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デスタン小公爵夫妻の相談
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夜会から三日後、私はオーリー様と共に王太后宮にデスタン小公爵夫妻を迎えた。セザール様からは夜会の翌日には連絡があり、今日の訪問となったのだ。私は暗めの薄青のディドレスで、オーリー様も同じ色を差し色に使った貴族服で向かった。夜会以外で服を合わせることなんてなかったので、ちょっと意外に思ってしまった。
(もし離婚すると言われたら、オーリー様はどうするんだろう?)
気持ちを聞いてみたいと思ったけれど、きっとオーリー様は過ぎたことだと答えそうだったので聞けなかった。婿入りは王命で罰でもある。陛下も二度目はないとお考えだろうし。
「アンジェ」
ぼんやりとそんなことを考えていたら名を呼ばれた。いつもよりも表情が固いように見える。
「はい?」
「セザールたちのことなんだが……」
少しためらいがちな様子に、あまりいい話ではないような気がした。
「彼らの相談内容がはっきりしないけれど、もしかしたらアンジェには気持ちのいい内容ではないかもしれない」
「それは、どういう?」
「ルシアンの話を聞いて、彼らのことを調べたんだ。そうしたら……離婚話は本当らしくて」
そう言われて、夜会の庭での彼らの姿を思い出した。
「何を相談したいのかわからない。でも、これだけはわかっていて欲しい。私はアンジェとの婚約を解消する気はないから」
「そうですか」
真剣な表情でそう言われて胸がドキリとした。この婚約は王命でそこに特別な感情なんかないのに。
(……私ったら、何を期待して……)
そう思った後で、期待なんて言葉が出てきた自分に驚いた。
(期待って何を? これは政略なのに……)
それきりオーリー様も黙り込んでしまったので私も何も言えなかったけれど、いつもは感じたことのない苦しさを感じた。
「ようこそ、王太后宮へ」
迎えたデスタン小公爵夫妻は先日よりは明るい表情をしているけれど、二人の間にはどこか余所余所しさを感じた。
「それで、相談とは?」
「殿下、性急ですね」
「久しぶりにお会いしたのですもの。積もる話もありますのに」
「そうか? だが相談したいと言ったのはそちらだろう?」
案内した応接室で侍女がお茶を淹れて下がると、早速オーリー様がそう切り出した。二人は久々の再会に話に花を咲かせたそうだけれど、オーリー様はさっさと話を終わらせたいらしい。そして二人は相変わらず私のことは最低限の礼を示すだけだった。
「確かに時間も限られていますね。実は……私たちは離婚を考えています」
セザール様も早く話を切り出したかったのだろう。あっさりと本題を語った。
「そうか。だが、結婚すればわかることもあるのだろう。二人がそう望むのなら仕方がないのだろうな」
オーリー様の表情が変わらないことに二人がけげんな表情を浮かべた。
「あ、あの……理由をお聞きにならないので?」
声をかけたのはジョアンヌ様だった。彼女にとっては今の返しは不本意だったのかもしれない。
「当然だろう? 夫婦の間のことに他人が口を挟むものではないだろう?」
「え、あ、その……」
どうやら思った展開にならなかったらしい。二人は困惑を隠しきれない様子だった。
「それで、相談とは?」
「そ、そうなのです。離婚するつもりですが、このままではジョアンヌが平民になってしまいます。そこで殿下に彼女を託したいのです」
婚約者でもある私の前でセザール様がそう宣言し、ジョアンヌ様が縋るようにオーリー様を見上げた。嬉しくもない予想がそのまんま形になってしまった。
「私に夫人を?」
「はい。昔から殿下はジョアンヌを愛していたでしょう? ジョアンヌもずっと殿下を慕っておりました。大事な幼馴染を修道院に行かせるのは忍びなくて私が娶りましたが、いつか殿下がお戻りになってお二人の気持ちが変わらないのであればその時は……と考えていたのです」
まるでオーリー様とジョアンヌ様のために娶ったと言いたげなセザール様に、彼らは想い合っていたことをなかったことにするつもりなのだと感じた。そしてそのことにオーリー様が気付いていないと考えているのだろう。
ちらとジョアンヌ様を見ると、熱のこもった目でオーリー様を見つめていた。その事に胸にざわりと嫌な感触が走った。一方のオーリー様は眉間にしわを寄せて目を閉じ、考え込んでいるように見えた。
(でも、オーリー様にとっては願ったり叶ったりかしら……)
一途に想い続けてきたのだからそう言われて嬉しくない筈がないだろう。随分遠回りしたけれど、陛下に掛け合えば慎ましくとも共に生きる道が出来るかもしれない。私との婚約は政治的な理由だから、絶対にオーリー様でなければならない訳ではない。
「そうか。二人の話はわかった」
しばらくの沈黙の後、再び開いたオーリー様の瞳には強い意志が感じられた。セザール様は期待を、ジョアンヌ様は恋情を、私は諦念を抱えながら彼の言葉を待った。
(もし離婚すると言われたら、オーリー様はどうするんだろう?)
