【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

文字の大きさ
40 / 107

ベルクール公爵の子

しおりを挟む
 片膝をついて恭順の意を示すマティアス様の姿をまじまじと見つめながら、彼の発言を反芻した。

(……ベルクール公爵の、罪を明らかにして罪を償わせるって……)

 それは私たちにとっても望むところだけど、それはマティアス様の破滅を意味している。彼は嫡男として彼の片棒を担ぐ立場にあるから、そうなった場合無傷な筈がない。彼自身も色々と黒い噂があるし、彼がそう言うならベルクール公爵は確実に黒なのだろう。だったら……

「言っている意味がわかり兼ねるわね。それはあなたも同様に断罪されることになるのではなくて?」

 お祖母様も同じように感じたのだろう。突き放すようにそう言った。

「仰る通りです。ですが、それも織り込み済みでございます」
「……そう。でも、あなたの立場であれば私たちの協力など必要ないのではなくて? 嫡男の貴方ならいくらでも彼の悪事の証拠など手に入れられるでしょうに」

 それもお祖母様の言う通りだ。彼は次期後継者として既に公爵家の仕事をしていると聞く。そんな彼ならいくらでも証拠など集められるだろう。こんな辺境の私たちに協力を求める必要などない筈だ。

「そう思われるのも当然です。ですが……」

 マティアス様の話は、私たちが考えていた公爵家の内情とはかけ離れたものだった。公爵家はベルクール公爵の独裁なのは想定していたけれど、実際はそれ以上だったのだ。公爵は嫡男であるマティアス様ですらも駒として使い、その行動を厳しく監視していた。その為彼は父の違法行為の証拠を手に入れることが出来なかったという。証拠を手に入れようとして不審な動きをすれば、それは自らの死だけではなく妻子の身の危険を意味しているのだとも。

「まさか……だって公爵家の後継者は……」

 マティアス様は公爵家唯一の男子で、彼以外の後継者はいない筈。思わずそのことが口から洩れてしまった。

「私のみ、と言いたいところですが……私には息子がいます」
「あ……」

 マティアス様が目を伏せて苦しそうにそう言った。公爵はもしそうなった場合、息子に厳しい教育を強いるだろうと言った。それも自分が受けたモノ以上に苛烈で容赦のないものを。

「私自身、幼い頃から死んだほうがマシだと思うような教育を受けてきました。死ねなかったのは……母が、人質だったからです」
「……母親を、人質に?」

 さすがのお祖母様も信じられないようだった。

「はい。もし私で失敗したとなれば、息子は私以上に苦しむでしょう」
「そんな……実の孫なのに……」

 マティアス様の受けた教育の内容はわからないけれど、あの公爵なら非道なことも平気でやらせそうに思えた。そりゃあ、私の父のように実子を虐げる親はいるけれど、実子だと認められなかった私とマティアス様では事情が違う。

「例え実子であっても、父には駒でしかありません。私や……そう、ミアのように……」
「え?」
「な?」
「ミアが……公爵の、子……?」

 驚きの声を上げた後に伝わってきたのは、オーリー様の声の震える声だった。呆然としているその顔色が一層悪くなっていく。彼女への恋情はないと言っていたけれど、ジョアンナ様の異母妹だったなんて……それじゃ、彼女は……

「あの子は、父が使用人に産ませた子です」
「公爵の……」

 公爵なら外に庶子がいても不思議じゃない。彼があちこちに愛人を作っていたのは有名だったし、愛人を持つ貴族は珍しくないから。

「ミアは父の手駒として、高位貴族並みの教育を受けて育ちました。あの子がオードリック様を魅了出来たのも、後ろに父がいたからです」

 まさかと思う一方で、そうだったのかと腑に落ちるものを感じた。ずっと魅了の魔道具をどこで手に入れたのだろうと不思議に思っていたから。魅了に関する物は禁忌として法律で使用も所持も禁止されているから、子爵家の令嬢が簡単に手に入れられるものじゃない。でも、ベルクール公爵だったら手に入れられる可能性はあるだろう。

「父も魔道具を手に入れたものの半信半疑だったのでしょう。あの子は……効果を試すためにあれを持たされたのです」
「じゃ、最初からオーリー様を狙ったわけじゃなかったと?」
「はい。最初は身近な者で効果を試していました」
「だったら……」
「ミアの見た目はああでしたが、中身は父に似て野心家でした。あの子は……高位貴族の令息が自分に靡いたのを知って、欲が出てしまったのです」

 見た目がか弱そうに見えて強かなミア様は、公爵のお気に入りだった。公爵の命令を超えて高位貴族に接触したが、公爵は面白がって咎めなかったという。

「父にしてみればミアが嫁入りして高位貴族と縁続きになれば……と考えていたのでしょう。ミアと父の関係は伏せられていましたから、ミアを嫁がせた後、その家の弱みを握り懐柔しようと考えたのでしょう」

 確かに公爵ならそれくらいのことはやりそうだ。実子をスパイのように利用することに罪悪感など持たないだろう。

「まさかミアが、そんなことを……」
「あの子の猫被り具合は大したものでしたから。彼女のせいで私ですらも父から不興を買ったほどです」
「マティアス殿が?」
「ええ。彼女のやり方は強引すぎる。もう少し控えないと周りに疑われると忠告したのですが……父に内容を曲げて泣きつかれまして……」

 そう言ってマティアス殿が苦笑した。彼女の強かさにはマティアス様も舌を巻いたという。

「野心家のあの子は、オードリック様の側近に近づいた。そのせいで自分にも資格があると思ってしまったのでしょう」
「資格って……何の?」
「自分が王太子妃になれると、異母姉が婚約者なら自分がそれに成り代わっても問題ないと、そう思ったのです」



しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...