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ベルクール公爵の子
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片膝をついて恭順の意を示すマティアス様の姿をまじまじと見つめながら、彼の発言を反芻した。
(……ベルクール公爵の、罪を明らかにして罪を償わせるって……)
それは私たちにとっても望むところだけど、それはマティアス様の破滅を意味している。彼は嫡男として彼の片棒を担ぐ立場にあるから、そうなった場合無傷な筈がない。彼自身も色々と黒い噂があるし、彼がそう言うならベルクール公爵は確実に黒なのだろう。だったら……
「言っている意味がわかり兼ねるわね。それはあなたも同様に断罪されることになるのではなくて?」
お祖母様も同じように感じたのだろう。突き放すようにそう言った。
「仰る通りです。ですが、それも織り込み済みでございます」
「……そう。でも、あなたの立場であれば私たちの協力など必要ないのではなくて? 嫡男の貴方ならいくらでも彼の悪事の証拠など手に入れられるでしょうに」
それもお祖母様の言う通りだ。彼は次期後継者として既に公爵家の仕事をしていると聞く。そんな彼ならいくらでも証拠など集められるだろう。こんな辺境の私たちに協力を求める必要などない筈だ。
「そう思われるのも当然です。ですが……」
マティアス様の話は、私たちが考えていた公爵家の内情とはかけ離れたものだった。公爵家はベルクール公爵の独裁なのは想定していたけれど、実際はそれ以上だったのだ。公爵は嫡男であるマティアス様ですらも駒として使い、その行動を厳しく監視していた。その為彼は父の違法行為の証拠を手に入れることが出来なかったという。証拠を手に入れようとして不審な動きをすれば、それは自らの死だけではなく妻子の身の危険を意味しているのだとも。
「まさか……だって公爵家の後継者は……」
マティアス様は公爵家唯一の男子で、彼以外の後継者はいない筈。思わずそのことが口から洩れてしまった。
「私のみ、と言いたいところですが……私には息子がいます」
「あ……」
マティアス様が目を伏せて苦しそうにそう言った。公爵はもしそうなった場合、息子に厳しい教育を強いるだろうと言った。それも自分が受けたモノ以上に苛烈で容赦のないものを。
「私自身、幼い頃から死んだほうがマシだと思うような教育を受けてきました。死ねなかったのは……母が、人質だったからです」
「……母親を、人質に?」
さすがのお祖母様も信じられないようだった。
「はい。もし私で失敗したとなれば、息子は私以上に苦しむでしょう」
「そんな……実の孫なのに……」
マティアス様の受けた教育の内容はわからないけれど、あの公爵なら非道なことも平気でやらせそうに思えた。そりゃあ、私の父のように実子を虐げる親はいるけれど、実子だと認められなかった私とマティアス様では事情が違う。
「例え実子であっても、父には駒でしかありません。私や……そう、ミアのように……」
「え?」
「な?」
「ミアが……公爵の、子……?」
驚きの声を上げた後に伝わってきたのは、オーリー様の声の震える声だった。呆然としているその顔色が一層悪くなっていく。彼女への恋情はないと言っていたけれど、ジョアンナ様の異母妹だったなんて……それじゃ、彼女は……
「あの子は、父が使用人に産ませた子です」
「公爵の……」
公爵なら外に庶子がいても不思議じゃない。彼があちこちに愛人を作っていたのは有名だったし、愛人を持つ貴族は珍しくないから。
「ミアは父の手駒として、高位貴族並みの教育を受けて育ちました。あの子がオードリック様を魅了出来たのも、後ろに父がいたからです」
まさかと思う一方で、そうだったのかと腑に落ちるものを感じた。ずっと魅了の魔道具をどこで手に入れたのだろうと不思議に思っていたから。魅了に関する物は禁忌として法律で使用も所持も禁止されているから、子爵家の令嬢が簡単に手に入れられるものじゃない。でも、ベルクール公爵だったら手に入れられる可能性はあるだろう。
「父も魔道具を手に入れたものの半信半疑だったのでしょう。あの子は……効果を試すためにあれを持たされたのです」
「じゃ、最初からオーリー様を狙ったわけじゃなかったと?」
「はい。最初は身近な者で効果を試していました」
「だったら……」
「ミアの見た目はああでしたが、中身は父に似て野心家でした。あの子は……高位貴族の令息が自分に靡いたのを知って、欲が出てしまったのです」
見た目がか弱そうに見えて強かなミア様は、公爵のお気に入りだった。公爵の命令を超えて高位貴族に接触したが、公爵は面白がって咎めなかったという。
「父にしてみればミアが嫁入りして高位貴族と縁続きになれば……と考えていたのでしょう。ミアと父の関係は伏せられていましたから、ミアを嫁がせた後、その家の弱みを握り懐柔しようと考えたのでしょう」
確かに公爵ならそれくらいのことはやりそうだ。実子をスパイのように利用することに罪悪感など持たないだろう。
「まさかミアが、そんなことを……」
「あの子の猫被り具合は大したものでしたから。彼女のせいで私ですらも父から不興を買ったほどです」
「マティアス殿が?」
「ええ。彼女のやり方は強引すぎる。もう少し控えないと周りに疑われると忠告したのですが……父に内容を曲げて泣きつかれまして……」
そう言ってマティアス殿が苦笑した。彼女の強かさにはマティアス様も舌を巻いたという。
「野心家のあの子は、オードリック様の側近に近づいた。そのせいで自分にも資格があると思ってしまったのでしょう」
「資格って……何の?」
