調べ、かき鳴らせ

笹目いく子

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天稟(一)

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 肌が引き締まるように冴えた薄青い空気の中、庭の井戸端で歯を磨き、台所の水瓶に水を運んでいる内に、明け六ツの時鐘が鳴った。
 木戸が開く時刻である。納豆売りやしじみ売りが、一斉に威勢のいい声を上げて商いをはじめるのが耳に届く。朝餉を煮炊きする細い煙が、家々の引窓から狼煙のように立ち昇り、朝焼けに滲んでいくのが松坂町の空に望めた。生垣を出て顔なじみの棒手振りをつかまえ、納豆としじみを買って戻る頃には、朝日が格子窓から淡い光の筋を投げかけている。居間の雨戸を開けて、仄明るい台所で朝餉の支度をしていると、ほどなくして青馬そうまが慌てたように現れた。

「すみません、寝過ごしました」

 青い顔でそう言った途端、へなへなと床に座り込んでしまった。

「も、申し訳ありません」

 半纏の中に身を縮め、肩をふるわせ涙声で言うので、久弥の方が面食らった。

「六ツの鐘が聞こえたばかりだし、謝ることなんぞない。疲れているんだろう。まだ眠っていて構わないんだぞ」
「いえ、飯の支度くらい、出来ます。水汲みも掃除も洗濯もやります。教えていただければ、使いにも出ます」

 すみません、と切羽詰まった声を聞きながら、久弥は次第に額を曇らせた。
 ざるの中でしじみを洗っていた手を止めると、青馬に向き直った。

「手伝いは頼むかもしれないが、ここは商家ではないし、お前は奉公人でもないんだから、一日中働く必要なんぞないんだよ」
「……でも……あの、そうしたら、何をしたらいいんですか」

 途方に暮れたような青馬を見下ろし、久弥は、可笑しいような哀れなような気持ちで眉を下げた。

「他の子供がすることをしておいたらいいさ。飯を食って、手習いをして、表で友達と遊んで、三味線の稽古をすればいい」

 とんでもない無理難題を言い付けられたかのように、青馬が目を剥いた。

「……だけど、あのう、そんなわけには……」

 少年が口の中で呟くのを聞きながら、湯気の立つ鍋にしじみを落とすと、久弥は振り返った。

「とりあえず、体が辛くなければ外で遊んでくるといい。天気もいいしな。どう思う」
「はい。わかりました。遊んできます」

 悲壮な顔つきで頷くと、青馬は所在なげに目を瞬かせ、おずおずと言った。

「……お師匠様、遊ぶって、何をしたらいいのですか?」

 久弥は思わず、ふ、と笑った。毎日働き詰めに働かされ、遊んだことなどないのだろう。笑うことではないのだが、過酷な暮らしを強いられたにもかかわらず、青馬は幼子のように無邪気で、素直なところがあるようだった。外の世界から隔絶されていたせいなのか、もともとの美質なのか、青馬の言動は妙に人の心を和ませる。笑みを含んだ目で己を眺める久弥を、青馬は不思議そうにちらちらと見上げていた。
 炊きたての飯に納豆、しじみの味噌汁、しらす干しに大根おろし、漬物を添えて膳を整えると、囲炉裏端で朝餉を取った。青馬はまだ緊張が解けないのか、遠慮がちに箸を動かしおかわりもしなかった。それでも綺麗に器を空にしたので、久弥は少し安堵した。

「お師匠、いいかね」

 台所を片付けていると、庭の方から橋倉はしくらの声が聞こえてきた。
 足早に居間へと向かう久弥の後ろを、ぺたぺたと青馬がついてくる。橋倉は気遣わしげに縁側から中をうかがっていたが、青馬を見ると人懐こい笑みを浮かべた。腕にふっくらと膨らんだ風呂敷包みを抱えている。久弥は縁側に膝をつくと頭を下げた。

「お早うございます。昨日はありがとうございました」

 橋倉は「蟻が十なら芋虫ゃ二十よ」とぶっきらぼうに言ってびんを掻き、久弥の背に隠れるようにしている青馬をひょいと見下ろした。

「おお、ずいぶん顔色がいいじゃないか、坊主。腕はどうだ? 腫れはまだひどいだろうが、方剤で痛みはマシになってると思うんだがな」

 青馬が焦ったように顔を赤くするのを見てにこりとしつつ、風呂敷包みを持ち上げて見せる。

「こいつはお前さんに持ってきたんだよ。お師匠は子供の着物なんぞ用意がなかろう。お三津みつのやつが上の坊主の揚げを目一杯下ろしたんで、よかったら使ってくれとさ」

 そう言いながら、縁側に斜めに座った橋倉が風呂敷を開くと、中からは単や襦袢、それに半幅帯が現れた。
 橋倉の妻のお三津は色白でころころとよく笑い、実に細やかに気が回る人だった。
 橋倉夫妻の上の息子は今年五つになる。四つ身で単を作ったところだったのだが、揚げをすべて出したから十くらいの子供であれば着られる筈だという。

「助かります。丁度、着物をどうしようかと思案していたところでして。ありがたくお借りします」

 久弥が深々と叩頭すると、青馬が慌てて隣に膝を揃えて座り、小さな両手を床についてたどたどしく言った。

「あ……ありがとう存じます。あのう……腕も、昨日より痛くありません」

 橋倉は唖然として目と口を丸くすると、

「……なんだ、喋ったじゃねぇか」

 と素っ頓狂すっとんきょうな声を上げ呵呵大笑かかたいしょうした。

「……へぇ、おまけに行儀のいいことだ。何だか、お師匠と他人には見えないね」

 青馬がびっくりしたように瞬きし、じっと久弥を見上げるのを見て橋倉はまた笑った。
 名前がはっきりしないので青馬という名を付けた、と言うと、医者は白い歯を見せて喜んだ。

「そいつはいい。粋な名前じゃねぇか。よかったな坊主、じゃねぇや、青馬」
「はい」

 青馬は大きな双眸を光らせ、ひどく重大な秘密を打ち明けるかのように厳かに言った。

「とても嬉しいです。あのう、名前を付けてもらうというのは、嬉しいものですね」
「そうかい、そうかい。そいつは名付け親の冥利みょうりに尽きるってもんよ」

 橋倉が破顔すると、青馬は頬を上気させ、思い切ったように続けた。

「それに、三味線の稽古もつけてもらえるそうです。お師匠様のような三味線弾きになりたいです」
「おお、がんばれよ。お師匠の弟子になりゃあ、立派な三味線弾きになれるさ」

 はい、と青馬は背筋を伸ばし、真剣この上ない表情で大きく頷いた。

「いや、お師匠みてぇに若い人に子供の世話をさせちまって悪かったかなと思ったんだが、どうしてどうして、てぇしたもんだ。すっかり懐いてるね」

 痛快そうに橋倉が言うのを聞いて、久弥はしげしげと青馬を見下ろし、そうなのだろうかと首を捻った。気付いてこちらを見上げた青馬が、はにかんだように小さく笑う。初めて笑った、と思った途端、胸の中に湯をかけたようなあたたかさが広がった。

「うちの坊主どもが一緒に遊びたいって言ってるからさ、いつでも連れて来なよ。な、青馬よ、遊びにこいよな。かみさんも会いたがっているからよ」

 遊ぶ、という言葉に反応したのか、青馬の大きな両目がきらりと光ったようであった。
 許可を求めるように見上げてくるので、久弥はにこりとした。

「……はい。あの、粗忽そこつ者ですが、喜んでお招きにあずかります」

 頬に血を上らせてぺこりと頭を下げるのを見て、橋倉は吹き出しかけて口を覆うと、苦悶しながらぶるぶる肩をふるわせた。

「……こいつはまた、面白いのを拾ったねぇ。嫁さんをもらう前に子持ちになっちまうってのが、あんたらしいと言えばあんたらしい」

 ついでに嫁さんもどこかから拾ってきたらどうだい、などと物騒なことを笑いを堪えて言いながら、橋倉は上機嫌で帰っていった。 

***

 久弥の大きすぎる半纏を脱ぎ、亀甲文様の茶絣ちゃがすりの単を身につけ、半幅帯を貝の口に結ぶ。髪も傷んで伸び過ぎた分を切ってやり、襟足を整え、櫛を入れて縛り直すと小ざっぱりとした。こうしてしまえば、青馬はそこらの子供と寸分変わらぬ姿に見えた。
 着物に隠れた傷さえ見えなければ。
 新しい着物を身につけた青馬は、借り物の衣装でも着せられたかのようにしゃちほこ張っていた。けれども、そろそろと小さな掌で真新しい生地を撫で、袂を広げてしげしげ己の姿を見回すと、やがてほうっと夢心地のような息を吐いた。

「……ありがとうございます」

 小声で言った青馬は、こっそり幾度も両手を広げ、着物に見入っていた。
 ところが、久弥の半纏を返そうとしたところで、青馬は何故か浮かない顔をした。
 手放すのを躊躇うように半纏を見下ろしているので、久弥は首を傾げた。青馬は頑是ないところがある一方で、ものを欲する素振りを滅多に見せない。虐げられて育っているから無理もなかった。だから、半纏の端を握って黙然としているのを見た時は、青馬がそれを欲しがっているのだと思い至るまでにしばしかかった。

「……それも着たいのか。お前には大きすぎるだろうが、欲しいのなら持っていていいよ」

 途端に青馬は明るい瞳で半纏を胸に抱き、はい、と満面の笑みを浮かべた。
 この家に来てからずっと着ていたから、安心するのかも知れなかった。長すぎる袖をぶらんと垂らし、ぬくぬくと満足そうにしている様子が何やら微笑ましかった。
 門人が訪れる時分になると、青馬は隣の寝間で息を潜めて稽古を聞いていた。
 稽古を見たいのなら稽古部屋にいて構わないのだが、見知らぬ門人たちの目に晒されるのは気が引けるらしい。久弥の勧めを頑固に断り、じっと寝間で聞き耳を立てていた。
 四人の稽古をつけて最後の門人を送り出す頃には、二刻あまりが経っていた。
 寝間からはことりとも音がしない。眠くなったのだろうかと唐紙を開けてみると、青馬は唐紙の近くに膝を揃えて座ったままだった。

「……ずっとそうしていたのか?」

 半ば呆れて尋ねると、少年は白い頬を紅潮させてこっくりと頷いた。

「飽きなかったか」

 青馬はゆるゆるとかぶりを振った。

「面白かったです。三味線は難しいんですね。みんなお師匠様のように唄ったり弾いたり出来るのかと思っていました。お師匠様はとても上手なんですね」

 久弥は横を向いて笑いを堪えた。師匠と比べられたら、弟子たちが気の毒な話である。

「まぁ、教える人間が上手くなくては話にならんからな。それに、あの四人がさらっている曲は、どれもなかなか難しいんだよ」

 どの曲が好きだった、と尋ねると、

「最初の人と、最後の人の曲は特に好きです」

 と言って耳朶を赤くした。
 『越後獅子えちごじし』と、『勧進帳かんじんちょう』である。
 『越後獅子』は『遅桜手爾波七字おそざくらてにはのななもじ』の内の舞踏曲の一つで、三下さんさがりの旋律が美しく、唄も華やかで調子がいい。文化八年に三世中村歌右衛門が中村座で初演して以来、変わらぬ人気を博している。これを浚っている弟子は、最後の晒しの合方あいかたで苦戦していた。ここは間合いの取り方と、スクイやハジキの撥捌き、高い勘所かんどころを押さえるのが難しい。しかし三味線の見せ場なので妥協はできぬのである。
 最後の門人が浚っていたのは『勧進帳』の冒頭部分だ。
 次第謡しだいうたいガカリの後、タテの三味線と演じる大薩摩おおさつまの独吟だが、出だしの飛序とびじょの三撥が難しいのである。ドーンテンテンとたった三撥なのだが、これを抑制を効かせながらも、切れ味よく勇壮に弾かねばならない。ここが腑抜けてしまうと後が台無しだから、何度もやり直させた。
 さらに、この後の本手押重ほんておしかさねも厄介だった。撥を押しながら重ねて弾くのがなかなか出来ない。決して弟子が下手なのではなく、曲が難しいのだ。弟子は茹でダコの様に赤くなり、久弥の容赦のない指導に汗を浮かべながら必死に弾いていた。
 なるほど、あの二曲は初めて聞いても面白いだろうと思いながら、ふと悪戯いたずら心が沸いた。

「そうかい。最初の方はどういう曲だったか唄えるか」

 虚を衝かれたように目を瞬かせた青馬は、かすかに俯くと袂を弄ぶようにして黙った。
 初めて聞いたのだから土台無理な話ではある。いや、気にするな、と久弥が口を開こうとした途端。
 青馬が唄い出した。

 打つや太鼓の音も澄み渡り、角兵衛かくべえ角兵衛と招かれて
 居ながら見する石橋の、浮世を渡る風雅者
 うたふも舞ふも囃すのも、一人旅寝の草枕……

 肌が粟立った。
 身を乗り出し、息を詰めて耳を澄ませる。
 子供ゆえ声は伸びないのだが、音にも調子にもほとんど狂いがない。
 二刻も前に、唐紙を隔てた隣の部屋で、久弥が唄うのを聞きながら覚えたというのか。
 久弥はさっと稽古部屋の三味線に手を伸ばすと、音を抑えて合わせはじめた。
 青馬はびっくりしたように一瞬声を小さくしたが、次いで笑顔になって唄い続けた。
 
 おらが女房をほめるぢゃないが、飯も炊いたり水仕事
 麻撚あさよるたびの楽しみを、独り笑みして来りける
 越路潟こしじがた、お国名物は様々あれど、田舎訛の片言まじり 
 しらうさになる言の葉を、雁の便りに届けてほしや…… 
 
「えっと……相すみません。つづきがわからなくなりました」

 唄が途切れた。撥を下ろしながら、久弥は驚愕に言葉を失っていた。
 軽く息を弾ませながら、青馬は目を輝かせている。楽しくてならぬという無邪気な笑みを見詰め、身震いを覚えた。
 絃との呼吸も上出来だ。流れるように久弥の意図を飲み込んで応える様に、子供に合わせているのを忘れそうになったほどだ。
 三味線は、唄も絃も耳で聞き、体で覚える口伝によって習得する。つまり見取り稽古が基本である。そのためメリヤス一曲でも、三味線の初心者が覚えるのは相当に苦労する。多少の腕があっても、長唄一曲ともなれば、唄と絃を覚えるのに数ヶ月を要することもある。正確で繊細な耳と覚えのよさがなければ、技倆以前の問題で三味線を弾くことは覚束ないのだ。
 六つで岡安派の母に弟子入りした時から、久弥にはそれが苦にもならなかった。
 三味線師匠がしばしば弟子に言う言葉に「調子三年勘八年」というものがあるが、これは三味線演奏の基礎である調弦と勘所の習得にさえ、かように長い年月を要することを表したものだ。しかし久弥は、七つまでには調子合わせも勘所も完全に習得していた。
 九つで初舞台を踏み、十三、四になる頃には、二度か三度、目の前で演奏してもらえば、尺の長い曲であってもほぼ正確に再現出来た。人に言わせれば、驚異的に耳と覚えが良いのだ。言うまでもなく棹や撥の扱いはずば抜けていた。唄方との「」を本能の様に掴む勘があり、難曲であっても高い芸術性をもって奏でて見せ、聞くものを驚嘆させた。十五の時に杵屋派に師事して頭角を現し、十七の年に中村座で最年少のタテ三味線となった頃には、久弥は既に名手の名をほしいままにしていた。
 見取りに長けていることは、芸事において重要な素養である。その上で、ずば抜けた技術を備え、絃と唄の間を自在にし、音曲に命を吹き込む境地に至る者が名手と呼ばれる。
 久弥にしてみれば、見取り稽古の得意不得意は、芸事に限らず武芸の才にも通じている。相手の技や呼吸を見ることは、心眼を養い自身の技を磨くことにつながった。己の剣の腕が抜きん出ているのは、身体能力はもちろんだが、ひとつにはこの見取りの感覚の鋭さにもよると思っていた。もちろん天稟てんぴんのみならず、産声を上げた時から、母の唄と三味線に親しんで育ったことも多く働いていたに違いない。
 それがどうだ。青馬は生まれて初めて聞いた曲を、絃も唄も実に精緻に聞き分け覚えていた。それどころか、絃と唄の呼吸や、間の取り方まで体で理解している節がある。
 指使いや撥捌きは多少器用ならどうにかなる。だが、耳のよさと勘のよさ、これだけは天稟だ。

「……あの、駄目でしたか。弟子になれませんか?最後の曲は難しくてよく覚えていないのです。相すみません」

 青馬が不安気に囁いた。
 『勧進帳』は謡ガカリや合方が混じった四半刻あまりの大曲である。一度で覚えられるとは端から思ってもいない。久弥はふっと体の緊張を解くと、大きく息を吐いた。そしてしばしの思料の後、言葉を選んで口を開いた。

「……いや、よく唄えていた。お前は見取りに長けた性質たちらしい。耳がよく、覚えと勘がいいのは三絃を弾くには大切なことだ。お前はどうやらそれに恵まれている。精進することだ」

 青馬は全身を耳にするようにして身を乗り出していたが、それを聞くと目を丸くした。
 よく分からないが褒められたらしい、と頬がみるみる鬼灯ほおずきのように赤らむ。

「腕が辛くなければ、少し弾いてみるか」

 三味線を差し出すと、青馬が弾かれたように腰を浮かせ、忙しなく頷いた。

「はい。はい、弾いてみたいです」

 胴と棹の構え方、撥の持ち方、本調子ほんちょうし二上にあがり・三下りといった基本的な調絃に加え、勘所の押さえ方と奏法を一通り教える。『勧進帳』から寄せの合方を取り出して浚ってみた。この合方は、勘所が比較的易しい一方で多彩な撥使いを用いるので、習いはじめに撥捌きを覚えるのに丁度いい。
 飲み込みが早いのにはいまさら驚かなかった。ただ覚えがいいだけではなく、耳がよく素晴らしく勘がいい。雲を掴むようにはじめた調弦と勘所の押さえ方も、繰り返し合わせる度にみるみる精度が上がって行く。手首が柔らかく、指先の力が強く切れがある上に、実に細やかに動く。子供とは思えぬ集中力で、少しも気が逸れない。何より、三味線が生み出す音色と旋律の美しさを、魂をふるわすようにしてたのしんでいる。

──これはものになる。

 直感に近い確信に、胸が高鳴るのを感じた。
 憑かれたように稽古をつけていた久弥は、昼九ツの時鐘が聞こえてきたのでふと我に返った。

「そろそろ中食にしよう。次の稽古が始まってしまう」

 青馬は夢から覚めたかのように瞬きした。ぴしりと背筋を伸ばしたまま、額には細かな汗の粒を浮かせ、もう体の一部であるかのように三味線を構えている。三味線を受け取ろうとして、青馬がいかにも名残惜しげに悄然としているので、久弥は小さく笑った。

「……飯の支度が出来るまで、弾いていていい。終わったら拭いて立箱に戻すんだよ」

 青馬は鼻の先まで赤くして一瞬躊躇した。しかし、三味線に触っていたいという欲求に抗えぬ様子で棹を手元に引き寄せると、はい、と目を輝かせながら声を張った。

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