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エピローグ
しおりを挟むあれからの城はてんわやんわの大騒ぎというか、せわしない雰囲気が常駐していた。
城の連中は、あのアキレスも含めて騒動の収束にあちこちを駆け回っている。
帰還した国王一行も戻ってくるなり状況の整理に追われて休む暇もなく事後処理にあたるしかないほどの忙しさだ。
どうやら騎士団でも人気のあったアンナの反乱は市街地の国民にもどこからか情報が漏れ出て伝えられ、小規模の動揺を生み出しているとかいないとか。
騎士団の再編成やアンナに操られていた騎士たちの処遇をどうするかも大きな懸案事項となっているようだ。
操られていたという確たる証拠をどうやって立件するのか、そのあたりが焦点になっていて時間がかかるとアキレスは言っていた。
大忙し、実に結構である。
おかげでエイルの両親ともはっきりと顔を合わせなくてすんでいるからな。
帰城時にちらりとエイルの父親の尊顔を拝見したが、厳めしい風貌の壮年男性だったため、差し迫った話は避けて通りたいところだ。
アンナを鎮圧した後、雨野からは謝罪の言葉を受けた。
オレを一人で行かせたことや、いきなり目の前から消えたことの理由を納得できるように説明するためオレの向こうの世界での評判や能力について話してしまったらしい。
別に気にしてねえよ、と雨野には言った。
「大丈夫だから! 怖くなんかないから!」
エイルはえらく力んだ表情で自分にも言い聞かせるように言ってきた。
いや、滅茶苦茶びびってるじゃねえか。
さては雨野のやつに大げさに吹き込まれたな。
別にそこまで恐れるほどのもんでもないだろ。
ちょっとだけその気になれば世界を滅ぼすことができるだけなのに。
危害を加えてきた相手以外にはオレは能力を使ったことはないし、何もしなければ何も起こらない。
どうしてみんなそのことに気が付かないかねえ。
そしてかつて挑んできた不良やらのならず者たちはどうして実力差に気が付かないのか。
ちなみにエイルの態度は即日で元に戻った。
聞けば『力を持っているのはこちらに来た日から変わらないのだし、何か変わることもないでしょ?』とのことだ。
「そうだな。何も変わらねえよ」と、オレは言った。
そして「だから怖がってくれんなよ」と繋げて言った。
「あたしがあんたを怖がったのはあんたの面妖な面構えを最初に見た時だけよ」
エイルは一時でもびびっていたことを未だに認めようとしない。
アンナの反乱が起こってから半月が経過した。
今日はロキがウトガルドの王族にとって一人前の証となる儀式を行う日だ。
オレは騒動の後、ロキの口から直接儀式を行うことを語られていた。
どうしてオレに真っ先に伝えに来たのかは不明だが、あいつなりにけじめや覚悟をつけたかったのだと思う。
きっとそういう意味だったんだと思う。
空は雲一つない青空で快晴。カラッとした晴れ模様で祝い事をするには申し分のない日取りだった。
余談だが、この半月の間にオレは元の世界に帰る意思があることを国王やエイルの父親の前で宣告して一悶着あったりなかったりしたのだが。
まあ、所詮は余談。今は関係ないよな。
中庭にはクロスのかけられたテーブルが置かれ、立食パーティのようにその上には色とりどりの料理が並べられている。
その中には見覚えのある料理が多数あり、まったく見知らぬ献立もあったりして見ているだけでそれなりに楽しめるものだった。
「……ったく。どうしてオレが新しい犠牲者を出迎えるためにこんな格好をしなきゃいけないんだ」
「ちょっと、犠牲者とか言わないの!」
隣で小皿に料理を取り分けていたエイルが憤怒する。
彼女は初めてあった日と同様に華美なドレス衣装に身を包んでいた。
もちろんデザインの異なった別のものである。
淡いブルーのパーティ用のドレス。
背中が大きく開いたその格好は正直、目のやり場に困る。
だが一方のエイルはシルクのように透き通った肌を晴天のもとに晒していながらも平然としている。
ヴェスタやルナも同等の露出具合の服装をしていることから、彼女ら王族にしてみれば祝い事の衣装ではこれが当たり前なのだろう。
オレも今日はロキが着ているような何かよくわからん襟元がふわっふわした貴族衣装を身につけさせられていた。
『神聖な場なのだから今日ばかりはきちんとした服装をしなさい!』とはエイルに言われた言葉だ。
オレはいつも通り学生服を着て参列してやろうと思っていたのだが、王族の基準からするとそれはナシらしい。
あらゆる冠婚葬祭に用いることのできる万能衣装である制服も世界が異なればこの様だ。
悲しい。
「おや、なかなかお似合いですよ。ジゲン殿」
警備にあたっているアキレスがオレの頭から爪先までをねっとりとした視線で眺めながら声をかけてきた。
敵意がないのはもうわかっているが、どうにもこいつの視線を受けると背筋の寒気が毎回抜けないんだよなぁ。
「えっ、お似合い!?」
なぜかエイルがそわそわしだした。
こいつは何に反応しているんだ?
よくわからず怪訝に見ていると、
「……あ、服の話か」と呟き、早足でどっかへ行ってしまった。
その頬が少々紅く染まっていたのはオレの見間違いだったろうか。
「お邪魔でしたか?」
「いいや。必要ではなかったけどな」
それは失礼と、あまりそう思ってはいなさそうな謝罪をしてからアキレスは周囲を見渡して顔を近づけてくる。
そして声を潜めて言った。
「できることなら、今回の件でアンナをあまり恨まないでやって欲しいのです」
「裏切られて、スケープゴートにまでされかけたのに随分と寛容なんだな」
オレとしては面倒なことをやってくれたという意識こそあるが恨みはない。
むしろその感情を抱くのは彼の方ではないのか。
嵌められた相手の弁護に回るとは彼らしくもないと思った。
「彼女にあのような暴挙をさせてしまったことを私なりに悔いているのですよ。もちろん、王国に仕える騎士としてなどではなく、一人の友人として」
おいおい、ぶっちゃけたことを言ったな。
だが、そっちの理由のほうがオレからすればずっと納得できるし理解もできる。
「アンナの母は、アンナ一人を残して逝ってしまうことを悔いて、床に伏してからは彼女に謝っていた。その謝罪の言葉をアンナは母を失った悲しみから逃避するために、こう解釈したのです。自分の母親は城を追いだされ、異世界に連れてこられて不幸になったんだと。……だから彼女は現界教の言葉に耳を傾け賛同し、今回の反乱を起こしてしまった」
一応、アンナは現在も現界教との繋がりを認めたわけではない。
ただアキレスは確信しているようだった。
「私はこんな話を彼女の母から聞いたことがあるんです。自分はかなり裕福な環境にいたが、窮屈なしがらみがある暮らしは合わないからその場所から逃げ出してきてやったと。まさか王城にいたとは思いませんでしたがね。しかしアンナにはどこから来たのかを告げていたのでしょう」
曰く、アンナの母はそう悪くはないと思える相手から求婚されて結婚したが、その人には本当に好きな相手がいた。
自分への求婚は掟によって仕方なくしたものであり、自分は特に執心するほど彼に惹かれていたわけでもなく、その相手と相手の意中の女性は深い愛情を通い合わせていた。
だからそこを出る理由はたくさんあったのだとアンナの母は言っていたという。
「もしも、アンナの母親がここに居続ける意味を見つけ出してくれていたなら。アンナも今頃はこの晴れやかな場で、剣や鎧などではない、美しい衣装を着て可憐に笑っていたのかもしれません」
ドレスを纏い、談笑を交わし合う王族の子女たちを切なげな瞳で見つめながらアキレスはありえたかもしれない空想の憧憬をオレに語った。
「お前はさ、どうしてオレを城から放り出したりしなかったんだ?」
「はぁ?」
いよいよ釣竿を垂らして異世界から召喚者を呼ぶ儀式が始まるといった頃合い。オレは小声でエイルに訊ねた。
ギャラリーの一団は皆沈黙し、緊張の込められた面持ちで固唾を飲みながらロキが釣竿を受け取る光景を見守っている。
それを見て、オレは儀式というものが本当に神聖視されているのだということを肌で感じ取った。
「だってオレのことを気に食わないって言ってたじゃんか」
「それはだって、あたしが呼んじゃったわけで……」
エイルは説明する言葉を必死になって探ろうとしている。
気に入らないとかなんと言いながらオレの大事なものを尊重し、自分の気持ちを押し殺してでも自らの理想とする景色を守ろうとする。
それがたとえ他人の描く美空でも。
「お前とはやっぱり運命で繋がってたのかもしれねえな」
そんなお前に釣られたから、オレは姫巫と引き離されてもやけにならずに平穏を保っていられた。
他の誰かじゃ駄目だった。
強い意志と強い慈愛を持ったエイル・スカンディナヴィアだからこそ。
「あっ、始まるみたい!」
話題を逸らすようにエイルがオレの肩を叩いて言った。
その頬は――今度ははっきりとわかる――朱色にほんのりと染まっていた。
井戸に聖水が注がれ、器が満たされる。
しかし、自分がこちらで受け入れる側になるとは思わなかった。
今日これからこの世界にやって来る新たな召喚者の目にはオレもこちらの世界の住人として映るのだろうか。
そう考えると何とも不思議な気持ちだ。
感慨……というものになるのだろうか、この感情は。
ロキが釣竿を井戸に垂らす。
井戸に吸い込まれた糸は元の世界に未練のない誰かのもとへ針を伸ばしていく。
水面下で伸びていく。
やがて水面がきらきらと輝いて目映い黄金の光を放ち始め、
誰もいなかったはずの井戸の中に人影が現れ――
「ここは……どこ?」
そしてまた、運命のゲートが開かれる。
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