【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

文字の大きさ
107 / 116

迎える準備

しおりを挟む
 我が国だけでなく、大国フランクールの王位継承権も手にしたアレクは、肌が触れる距離にいるのに、凄く遠い存在のように感じられた。公爵家の令息でも手が届かない人だったのに…

「そ、それじゃ…これからは…」

 両国の王位継承権を持つ以上、どこかの王女か公爵家クラスの令嬢と結婚する必要があるんじゃないだろうか。例え子が出来なくても…沈む心を悟られないように、手にしたグラスを弄んだ。

「まぁ、山のような縁談が来ているのは確かだ」
「…っ」

 やっぱり、というか当然だろう。こんなハイスペック王子が現れたら、今いる婚約者を捨ててでも…と思うのが貴族というものだ。元々婚約は契約で、愛だの情だのは関係ないのだから。子が出来ないのは機密だから尚更だ。居た堪れず、心の渇きを満たすようにグラスの中身を煽った。喉を通る液体が熱い。そんなことを感じていたら、ぐっと肩を抱く手に力が入った。

「おい、勘違いするなよ?」
「か、勘違いって…」
「俺はお前意外、娶る気はないから」
「な…!」

 真顔で、しかもこの至近距離でそう言われて、息が止まりそうになった。言われた言葉は嬉しいが、この情況も嬉しすぎる。好きな人こんな風に言ってもらえるなんて、それだけで生きてきてよかったと思ってしまう…ここで人生終えたいと思うくらいに、嬉しい…

「でも、私は…」
「心配するな。その為に今まで寝る間も惜しんで準備していたんだからな」
「じゅ、準備って…」
「そりゃあ、お前を手に入れる準備に決まっているだろう」

 何を言っているんだと言わんばかりの断言に、呆けてしまったのは仕方ないだろう。そんなこと、一言も聞いていないし、今後があるなんて匂わされたこともないのだから…

「まぁ、成功するかどうかわからなかったから。何も言わなかったのは悪かった。でも、マルスリーヌ殿が…」
「お母様?」

 何? あの人、また何かやらかしたの? 実母とは言え、あの人の行動力はいつだって私の想像を超えるけど……

「お前は一生でも俺を想っているだろうから慌てなくていいと。下手に期待を持たせる方が悪手だから、準備がきっちり整うまでは接触するなって言われていたんだ」
「…そ、う…」

 なんて事だ。さすが母親と言うべきか…私の気持ちはすっかりお見通しだったのか。そりゃあ、お母様の言う通りだし、私も頑固だなと自分でも思うけど…

「でも、準備って…」
「ああ、先王とラドン伯の不正を暴くのに中心的な役割を果たしたのがお前とグラシアン殿だからな。それを功績としてミュッセ家を侯爵に陞爵する話になっているんだ」
「はぁあ!?」
「当然だろう?先王がやったのは国家転覆と同等だ。王統を書き換えようとしたんだからな」
「それは…でも…」
「俺にとっては王統なんてくそくらえだが、それでも国をまとめるには必要だからな」

 そこまで言うのはどうなんだと思ったけれど…瞳の色で人生を狂わされた彼にしてみれば、王統を有難いと思える気持ちなんかないのかもしれない。そりゃあ、養い親のランベール公爵夫妻は良い方だったみたいだけど…

「グラシアン殿とマルスリーヌ殿の離婚も、先王の不正を調べるための偽装って事にしてあるし。近々正式に復縁されるだろう」
「ええっ?」
「当然だろう。あのお二人は相思相愛なんだぞ? 王家のせいで離れ離れになってしまったんだから、相応の謝罪と謝礼は当然だろう?」
「え、っと…?」
「フランクールが後ろ盾についたから多少の無理は利くし、エリーに不利な事にはならないようにするから心配するな」

 晴れやかな笑顔でそう言われてしまったけれど…いいのだろうか…そりゃあ、フランクールの後ろ盾があれば、国内の貴族で文句を言える人はいないとは思うけど…

「それでも…子が出来ないことだけはどうしようもないんだ。すまない…」

 ぎゅっと抱きしめられて、苦しそうにそう言われたけれど…そんなことは私には大したことではなかった。彼の妻になれるのなら、それ以上何を望むことがあるだろう…色々と気になる事はあるけれど、今はこの温もりだけ考えていたかった。





しおりを挟む
感想 218

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...