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結婚式の朝

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 結婚式当日を迎えました。
 昨夜、ジーク様に本音を知られてしまった私ですが、さすがに昨日の今日で急に何かが変わりませんでした。ジーク様が私の気持ちを知ってもう一度謝って下さいましたし、それを嬉しく思う気持ちはありましたが、さすがにそれですぐに気持ちを切り替えるには時間が足りなかったのです。
 でも、ジーク様に結婚式が終わったらゆっくり話をしようと言われたため、それだけでも随分気が軽くなりました。今回の事でラウラにも言われましたが…私達はあまりにも会話が足りていないのでしょう。私も結婚式のお祝いムードの中、今日までにジーク様の事も番になった事も受け入れなきゃいけないと、勝手にプレッシャーを感じていたようです。ラウラに言わせれば、周りの人の気持ちがそちらに向かっていたから、そう感じても仕方がないとの事でしたが…
 今はそのプレッシャーがなくなっただけでも気が楽になったのは間違いありません。でも、話し合いをする時間が今の私達にはありません。全てはこれからなのでしょう。今度こそはちゃんと話をしたいと思います。

「エリサ様はもっと怒ったり、嫌な事は嫌だって言えばいいんですよ」

 ジーク様との話が終わった後、ラウラにそう言われました。

「でも…怒ると幸せが逃げるってお母様が仰っていたわ。それに、悪い事や嫌な事ばかり考えているとそれが本当になるって…」
「それは…確かにリータ様はそう仰っていましたけど…」
「前向きに頑張っていれば、きっといい事が起きるって、いつもお母様は言っていたわ。それに…そう思わなきゃ生きてこれなかったもの…」

 そうです、お母様や乳母が亡くなった後のマルダーンでの生活は、心が折れる事ばかりでした。そんな私の支えは、ずっと寄り添ってくれたラウラと、お母様が残してくれた言葉でした。お母様の形見の品は全て取り上げられてしまいましたから…私にはそれしかなかったのです。
 もし不満や不安を意識していたら、きっと生きていくのが辛くて耐えられなかったでしょう。王妃やカミラ達からの嫌がらせと、それに同調する貴族や侍女たち、王宮の小屋に追いやられながらも監視は絶えず、逃げる事も叶わず、珍しい髪色のせいで逃げても直ぐに見つかってしまうとの絶望。いつまで続くかもわからない不安定な生活と、ラウラを守る力もない無力な自分…
 不安に感じる事はいくらでもあり、安心出来る材料など殆どありませんでした。だから私は、怒りや辛い事には蓋をして、ずっと楽しい事やいい事だけ考えるようにしていました。

「じゃ、これからは陛下には怒りや不満をぶつけてください。その方が陛下も喜びますわ」
「まさか…そんな嫌な話、誰も聞きたくないわよ。私も言いたくないわ…」
「でも、言わなければ何一つ解決しませんわ。じゃ…不満ではなく、お願いだと思って下さい」
「お願い?」
「そうです。こうして欲しいとか、これは嫌な気分になるからこうして欲しいとか…それは提案で不満や愚痴じゃありませんから」

 そう言うものでしょうか…どちらにしてもあまり変わらない気がするのですが…そう思いましたが、ラウラも譲らず、この話はそこで終わりました。




 朝、早くに起こされた私は、ラウラやベルタさん、侍女さん達や護衛の皆さんと一緒に、結婚式が行われる清翠の間の近くの控室に移動しました。ここにはウエディングドレスや宝飾品が用意され、今日まで騎士が寝ずの番をしてくれていたのです。既にドレスはいつでも袖を通せるように準備されていました。何度見ても、ドレスとアクセサリーの素晴らしさにはため息が出ます。

「さぁ、エリサ様、始めますよ」
「お、お手柔らかにお願いします」

 そう言って侍女さん達に身ぐるみ剥がされた私は、湯船に放り込まれてしっかり磨き上げられました。こうも連日磨かれては皮膚が薄くなっていそうで不安です。湯船から上がった後は、髪を乾かしながらマッサージもされ、その合間に軽食をお取りください、と言われたためにパンなどの簡単な食事を頂きました。
 でも…正直に言うと、緊張してしまって食欲など全くありませんでしたが。準備をして下さった皆さんのためにも、失敗出来ないと思うと食欲どころではなかったのです。




「あら…何かしら?」

 髪を結い始めた頃、侍女さんの一人が廊下の騒めきに眉をしかめました。今日はこの部屋の近くには陛下をはじめとした出席者の控室などもあり、いつも以上にざわざわしていますが、それにしては悲鳴のような声も聞こえた様に思います。直ぐに護衛の騎士が廊下に出て様子を見に行きましたが…

