29 / 46
第二十八話『いいやつ』
しおりを挟む八つ時になると勉強を終えたエイルが部屋に戻ってきた。
いい加減に二人きりで部屋にいることにも慣れてきてはいたが、むしろその慣れが逆に怖かったりもする。
夜寝る際も、なぜか向こうにいた頃よりも心地よい睡眠をとれるようになっていて貞操観念の崩壊を引き起こしているのではないかと不安になる。
ちなみに、特にやることもやれることもなかったオレは騎士団の訓練場からこっそり拝借してきた竹刀を振ったりごろごろしたりして時間を無駄に潰して待っていた。
……まあ、要するに何もしないでぐーたらしていたのだ。
そして、のほほんと過ごしていたオレは部屋に入ってきたエイルが開口一番に発した台詞に怠惰の戒めを受けるのだった。
「あ、そうだ。明日、国王様やあたしのお父様たちが帰ってくるから。ちゃんと失礼がないように挨拶くらいはしてよね」
あっさりとした口調で言うだけ言うと、エイルは寝室の方に向かって室内着に着替えに行こうとする。
「おい、待て! も、もう帰ってくるのか? ……そんな話聞いてないぞ」
「ん、だって言ってなかったもん」
もん、じゃねえ。
アンナもそろそろ帰ってくるとは言っていたが、まさか翌日だとは……。
エイルを拒否し、なおかつ自分の都合で元の世界に帰るために彼女の助力を扇いでいるこの状況でその両親といよいよ顔合わせをしなくてはいけないのか。
考えただけで陰鬱になる。
オレにとってこちらはまだまだアウェー。
その中で、カーストトップクラスに君臨する者たちに喧嘩を吹っかけるような真似をしないといけないというのはやはりとてもリスキーな行為に違いない。
オレが唐突に迫った試練に頭を抱えていると
「それからね……。ついでにもう一つ、ジゲンに言ってなかったことがあるの」
寝室のドアノブに手をかけて、消え入りそうな声でエイルはそっと言った。
これ以上他にどんな追撃を食らわせようというのか。
むしろ聞いてみたいもんだね。
半ばヤケクソになっていたオレである。
「この世界、ウトガルドには現界教っていう人たちがいるんだけどね」
「そいつらって世界を壊して先祖の故郷へ帰ろうとしてるやつらだろ?」
つい数時間前にアンナから耳にしたばかりだ。
いくらオレでも忘れるわけはない。
「え、知ってるの? どうして?」
エイルは振り返って、驚きを貼り付けた顔を見せてくる。
「いや、さっきフラフラしてたらアンナとそういう話になったんだよ」
「そう、アンナが話したんだ……。そういえばこの間も地下でお喋りしてたわよね。彼女と仲良いわけ?」
「ん、普通じゃないか?」
特に悪くもないとは思うが、いいとも言えないはずだ。
表面上のさらっとした会話くらいしかしてはいないし。
「それで、現界教がどうしたってんだ?」
持ち出された話題の意図がよく理解できず訊ねた。
「え、だから……。え? アンナから聞いたのよね。あの人たちのことは」
「聞いたぜ。物騒なやつらだよな」
オレは正直に抱いた感想を述べる。
「会ってみたいとか、思わないの?」
恐る恐るといった、らしくない口調でエイルが訊き返してきた。
こいつは何をそんなに不安がっているんだ?
「まあ、話は聞いてみたい気はするけどな。王国とはまた違ったゲートについての認識をもってそうだし。でも積極的に交流を持ちに行こうとは思わねえよ。危なっかしい連中なんだろ?」
「うん? そ、そう……」
「で、どうしてそんな話をいきなりしてきたんだ?」
話の流れ的に突然で脈絡もなかったし。
すでに知っていることだったし。
正直エイルの両親に顔合わせをしなくてはいけない現実と比べれば、まったくもってどうでもいい内容だった。
「だ、だって、ジゲンが帰る手段を見つけるためにはやっぱり知っておかないといけないことだと思ったから……」
「ふーん?」
「別にね? その、隠してたわけじゃないのよ? 言わないでいるつもりはなかったの。ただ、いつ言うべきなのかって、機会を見定めてただけだから。……ホントよ?」
なぜかおろおろと視点が定まらずに言い訳めいた台詞を零すエイル。
ますます疑問は深まっていく。
彼女のそんな慌てている様が不思議で、オレは眉間に皺を寄せて怪訝に訊き返す。
「お前は何を言っているんだ?」
「だって、ひょっとしたらあんたが現界教の方に行っちゃうんじゃないかって……。そう思うと話すタイミングが見つけられなくって。だってあんたの願いって、現界教の考えとピッタリ合致するじゃない?」
「ああ……」
そういうことか、とオレは内心で納得する。
確かに元の世界に帰りたいというオレの言動は現界教というやつらの思想と酷似し、呼応するものだったかもしれない。
胡散臭い話に僅かな可能性を持って飛びつくとエイルが懸念するのも無理はない。
オレのことを野獣と揶揄するエイルだしな。
……アンナといい、オレはそんなに反社会側へ傾くように見えるのだろうか?
誤解を招く主張を多々していたことは認めるが、こうも立て続けに疑念を持たれるとさすがに憤りを感じざるを得ない。
外見で判断されるのは慣れっことはいえ、素性が割れていないこちらでも同じ扱いをされるのはどうにも不服だ。
「お前さぁ、そんなこと心配してたのかよ」
「そ、そんなことですって!?」
エイルが心外だと言わんばかりに抗議の声を上げる。
『あたしがどれだけ悩んだと思ってんのよ……罪悪感とかすごかったんだから……』とかぼそぼそ言っていたがなんのことやら。
「だってあんた、何が何でも帰るって言ってたじゃない。大事なものが向こうにあるからって。大事な人がいるからって。だったら特に思い入れのないこっちの世界を天秤にかけるまでもなく、帰るためにあの人たちのところへ行くって言い出してもおかしくないと思うじゃない」
「あのな、エイル。オレは結構、こっちの世界のことも気に入ってはいるんだぜ?」
これはアンナに言ったこと。嘘偽りはない事実だ。
「……本当に?」
「本当だ」
「でも帰るのよね?」
「それは……その、すまん」
呼び出したのはこいつらだけど。
婿にならないオレを養うメリットは本来なら王城にはないのだ。
ましてや帰還の方法を探るのを手伝う理由などもっとない。
そこら辺の引け目は少なからず感じている。
一応はエイルにも満足のいく相手を選び直すためという目的があるのでウィンウィンの関係ではあるが。
「うん……そっか。そうよね」
エイルは何か憑き物が落ちたような晴れ晴れとした顔を見せる。
「それじゃあ頑張らないとね。あたし、まだ手伝うとか言っておきながら結局何にも役に立つことしてあげられてないし」
「ああ、それは薄々思ってた」
「ちょっと、それは思うだけにしておいてよ!」
いや、だって実際書庫に着いてきたのもエア子だし。
こいつがやったことってオレを水場に連れてったことくらい。
少なくとも元の世界に帰ることについては何もしてもらった覚えはない。
「まあ、頼りにはしてるぜ。お前は口が悪い時もあるけど、いいやつだからな」
「いいやつ、ねえ……」
オレの言葉を受けてエイルは咀嚼するように俯き、宙を仰ぐ。
「それならさ、晩御飯まで時間あるし。今から書庫に行って少し調べてみよっか」
歯並びのいい白い歯を見せて、にかっと笑うのだった。
「おう。そうだな」
急にやる気になったが、どういう風の吹き回しだろう? にしてもこいつ、初めに会った頃と比べると随分態度が柔らかくなったよな。
単純に会話を重ねたことでオレがエイルのいいところに目が行くようになっただけかもしれないが。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる