48 / 116
理解が追い付きません
しおりを挟む
目の前で起きている事が理解出来ないまま、私はそれを見ているしか出来なかった。目の前では黒いフードを被った全身黒づくめの者が副団長に切りかかり、刺し傷に応急処置をしたばかりの副団長が応戦しているように見えた。武の事は全くわからない私だったけれど、副団長が劣勢なのは感じた。ううん、普段の副団長なら余裕かもしれないけど、今は脇腹に傷を抱えているのだ。顔色も悪かったし出血しているだけに、いつものように動けないのだろう。
私はどうする事も出来ず、その様をソファとテーブルの間に身を置いて動く事すらできなかった。部屋は真っ暗だし、下手に動くと副団長の邪魔にしかならないだろう。それに二人の動きが早すぎてどう動けばいいのかもわからなかった。
「危ない!」
副団長がよろめいたように見えた瞬間、相手が大きく振りかぶって剣を副団長向けて振り下ろした。辛うじて副団長がそれをギリギリのところで避けたけれど…
(しまった!)
声を出すべきではなかった。その黒づくめの者は私の存在に気が付いたのか、こちらに身体を向けた。それを理解した次の瞬間、その者は私の目の前にいた。動きが早すぎて状況に頭が追い付いてこない。目深くフードを被り顔の半分を黒い布で覆っていて、相手の顔が全く見えなかった。振り上げた剣の刃がきらりと光った。
「エリー!」
人間、死に際には情景がゆっくり見えると聞いた事があったけれど…その時の私はそんな感じだった。振り下ろされる剣が凄くゆっくりに見えて、これなら避けられそうなんて思ったけれど、不思議と体が動かない。
(リアムの学費、どうしよう…)
咄嗟に浮かんだのは弟の学費の心配だった。ここで死んだら契約はどうなるのだろう。そう思ったところで視界が黒くなって何も見えなくなった。急に重さを感じると同時にうめくような声がして痛みを顔に感じた。何か固いものが顔に当たって痛いし、重くて動けない。
「ボス!」
状況が理解出来ないところに、新たな声が響いた。ハスキーな男性とも女性とも思えるその声には強い焦りが含まれていた。暫しの間、何かが動く音と固いものがぶつかる音だけが耳に届いた。視界は黒いままだし、上にのしかかった何かが重くて動こうにも動けない。そうしている間に顔に水滴が落ちたのを感じた。ポツン、ポツンと流れ落ちてきたそれを感じるも、何なのかがわからない。それよりも重くて息苦しいんですけど…
「大丈夫ですか、ボス」
「ああ…」
争っているらしい音が収まると、声を押し殺した声が呼びかけていた。ようやく重さから解放されて、重さの正体が副団長だとわかった。わかったけれど、この状況は一体…
「あら、まだ下にいたのね」
かけられた声は私に向けられたもの、だろうか。呆気にとられながら見上げると、そこには黒っぽいフードを被った…美人さんがいた。にっこりと笑うと花が咲いたような華やぎが生まれた。
「大丈夫?けがはない?」
そう言って手を差し出されたけれど…この手を取っていいのかと躊躇してしまった。この人が味方なのか…とっさには判断出来なかったからだ。いや、副団長に大丈夫かと話しかけていたようだから味方だと思うし、恩人だと思うのだけど…急展開過ぎて私の頭のキャパは既に超えていた。
「あ…」
「怖かったわよね。でも大丈夫よ。あれは暫く目を覚まさない筈だから」
あれとは襲い掛かってきたあの黒づくめの者だろうか。そう思うのが妥当なのだろうけど、事態がまだ飲み込めないためにどう返事をすべきなのだろう。
「え…えっと、ありがとうございます?」
「どういたしまして。…って、あなた、怪我してるわ」
「え?」
「顔に血が…顔を怪我したの?」
顔に血と言われて思い立ったのは、何か固いものが当たっていた記憶だった。痛かったからもしかしたらあれで切れたのかもしれない。そう思って頬を触ると濡れた感触がした。血だろうか…これくらいの傷なら唾つけておけば治るだろう。そう思って指をぺろりと舐めたら鉄の味がして、次の瞬間、目の前が真っ白になって…私はそのまま意識を失った。
- - - - -
傷口に唾つけちゃダメです。真似しないで下さい。
私はどうする事も出来ず、その様をソファとテーブルの間に身を置いて動く事すらできなかった。部屋は真っ暗だし、下手に動くと副団長の邪魔にしかならないだろう。それに二人の動きが早すぎてどう動けばいいのかもわからなかった。
「危ない!」
副団長がよろめいたように見えた瞬間、相手が大きく振りかぶって剣を副団長向けて振り下ろした。辛うじて副団長がそれをギリギリのところで避けたけれど…
(しまった!)
声を出すべきではなかった。その黒づくめの者は私の存在に気が付いたのか、こちらに身体を向けた。それを理解した次の瞬間、その者は私の目の前にいた。動きが早すぎて状況に頭が追い付いてこない。目深くフードを被り顔の半分を黒い布で覆っていて、相手の顔が全く見えなかった。振り上げた剣の刃がきらりと光った。
「エリー!」
人間、死に際には情景がゆっくり見えると聞いた事があったけれど…その時の私はそんな感じだった。振り下ろされる剣が凄くゆっくりに見えて、これなら避けられそうなんて思ったけれど、不思議と体が動かない。
(リアムの学費、どうしよう…)
咄嗟に浮かんだのは弟の学費の心配だった。ここで死んだら契約はどうなるのだろう。そう思ったところで視界が黒くなって何も見えなくなった。急に重さを感じると同時にうめくような声がして痛みを顔に感じた。何か固いものが顔に当たって痛いし、重くて動けない。
「ボス!」
状況が理解出来ないところに、新たな声が響いた。ハスキーな男性とも女性とも思えるその声には強い焦りが含まれていた。暫しの間、何かが動く音と固いものがぶつかる音だけが耳に届いた。視界は黒いままだし、上にのしかかった何かが重くて動こうにも動けない。そうしている間に顔に水滴が落ちたのを感じた。ポツン、ポツンと流れ落ちてきたそれを感じるも、何なのかがわからない。それよりも重くて息苦しいんですけど…
「大丈夫ですか、ボス」
「ああ…」
争っているらしい音が収まると、声を押し殺した声が呼びかけていた。ようやく重さから解放されて、重さの正体が副団長だとわかった。わかったけれど、この状況は一体…
「あら、まだ下にいたのね」
かけられた声は私に向けられたもの、だろうか。呆気にとられながら見上げると、そこには黒っぽいフードを被った…美人さんがいた。にっこりと笑うと花が咲いたような華やぎが生まれた。
「大丈夫?けがはない?」
そう言って手を差し出されたけれど…この手を取っていいのかと躊躇してしまった。この人が味方なのか…とっさには判断出来なかったからだ。いや、副団長に大丈夫かと話しかけていたようだから味方だと思うし、恩人だと思うのだけど…急展開過ぎて私の頭のキャパは既に超えていた。
「あ…」
「怖かったわよね。でも大丈夫よ。あれは暫く目を覚まさない筈だから」
あれとは襲い掛かってきたあの黒づくめの者だろうか。そう思うのが妥当なのだろうけど、事態がまだ飲み込めないためにどう返事をすべきなのだろう。
「え…えっと、ありがとうございます?」
「どういたしまして。…って、あなた、怪我してるわ」
「え?」
「顔に血が…顔を怪我したの?」
顔に血と言われて思い立ったのは、何か固いものが当たっていた記憶だった。痛かったからもしかしたらあれで切れたのかもしれない。そう思って頬を触ると濡れた感触がした。血だろうか…これくらいの傷なら唾つけておけば治るだろう。そう思って指をぺろりと舐めたら鉄の味がして、次の瞬間、目の前が真っ白になって…私はそのまま意識を失った。
- - - - -
傷口に唾つけちゃダメです。真似しないで下さい。
181
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる