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依頼の行方は……
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(な、何なの……?)
無言でじっと見つめられて、私の心中は大混乱の一歩手前だった。何か怒らせるような事をしただろうか……リファール辺境伯家は侯爵家と同程度の家格だし、お祖母様が降嫁されているから、公爵家といえども迂闊に手を出すことは出来ない筈だ。それでも、ベルクール公爵は目的のためなら手段を択ばない御仁だし、マティアス様も同類だと言われている。だから彼に対して厳しい態度はとっても、決定的に険悪になることは避けてきたはずだけど……
「あの……私の顔に、何かついていますか?」
何の反応も示さないマティアス様との時間が息苦しくなった私は、思い切ってもう一度問いかけると、マティアス様がハッと我に返った。
「あ、ああ、すまない……」
何だかバツが悪そうに視線を外された。そのことにホッとしたけれど、彼の態度が意味不明だった。何だろう、何だか気まずそうにしているし、心なしか耳が赤く見えるのだけど……
その直後にマリエル様が戻ってくると、マティアス様は先ほどの好青年的な態度に戻っていた。私にも話しかけて来たけれど、そこには怒りなどは感じられなかった。結局、彼の不審な行動の理由はわからずじまいだった。
その翌日、私はマリエル様の元を辞してブノワ殿の村に向かった。そろそろお孫さんが返ってくる頃だろう。マリエル様に聞いた話では、マティアス様は昨夜のうちに屋敷を発たれたという。そうなれば彼の次の目的地は我が家だろうか。私が留守の間に我が家へ突撃しないか心配だから、こうなったら早く戻った方がいいだろう。その為にも、ブノワ殿の協力を何としてでも受けて貰いたかった。んだけど……
「……話すことはない」
「そこを何とか! せめて話だけでも聞いて下さい!」
結局この日も同じ問答の繰り返しだった。ブノワ殿の頑なさは変わらず、ドアを閉めようとするのを手で押さえて何とか阻止しているところだった。
「お祖父ちゃん、どうしたの?」
そんな私たちの様子に気が付いたのか、奥から女性の声が聞こえた。
「ソ、ソフィア、奥にいなさい」
「でも、お祖父ちゃん、お客様でしょう?」
「こんな奴ら、客でもなんでもない!」
断言されてしまうとちょっとへこむけれど、今はオーリー様のためにもここは引き下がれなかった。
「お願いです。どうか助けて下さい! 婚約者の命がかかっているんです!」
あざとい手だけれど、今は手段を選んでいられなかった。ここで何とか協力をお願いできなければ、オーリー様はじわじわと弱って死んでしまうかもしれないのだ。それにマティアス様の動向も心配だ。昨夜マリエル様の屋敷を発ったのなら、私たちが帰るよりも先に屋敷に押しかけるかもしれない。
「お祖父ちゃん! 困っていらっしゃるじゃない! 話くらい聞いてもいいでしょう?」
「ソフィア、お前には関係ないことだ!」
「関係ない? そう。じゃ、もうお祖父ちゃんのことなんて知らないから!」
「な……!」
「私、お祖父ちゃんのこと、尊敬していたし、自慢のお祖父ちゃんだって思っていたわ」
「ソ、ソフィ……」
「なのに。こんなに困っているのに話も聞かないなんて……そんなの、私の大好きなお祖父ちゃんじゃないわ!」
「……っ!」
ドアが少ししか開いていないから声しか聞こえないけれど、向こう側ではブノワ殿が動揺しているのが伝わってきた。どうやらお孫さんにそんな風に言われてショックを受けたらしい。
(ちょっと演技し過ぎたかしら……)
本音ではあるけれど、多少の演技も入っていたのは否めない。あまりこういうことはしたくないのだけど……
それからも暫くドアの向こうで押し問答が続いていたけれど……
「すみません、祖父が頑固で。でも大丈夫です。ご依頼をお聞きしますわ」
最後は私と同じか少し年下の少女が笑みを浮かべて現れた。栗色の髪は艶やかで、鮮やかな緑の瞳が印象的だ。
「あ、申し遅れました。私は孫のソフィアと申します。何もないあばら家ですが、それでもよければどうぞ」
「ソ、ソフィア……!」
にこやかに私たちを招き入れるソフィアさんに対して、ブノワ殿がまだ戸惑いを隠し切れずに抗議の声を上げたけれど、それは見事に流された。
「それで、ご依頼とは? どのようなお薬をお望みですか?」
「それは……」
「ソフィア、わしは暫くこの家を離れる」
「ええっ?! お祖父ちゃん? ど、どうしたの突然?」
ブノワ殿の発言に驚いたソフィアさんの声が裏返った。
「詳しくは話せない。守秘義務がある仕事なんだ……」
「え? それじゃ、私は……」
「お前は……誰か友達のところにお世話になりなさい」
「ええっ? い、いつまで?」
「それは……」
期間を問われて返事に窮したブノワ殿が私を見た。ソフィアさんには隠そうとしているけれど、その眼には怒りが見えた気がした。
「ブノワ殿、よろしければソフィアさんもご一緒にどうぞ。お客様として丁重におもてなし致します」
「え? い、いいの? わ、私平民なんだけど……」
「身分など関係ありません。こちらはお願いする側ですから。もしそれがお嫌であれば、どこか宿をとりますので、そちらでお過ごしください。もちろんその間のソフィアさんの身はこちらで責任をもってお守り致します」
「えええっ?!」
