番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

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非常識な要求

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 カミラとの再会した私は、モヤモヤした気分を抱えていました。陛下達がカミラを信用するとは思えませんが、それでもあちらは正妃の実子で、妾腹の私とは格が違います。また、会談中も陛下や宰相様をチラチラ見ていたのも気になります。あれは…確実に興味を持たれたとしか思えません。

 そんな私の懸念は、直ぐに現実となりました。

 面談の翌々日、結婚式まで残り七日と言うところで、急にカミラが面談を求めてきたのです。呼ばれたのは陛下と私で、私達はあの応接間に再び集う事になりました。今日は宰相様やエリック様も同席していらっしゃいます。
 やってきたカミラは、濃赤紫の胸の開いたドレスを纏って現れました。確かに似合ってはいますが、陛下に謁見するには随分と扇動的と言いますか…昼間から着るには少々場違いな印象です。その姿に私は、カミラが陛下に興味を持ったのだと確信しました。あんなに獣人を馬鹿にしていたのに…

「あの…ジーク様、申し訳ございません。実は…父王からこの様な書簡が…」

 普段の勝ち気さを潜めたカミラは、私達の前に書簡を一通出しましたが…陛下に会うのは二度目だというのに、いきなり愛称呼びとは驚きです。陛下の周辺の温度が僅かに下がった気がします。
 書簡はマルダーン国王が使う正式な物で、以前宰相様に見せて貰った二つの封書と同じでした。と言う事は、父王からのもの、と言う事でしょうか…

「拝見しても?」

 陛下がそう尋ねると、カミラは戸惑うような表情を浮かべながらどうぞと答えたため、陛下はそれを手に取って目を通しました。何が書かれているのかと不安に思って私が見上げていると、陛下の表情が僅かに陰ったようにも感じました。いえ、パッと見は変わったようには見えないでしょう。相変わらず安定路線の無表情です。

「これは…貴国の真意だと?」

 出てきた声は、低く冷たいものでした。きっとよからぬ事が書かれていたのだろうと、私もそれで理解しました。不安げに見上げると、陛下はそれを私に手渡されたので目を通します。そこには…婚姻の相手は私ではなく、カミラ王女とする事で同盟成立と成す、と書かれていました。

(そんな…)

 書かれていた内容に、私は頭の中が真っ白になるのを感じました。それでも、宰相様の姿が目に入ったので、震える手でそれを宰相様に手渡しました。宰相様はそれに目を通されると、ふっと笑みを漏らしました。これは一体、どういう意味なのでしょうか…
 室内に、重い沈黙が広がったような気がします。陛下は無表情ですが、確実に気分を害されたようです。それもそうでしょう、急に花嫁を変えろと言っているのです。しかも番は私なのです。陛下にしてみれば、それは受け入れ難い事…の筈です。
 目の前に視線を向けると、カミラは困ったような表情をしていました。まるで自分も急に言われて困惑している…といった風です。実際、こんな直前になって花嫁を差し替えろ、などと要求する事は非常識でしかありません。式までもう日がない上、既にドレスなどの手配も終わっているのですから…
 そして、私と目が合うと一瞬ですが目を細めて笑みを浮かべました。それを見た私は、この要求が彼女から発したものだと直感しました。もしかすると父王に泣きついたのでしょうか…

「これは…どういうおつもりかな?我が国を愚弄しているのか?」

 陛下の声には怒りと呆れが混じっているように感じました。感情を抑えているのでしょうか…こんな声を出されたのを初めて聞きました。

「まさか…愚弄などととんでもございません。むしろ尊重しているからこその提案ですわ」
「尊重?」
「ええ、ラルセンと我が国の同盟を一層強固なものにしようという我が父の意志です。その為には、妾腹のエリサではなく、正妃腹の私の方が相応しいと、父王はお考えになったのでしょう」
「ほう」
「エリサは…その、お恥ずかしながら、王女としての教育を受けておりません。その様な者では、今後王妃になったとしてもこの国にご迷惑をおかけしてしまうでしょう。それでは両国のためになりません」

 カミラの口調は戸惑いながらも、国のために健気にこの提案を受け入れようとする王女、と言った風です。演技は完璧で、もし何も知らない者だったら騙されてしまうかもしれません。
 でも、あの父王がこの同盟をそこまで重要視していると思えないのですが…本当に重視していたら最初からカミラを送り出したでしょうし、そもそも後から条件を変更などしないでしょう。

「カミラ王女殿下なら問題ないと?」
「ええ…私も王女として幼い頃から厳しい教育を受けて参りました。光栄な事に他国からの縁談の申し込みもたくさん頂いていて、決めかねているくらいです」