「自分が王太子妃になれると、異母姉が婚約者なら自分がそれに成り代わっても問題ないと、そう思ったのです」
(……ベルクール公爵の、罪を明らかにして罪を償わせるって……)
それは私たちにとっても望むところだけど、それはマティアス様の破滅を意味している。彼は嫡男として彼の片棒を担ぐ立場にあるから、そうなった場合無傷な筈がない。彼自身も色々と黒い噂があるし、彼がそう言うならベルクール公爵は確実に黒なのだろう。だったら……
「言っている意味がわかり兼ねるわね。それはあなたも同様に断罪されることになるのではなくて?」
お祖母様も同じように感じたのだろう。突き放すようにそう言った。
「仰る通りです。ですが、それも織り込み済みでございます」
「……そう。でも、あなたの立場であれば私たちの協力など必要ないのではなくて? 嫡男の貴方ならいくらでも彼の悪事の証拠など手に入れられるでしょうに」
それもお祖母様の言う通りだ。彼は次期後継者として既に公爵家の仕事をしていると聞く。そんな彼ならいくらでも証拠など集められるだろう。こんな辺境の私たちに協力を求める必要などない筈だ。
「そう思われるのも当然です。ですが……」
マティアス様の話は、私たちが考えていた公爵家の内情とはかけ離れたものだった。公爵家はベルクール公爵の独裁なのは想定していたけれど、実際はそれ以上だったのだ。公爵は嫡男であるマティアス様ですらも駒として使い、その行動を厳しく監視していた。その為彼は父の違法行為の証拠を手に入れることが出来なかったという。証拠を手に入れようとして不審な動きをすれば、それは自らの死だけではなく妻子の身の危険を意味しているのだとも。
「まさか……だって公爵家の後継者は……」
マティアス様は公爵家唯一の男子で、彼以外の後継者はいない筈。思わずそのことが口から洩れてしまった。
「私のみ、と言いたいところですが……私には息子がいます」
「あ……」
マティアス様が目を伏せて苦しそうにそう言った。公爵はもしそうなった場合、息子に厳しい教育を強いるだろうと言った。それも自分が受けたモノ以上に苛烈で容赦のないものを。
「私自身、幼い頃から死んだほうがマシだと思うような教育を受けてきました。死ねなかったのは……母が、人質だったからです」
「……母親を、人質に?」
さすがのお祖母様も信じられないようだった。
「はい。もし私で失敗したとなれば、息子は私以上に苦しむでしょう」
「そんな……実の孫なのに……」
マティアス様の受けた教育の内容はわからないけれど、あの公爵なら非道なことも平気でやらせそうに思えた。そりゃあ、私の父のように実子を虐げる親はいるけれど、実子だと認められなかった私とマティアス様では事情が違う。
「例え実子であっても、父には駒でしかありません。私や……そう、ミアのように……」
「え?」
「な?」
「ミアが……公爵の、子……?」
驚きの声を上げた後に伝わってきたのは、オーリー様の声の震える声だった。呆然としているその顔色が一層悪くなっていく。彼女への恋情はないと言っていたけれど、ジョアンナ様の異母妹だったなんて……それじゃ、彼女は……
「あの子は、父が使用人に産ませた子です」
「公爵の……」
公爵なら外に庶子がいても不思議じゃない。彼があちこちに愛人を作っていたのは有名だったし、愛人を持つ貴族は珍しくないから。
「ミアは父の手駒として、高位貴族並みの教育を受けて育ちました。あの子がオードリック様を魅了出来たのも、後ろに父がいたからです」
まさかと思う一方で、そうだったのかと腑に落ちるものを感じた。ずっと魅了の魔道具をどこで手に入れたのだろうと不思議に思っていたから。魅了に関する物は禁忌として法律で使用も所持も禁止されているから、子爵家の令嬢が簡単に手に入れられるものじゃない。でも、ベルクール公爵だったら手に入れられる可能性はあるだろう。
「父も魔道具を手に入れたものの半信半疑だったのでしょう。あの子は……効果を試すためにあれを持たされたのです」
「じゃ、最初からオーリー様を狙ったわけじゃなかったと?」
「はい。最初は身近な者で効果を試していました」
「だったら……」
「ミアの見た目はああでしたが、中身は父に似て野心家でした。あの子は……高位貴族の令息が自分に靡いたのを知って、欲が出てしまったのです」
見た目がか弱そうに見えて強かなミア様は、公爵のお気に入りだった。公爵の命令を超えて高位貴族に接触したが、公爵は面白がって咎めなかったという。
「父にしてみればミアが嫁入りして高位貴族と縁続きになれば……と考えていたのでしょう。ミアと父の関係は伏せられていましたから、ミアを嫁がせた後、その家の弱みを握り懐柔しようと考えたのでしょう」
確かに公爵ならそれくらいのことはやりそうだ。実子をスパイのように利用することに罪悪感など持たないだろう。
「まさかミアが、そんなことを……」
「あの子の猫被り具合は大したものでしたから。彼女のせいで私ですらも父から不興を買ったほどです」
「マティアス殿が?」
「ええ。彼女のやり方は強引すぎる。もう少し控えないと周りに疑われると忠告したのですが……父に内容を曲げて泣きつかれまして……」
そう言ってマティアス殿が苦笑した。彼女の強かさにはマティアス様も舌を巻いたという。
「野心家のあの子は、オードリック様の側近に近づいた。そのせいで自分にも資格があると思ってしまったのでしょう」
「資格って……何の?」
「自分が王太子妃になれると、異母姉が婚約者なら自分がそれに成り代わっても問題ないと、そう思ったのです」
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