ソフィアさんが驚きの声を上げ、ブノワ殿が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
無言でじっと見つめられて、私の心中は大混乱の一歩手前だった。何か怒らせるような事をしただろうか……リファール辺境伯家は侯爵家と同程度の家格だし、お祖母様が降嫁されているから、公爵家といえども迂闊に手を出すことは出来ない筈だ。それでも、ベルクール公爵は目的のためなら手段を択ばない御仁だし、マティアス様も同類だと言われている。だから彼に対して厳しい態度はとっても、決定的に険悪になることは避けてきたはずだけど……
「あの……私の顔に、何かついていますか?」
何の反応も示さないマティアス様との時間が息苦しくなった私は、思い切ってもう一度問いかけると、マティアス様がハッと我に返った。
「あ、ああ、すまない……」
何だかバツが悪そうに視線を外された。そのことにホッとしたけれど、彼の態度が意味不明だった。何だろう、何だか気まずそうにしているし、心なしか耳が赤く見えるのだけど……
その直後にマリエル様が戻ってくると、マティアス様は先ほどの好青年的な態度に戻っていた。私にも話しかけて来たけれど、そこには怒りなどは感じられなかった。結局、彼の不審な行動の理由はわからずじまいだった。
その翌日、私はマリエル様の元を辞してブノワ殿の村に向かった。そろそろお孫さんが返ってくる頃だろう。マリエル様に聞いた話では、マティアス様は昨夜のうちに屋敷を発たれたという。そうなれば彼の次の目的地は我が家だろうか。私が留守の間に我が家へ突撃しないか心配だから、こうなったら早く戻った方がいいだろう。その為にも、ブノワ殿の協力を何としてでも受けて貰いたかった。んだけど……
「……話すことはない」
「そこを何とか! せめて話だけでも聞いて下さい!」
結局この日も同じ問答の繰り返しだった。ブノワ殿の頑なさは変わらず、ドアを閉めようとするのを手で押さえて何とか阻止しているところだった。
「お祖父ちゃん、どうしたの?」
そんな私たちの様子に気が付いたのか、奥から女性の声が聞こえた。
「ソ、ソフィア、奥にいなさい」
「でも、お祖父ちゃん、お客様でしょう?」
「こんな奴ら、客でもなんでもない!」
断言されてしまうとちょっとへこむけれど、今はオーリー様のためにもここは引き下がれなかった。
「お願いです。どうか助けて下さい! 婚約者の命がかかっているんです!」
あざとい手だけれど、今は手段を選んでいられなかった。ここで何とか協力をお願いできなければ、オーリー様はじわじわと弱って死んでしまうかもしれないのだ。それにマティアス様の動向も心配だ。昨夜マリエル様の屋敷を発ったのなら、私たちが帰るよりも先に屋敷に押しかけるかもしれない。
「お祖父ちゃん! 困っていらっしゃるじゃない! 話くらい聞いてもいいでしょう?」
「ソフィア、お前には関係ないことだ!」
「関係ない? そう。じゃ、もうお祖父ちゃんのことなんて知らないから!」
「な……!」
「私、お祖父ちゃんのこと、尊敬していたし、自慢のお祖父ちゃんだって思っていたわ」
「ソ、ソフィ……」
「なのに。こんなに困っているのに話も聞かないなんて……そんなの、私の大好きなお祖父ちゃんじゃないわ!」
「……っ!」
ドアが少ししか開いていないから声しか聞こえないけれど、向こう側ではブノワ殿が動揺しているのが伝わってきた。どうやらお孫さんにそんな風に言われてショックを受けたらしい。
(ちょっと演技し過ぎたかしら……)
本音ではあるけれど、多少の演技も入っていたのは否めない。あまりこういうことはしたくないのだけど……
それからも暫くドアの向こうで押し問答が続いていたけれど……
「すみません、祖父が頑固で。でも大丈夫です。ご依頼をお聞きしますわ」
最後は私と同じか少し年下の少女が笑みを浮かべて現れた。栗色の髪は艶やかで、鮮やかな緑の瞳が印象的だ。
「あ、申し遅れました。私は孫のソフィアと申します。何もないあばら家ですが、それでもよければどうぞ」
「ソ、ソフィア……!」
にこやかに私たちを招き入れるソフィアさんに対して、ブノワ殿がまだ戸惑いを隠し切れずに抗議の声を上げたけれど、それは見事に流された。
「それで、ご依頼とは? どのようなお薬をお望みですか?」
「それは……」
「ソフィア、わしは暫くこの家を離れる」
「ええっ?! お祖父ちゃん? ど、どうしたの突然?」
ブノワ殿の発言に驚いたソフィアさんの声が裏返った。
「詳しくは話せない。守秘義務がある仕事なんだ……」
「え? それじゃ、私は……」
「お前は……誰か友達のところにお世話になりなさい」
「ええっ? い、いつまで?」
「それは……」
期間を問われて返事に窮したブノワ殿が私を見た。ソフィアさんには隠そうとしているけれど、その眼には怒りが見えた気がした。
「ブノワ殿、よろしければソフィアさんもご一緒にどうぞ。お客様として丁重におもてなし致します」
「え? い、いいの? わ、私平民なんだけど……」
「身分など関係ありません。こちらはお願いする側ですから。もしそれがお嫌であれば、どこか宿をとりますので、そちらでお過ごしください。もちろんその間のソフィアさんの身はこちらで責任をもってお守り致します」
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