番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

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無作法な訪問者

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 穏やかな表情を浮かべてやってきたのは、ルーズベールのユリウス王子でした。白金髪と薄い紫色の瞳を持つ柔和な顔立ちをしていますが、その瞳は色彩に比べて随分強い印象です。
 皆が咎める視線を向けるのに、それを一向に気にした様子もないのは、性格が見た目とはかけ離れているからでしょうか…何と言いますか、好意的に感じられるものが見つかりません。

「ユリウス様、女性の部屋に押しかけてくるなど、随分と無作法なのではありませんか?」

 婚約者にかけるにしてはいささか厳しすぎる程の声色でこの暴挙を糾弾したのはマリーア様でした。確かに王妃の部屋に一国の王子と言えど男性が、前触れもなしに押しかけるのは非常識であり、失礼に当たります。

「…マリーア様…」

 声を掛けられたユリウス王子でしたが…どうやらマリーア様がいらっしゃるとは思いもしなかったのでしょう。その声と姿に僅かに動揺の影が差しました。

「マリーア様、王妃様とお会いしていたのなら、声をかけて下さったらよかったのに。私が王妃様と面談を希望していたのはご存じだったでしょう?」

 しかしユリウス王子も強かと言いますか、さすがは王子と言ったところでしょうか。直ぐに表情を立て直すと、親し気にマリーア様に話しかけましたが…

「他国の王妃様との面会を、軽々しくお誘い出来る訳がありませんでしょう?ましてやエリサ様は竜人であるジークヴァルト陛下の正妃でいらっしゃいます。竜人が伴侶を人前に出したがらないのをご存じありませんの?」
「しかし、エリサ様は番ではないでしょう」
「そうであったとしても、女性の部屋に突然押しかけてくるなんて非常識の極みですわ。それともルーズベールでは当たり前ですの?そうでしたら私、色々考えなければなりませんわ」

 マリーア様の問いかけは容赦がありません。確かにユリウス王子の行動は大変なマナー違反でしょうし、そもそも家族でもないのに前触れもなく訪問する事が非常識なのです。

「ルーズベールの王子殿下、ここはラルセンの王妃陛下の私室。ジークヴァルト陛下からの許可は出ておりませぬ。即刻立ち去られよ」

 マリーア様を援護したのは、私の姿を隠す様に立ったルーベルト様でした。ルーベルト様は私の護衛の責任者ですし、ジーク様の信を得て全権を任されている方です。私がいいと言っても、ルーベルト様がお許しにはならないでしょう。いえ、私もルーベルト様を信用しているので、反対する気もありません。現状では、突然押しかけて来たユリウス王子は、私から見ればカミラと同類です。
 そうしている間にも護衛と侍女の皆さんが、ユリウス王子のこれ以上の侵入を阻止すべく、間に立ってくださいました。皆さん、警戒モードに入ってしまいましたね。

「手厳しいなぁ、皆さん。私はただ、ラルセンの王妃になられたマルダーンの王女殿下のご尊顔を一目だけでも、と思っただけです」

 困ったと言わんばかりのユリウス王子ですが、どうも引く気はなさそうです。普通、こうも言われたら改めて出直すでしょうに。

「獣人にとっては、そのお考え自体が不敬ですわね」
「マリーア様、しかし、エリサ様は番ではないとお聞きしております。でしたら…」
「そうであっても、ここは獣人の国であり、この国のしきたりというものがございます。殿下はそれに異を唱えられるのですか?」
「そのようなつもりはありませんよ。ただ、マルダーンは我がルーズベールとは友好国です。同じ人族の国同士、親交を深めるのは両国のためになるかと」
「でしたら尚更、まずはジークヴァルト陛下の許可をお取りになるべきですわね。こんな横暴な事をなさっては、陛下の心証は悪くなるばかり。それは両国のためにはならないのではありませんかしら?」

 私がお二人のやり取りを聞いていると、身体をずらして私と視線を合わせにきたユリウス王子はにこっと笑顔を向けてきました。何と言いますか…わかっていてやっていると言うのが見え見えで、気持ち悪くすら感じます。こんなに図々しい方だったのですね。これではマリーア様の態度も仕方ありませんわ。でも、このまま放っておいても引く気はなさそうですわね…

「ユリウス王子殿下、はじめまして。ラルセン王妃のエリサです」

 仕方なく私は、その場ではありますが立ち上がって挨拶を述べた後、カーテシーをしました。これで一目だけでもというユリウス王子の目的は達成できた事でしょう。後はお引き取り頂くだけです。