気持ちを聞いてみたいと思ったけれど、きっとオーリー様は過ぎたことだと答えそうだったので聞けなかった。婿入りは王命で罰でもある。陛下も二度目はないとお考えだろうし。
「アンジェ」
ぼんやりとそんなことを考えていたら名を呼ばれた。いつもよりも表情が固いように見える。
「はい?」
「セザールたちのことなんだが……」
少しためらいがちな様子に、あまりいい話ではないような気がした。
「彼らの相談内容がはっきりしないけれど、もしかしたらアンジェには気持ちのいい内容ではないかもしれない」
「それは、どういう?」
「ルシアンの話を聞いて、彼らのことを調べたんだ。そうしたら……離婚話は本当らしくて」
そう言われて、夜会の庭での彼らの姿を思い出した。
「何を相談したいのかわからない。でも、これだけはわかっていて欲しい。私はアンジェとの婚約を解消する気はないから」
「そうですか」
真剣な表情でそう言われて胸がドキリとした。この婚約は王命でそこに特別な感情なんかないのに。
(……私ったら、何を期待して……)
そう思った後で、期待なんて言葉が出てきた自分に驚いた。
(期待って何を? これは政略なのに……)
それきりオーリー様も黙り込んでしまったので私も何も言えなかったけれど、いつもは感じたことのない苦しさを感じた。
「ようこそ、王太后宮へ」
迎えたデスタン小公爵夫妻は先日よりは明るい表情をしているけれど、二人の間にはどこか余所余所しさを感じた。
「それで、相談とは?」
「殿下、性急ですね」
「久しぶりにお会いしたのですもの。積もる話もありますのに」
「そうか? だが相談したいと言ったのはそちらだろう?」
案内した応接室で侍女がお茶を淹れて下がると、早速オーリー様がそう切り出した。二人は久々の再会に話に花を咲かせたそうだけれど、オーリー様はさっさと話を終わらせたいらしい。そして二人は相変わらず私のことは最低限の礼を示すだけだった。
「確かに時間も限られていますね。実は……私たちは離婚を考えています」
セザール様も早く話を切り出したかったのだろう。あっさりと本題を語った。
「そうか。だが、結婚すればわかることもあるのだろう。二人がそう望むのなら仕方がないのだろうな」
オーリー様の表情が変わらないことに二人がけげんな表情を浮かべた。
「あ、あの……理由をお聞きにならないので?」
声をかけたのはジョアンヌ様だった。彼女にとっては今の返しは不本意だったのかもしれない。
「当然だろう? 夫婦の間のことに他人が口を挟むものではないだろう?」
「え、あ、その……」
どうやら思った展開にならなかったらしい。二人は困惑を隠しきれない様子だった。
「それで、相談とは?」
「そ、そうなのです。離婚するつもりですが、このままではジョアンヌが平民になってしまいます。そこで殿下に彼女を託したいのです」
婚約者でもある私の前でセザール様がそう宣言し、ジョアンヌ様が縋るようにオーリー様を見上げた。嬉しくもない予想がそのまんま形になってしまった。
「私に夫人を?」
「はい。昔から殿下はジョアンヌを愛していたでしょう? ジョアンヌもずっと殿下を慕っておりました。大事な幼馴染を修道院に行かせるのは忍びなくて私が娶りましたが、いつか殿下がお戻りになってお二人の気持ちが変わらないのであればその時は……と考えていたのです」
まるでオーリー様とジョアンヌ様のために娶ったと言いたげなセザール様に、彼らは想い合っていたことをなかったことにするつもりなのだと感じた。そしてそのことにオーリー様が気付いていないと考えているのだろう。
ちらとジョアンヌ様を見ると、熱のこもった目でオーリー様を見つめていた。その事に胸にざわりと嫌な感触が走った。一方のオーリー様は眉間にしわを寄せて目を閉じ、考え込んでいるように見えた。
(でも、オーリー様にとっては願ったり叶ったりかしら……)
一途に想い続けてきたのだからそう言われて嬉しくない筈がないだろう。随分遠回りしたけれど、陛下に掛け合えば慎ましくとも共に生きる道が出来るかもしれない。私との婚約は政治的な理由だから、絶対にオーリー様でなければならない訳ではない。
「そうか。二人の話はわかった」
しばらくの沈黙の後、再び開いたオーリー様の瞳には強い意志が感じられた。セザール様は期待を、ジョアンヌ様は恋情を、私は諦念を抱えながら彼の言葉を待った。
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