世話だけされて放置されていた。
転機が訪れたのは五歳の時だった。王都を訪れたお祖母様が、痩せ細り使用人よりも粗末な服を着せられていた私の姿に憤慨し、領地に連れて帰ったのだ。その後祖父母が私を育ててくれたのだけど……
「ジェイドは……おそらく後継者として認められないだろう」
「そうなのですか?」
「あの子は王家が選んだ婚約者を蔑ろにしていたもの。そうなるでしょうね」
「うむ。幸いにも向こうが良縁を得てお咎めはなかったが、王家の意向を無視して結婚したのは間違いないからな」
父は母が亡くなった後で再婚したが、その時も王家に伺いを立てず王都の屋敷に勝手に迎えて妻として遇した。お祖父様は反対したけれど、王都で勝手に妻だと触れ回ってしまったため、そう認知されてしまったのだ。
ちなみに再婚相手には連れ子がいて、父はその子を養子にしたいとお祖父様に掛け合っているが、我が家の血を引かない連れ子をお祖父様は頑として認めなかった。
「王家がアンを指名したということは、ジェイドを後継と認めないという意思表示だろうな」
「でも……」
「その為の第一王子殿下の婿入りかもしれぬ」
「そうね。廃嫡されたとはいえオードリックは王族。婿入りとなれば彼を後継にしないわけにはいかないわ」
指名された以上、拒否も変更も不可能なのが王命だ。父に何か目を瞠る功績でもあれば話は別だけど、今のところそのような話は聞かないし……
ただ王命を何とも思っていないだろう父が、この決定を受け入れるだろうか。後継者を連れ子にと言っているだけに、一悶着どころでは済まない気がして気が重くなった。
「それよりも、アン。オードリック殿下との結婚はいいのか?」
父とのことが先に頭に来て、そっちのことはすっかり意識から消えていた。確かに廃嫡された王子を婿にだなんて、正直言って不名誉、かもしれない。でも……
「お父様が後を継いだら、ここから出て行かないといけないと思っていました。だから……ここにいられるのなら、悪くない話かな、と……」
父が当主となったら連れ子を後継者にする可能性が高く、そうなれば私は追い出されるだろう。だから私は貴族の子女に義務付けられた学園では魔術科を選び、今は治癒師として働いている。治癒魔術は魔術の中で最も難易度が高いが、そのかわり需要も多くどこに行っても重宝される。要は食いっぱぐれることがないのだ。
「確かに、そうだな」
お祖父様が寂しそうな笑みを浮かべた。ここでは戦神とも恐れられる強いお祖父様でも、死んだ後は何もできないからだ。
私の母のアマリアはブランザ男爵家の娘だった。曇りのない鮮やかなピンク色の髪に湖水のような水色の瞳、透き通るような白い肌を持つ明るい顔立ちの美少女だった、らしい。そんな母は天真爛漫と言えば聞こえがいいが、マナーも何もあったもんじゃなく、貴族が通う学園では浮いていたという。
それでも可憐な容姿に夢中になる男子学生は多く、父もその一人だった。母は辺境伯家の次期後継者と結婚出来る立場ではなく、また父にも王命で決まった婚約者がいたため、二人が結ばれる可能性は皆無に等しかった。
だが、意外にも父の婚約者は隣国の王族から望まれ、父よりも隣国に嫁いだ方が国益に適うと判断されて父達の婚約は白紙となった。父は次の婚約者が決まる前に母と既成事実を作り、それを盾に周囲の反対を押し切って母を妻に迎えたのだ。
世間では真実の愛だと持ち上げる者と、貴族らしからぬ振る舞いだと眉を顰める者に分かれた。平民には称賛されたが、貴族からは侮蔑の視線が向けられた。
そんな二人だったが、幸せだったのは最初だけで、直ぐに身分差による価値観の違いが露呈した。厳しく育てられた父は結婚してから母の至らなさが目につき、一方の母は上位貴族に受け入れられず孤立していった。こうなると関係が冷え込むのはあっという間だった。
二人の仲が決定的に壊れたのは、私が生まれた時だったと聞く。婚姻後すぐに子が出来て、生まれたのが私だった。二人の関係は冷め切る一歩手前だったが、子が鎹になる可能性はまだ十分に残っていた。母譲りの髪と白い肌を持つ私に父は歓喜し「この子は天使だ!」と叫んで天使の意味を持つアンジェリクと名付けた。
だが、私の目が開いた時、父の態度が一変した。私の瞳の色が茶色だったからだ。父は深みのある緑色、母は水色だったため、父は母が不貞したと激高したのだ。母はそのような事実はないと訴えたが、結婚するまでは多くの令息と懇意にしていたことが仇になった。これで両親の仲は決定的に悪化し、母は私が一歳になる前に、実家に帰ってしまい戻ることはなかった。実家で流行り病にかかり、そのまま亡くなってしまったからだ。
こんな経緯があったため、父は私を娘と認めなかったが、私の瞳が金色になったことで実子だと認めざるを得なくなった。祖母の、王家の金瞳を受け継いだ私を不貞の子として追い出すことが出来なかったからだ。私は王都の屋敷ではいない者とされ、最低限の世話だけされて放置されていた。
転機が訪れたのは五歳の時だった。王都を訪れたお祖母様が、痩せ細り使用人よりも粗末な服を着せられていた私の姿に憤慨し、領地に連れて帰ったのだ。その後祖父母が私を育ててくれたのだけど……
「ジェイドは……おそらく後継者として認められないだろう」
「そうなのですか?」
「あの子は王家が選んだ婚約者を蔑ろにしていたもの。そうなるでしょうね」
「うむ。幸いにも向こうが良縁を得てお咎めはなかったが、王家の意向を無視して結婚したのは間違いないからな」
父は母が亡くなった後で再婚したが、その時も王家に伺いを立てず王都の屋敷に勝手に迎えて妻として遇した。お祖父様は反対したけれど、王都で勝手に妻だと触れ回ってしまったため、そう認知されてしまったのだ。
ちなみに再婚相手には連れ子がいて、父はその子を養子にしたいとお祖父様に掛け合っているが、我が家の血を引かない連れ子をお祖父様は頑として認めなかった。
「王家がアンを指名したということは、ジェイドを後継と認めないという意思表示だろうな」
「でも……」
「その為の第一王子殿下の婿入りかもしれぬ」
「そうね。廃嫡されたとはいえオードリックは王族。婿入りとなれば彼を後継にしないわけにはいかないわ」
指名された以上、拒否も変更も不可能なのが王命だ。父に何か目を瞠る功績でもあれば話は別だけど、今のところそのような話は聞かないし……
ただ王命を何とも思っていないだろう父が、この決定を受け入れるだろうか。後継者を連れ子にと言っているだけに、一悶着どころでは済まない気がして気が重くなった。
「それよりも、アン。オードリック殿下との結婚はいいのか?」
父とのことが先に頭に来て、そっちのことはすっかり意識から消えていた。確かに廃嫡された王子を婿にだなんて、正直言って不名誉、かもしれない。でも……
「お父様が後を継いだら、ここから出て行かないといけないと思っていました。だから……ここにいられるのなら、悪くない話かな、と……」
父が当主となったら連れ子を後継者にする可能性が高く、そうなれば私は追い出されるだろう。だから私は貴族の子女に義務付けられた学園では魔術科を選び、今は治癒師として働いている。治癒魔術は魔術の中で最も難易度が高いが、そのかわり需要も多くどこに行っても重宝される。要は食いっぱぐれることがないのだ。
「確かに、そうだな」
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