22 / 107
婚約者の異変
しおりを挟む
ベルクール公爵家の令嬢をミアと呼んだオーリー様は、ただならぬ様子でその場に佇んでいた。彼がミアと呼ぶのは、あのミア=ロッセル嬢のことだろうか。オーリー様を魅了で誘惑し、最期は自死を遂げたという……
「オーリー様?」
驚きを通り越して信じられないと全身で表現しているオーリー様に声をかけると、オーリー様の身体がびくっと反応した。それでも、彼の視線はエリアーヌ様から離れることはなかった。それと同時に、どこかで嗅いだような甘ったるい香りが漂ってきた。
「これはこれはオードリック様。お元気そうで何よりです」
尋常でない様子のオーリー様に声をかけたのは、マティアス様だった。にこやかな表情がオーリー様とは対照的で、彼の変化に無頓着な姿に違和感が湧いた。
「あ、ああ……マティアス殿か……」
「ご紹介しましょう。私の下の妹のエリアーヌにございます」
「……だ、第一王子殿下にご挨拶申し上げます。ベルクール公爵家が娘、エリアーヌにございます」
マティアス様が紹介すると、続けてエリアーヌ様が挨拶をした。何だろう、公爵令嬢というにはぎこちない挨拶が一層不信感を募らせた。
「妹……」
そんな彼らに対して、オーリー様もまだ衝撃から覚めない様子だった。エリアーヌ様をじっと見つめている。
「オードリック様も驚かれましたか」
「私もとは? 一体……」
「実は、エリアーヌはミアという少女に似ているらしくて……あちこちで同じような反応を受けているのですよ」
「……」
やれやれといった風にマティアス様がそう言った。オーリー様は相変わらず衝撃の中にいるようで、似ているもんじゃない……と呟くのが聞こえた。私は面識がなかったからその違いが判らないけれど、似ているというのがオーリー様だけではないのなら、確かに似ているのだろう。もう一度エリアーヌ様に視線を向けたけれど、可憐で庇護欲をそそる姿はミレイユに似たタイプかもしれない。
その後もオーリー様は心ここにあらずで、最期までエリアーヌ様に視線を向けていた。彼らしくないその姿は違和感が大きかったけれど、一方でそんなオーリー様に平然としているマティアス様も同じくらい異質に感じた。あれはオーリー様が動揺している様を楽しんでいる様にしか見えない。王族に対しての態度ではないだろう。そりゃあ、あの婚約破棄騒動で一番割を食ったのはベルクール公爵家だし、そんな彼らがオーリー様を疎ましく思うのは仕方がない。でも、だったら尚のこと、何をしに来たのかと不信感が募った。
彼らが返った後、私はお祖父様とお祖母様とサロンで話をしていた。オーリー様は彼らが帰るとすぐに部屋に引っ込んでしまわれた。よほどお疲れだったのだろう。顔色も悪かったし、ミアに似ているというエリアーヌ様に過去の記憶が再び呼び戻されてしまったのかもしれない。
先日はミア様が使っていた香りと似た香油に反応して、急に倒れられてしまった。まだまだ後遺症に囚われたままなのだろう。
「オードリック様に全く好意的ではなかったな」
「そうね。まるであの子が苦しんでいるのを楽しんでいるようにも見えたわ」
二人の見解は私のそれと同じだった。エリアーヌ様はともかく、マティアス様はあの後も気遣いなど欠片もない言動を繰り返し、オーリー様を甚振っている様にすら見えた。その態度の中には我が家を下に見るようなものも含まれていて、驕って見えるその姿は父のベルクール公爵によく似ていた。
「あの青二才が、随分と舐めた真似をしてくれたわね」
「オードリック様が反論しないのをいいことに、言いたい放題だったな」
「あの二人は何をしに来たのでしょう?」
見舞いというにはあまりにも酷い態度だった。オーリー様の良心に針を刺すのを楽しんでいるようにも見えた。お祖母様を時々見ていたから、お祖母様の反応を確かめながらやり過ぎないように言葉を選んでいたのだろう。お祖母さまのことだから、最初は相手の出方を見るべく何も言わず好きにさせていたのだろうけど。
一方のエリアーヌ様始終オドオドとしながらも、オーリー様を熱心に見ていた。その様子は初対面のそれにしては恥じらいが感じられず、旧知の仲に見えた。
「今はまだ何とも言えないけれど、跡取りがオードリックを下に見ているのは間違いないわね。それに我が家も、ね」
お祖母様の言うことに反論出来る要素はなかった。確かにマティアス様は柔らかい態度を保ちながらもどこか驕慢で、我が家に対しても格下に見ているのは間違いないだろう。
「爵位も継いでいないのに、私たちと対等なつもりだなんて。随分と躾がなっていないのは確かね」
お祖母様がかなり怒りを溜め込んでいるのを感じた。何事もなければいいのだけど……まだ本調子ではないオーリー様のこともあって、そう願わずにはいられなかった。
