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オーリー様の答え
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「悪いけれど、今の話は聞かなかったことにするよ」
固唾を飲んで待った言葉は私の想像していたものではなかった。
「なっ! で、殿下、どうしてですか?」
「オードリック様? 何故ですの? ずっと私を愛して下さっていたではありませんか!」
言葉を受けた三人は三様の反応を示した。セザール様は驚愕を、ジョアンヌ様は落胆を隠し切れず、一方の私はそっと安堵の息を呑みこんだけれど……愛されて当然な態度のジョアンヌ様に不快感を覚えた。
「そうは言われても……逆に私が聞きたい。どうして私が君たちの提案を受け入れると思ったんだ?」
本当に不思議そうにオーリー様は静かに尋ねた。既に頭に血が上っているのか顔を赤くしている二人とは対照的だ。
「だ、だってオードリック様はずっと私を……」
「そうです。殿下はジョアンヌを愛していたのでしょう?」
彼らの中ではオーリー様は未だにジョアンヌ様を想い続けていることになっているらしいけれど、オーリー様はそうではないらしい。急降下していた気持ちが俄かに浮上してくる気がしたけれど、私はそれを心の奥に押し込めた。期待してダメだった時の苦い思いを思い出したからだ。
「確かに、ジョアンヌを愛していたよ」
オーリー様の言葉にセザール様がパッと表情を明るくし、ジョアンヌ様が目を潤ませて口元を両手で覆うのを見ながら、何かが軋む音がした気がした。
「だったら……!」
「だけど、それは昔の話だ」
「じゃ……今は、違うと?」
セザール様の問いにオーリー様は弱々しい笑みを僅かに深めるだけで、その意味を計りかねて二人は困惑していた。
「悪いが二人の提案には乗れない。私には婚約者がいるし、婿入りすると決まっている。ジョアンヌを娶ることは出来ないよ」
「そんな! オードリック様は魅了されていなかったのでしょう? 陛下のご命令で彼らを探っていたと。それに私との婚約破棄は毒の影響だったと……」
「そうです。殿下の名誉は回復されました。王太子に戻るのは無理でも、王子として公爵位を賜って臣籍降下すればいいではありませんか!」」
彼らは必死だった。離婚するためにはジョアンヌ様とオーリー様の再婚が必須だと考えているからだろう。
「婚約破棄は私の意志だった」
「え?」
「で、殿下?」
オーリー様の声は決して大きくはなかったけれど、それは二人の勢いを削ぐには十分だった。
「な、何を……仰って……」
「君が、セザールを愛していると言ったからだよ。『私が好きなのは、今も昔もあなただけだ』と」
「……!」
「あ、あれは……」
オーリー様の言葉を受けて、二人がばつが悪そうな表情に変わった。こうしてやって来たからには、彼らがわざとオーリー様に聞かせた可能性はないと思っていたけれど、それは私の思い違いだったらしい。彼らは半信半疑で、でも賭けに出たのだろう。
「学園で君がセザールにそう言っているのを聞いた。だから私は婚約破棄したんだ。君たちは私にとって何にも変え難い大切な存在だったから」
静かに、噛みしめるようにオーリー様がそう言った。オーリー様にとって彼らは王太子の地位よりもずっと大切だったのだろう。
「婚約破棄は私の独断で、その件に関しては父上は私をお許しになっていない。仮にアンジェとの婚約が白紙になっても、私が妻を娶ることはないよ」
だから君たちの提案は受け入れられないと、オーリー様がもう一度言った。
「で、ですが……」
「それにアンジェとの婚約は王命だ。今度勝手な真似をすれば、間違いなく廃籍だろうね」
「は、廃籍……」
それは彼らにとって最悪のシナリオだろう。ジョアンヌ様のそれを避けるためにオーリー様に持ち掛けた提案だったのだから。
結局、彼らはそれ以上何も言えず、固い表情のままほとんど無言で帰っていった。
「すまなかった」
彼らを見送った後、私が自室に戻ろうとするとオーリー様に声をかけられた。少し話そうかと言われて頷くと、側にいたエリーにお茶のお替りを頼んだ。エリーが出してくれた果実水とお菓子に、喉が渇いていたことを思い出した。冷たい果実水が美味しい。
「まずは彼らの無礼を謝るよ。あんな場に同席させてすまなかった」
ソファの隣に半人分の間を開けて座ると、手を握られて謝られてしまった。
「い、いえ。それは別に……」
「本当ならアンジェに彼らを会わせたくなかったんだけど……彼らの目的が私だろうと思ったから、誰かに同席して貰いたかったんだ」
「それって……」
「……彼らは、もし私が拒んだら……私がジョアンナを襲ったとでも言って責任を取らせるつもりだったんじゃないかと思ったんだ」
「ええっ?」
固唾を飲んで待った言葉は私の想像していたものではなかった。
「なっ! で、殿下、どうしてですか?」
「オードリック様? 何故ですの? ずっと私を愛して下さっていたではありませんか!」
言葉を受けた三人は三様の反応を示した。セザール様は驚愕を、ジョアンヌ様は落胆を隠し切れず、一方の私はそっと安堵の息を呑みこんだけれど……愛されて当然な態度のジョアンヌ様に不快感を覚えた。
「そうは言われても……逆に私が聞きたい。どうして私が君たちの提案を受け入れると思ったんだ?」
本当に不思議そうにオーリー様は静かに尋ねた。既に頭に血が上っているのか顔を赤くしている二人とは対照的だ。
「だ、だってオードリック様はずっと私を……」
「そうです。殿下はジョアンヌを愛していたのでしょう?」
彼らの中ではオーリー様は未だにジョアンヌ様を想い続けていることになっているらしいけれど、オーリー様はそうではないらしい。急降下していた気持ちが俄かに浮上してくる気がしたけれど、私はそれを心の奥に押し込めた。期待してダメだった時の苦い思いを思い出したからだ。
「確かに、ジョアンヌを愛していたよ」
オーリー様の言葉にセザール様がパッと表情を明るくし、ジョアンヌ様が目を潤ませて口元を両手で覆うのを見ながら、何かが軋む音がした気がした。
「だったら……!」
「だけど、それは昔の話だ」
「じゃ……今は、違うと?」
セザール様の問いにオーリー様は弱々しい笑みを僅かに深めるだけで、その意味を計りかねて二人は困惑していた。
「悪いが二人の提案には乗れない。私には婚約者がいるし、婿入りすると決まっている。ジョアンヌを娶ることは出来ないよ」
「そんな! オードリック様は魅了されていなかったのでしょう? 陛下のご命令で彼らを探っていたと。それに私との婚約破棄は毒の影響だったと……」
「そうです。殿下の名誉は回復されました。王太子に戻るのは無理でも、王子として公爵位を賜って臣籍降下すればいいではありませんか!」」
彼らは必死だった。離婚するためにはジョアンヌ様とオーリー様の再婚が必須だと考えているからだろう。
「婚約破棄は私の意志だった」
「え?」
「で、殿下?」
オーリー様の声は決して大きくはなかったけれど、それは二人の勢いを削ぐには十分だった。
「な、何を……仰って……」
「君が、セザールを愛していると言ったからだよ。『私が好きなのは、今も昔もあなただけだ』と」
「……!」
「あ、あれは……」
オーリー様の言葉を受けて、二人がばつが悪そうな表情に変わった。こうしてやって来たからには、彼らがわざとオーリー様に聞かせた可能性はないと思っていたけれど、それは私の思い違いだったらしい。彼らは半信半疑で、でも賭けに出たのだろう。
「学園で君がセザールにそう言っているのを聞いた。だから私は婚約破棄したんだ。君たちは私にとって何にも変え難い大切な存在だったから」
静かに、噛みしめるようにオーリー様がそう言った。オーリー様にとって彼らは王太子の地位よりもずっと大切だったのだろう。
「婚約破棄は私の独断で、その件に関しては父上は私をお許しになっていない。仮にアンジェとの婚約が白紙になっても、私が妻を娶ることはないよ」
だから君たちの提案は受け入れられないと、オーリー様がもう一度言った。
「で、ですが……」
「それにアンジェとの婚約は王命だ。今度勝手な真似をすれば、間違いなく廃籍だろうね」
「は、廃籍……」
それは彼らにとって最悪のシナリオだろう。ジョアンヌ様のそれを避けるためにオーリー様に持ち掛けた提案だったのだから。
結局、彼らはそれ以上何も言えず、固い表情のままほとんど無言で帰っていった。
「すまなかった」
彼らを見送った後、私が自室に戻ろうとするとオーリー様に声をかけられた。少し話そうかと言われて頷くと、側にいたエリーにお茶のお替りを頼んだ。エリーが出してくれた果実水とお菓子に、喉が渇いていたことを思い出した。冷たい果実水が美味しい。
「まずは彼らの無礼を謝るよ。あんな場に同席させてすまなかった」
ソファの隣に半人分の間を開けて座ると、手を握られて謝られてしまった。
「い、いえ。それは別に……」
「本当ならアンジェに彼らを会わせたくなかったんだけど……彼らの目的が私だろうと思ったから、誰かに同席して貰いたかったんだ」
「それって……」
「……彼らは、もし私が拒んだら……私がジョアンナを襲ったとでも言って責任を取らせるつもりだったんじゃないかと思ったんだ」
「ええっ?」
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