 なるほど、確かに正妃腹のカミラなら他国からの縁談があってもおかしくはありませんわね。性格は悪いけど、見た目は悪くありませんし、父王に大事にされているとなればメリットも多いでしょう。

「そうか、ならば申し込みをされた相手のいずれかに嫁がれるが良かろう。我が国は既にエリサ王女を王妃として迎えた。我が国は複数の妻を持つ事を禁じている」
「な…!ジ、ジーク様!お待ちください!」

 陛下がさらっと断ったため、カミラが慌てて声を上げました。カミラは断れるとは思わなかったのでしょう、腰が浮いています。許しもなく陛下を愛称で呼ぶもの、淑女としてはマナー違反ですわね。

「ジーク様、本当にその女を王妃にされるのですか?!」
「するも何も、最初にそう示してきたのは貴国であろう?」
「そ、それはそうですが…ですが、それでは両国の関係が…」

 カミラも必死のようですが、これで彼女が陛下に興味を持った事がはっきりしました。
 でも、それは都合が好過ぎるというものです。ラルセンは最後まで拒んだのに、獣人の命を盾に無理やり私との婚姻を成立させたのはマルダーンなのですから。

「何かお考え違いをしていらっしゃるようですが…」

 そう言ってにこやかな雰囲気を崩さずに入り込んできたのは、宰相様でした。今日も揺るぎないにこやかさ、さすが腹黒宰相様ですわ。

「エリサ王女と陛下の婚姻は、もう半年近くも前に成立しております」
「え?」
「それがその証です」

 そう言って宰相様がお見せになったのは、同盟に関する文章でした。その文章の最後には、陛下と私の婚姻のサインが既に記されています。これは私が母国を出発する前にサインさせられたものですから、確かにもう半年近く前のものになりますわ。カミラがそれを知らなかったとは意外です。

「な…」
「同盟締結時に婚姻成立を望んだのは貴国です。今頃になって相手を代えろなどと…まともな感覚をお持ちなら、とても口に出せる話ではございませんね」
「……」
「それとも、そのような事を要求しても問題ないと思われるほど、我が国を下に見ていらっしゃるのでしょうか?」
「な…!そ、そんな事はありません!」

 カミラは結婚式がこれからなので、婚姻はまだ成立していないと考えていたみたいですね。その事も確認せずに突撃したなんて…ここは呆れてもいいところですよね。

「では、どういうおつもりですか?既に婚姻が成立しているのに、今になって他の者に代えろとは、とても我が国を尊重しているとは思えませんが?」
「それは…」
「このような発言をされると、我が国は貴国の何を信じればよろしいのでしょう?同盟の為と仰いますが、やっている事は真逆の、我が国の不信感を煽るものでしかございませんが」
「…っ!」

 ここまで言われてようやく、カミラはラルセンの機嫌を損ねたと理解したようです。いえ、相手はあの宰相様ですからね。申しわけないですが、カミラの相手ではないと思いますわ…それに陛下も。二人ともお忘れのようだけど、陛下も宰相様も実は九十年ほど生きていらっしゃるのです。二十年も生きていない彼女が適う相手ではないと思います。

「エリサ王女が王妃である事は確定で、変えるつもりはない。これ以上わけのわからない事を仰るのであれば、同盟の継続も考え直すことになろう。幸い各国の要人もお集まりだ。貴国の国王陛下からの書簡をお見せして説明すれば、ご理解いただけるだろう」
「そ、そんな…!それは、それだけはどうか…!」

 まさか同盟を破棄すると陛下が仰るとは思わず、私は思わず見上げてしまいましたが…陛下は私の視線に気が付くと、ふっと柔らかい表情をお見せになりました。まるで私に心配するなと仰っているみたいです。
 そしてカミラは必死になって陛下と宰相様に縋りついていました。それもそうでしょう、この事が他国にも知れたら、それこそマルダーンは信用を完全に失ってしまいます。カミラも以下の状況がまずいと理解したみたいですね。確かにこれを他国の方々に見せたら…どうなるか想像もつきませんわ。

「どちらにしても、国として正式な説明を求める。返答次第では同盟についても考えさせて頂く。それに、あなたに愛称で呼ぶ許可を与えた覚えはない。二度と愛称で呼ばないで頂きたい」

 陛下はきっぱりそう告げると、私の手を取って長居は不要とばかりに部屋を後にしました。ちらりとカミラに視線を向けると、困惑しながらも私を睨み付けてきました。それを宰相様とエリック様がみていたとも気付かずに…

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