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可哀相な私のほっぺ
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その後、私はエミール様に付き添われて医務室で手当をして貰った。これくらい大した事ないと思ったのだけど、エミール様が泣きそうな顔で医務室に行こうと言って下さったのだ。癒しの天使が差し伸べてくれた尊い御手、振り切るなんて恐れ多い事など出来る筈もない。
「これは…結構腫れるかもしれん。湿布を出すからちゃんと貼っておくように」
「そうですか。ありがとうございます」
「いや、こんなに力任せに殴るなんぞ、騎士同士ですらやらん事じゃ。この事はわしからも団長に報告しておこう」
「そんな…そこまでは…」
「いやいや、私的な暴力は騎士団では重大な禁止事項じゃぞ」
医務官は私がアルノワ殿に殴られたとエミール様から聞くと、大変憤ってくれた。聞けば騎士同士でこんな事をしたら、懲罰牢に放り込まれた上で始末書と減給なのだと言う。騎士は人を殺す力を持つだけに、職務以外での暴力にはことさら厳しいのだと言われた。
仕事部屋に戻ると、部屋の前の廊下にアルノワ殿が立っていた。苛々した表情を隠しもせず、私達の姿を見つけると憎々し気に睨みつけた。
「はん!何だよその顔は。大袈裟な手当てなんかしやがって」
私達の頬の湿布を見て、彼は忌々しそうにそう言った。
「アルノワ殿!そんな言い方ないでしょう」
「うるせぇ、ガキはすっこんでろ!いいか、団長には絶対言うなよ!」
吐き捨てるようにそう言った彼だったが、その顔には焦りが見える気がした。冷静になれば暴力を振るった事がマズいと理解したのだろう。それでもプライドからか謝る事も出来ず、でも団長の耳に入る事を恐れているなんて、なんて小者なのだろう。残念ながら彼が望む流れにはならないだろう事は、医務室での会話で十分わかっていたから、私の心が傷つく事はなかった。
「ミュッセ嬢!アルノワ殿に殴られたんだって?」
「…な!」
部屋の前に立たれては、中に入る事も出来ない。どうしようかと思っていると、少し離れた団長室から天敵が出てくるのが見えた。自分の所業を副団長の口から言われたアルノワ殿は、口を半開きにしたまま固まっていた。私達の口さえ封じれば隠せるとでも思ったのだろうか…
(あらら、しっかり伝わってるじゃない)
我に返ったアルノワ殿に睨まれたけど…彼は何も出来なかった。それもそうだろう、この騎士団で序列二位の副団長がいるのだ。しかもその相手は公爵家の令息で、既に伯爵位を得ている。侯爵家の生まれでも無爵の彼が敵う相手ではない。
「副団長、ご心配には及びません。治療もして頂きましたから」
「しかし…ああ、アルノワ殿。ここにいらっしゃったのですね」
「…っ!」
(え…?)
アルノワ殿に気が付いた彼の纏う空気が一瞬で変わった。いつも笑みを浮かべ、穏やかな雰囲気を崩さなかった彼からは今、言い知れぬ冷気よりもより冷たい何かが放たれているように感じた。禍々しくすら感じるそれに、全身の鳥肌が立つのを感じた。アルノワ殿が、喉の奥で小さな悲鳴を上げた。
「ちょうどよかった。団長がお呼びです」
「な…」
「来ないなら相応の処置をとるとの仰せです。理由は…おわかりですね」
「な…な…何で俺が…俺は何も…」
「さっさと行けっ!」
「ひ、ひっ!」
彼に怒鳴られたアルノワ殿は、次の瞬間、転びそうになりながら走り出していった。団長室はすぐそこだし、走らなくてもいいだろうに…それにあんなに怖がるなんて、普段の居丈高な態度からは想像も出来なかった。あれは…虎の威を借りる狐?それとも弱い犬ほどよく吠えるの方が合っているだろうか?
「ミュッセ嬢、怪我の具合は?」
こちらに振り向いた天敵は、既にいつもの表情に戻っていた。痛ましいものを見る様な、心底心配しているような表情を向けられて、思わずドキッとしてしまった。くそう、好みの顔でその表情、反則じゃないか…
「え?あ、だ、大丈夫です。医務室で診て貰いましたから」
「すまない、あの仕事を君に頼んだせいで…」
「それは関係ないでしょう。仕事なのですから」
「それはそうだが…」
どうやら私に仕事を頼んだのが発端となったのを気にしているのだろうか。でも、本当に仕事をしただけなのだ。彼が気に病むような事など何もない筈だ。それよりも、先ほどの冷たい表情の方が気になった。
「これは…結構腫れるかもしれん。湿布を出すからちゃんと貼っておくように」
「そうですか。ありがとうございます」
「いや、こんなに力任せに殴るなんぞ、騎士同士ですらやらん事じゃ。この事はわしからも団長に報告しておこう」
「そんな…そこまでは…」
「いやいや、私的な暴力は騎士団では重大な禁止事項じゃぞ」
医務官は私がアルノワ殿に殴られたとエミール様から聞くと、大変憤ってくれた。聞けば騎士同士でこんな事をしたら、懲罰牢に放り込まれた上で始末書と減給なのだと言う。騎士は人を殺す力を持つだけに、職務以外での暴力にはことさら厳しいのだと言われた。
仕事部屋に戻ると、部屋の前の廊下にアルノワ殿が立っていた。苛々した表情を隠しもせず、私達の姿を見つけると憎々し気に睨みつけた。
「はん!何だよその顔は。大袈裟な手当てなんかしやがって」
私達の頬の湿布を見て、彼は忌々しそうにそう言った。
「アルノワ殿!そんな言い方ないでしょう」
「うるせぇ、ガキはすっこんでろ!いいか、団長には絶対言うなよ!」
吐き捨てるようにそう言った彼だったが、その顔には焦りが見える気がした。冷静になれば暴力を振るった事がマズいと理解したのだろう。それでもプライドからか謝る事も出来ず、でも団長の耳に入る事を恐れているなんて、なんて小者なのだろう。残念ながら彼が望む流れにはならないだろう事は、医務室での会話で十分わかっていたから、私の心が傷つく事はなかった。
「ミュッセ嬢!アルノワ殿に殴られたんだって?」
「…な!」
部屋の前に立たれては、中に入る事も出来ない。どうしようかと思っていると、少し離れた団長室から天敵が出てくるのが見えた。自分の所業を副団長の口から言われたアルノワ殿は、口を半開きにしたまま固まっていた。私達の口さえ封じれば隠せるとでも思ったのだろうか…
(あらら、しっかり伝わってるじゃない)
我に返ったアルノワ殿に睨まれたけど…彼は何も出来なかった。それもそうだろう、この騎士団で序列二位の副団長がいるのだ。しかもその相手は公爵家の令息で、既に伯爵位を得ている。侯爵家の生まれでも無爵の彼が敵う相手ではない。
「副団長、ご心配には及びません。治療もして頂きましたから」
「しかし…ああ、アルノワ殿。ここにいらっしゃったのですね」
「…っ!」
(え…?)
アルノワ殿に気が付いた彼の纏う空気が一瞬で変わった。いつも笑みを浮かべ、穏やかな雰囲気を崩さなかった彼からは今、言い知れぬ冷気よりもより冷たい何かが放たれているように感じた。禍々しくすら感じるそれに、全身の鳥肌が立つのを感じた。アルノワ殿が、喉の奥で小さな悲鳴を上げた。
「ちょうどよかった。団長がお呼びです」
「な…」
「来ないなら相応の処置をとるとの仰せです。理由は…おわかりですね」
「な…な…何で俺が…俺は何も…」
「さっさと行けっ!」
「ひ、ひっ!」
彼に怒鳴られたアルノワ殿は、次の瞬間、転びそうになりながら走り出していった。団長室はすぐそこだし、走らなくてもいいだろうに…それにあんなに怖がるなんて、普段の居丈高な態度からは想像も出来なかった。あれは…虎の威を借りる狐?それとも弱い犬ほどよく吠えるの方が合っているだろうか?
「ミュッセ嬢、怪我の具合は?」
こちらに振り向いた天敵は、既にいつもの表情に戻っていた。痛ましいものを見る様な、心底心配しているような表情を向けられて、思わずドキッとしてしまった。くそう、好みの顔でその表情、反則じゃないか…
「え?あ、だ、大丈夫です。医務室で診て貰いましたから」
「すまない、あの仕事を君に頼んだせいで…」
「それは関係ないでしょう。仕事なのですから」
「それはそうだが…」
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