番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

文字の大きさ
62 / 85
連載

王と反逆者

しおりを挟む
「エリィ!」

 大きな音を立てて開け放たれた扉の向こうに見えたのは、息を切らしたヴァルとルーベルト様、そして数人の騎士達でした。この場所は王と王妃の寝室にある隠し扉の先の隠し通路に繋がる部屋だったため、この部屋にヴァルが来る事はないのではないか…と思っていましたが、彼はちゃんと私を見つけてくれたようです。その事に、目の奥がツンとなり、言葉では表現しきれないほどの安堵が広がりました。

「ふ…やっと来たか…」

 そう呟くブロム様でしたが…何だかその言い方だと来るのを待っていたようにも聞こえます。逃げるつもりだったのなら、私に構わずさっさと行ってしまえば済んだ事なので、もしかしたらそうなのでしょうか…でも、こうなってはその理由を聞ける状態でもありません。

「…っ!ブロム、エリィを返せ!」

 ブロム様が私に剣先を向けているのを目にしたヴァルが、狼狽えてサッと顔色を変えました。ルーベルト様達も状況を察したのか、それ以上踏み込めずにいるようです。

「騒ぐな、ちゃんと返してやるよ。お前たち次第だがな」
「なんだと…!」

 それは私を人質にして逃げるという意味でしょうか。まともに歩けもしない私を人質になど、足手まといでしかないでしょうに…ブロム様の言葉にヴァルの怒気が一層膨らんだように感じました。直ぐ近くにいるのに、今はその距離が酷く遠く感じられます。

「ブロム!どういうつもりだ?!」

 別人のように感情を露にしたヴァルに私は目を瞠りましたが…それも二人の関係故なのでしょうか。その荒々しい言葉使いに、二人が親友だったのだと私は妙に納得してしまいました。

「愚問だな。俺の目的を知らぬお前でもあるまいに」
「何だと…!」

 感情を露にし、激昂寸前にも見えるヴァルに対し、ブロム様は淡々とした態度でした。これまで見てきたのとは真逆な二人の態度に違和感がありますが、今の私にはその訳を考える余裕はありませんでした。

「さて、ジーク以外は外に出て貰おうか」
「何だと…」
「番がどうなってもいいのか?」
「…っ!」

 ブロム様が私に剣先を近づけ、ヴァルをはじめとした騎士達が息を飲みました。やはりブロム様の目的は私達を傷つける事だったのでしょうか。私は剣先の近さを視界の端に捉えましたが、そのせいで僅かも動く事が出来ませんでした。

「…わかった。ルーベルト、皆を連れて下がれ」
「し、しかし陛下…」
「いいから下がれ」

 静かに、でも圧を込めてそう命じたヴァルに、ルーベルト様は一瞬目を小さく見開きましたが、こうなっては命に従うしかないと察したのでしょう。小さく一礼をして名残惜しそうに出ていきました。ぱたんとドアの締まる音がやけに大きく感じました。

「これでいいか?」
「鍵を閉めろ。この場に観客は不要だ」
「…わかった」

 ブロム様の言葉に、ヴァルは扉の鍵を閉めました。こうなってはルーベルト様達の助けが得られず、私の安堵感が急激に萎んでいくのを感じました。私が連れ去られなければ、こんな事にはならなかったのに…ヴァルを窮地に陥れた自分の不甲斐なさで息が苦しく感じられました。

「…抜け」

 どうなるのかと成り行きを見守るしかなかった私は、その言葉の意味が直ぐには分かりませんでした。一体何が…と二人の様子を見つめていると、ブロム様は私から離れてヴァルの正面に立ちました。

「決着を、つけようか…」
「どうしても、か…」

 二人の声は大きくはありませんでしたが、それでも私の耳には十分届く大きさでした。きっと外にいるルーベルト様達にも聞こえたでしょう。彼らは上位種の獣人で耳がいいのですから…ヴァルが静かに剣を抜きました。

「今更だろう?」

 そう告げたブロム様がヴァルに襲い掛かりました。そこからは…剣と剣がぶつかり合う金属の音と、二人の足音が響くばかりです。あまりにも速い動きに、私はどちらが優勢なのかもわからず、ただ見つけているしか出来ませんでした。
 こうしている間にもドアの向こうのルーベルト様達の元にと思うのですが…身体が思うように動かず、立ち上がる事も出来ません。どうやら疲労の影響か一層身体が動かなくなってしまったようです。昨日から丸一日眠っていて、水分すらも摂っていないのもマズかったでしょうか…

 私が動けずに歯がゆい思いをしている間も、二人の打ち合いは続いていました。私は巻き込まれないように息を潜めてベッドの上で二人を見ているしか出来ません。
長く牢に繋がれていたブロム様ですが、それでもヴァルに引けを取らないのは凄いとしか言いようがありません。以前聞いた話では、ヴァルの方が剣技では上だったと聞きましたが…目の前の二人の様子では、その情報が少しも安心に繋がりませんでした。

 それでも時間が経つにつれて…ブロム様の息が上がっているようにも見えました。先ほどお酒を飲んでいたせいでしょうか…それでもブロム様の闘志は揺るがないようで、全く終わりが見えませんでした。

 変化の訪れは、一瞬でした。突然、二人の動きが止まったのです。

 二人は抱き合うかのように向かい合っていました。何が起きたのかわからない私が二人を見つめていると、僅かにブロム様の唇が動いたように見えました。何かをヴァルに告げたのだと理解した瞬間、ヴァルが剣を引くと二人が離れて…ブロム様がその場に倒れ込みました。ヴァルの剣が赤く染まり、微かな錆びた臭いが私に元にも届きました。

「…ブロム…っ」

 倒れたブロム様をヴァルが抱き起しました。その胸元は真っ赤に染まっていて…ようやく私は何が起きたのかを理解しましたが…余りの事にただただ見つめるしか出来ませんでした。

「…ジ…ク…」

 ブロム様がゆるゆると手を上げると、それをヴァルが手に取りました。ヴァルの表情は私からはハッキリ見えませんが、ブロム様は…苦しそうな中にも笑みを浮かべていました。

「ブロム…どうして…」
「…や、くそ…を、は…たし…」
「……」
「…そ…だ、ろ…」
「……ああ」
「…こ、れ…を…」

 そう言ってブロム様がポケットから封書を一枚取り出しました。ヴァルは暫しそれを凝視した後、そっと受け取って懐にしまいました。

「…、…、……」
「…そう、だな」
「…、……」
「……ブロム?」

 最後の方のブロム様の声は、私には届きませんでした。でも、ヴァルには届いていたのでしょう、ヴァルは静かにそれに応えていました。程なくしてブロム様の手が、ゆるりと重力に従って床へと崩れ落ちました。暫くの間、空気が固まったかのような沈黙に包まれましたが…ヴァルはその名を呼んでブロム様をかき抱きました。その様子に、私は彼が私達とは違う世界に旅立ったのを感じました。

 私は何も出来ず…ただその光景を息を詰めて見つめているしか出来ませんでした。もしかしてブロム様は、こうなる事を知っていた…いえ、もしかしたら望んでいたのでしょうか…
 逃げようと思えば、その時間は十分にあった筈です。牢から出る事が可能だったのは、協力者がいたからだと聞いていますが、だったら外にも出られた筈です。それでも彼がここに残った理由は何だったのでしょうか…
 ただ、何となくわかったような気がしたのは、ブロム様はヴァルと二人きりで会う事を望んでいたのではないか、という事でした。死罪の未来しかない彼にとっては、もしかしたらヴァルの手で…いいえ、それも私の勝手な感傷でしかありません…今は何もわからないのですから…

 いつの間にか、ルーベルト様達が室内に入ってきました。彼らは目の前の景色に一瞬足を止めましたが…静かにその場で敬礼しました。それは古い友人を弔うためのものでしょうか…ルーベルト様にとっても、ブロム様は同年代の知り合い以上の関係だったと聞いています。

しおりを挟む
感想 822

あなたにおすすめの小説

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。