94 / 107
陛下の正体
しおりを挟む
オーリー様の爆弾発言に、ルシアン様は言葉を失い、陛下は呆然とオーリー様を眺めていた。王妃様とアデル様は黙って陛下を見つめているけれど、その表情は冷え冷えとしていてその心情は伺えない。
ちなみに私はというと……事前にこうなる可能性をオーリー様から聞いていたので動揺せずに済んだ。オーリー様からは例えどんな形になろうとも側にいる、最悪平民になったら護衛か結界師として雇ってほしい、ついでにクレマン様と交渉して互いに愛する者と過ごせるようにするとも仰ってくれた。それがいいとは思わないけれど、クレマン様の女性への嫌悪は相当なものだから結婚しても子が出来る可能性は皆無に近いと言われれば仕方がない。王命では拒否など出来ないのだから。
「さて、陛下。どちらでもお好きな方をお選びください」
「オードリック!」
平然とそう告げるオーリー様に陛下が声を荒げたけれど、ジョフロワ公爵家の調査が甘かったのは否めないし、先に子が成せないであろう相手を宛がったのは陛下だ。父の件で我が家にお咎め無しにして下さったとはいえ、二人続けて子が出来なさそうな婿を勧めるのはちょっとどうかと思う。
「……陛下、もうよろしいでしょう」
陛下が次の言葉を告げる事も出来ず、また誰もが口を挟めない中、声を上げたのはアデル様だった。
「は、母上……」
「婚約者変更はオードリックが三年経っても戻らなかった場合でしょう? 実際、三年経たずに戻ってきたのです。このままアンジェと婚約継続でよろしいではありませんか」
「しかし、それではジョフロワ公爵家が……」
「そうは言っても、先の約束を反故にして王家の威信が保てるとお思いですか?」
「そ、それは……」
「そんなことがまかり通れば、今後貴族は何を縁に忠誠を示せばいいのでしょう」
「……」
アデル様の問いに陛下は何も答えられなかった。ただ、陛下の事情も分からなくもない。ベルクール公爵の不正に関わった多くの貴族が処分を受けた影響でこの三年間、立て直しに必死だったのだ。その中心的な役割を担った一人がジョフロワ公爵で、陛下が恩を感じるのもわからなくもない。
「それに三年もの間、ずっとオードリックを探し続けてくれたアンジェの気持ちはどうなるのです? 距離があって王家が捜索隊を出すのもままならない中、アンジェとリファール辺境伯家はずっと捜索隊を出して探してくれたのですよ。見つからなかったならともかく、ようやく見つかったのにその苦労を無下にするような行為は如何かと」
「……」
アデル様の言葉は正論で、反論の余地がないのだろう。陛下は押し黙ってしまわれた。
「あなた、もういいではありませんか。オードリックが戻ったのです。素直に喜びましょう」
「……フェリシテ……」
アデル様を援護するように、今度はフェリシテ様が宥めるように陛下に話しかけると、陛下の声が震えた。
「オードリック、アンジェリク様も、ごめんなさいね」
「い、いえ……」
フェリシテ様に急に謝られてしまって、何と答えていいのかわからなかったけれど、アデル様とフェリシテ様が味方して下さったことで重かった心が少しだけ軽くなった。
「この人ったら、オードリックが戻って来てくれて本当は嬉しくて仕方がないのよ。リファールからの知らせを聞いた時なんか、寝室に入ってきた途端泣き崩れちゃって」
「フェ、フェリシテ!」
「もう、本当のことでしょう? オードリックが居なくなったと聞いてから、毎晩どこにいるんだろう? 怪我していないだろうか、お腹を空かせていないだろうかとグチグチ言っていたのはどなた?」
「そ、それは……」
「え?」
「この人、こう見えてすっごく心配症で泣き虫なのよ。だから普段は必死に感情を押し殺しているのよ」
フェリシテ様がため息をつきながら頬に手を当ててそう仰った。いつも険しい表情を崩さない陛下が心配性? 泣き崩れた? そう言われても全く想像が出来ない……
「アンジェリク様の婚約のことも、いつまでも諦めきれないのは王らしくない、アンジェリク様も年を取れば子供が出来にくくなるなんて言われて焦っちゃって。三年と決めたのならどっしり構えていればよかったのに……」
「だ、だが……」
さっきまでの厳しい態度はどこへやら、陛下はしどろもどろになっていた。どうやらフェリシテ様の仰る通り、らしい……
「婚約発表はオードリックが行方不明になってから三年後。その二か月前に見つかったのですから問題ありません。私も公爵夫妻に会う度に念を押しておきましたし、夫人はちゃんとわかって下さっていましたわ。何も問題ありませんよ」
「フェリー……」
縋るような目でフェリシテ様を見る陛下は、ちょっと情けなくて、でもどこか可愛らしく見えた。なんだろう、その表情は時折見せるオーリー様のそれに似ていた。こんなところで親子だと感じるとは思わなかった。
「……すまなかった、アンジェリク嬢」
「い、いえ」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、急に謝られてしまって面食らった。王家に謝罪させてはいけないだけに恐縮が過ぎる……
「オードリックとアンジェリク嬢の婚約の継続を認めよう。オードリックも……すまなかった」
「そう思われるのでしたら、一つお願いが」
「お願い?」
ここぞとばかりの要求に、陛下が警戒を露わにした。何だろう、フェリシテ様の暴露のせいか陛下が感情を隠し切れなくなっている気がする。
「そう警戒なさらないで下さい。簡単なことですよ」
笑顔でそう言ったオーリー様だけど、陛下、益々警戒しちゃっていますが……
「私とアンジェの婚姻を、今ここでお認め下さい」
「な?」
「ええっ!?」
「今、ここで?」
さすがにこれには私も驚かずにはいられなかった。
ちなみに私はというと……事前にこうなる可能性をオーリー様から聞いていたので動揺せずに済んだ。オーリー様からは例えどんな形になろうとも側にいる、最悪平民になったら護衛か結界師として雇ってほしい、ついでにクレマン様と交渉して互いに愛する者と過ごせるようにするとも仰ってくれた。それがいいとは思わないけれど、クレマン様の女性への嫌悪は相当なものだから結婚しても子が出来る可能性は皆無に近いと言われれば仕方がない。王命では拒否など出来ないのだから。
「さて、陛下。どちらでもお好きな方をお選びください」
「オードリック!」
平然とそう告げるオーリー様に陛下が声を荒げたけれど、ジョフロワ公爵家の調査が甘かったのは否めないし、先に子が成せないであろう相手を宛がったのは陛下だ。父の件で我が家にお咎め無しにして下さったとはいえ、二人続けて子が出来なさそうな婿を勧めるのはちょっとどうかと思う。
「……陛下、もうよろしいでしょう」
陛下が次の言葉を告げる事も出来ず、また誰もが口を挟めない中、声を上げたのはアデル様だった。
「は、母上……」
「婚約者変更はオードリックが三年経っても戻らなかった場合でしょう? 実際、三年経たずに戻ってきたのです。このままアンジェと婚約継続でよろしいではありませんか」
「しかし、それではジョフロワ公爵家が……」
「そうは言っても、先の約束を反故にして王家の威信が保てるとお思いですか?」
「そ、それは……」
「そんなことがまかり通れば、今後貴族は何を縁に忠誠を示せばいいのでしょう」
「……」
アデル様の問いに陛下は何も答えられなかった。ただ、陛下の事情も分からなくもない。ベルクール公爵の不正に関わった多くの貴族が処分を受けた影響でこの三年間、立て直しに必死だったのだ。その中心的な役割を担った一人がジョフロワ公爵で、陛下が恩を感じるのもわからなくもない。
「それに三年もの間、ずっとオードリックを探し続けてくれたアンジェの気持ちはどうなるのです? 距離があって王家が捜索隊を出すのもままならない中、アンジェとリファール辺境伯家はずっと捜索隊を出して探してくれたのですよ。見つからなかったならともかく、ようやく見つかったのにその苦労を無下にするような行為は如何かと」
「……」
アデル様の言葉は正論で、反論の余地がないのだろう。陛下は押し黙ってしまわれた。
「あなた、もういいではありませんか。オードリックが戻ったのです。素直に喜びましょう」
「……フェリシテ……」
アデル様を援護するように、今度はフェリシテ様が宥めるように陛下に話しかけると、陛下の声が震えた。
「オードリック、アンジェリク様も、ごめんなさいね」
「い、いえ……」
フェリシテ様に急に謝られてしまって、何と答えていいのかわからなかったけれど、アデル様とフェリシテ様が味方して下さったことで重かった心が少しだけ軽くなった。
「この人ったら、オードリックが戻って来てくれて本当は嬉しくて仕方がないのよ。リファールからの知らせを聞いた時なんか、寝室に入ってきた途端泣き崩れちゃって」
「フェ、フェリシテ!」
「もう、本当のことでしょう? オードリックが居なくなったと聞いてから、毎晩どこにいるんだろう? 怪我していないだろうか、お腹を空かせていないだろうかとグチグチ言っていたのはどなた?」
「そ、それは……」
「え?」
「この人、こう見えてすっごく心配症で泣き虫なのよ。だから普段は必死に感情を押し殺しているのよ」
フェリシテ様がため息をつきながら頬に手を当ててそう仰った。いつも険しい表情を崩さない陛下が心配性? 泣き崩れた? そう言われても全く想像が出来ない……
「アンジェリク様の婚約のことも、いつまでも諦めきれないのは王らしくない、アンジェリク様も年を取れば子供が出来にくくなるなんて言われて焦っちゃって。三年と決めたのならどっしり構えていればよかったのに……」
「だ、だが……」
さっきまでの厳しい態度はどこへやら、陛下はしどろもどろになっていた。どうやらフェリシテ様の仰る通り、らしい……
「婚約発表はオードリックが行方不明になってから三年後。その二か月前に見つかったのですから問題ありません。私も公爵夫妻に会う度に念を押しておきましたし、夫人はちゃんとわかって下さっていましたわ。何も問題ありませんよ」
「フェリー……」
縋るような目でフェリシテ様を見る陛下は、ちょっと情けなくて、でもどこか可愛らしく見えた。なんだろう、その表情は時折見せるオーリー様のそれに似ていた。こんなところで親子だと感じるとは思わなかった。
「……すまなかった、アンジェリク嬢」
「い、いえ」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、急に謝られてしまって面食らった。王家に謝罪させてはいけないだけに恐縮が過ぎる……
「オードリックとアンジェリク嬢の婚約の継続を認めよう。オードリックも……すまなかった」
「そう思われるのでしたら、一つお願いが」
「お願い?」
ここぞとばかりの要求に、陛下が警戒を露わにした。何だろう、フェリシテ様の暴露のせいか陛下が感情を隠し切れなくなっている気がする。
「そう警戒なさらないで下さい。簡単なことですよ」
笑顔でそう言ったオーリー様だけど、陛下、益々警戒しちゃっていますが……
「私とアンジェの婚姻を、今ここでお認め下さい」
「な?」
「ええっ!?」
「今、ここで?」
さすがにこれには私も驚かずにはいられなかった。
147
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる