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夜会のドレス
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「はぁ……」
「もう、アンってば。こんな時にため息つかないでよ」
夜会の日がとうとうやって来てしまった。私は朝からため息が止められない。今日のためにマナーやダンスの復習三昧の日々のお陰で少しはマシになったかもしれないけれど、だからと言って経験値が上がるわけではない。この年で夜会初心者だなんて気が重かった。
「しょうがないじゃない。実質的に夜会に出るの、今日が初めてのようなものだし」
デビュタントの時、ファーストダンスは踊ったけれど、後は最低限の挨拶だけして帰ってしまった。だから殆ど覚えていない。貴族令嬢としてどうなんだと思うけど、元々父が辺境伯を継いだら私は追い出されると思っていたので、私の人生に夜会なんて無関係だと思っていたのだ。
「もう。そんなこと言わないで、もっと晴れやかな顔しなさいよ。せっかく綺麗に出来たのに勿体ない。ほら、完成よ!」
そう言ってエリーが姿見を私に向けた。
「……」
鏡に映ったのは、私の知らない誰かだった。くすみのないピンク色の髪は柔らかく結い上げられて、ところどころに銀で作られた小花が散らされていた。この髪色では何をしても浮いてしまうと思っていたけれど、銀細工のせいか落ち着いた感じに見える。
ドレスも……この髪色にパステルカラーを合わせるといかにも頭が悪そうに見えて嫌いだったけれど、シックな青みがかった銀色の生地のせいでこちらも落ち着いて見えた。差し色の金とローズ色が利いているせいか、髪だけが浮くこともなく一体感もある。
(凄い……髪が……浮いていない……)
これまでこの無駄に明るい色合いの髪が悩みの種だったのに、このドレスだとしっくりくるから不思議だ。デザインでこうも変わるものだとは思わなかった……
「あら、素敵ね」
そう言いながら部屋に入ってきたのはアデル様だった。瞳の色と同じ深みのある青いドレスに、淡い色合いの金髪が映えて凄くお似合いだ。孫までいるとは思えないほどに若々しく見える。王妃様もだけど、お幾つなのかと疑問に思うほど年を感じさせないのは凄いなと思うし、女性としてはあやかりたいと思ってしまう。
「アデル様も、凄くお綺麗です」
「そう?ありがとう。でもやっぱり今日の目玉はアンジェよ。やっぱり着飾ればその辺の令嬢になんか負けないわ」
「まさか」
さすがにそれは褒め過ぎだろう。私よりも綺麗な令嬢はいくらでもいるのだから。
「そのまさかよ。いつも地味にしているからわからないけれど、これならあちこちの令息を虜にしちゃいそうね」
アデル様が楽しそうにそう言ったけれど、私としては信じ難かった。それに、男性に興味がないから下手に寄って来られても困る。第一婚約者がいるんだから興味を持たれても……
「アンジェ、そろそろ馬車の準備が出来るそうだよ」
ジョエルに先導されてやってきたのはオーリー様だった。
(うわぁ……)
私と同じ生地の貴族服を召したオーリー様は、文句なく麗しかった。今回はシックな印象の衣装だけど、それが却って品を際立てている。普段のオーリー様はあまり華美なことは好まれないようで、選ばれるのは地味で大人しいデザインが多い。療養中なのもあったけれど、正装とのギャップが凄い。まるで王子様のようだ……
(って、オーリー様は王子様だった……)
今更ながらにオーリー様の本来の立場を思い出した。こうして相応の衣装を召されると王族なのだな、と納得だ。所作も堂々とした態度も、いずれは国王になるべく育った方なのだと思い知らわれる。今は元ある地位に戻っても差し支えないほどには体調も回復している。ベルクール公爵がオーリー様の返り咲きを狙っているのもわからなくはないな、と思った。
「……ン、アン?」
「え?」
オーリー様から目が離せなくて、ついじっと見てしまっていたら、横からエリーが声をかけてきた。我に返って自分の不躾さに恥ずかしくなった。オーリー様に変に思われなきゃいいけど……と躊躇いながらもオーリー様を見たら……
(あ、れ?)
何だろう……ものすごく凝視されていた。えっと、何?
「オードリック?」
「……え? あ……」
アデル様も不審に思ったらしくオーリー様に呼び掛けると、オーリー様がハッと表情を検めた。
「あ、す、すまない。あんまり綺麗だったから、つい……」
「……え?」
そう言われて、一瞬何のことかわからなかった。
「ふふっ、オードリックもアンジェの変化に驚いたみたいね」
「恥ずかしながら、お祖母様の仰る通りです。本当に、綺麗だ……」
「……え?」
実感を込めてそう言われて、思わず頬が熱くなるのを感じた。
(え? 今のって……褒められた?)
言われ慣れていないせいか、自分への言葉だとは信じ難かったけれど……
「アンってば、ほんと褒め甲斐がないわよね」
そうエリーにため息をつかれてしまった。でも、学園にいた時だって地味だとか暗いとか頭が軽いとか散々な言われようだったのだ。急に褒められても信じられなかった私は、悪くないと思う。
「もう、アンってば。こんな時にため息つかないでよ」
夜会の日がとうとうやって来てしまった。私は朝からため息が止められない。今日のためにマナーやダンスの復習三昧の日々のお陰で少しはマシになったかもしれないけれど、だからと言って経験値が上がるわけではない。この年で夜会初心者だなんて気が重かった。
「しょうがないじゃない。実質的に夜会に出るの、今日が初めてのようなものだし」
デビュタントの時、ファーストダンスは踊ったけれど、後は最低限の挨拶だけして帰ってしまった。だから殆ど覚えていない。貴族令嬢としてどうなんだと思うけど、元々父が辺境伯を継いだら私は追い出されると思っていたので、私の人生に夜会なんて無関係だと思っていたのだ。
「もう。そんなこと言わないで、もっと晴れやかな顔しなさいよ。せっかく綺麗に出来たのに勿体ない。ほら、完成よ!」
そう言ってエリーが姿見を私に向けた。
「……」
鏡に映ったのは、私の知らない誰かだった。くすみのないピンク色の髪は柔らかく結い上げられて、ところどころに銀で作られた小花が散らされていた。この髪色では何をしても浮いてしまうと思っていたけれど、銀細工のせいか落ち着いた感じに見える。
ドレスも……この髪色にパステルカラーを合わせるといかにも頭が悪そうに見えて嫌いだったけれど、シックな青みがかった銀色の生地のせいでこちらも落ち着いて見えた。差し色の金とローズ色が利いているせいか、髪だけが浮くこともなく一体感もある。
(凄い……髪が……浮いていない……)
これまでこの無駄に明るい色合いの髪が悩みの種だったのに、このドレスだとしっくりくるから不思議だ。デザインでこうも変わるものだとは思わなかった……
「あら、素敵ね」
そう言いながら部屋に入ってきたのはアデル様だった。瞳の色と同じ深みのある青いドレスに、淡い色合いの金髪が映えて凄くお似合いだ。孫までいるとは思えないほどに若々しく見える。王妃様もだけど、お幾つなのかと疑問に思うほど年を感じさせないのは凄いなと思うし、女性としてはあやかりたいと思ってしまう。
「アデル様も、凄くお綺麗です」
「そう?ありがとう。でもやっぱり今日の目玉はアンジェよ。やっぱり着飾ればその辺の令嬢になんか負けないわ」
「まさか」
さすがにそれは褒め過ぎだろう。私よりも綺麗な令嬢はいくらでもいるのだから。
「そのまさかよ。いつも地味にしているからわからないけれど、これならあちこちの令息を虜にしちゃいそうね」
アデル様が楽しそうにそう言ったけれど、私としては信じ難かった。それに、男性に興味がないから下手に寄って来られても困る。第一婚約者がいるんだから興味を持たれても……
「アンジェ、そろそろ馬車の準備が出来るそうだよ」
ジョエルに先導されてやってきたのはオーリー様だった。
(うわぁ……)
私と同じ生地の貴族服を召したオーリー様は、文句なく麗しかった。今回はシックな印象の衣装だけど、それが却って品を際立てている。普段のオーリー様はあまり華美なことは好まれないようで、選ばれるのは地味で大人しいデザインが多い。療養中なのもあったけれど、正装とのギャップが凄い。まるで王子様のようだ……
(って、オーリー様は王子様だった……)
今更ながらにオーリー様の本来の立場を思い出した。こうして相応の衣装を召されると王族なのだな、と納得だ。所作も堂々とした態度も、いずれは国王になるべく育った方なのだと思い知らわれる。今は元ある地位に戻っても差し支えないほどには体調も回復している。ベルクール公爵がオーリー様の返り咲きを狙っているのもわからなくはないな、と思った。
「……ン、アン?」
「え?」
オーリー様から目が離せなくて、ついじっと見てしまっていたら、横からエリーが声をかけてきた。我に返って自分の不躾さに恥ずかしくなった。オーリー様に変に思われなきゃいいけど……と躊躇いながらもオーリー様を見たら……
(あ、れ?)
何だろう……ものすごく凝視されていた。えっと、何?
「オードリック?」
「……え? あ……」
アデル様も不審に思ったらしくオーリー様に呼び掛けると、オーリー様がハッと表情を検めた。
「あ、す、すまない。あんまり綺麗だったから、つい……」
「……え?」
そう言われて、一瞬何のことかわからなかった。
「ふふっ、オードリックもアンジェの変化に驚いたみたいね」
「恥ずかしながら、お祖母様の仰る通りです。本当に、綺麗だ……」
「……え?」
実感を込めてそう言われて、思わず頬が熱くなるのを感じた。
(え? 今のって……褒められた?)
言われ慣れていないせいか、自分への言葉だとは信じ難かったけれど……
「アンってば、ほんと褒め甲斐がないわよね」
そうエリーにため息をつかれてしまった。でも、学園にいた時だって地味だとか暗いとか頭が軽いとか散々な言われようだったのだ。急に褒められても信じられなかった私は、悪くないと思う。
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