「王妃様!火事です!」
「なんだって?」

 ドアを開けた途端、キナ臭い風が入り込みました。煙は見えませんが、これは何かが燃える臭いなのは間違いありません。白い騎士の正装に身を包んだベルタさんが、直ぐに私の側にやっていました。慌てて騎士達が二人、状況を確認しに部屋を出ようとしたところで、今度は二人の騎士と共にジーク様が飛び込んできました。

「ジーク様?」
「ああ、エリサ、無事だったか」

 私の姿を確認したジーク様が表情を和らげました。青銀の髪を飾り紐で結び、着替えを終えたジーク様は大変麗しく凛々しいのですが、今はそれどころじゃありません。

「どうなさったのです?火事だと聞きましたが」
「ああ、どうやらこの建物の厨房でボヤ騒ぎがあったらしい。今消火しているが…」
「厨房で…」

 結婚式でボヤ騒ぎとは、どういう事でしょうか。そりゃあ、今日は朝から厨房は大忙しでしょうが、こんな日に狙ったようにボヤ騒ぎだなんて、何だか胸騒ぎがします。

「ジーク、念のため移動してくれ。エリサ様も一先ず隣の建物に。誰か、直ぐにエリサ様の部屋の用意を。侍女は騎士と共にドレスの移動を」
「はっ!」
「はいっ!」

 飛び込んできたのはエリック様でした。エリック様も既に正装に着替えですが、髪が乱れていらっしゃるところを見るとあちこち走り回ったようです。エリック様の指示を受けて、侍女と騎士が数名飛び出していき、残った数人がドレスなどの移動の準備を始めました。
 また着替え前だった私は、そのままフード付きのコートを被せられて、ベルタさんやラウラと共に隣の建物に移動しました。移動はジーク様も一緒でしたが、用意された部屋に着くとジーク様は部屋を出ていかれました。さすがに着替えの途中だったので仕方ありませんね。このような状況では心細くありましたが、昨日の事もあったせいか、ホッと息を吐きました。

「大丈夫かしら…」

 状況が分からないため、このまま着替えを続けていいのか侍女さん達も迷っているようです。窓から清翠の間のある建物の方に視線を向けると、建物の向こう側に微かに煙が上がっているようにも見えます。煙の量からすると、大きなボヤではなさそうですが、国の結婚式で起きると言うのは大問題です。今日は火の取り扱いはいつも以上に厳重でしょうに…

 そうしている間にも、私の部屋には続々と婚礼の衣装などが運び込まれて来ました。騎士が箱に詰められた衣装を運び、侍女がそれらを箱から出して形を整えながら広げています。アクセサリーなどはまだ箱から出されていなかったので問題なさそうですが…

「でも…ここで着替えてしまうと、移動が大変ですわね」
「そうですね、隣の建物に行くは一旦外に出なければいけませんし…そうするとドレスの裾が汚れてしまいますから…」
「もうすこし様子を見てみましょうか。火が消えれば先ほどの部屋に戻れますし」
「そうね」

 ラウラと衣装を広げている侍女さんが話しているのを聞きながら、私はどうすべきか悩みました。式をどうするのか、開始時間を遅くするのか、急な事なのでどうすればいいのかさっぱりわかりません。ここはジーク様に指示を仰いだ方がよかったでしょうか…先ほどは思いがけず顔を合わせましたが…まだ少し気まずい気持ちもあります。でも、今はそんな事も言っていられません。

「エリサ様はここでお待ちください。今、陛下や宰相様が状況を確認しておられますから」

 騎士がやってきてそう言ったので、私達はこの部屋で待つ事にしました。今はラウラやベルタさん、侍女さんが五人と護衛の方が六人いるので、滅多な事はなさそうです。

「エリサ様、こちらで髪を整えましょう」

 侍女さんが続き間になっている奥の部屋から呼んだので、私はラウラや侍女さん達と奥の部屋に移動しました。先ほどの部屋よりも少し小さめの部屋ですが、ドレッサーなどがあるので、ここなら準備を進められそうです。ドレスは無理でも、髪を整えるくらいは出来るでしょう。女性の騎士が二人、ドアの前に立って番をしてくれたので、私はドレッサーの前に座りました。その時です。

「火だ!」
「エリサ様!」

 騎士とベルタさんの声に驚いて視線を向けると、隣の部屋に続くドアの向こうから、火が上がるのが見えました。





- - - - - - 
感想ありがとうございます。
時間がないので少しずつお返事しております。
もう少しお待ちください。

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