「オーリー様?」
驚きを通り越して信じられないと全身で表現しているオーリー様に声をかけると、オーリー様の身体がびくっと反応した。それでも、彼の視線はエリアーヌ様から離れることはなかった。それと同時に、どこかで嗅いだような甘ったるい香りが漂ってきた。
「これはこれはオードリック様。お元気そうで何よりです」
尋常でない様子のオーリー様に声をかけたのは、マティアス様だった。にこやかな表情がオーリー様とは対照的で、彼の変化に無頓着な姿に違和感が湧いた。
「あ、ああ……マティアス殿か……」
「ご紹介しましょう。私の下の妹のエリアーヌにございます」
「……だ、第一王子殿下にご挨拶申し上げます。ベルクール公爵家が娘、エリアーヌにございます」
マティアス様が紹介すると、続けてエリアーヌ様が挨拶をした。何だろう、公爵令嬢というにはぎこちない挨拶が一層不信感を募らせた。
「妹……」
そんな彼らに対して、オーリー様もまだ衝撃から覚めない様子だった。エリアーヌ様をじっと見つめている。
「オードリック様も驚かれましたか」
「私もとは? 一体……」
「実は、エリアーヌはミアという少女に似ているらしくて……あちこちで同じような反応を受けているのですよ」
「……」
やれやれといった風にマティアス様がそう言った。オーリー様は相変わらず衝撃の中にいるようで、似ているもんじゃない……と呟くのが聞こえた。私は面識がなかったからその違いが判らないけれど、似ているというのがオーリー様だけではないのなら、確かに似ているのだろう。もう一度エリアーヌ様に視線を向けたけれど、可憐で庇護欲をそそる姿はミレイユに似たタイプかもしれない。
その後もオーリー様は心ここにあらずで、最期までエリアーヌ様に視線を向けていた。彼らしくないその姿は違和感が大きかったけれど、一方でそんなオーリー様に平然としているマティアス様も同じくらい異質に感じた。あれはオーリー様が動揺している様を楽しんでいる様にしか見えない。王族に対しての態度ではないだろう。そりゃあ、あの婚約破棄騒動で一番割を食ったのはベルクール公爵家だし、そんな彼らがオーリー様を疎ましく思うのは仕方がない。でも、だったら尚のこと、何をしに来たのかと不信感が募った。
彼らが返った後、私はお祖父様とお祖母様とサロンで話をしていた。オーリー様は彼らが帰るとすぐに部屋に引っ込んでしまわれた。よほどお疲れだったのだろう。顔色も悪かったし、ミアに似ているというエリアーヌ様に過去の記憶が再び呼び戻されてしまったのかもしれない。
先日はミア様が使っていた香りと似た香油に反応して、急に倒れられてしまった。まだまだ後遺症に囚われたままなのだろう。
「オードリック様に全く好意的ではなかったな」
「そうね。まるであの子が苦しんでいるのを楽しんでいるようにも見えたわ」
二人の見解は私のそれと同じだった。エリアーヌ様はともかく、マティアス様はあの後も気遣いなど欠片もない言動を繰り返し、オーリー様を甚振っている様にすら見えた。その態度の中には我が家を下に見るようなものも含まれていて、驕って見えるその姿は父のベルクール公爵によく似ていた。
「あの青二才が、随分と舐めた真似をしてくれたわね」
「オードリック様が反論しないのをいいことに、言いたい放題だったな」
「あの二人は何をしに来たのでしょう?」
見舞いというにはあまりにも酷い態度だった。オーリー様の良心に針を刺すのを楽しんでいるようにも見えた。お祖母様を時々見ていたから、お祖母様の反応を確かめながらやり過ぎないように言葉を選んでいたのだろう。お祖母さまのことだから、最初は相手の出方を見るべく何も言わず好きにさせていたのだろうけど。
一方のエリアーヌ様始終オドオドとしながらも、オーリー様を熱心に見ていた。その様子は初対面のそれにしては恥じらいが感じられず、旧知の仲に見えた。
「今はまだ何とも言えないけれど、跡取りがオードリックを下に見ているのは間違いないわね。それに我が家も、ね」
お祖母様の言うことに反論出来る要素はなかった。確かにマティアス様は柔らかい態度を保ちながらもどこか驕慢で、我が家に対しても格下に見ているのは間違いないだろう。
「爵位も継いでいないのに、私たちと対等なつもりだなんて。随分と躾がなっていないのは確かね」
お祖母様がかなり怒りを溜め込んでいるのを感じた。何事もなければいいのだけど……まだ本調子ではないオーリー様のこともあって、そう願わずにはいられなかった。
130
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる