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結婚記念の品
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それからあっという間に夜会になった。既にオーリー様と婚姻を結んでいるからリファール辺境白家の若夫婦として初の公式の場だ。ジョフロワ公爵家のことが気がかりだけど、それよりも気恥ずかしさと嬉しさが勝った。
「まぁ、アン、綺麗に出来たわね」
「お祖母様もとってもお綺麗です」
そう、あの後リファールから祖父母も到着して、数年ぶりに一家総出の夜会になった。ちなみに陛下やアデル様からの手紙は途中で受け取っていて、お二人はオーリー様からの申し出があったこともあり、こうなることを予想していたという。
「いい色ね。アンの髪によく映えているわ」
「そ、そうですか」
今日身に付けているのはオーリー様が選んでくれたドレスだった。時間がなかったので今回は領地から持って行くつもりだったけれど、いつの間にやらオーリー様が手配してくれていた。
今回は青みがかった紫色の生地で、スカートの広がりは抑え気味になっていて年相応と言えるだろう。全体に銀糸で刺繍が施されていて、所々には銀のレースも使われているけれど、甘さ控えめてちょっと大人っぽいデザインだ。無駄に明るい私の髪色に負けず、でも似た色合いのせいか喧嘩もしていない。銀色がいい差し色になっていて高級感もある。
「……こうなることを予測していたのかしら……」
「お祖母様?」
ぽつりと漏れた言葉の意味が分からずに聞き返したけれど、お祖母様は何でもないわと言って侍女に話しかけてしまった。
そんなお祖母様はオーリー様と同じ銀髪金瞳だけど、今日はお祖父様の色に合わせて濃緑に金の差し色のドレスで、宝飾品はお祖父様の瞳と同じ色の翡翠だった。政略結婚して四十年以上経つけれど、相変わらず仲がいい。私にとっては理想の夫婦像だ。
(ふ、夫婦と言えば……)
オーリー様と婚姻したことを思い出して頬が熱くなる気がした。いや、婚姻は成立しても何かが変わったわけじゃないんだけど。その前にこんな時に顔を赤くしたら何を言われるか……
「そう言えばアン」
「は、はい? お祖母様、どうしました?」
急に呼ばれて声が裏返ってしまった。恥ずかしい……動揺し過ぎて変に思われただろうか。
「婚姻が成立したけれど式はまだ先だから。節度は忘れないでね」
「……は?」
突然のことで何を言われているのかわからなかった。節度? 一体何に……
「必要ならルイス先生に薬をお願いしなさい。身体に影響の少ない物もあるから」
「く、薬って……」
「そりゃあもちろん、避妊薬よ」
「ひ!?」
なんて事を言うのですか、お祖母様!!!
「そっ、そんなの必要ありません! まだそんな事っ……!」
「あら、そうなの? オードリックのことだからてっきり……」
「オーリー様はそんなことする人じゃありません!」
お祖母様、あからさま過ぎです。そしてオーリー様はそんな不真面目な方じゃないです。そう思ったのだけど……
「あの、お祖母様?」
「アンったら、思った以上に純粋に育っていたのね」
「仕方ありませんわ、ジゼル様。その手のことからは縁遠かったのですから」
「それもそうね」
二人でしみじみと話し込んでしまったけれど、オーリー様はそういう人じゃないと思う。そりゃあ、抱きしめられたし、キ、キスもしたけど……それくらい、婚約者でも普通の筈……
「アンジェ、準備は出来た?」
「ひゃぁ!」
部屋に入ってきたオーリー様に声をかけられて、私は小さな悲鳴が出てしまった。でも、これで済んだのは私としてはかなり我慢した方だと思う。じゃなくて……
(タイミング良すぎです、オーリー様……)
聞いていたのかしら? と思うほどに間がよかった。ううん、この場合は悪かったと言うべきか。心の準備が出来ていなくて心臓がバクバクいっている。もう、さっきから何だというのだ……
「ああ、アンジェ。よく似合っているよ」
そんな私の動揺など知らないオーリー様は、目を細めて褒めてくれたけれど……
(それはオーリー様の方ですっ!)
紫がかった銀の生地に私のドレスと同じ青みがかった紫と銀が差し色の正装は、飾っておきたい程に素晴らしかった。いつもは緩く結っているだけの銀の髪も今日は綺麗な飾り紐で結ばれていて、いつも以上に気品がある。要は文句なくかっこいい。私の語彙力では表現し切れないほどに。
「ああ、結婚の記念にこれを……」
そう言って取り出したのは、透明度の高い黄色い宝石をあしらったネックレスとイヤリングだった。宝石を繊細な銀細工が引き立てていて、その銀細工だけでも相当なお値段に見える。それ以上に……
「これって、まさか……」
「そう、黄貴玉だよ」
それは王家の金瞳に似ている宝石で、王族とその係累しか身に付ける事を許されていないものだ。物凄く希少性が高いので値段なんて想像もつかない。そりゃあ、オーリー様は王族だから持っていても不思議はないけれど、それにしても……
「そ、そんな高価な物、頂けません!」
「そう言わないで。私の妻なんだから持つ資格は十分にあるよ。しかもアンジェは金瞳の持ち主なんだから」
「で、でも……」
「アン、こんな時は有難く貰っておくものよ」
「お祖母様……」
「そうそう、さぁ、着けてあげるよ」
「あ、ありがとう、ございます」
なんだか押し切られるように頂いてしまったけれど、いいのだろうか。いくら王族でも、オーリー様が使える金額はそんなに多くない筈だけど……
「ああ、思った以上に似合っているよ」
「本当ね。よくまぁ、こんなものを用意したわね」
「これくらいしておかないと。虫除けには十分でしょう?」
「確かに」
オーリー様とお祖母様がそんな会話をしていたけれど、オーリー様、宝石は虫除けにはならないと思います。そう思ったけれど、その後慌ただしく出発になって、そんな思いは誰にも届かなかった。
「まぁ、アン、綺麗に出来たわね」
「お祖母様もとってもお綺麗です」
そう、あの後リファールから祖父母も到着して、数年ぶりに一家総出の夜会になった。ちなみに陛下やアデル様からの手紙は途中で受け取っていて、お二人はオーリー様からの申し出があったこともあり、こうなることを予想していたという。
「いい色ね。アンの髪によく映えているわ」
「そ、そうですか」
今日身に付けているのはオーリー様が選んでくれたドレスだった。時間がなかったので今回は領地から持って行くつもりだったけれど、いつの間にやらオーリー様が手配してくれていた。
今回は青みがかった紫色の生地で、スカートの広がりは抑え気味になっていて年相応と言えるだろう。全体に銀糸で刺繍が施されていて、所々には銀のレースも使われているけれど、甘さ控えめてちょっと大人っぽいデザインだ。無駄に明るい私の髪色に負けず、でも似た色合いのせいか喧嘩もしていない。銀色がいい差し色になっていて高級感もある。
「……こうなることを予測していたのかしら……」
「お祖母様?」
ぽつりと漏れた言葉の意味が分からずに聞き返したけれど、お祖母様は何でもないわと言って侍女に話しかけてしまった。
そんなお祖母様はオーリー様と同じ銀髪金瞳だけど、今日はお祖父様の色に合わせて濃緑に金の差し色のドレスで、宝飾品はお祖父様の瞳と同じ色の翡翠だった。政略結婚して四十年以上経つけれど、相変わらず仲がいい。私にとっては理想の夫婦像だ。
(ふ、夫婦と言えば……)
オーリー様と婚姻したことを思い出して頬が熱くなる気がした。いや、婚姻は成立しても何かが変わったわけじゃないんだけど。その前にこんな時に顔を赤くしたら何を言われるか……
「そう言えばアン」
「は、はい? お祖母様、どうしました?」
急に呼ばれて声が裏返ってしまった。恥ずかしい……動揺し過ぎて変に思われただろうか。
「婚姻が成立したけれど式はまだ先だから。節度は忘れないでね」
「……は?」
突然のことで何を言われているのかわからなかった。節度? 一体何に……
「必要ならルイス先生に薬をお願いしなさい。身体に影響の少ない物もあるから」
「く、薬って……」
「そりゃあもちろん、避妊薬よ」
「ひ!?」
なんて事を言うのですか、お祖母様!!!