「ご挨拶は致しましたわ。でも、殿下との面会を許可した覚えはございません。お引き取り下さいませ」

 とにかく、こんな場面をジーク様が見たらお怒りになるのは確かですし、両国の関係も悪化しかねません。早急に立ち去って頂きたいところです。

「ああ、お目にかかれて光栄でございます。私はずっと、貴女様にお会いしたかったのです」
「…そうですか」
「獣人という異種族と婚姻する者同士、色々お話をお聞きしたく存じます。結婚に対する心構えなどご教授頂きとうございます」

 どうやらユリウス王子はこのままなし崩し的に会話に繋げるつもりのようですわね。さすがにこんな失礼な方の相手をする気にはなれませんし、ここで流されてはジーク様が侮られる事にもなり兼ねないような気がします。

「ユリウス王子殿下、お引き取り下さい。話がしたいのであれば、国王陛下の許可が先ですわ」
「冷たい事を仰らないで。エリサ様も私も、相手に番が見つかれば離婚せねばならないのは同じでしょう?」

 マリーア様がいらっしゃる前で、この人はどういうつもりなのでしょうか?自国には恋人がいると聞きますし、これでマリーア様との関係を悪化させて婚約を破棄したいとお考えなのでしょうか。どちらにしてもマリーア様に対しても随分失礼な方です。

「…今のお言葉、私に対しても、婚約者であるマリーア様に対しても失礼です。そもそも、名を呼ぶ許可を与えた覚えはございませんが?」
「ああ、失礼いたしました。では、これからお名前を呼ぶ事をお許しください」

 なんでしょうか、こっちの話をまともに聞く気がないのでしょうか。会話が成り立っていないと言うか…この方、自分に都合のいい話しか聞く気がないのでしょうか…わざとはぐらかしているようにも聞こえて、非常に不愉快です。

「…ルーベルト様、ジーク様をお呼びする事は可能ですか?」
「今は大事な会議中ですが…この状況では、致し方ないかと…」
「では、お願いします」
「畏まりました」

 私が他の方には聞こえないようにルーベルト様に話しかけました。ルーベルト様は小さく頷いた後、一人の騎士に目配せすると、その方は音もなく部屋を飛び出していきました。こうなってしまうと、ジーク様に何とかして貰うしかなさそうです。さすがに他国の王族を捕縛するわけにもいきません。そして、ユリウス王子のような方の相手は、ルーベルト様はきっと苦手でいらっしゃるでしょう。

「せっかくですから、私もお茶に加えて下さい。よろしいでしょう?」
「何を仰っているのかしら?許可もなく他国の王妃様の私室に入り込んで、その上お茶をだなんて」
「ユリウス王子殿下、お引き取り頂けないなら、我が国王陛下の名において貴方様を拘束する事になります。両国のためにならぬ行動はお控えください」
「そんなに固い事を仰らなくても…両国のためにも、王族が親交を深めるのは大切な事ですよ」
「貴方のしている事は、両国の軋轢になり兼ねない愚行でしかありませんわ」

 ルーベルト様とマリーア様が咎めているのに…どうやらユリウス王子は言葉が通じない方のようです。カミラとは別の意味で厄介と言うか、面倒な方ですわね。第一、こんな事をしてユリウス王子に益があるとも思えませんが…

「それはありませんよ。ルーズベールはラルセンにとっても重要な交易先となる筈です。それに、マルダーンとも友好国です。今後の事を考えれば、仲良くした方がお互いにメリットがあります。ご心配なく、ジークヴァルト陛下はまだ暫くお戻りになりませんし、お戻りになる前に退散いたします。黙っていればわかりませんよ」

 どうやらユリウス王子はジーク様達が来れないタイミングを計っていたようです。先ほどからの会話からも、随分と馬鹿にされている様な気がします。話が通じないのもわざとでしょうか…

「…何をしている」

 自信満々に持論を展開するユリウス王子に皆が呆れつつも警戒していると、地を這うような低い声が響きました。その声は冷気を纏い、見えない圧が込められている様でした。

「ジーク様!」
「陛下」

 部屋の入口に立っていたのは、凍てつくオーラを纏ったジーク様でした。会議中とお聞きしましたが…駆けつけて下さったようです。お忙しいのに申し訳なく思う一方で、酷く安堵する自分がいました。やはり会話が成立しない人というのは、得体が知れなくて不気味です。

「こ、これは…ジークヴァルト陛下…」
「ユリウス王子殿下。これは一体どういう事だ?」

 ジーク様はかなりお怒りの様で、その声はこれまで聞いた事がない程の威圧感がありました。無表情ですが…私がこれまで見た中では一番お怒りのご様子で、その圧にこちらまで息苦しくなりそうです。
 そんなジーク様の様子に、さすがにユリウス王子も直ぐには反応出来ないようでした。弱い獣人だったら、あんな風に怒りを向けられたら気を失っているかもしれません…向かいの席のマリーア様が腕を摩っているところからも、相当お怒りなのが伝わってきました。

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