【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

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無我夢中

 ぼんやりと光る魔力の灯りに照らされたものを見て、私たちは息を呑んだ。そこにいたのは……左肩にざっくりと大きな傷を負ったオーリー様だったのだ。

「オーリー様っ!!」
「殿下!」
「アン、早く治療を!」

 たった今付けられたような生々しい傷跡に、一瞬何か起きたのか理解出来ずに固まった。それでもエリーの言葉にハッと我に返った。慌てて治癒魔術をオーリー様にかけた。どのくらいの傷の深さなのか見た目ではわからないので、最上級魔術をありったけの魔力でかけた。
 魔力の残滓でほのかな明かりに照らされたオーリー様の肩の傷が消えた、ように見えた。魔術がかけ終わったら真っ暗になってしまったから結果が見えなかったのだ。

「今直ぐ灯りを!」

 そう言ってアルノーが駆けだすと、程なくして野営地に置いてあったらしいランプを手に戻ってきた。アルノーがオーリー様を照らすと……確かに肩の傷跡は消えているように見えた。

「エドガール様、確認を」
「え、ええ」

 慌ててエドガール様がオーリー様の騎士服を脱がせて肩を露わにした。

「すげぇ……治ってる」
「ええ。それに、ちゃんと息をしているわ」
「本当に?」
「ええ。ほら、胸が上下しているでしょう?」

 エリーが示すように、肌着を着た状態でもオーリー様の胸が呼吸に合わせて上下しているのが見えた。腕にそっと触れると、ちゃんと温かかった。

「生きて……」

 それだけで、息が苦しくなりそうなほどの安堵と何かが押し寄せてきた。

「え?」
「あ、ちょっと、アン?」
「アンジェリク様?!」

 エリーとエドガール様が私を呼ぶ声が聞こえたけれど……それっきり私の意識がぷつりと切れた。



「……あれ?」

 最初に視界に入ったのは、灰緑色だった。細い木の棒を何本か組み合わせて出来た見慣れたそれは……野営のテントの天井だった。

(あれ? 私、いつの間に寝たっけ……)

 野営の準備をした記憶がないし、何ならここに来た記憶もなかった。でも、何かすごく大事なことがあった筈。なのに眠りが深かったせいか、まだ頭が動かなかった。

(……え?)

 起き上がろうとしたのに、身体に力が入らなかった。何を……と疑問を感じた瞬間に思い出した。この感覚は魔力切れを起こした時のそれだ。肘を支えに身体を起こそうとしても力が入らなくてふにゃふにゃだ。

(ええ――っ!! 外でこれって、どうしたらいいのよ……)

 野営で魔力切れを起こしたら足手纏いでしかない。だから従軍する際は絶対に魔力切れだけは起こさないように気を付けていたはず。

(第一、何で、魔力切れなんて……)

 ようやく回り始めた頭に、こうなる直前の記憶を必死に手繰り寄せた。確か私は結界の要の見回りに来て……それから二番目の要のところで……

「オーリー様!!!」

 何で忘れていたのだろう! そうだった、あの時、結界の魔石の中からオーリー様が現れて、それで治癒魔術をかけたのだ。傷の深さに慌ててありったけの魔力をつぎ込んで、それで……

「だ、誰か! 誰かいませんか? エリー? ジョエル?」

 身体は動かないけれど、幸いにも声は出せた。力いっぱいでもいつもの半分以下だけど。

「アン? 目が覚めたの?」
「アンジェ!!!」

 テントの入り口に顔を出したのはエリーだったけれど、その横をすり抜けて慌てて駆けつけた人の姿に私は口を開けて見上げてしまった。

「アンジェ! 身体は? 気分はどう?」
「だ、大丈夫、です……」

 変な顔を気にもせずに私の両肩をがっしりと掴んで顔を覗き込んできたのは……

「オー……リー……様」
「ああ」
「オーリー様!」
「ああ。アンジェ。すまなかった!」

 抱きつきたいのに腕すらも上がらない。そんな私の気持ちを察してか、オーリー様が私の身体を起こすと、思いっきり抱きしめられた。首に力が入らずに後ろに倒れ込みそうになったけれど、オーリー様の手に頭を支えられた。

「い、生きて……」
「ああ。アンジェのお陰だ。アンジェが、私をあそこから出してくれて……傷を治してくれた」
「本、物?」
「ああ」
「夢とかじゃ、なく?」
「夢にされたくない」

 抱きしめる力が緩んで、直ぐ目の前にオーリー様の顔があった。息がかかりそうな距離にドキドキする。それでもそのドキドキが痛いくらいで、支える手が少し痛くて、これが夢ではないと実感出来た。

「ちゃんと本物だ。生きているし、怪我はアンジェが治してくれた。ほら、温かいだろう」

 そう言ってオーリー様は私の手をオーリー様の心臓に当てた。シャツ越しにも少し早めの鼓動が手のひらに伝わってきたし、私の手を支える手が温かい。

「もう……だいじょ……」
「ああ、もう大丈夫だ。どこにも傷はないし、戻ってきた。これからは一緒だ」
「一緒……」

 力強く、違えないという意志のこもった声に、じわじわとその言葉の意味が体中に染み渡すような感覚がした。それはこの三年間、ずっと待ち焦がれて夢にまで見ていたことで……私は子供みたいにわんわん声を上げて泣いてしまった。



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