「そっ、そんなの必要ありません! まだそんな事っ……!」
「あら、そうなの? オードリックのことだからてっきり……」
「オーリー様はそんなことする人じゃありません!」
お祖母様、あからさま過ぎです。そしてオーリー様はそんな不真面目な方じゃないです。そう思ったのだけど……
「あの、お祖母様?」
「アンったら、思った以上に純粋に育っていたのね」
「仕方ありませんわ、ジゼル様。その手のことからは縁遠かったのですから」
「それもそうね」
二人でしみじみと話し込んでしまったけれど、オーリー様はそういう人じゃないと思う。そりゃあ、抱きしめられたし、キ、キスもしたけど……それくらい、婚約者でも普通の筈……
「アンジェ、準備は出来た?」
「ひゃぁ!」
部屋に入ってきたオーリー様に声をかけられて、私は小さな悲鳴が出てしまった。でも、これで済んだのは私としてはかなり我慢した方だと思う。じゃなくて……
(タイミング良すぎです、オーリー様……)
聞いていたのかしら? と思うほどに間がよかった。ううん、この場合は悪かったと言うべきか。心の準備が出来ていなくて心臓がバクバクいっている。もう、さっきから何だというのだ……
「ああ、アンジェ。よく似合っているよ」
そんな私の動揺など知らないオーリー様は、目を細めて褒めてくれたけれど……
(それはオーリー様の方ですっ!)
紫がかった銀の生地に私のドレスと同じ青みがかった紫と銀が差し色の正装は、飾っておきたい程に素晴らしかった。いつもは緩く結っているだけの銀の髪も今日は綺麗な飾り紐で結ばれていて、いつも以上に気品がある。要は文句なくかっこいい。私の語彙力では表現し切れないほどに。
「ああ、結婚の記念にこれを……」
そう言って取り出したのは、透明度の高い黄色い宝石をあしらったネックレスとイヤリングだった。宝石を繊細な銀細工が引き立てていて、その銀細工だけでも相当なお値段に見える。それ以上に……
「これって、まさか……」
「そう、黄貴玉だよ」
それは王家の金瞳に似ている宝石で、王族とその係累しか身に付ける事を許されていないものだ。物凄く希少性が高いので値段なんて想像もつかない。そりゃあ、オーリー様は王族だから持っていても不思議はないけれど、それにしても……
「そ、そんな高価な物、頂けません!」
「そう言わないで。私の妻なんだから持つ資格は十分にあるよ。しかもアンジェは金瞳の持ち主なんだから」
「で、でも……」
「アン、こんな時は有難く貰っておくものよ」
「お祖母様……」
「そうそう、さぁ、着けてあげるよ」
「あ、ありがとう、ございます」
なんだか押し切られるように頂いてしまったけれど、いいのだろうか。いくら王族でも、オーリー様が使える金額はそんなに多くない筈だけど……
「ああ、思った以上に似合っているよ」
「本当ね。よくまぁ、こんなものを用意したわね」
「これくらいしておかないと。虫除けには十分でしょう?」
「確かに」
オーリー様とお祖母様がそんな会話をしていたけれど、オーリー様、宝石は虫除けにはならないと思います。そう思ったけれど、その後慌ただしく出発になって、そんな思いは誰にも届かなかった。
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