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第二章
長期休暇とアイデンティティ
しおりを挟む─── 俺は、誰なんだろう。
丘に一人腰を下ろして、風に波打つ草原と抜けるような青空を眺める。ひんやり冷たい風が頬を撫でていく。
深く考えたことは無かったが、身体はエルリックで中身は佐藤良太。なんとなくそう思っていた。
─── けれど、本当にそうなのだろうか。
この世界に来た時から、俺はずっとエドワードらの事は家族だと感じていた。
しかし、いくらエルリックの記憶の欠片が流れ込んできたとはいえ、普通、無関係の赤の他人だった人たちを家族だと思えるだろうか。
領民の事はもっとそうだ。特に記憶もなかったのに、どうして大切だと思えるのか─── 。
伯爵家の一員だという感覚はあるが、しかしその一方で、自分が貴族だという意識はあまりない。
この世界の住人だという感覚はあるが、この世界のことはほとんど知らない。
俺が感じている違和感を一言で言えば、チグハグという事になるだろう。
その違和感を直視すると、自分のことがわからなくなるような......まるで、俺という存在が根本から揺らいでいるかのような......そんな気がしてしまうのだ。
怖いとか、そういうわけじゃないけど...ただ、なんだか不安で釈然としない。
足元の草をいじりながら物思いに耽っていると、背後からガサガサという足音。視線を上げて振り向くと、2匹のファングウルフが鼻息荒く近寄ってきていた。
(アルがいたら、こんな事にはならないな)
とはいえ、もやはこの程度は脅威でもない。数秒の間に危なげなく倒し切り、解体用のナイフを取り出して魔石を回収する。
この作業にも慣れたものだけど、やっぱり嫌だな...。まぁ、勿体無いから放置はしないけど...。
「確か、ファングウルフは毛皮と牙だったっけ」
冒険者学校の授業を思い出しながら、素材を剥ぎ取っていく。
専用の革袋に入れてから、最近覚えたばかりの水魔法で手を洗う。
冒険者にとって、初級でも水魔法は使えた方がいいということで冒険者学校で教わったのだ。
人の魔力にはそれぞれ属性─── 適性─── のようなものがあり、練習したからといって誰しもが使えるというわけではない。
俺はたまたま適性があったのか、それとも加護のおかげなのか、すぐに習得することができた。
おかげで大嫌いだった解体が、嫌い程度にランクダウンしたのだった。
早いもので、入学から半年が経ち季節は冬になった。
学校は中間試験の後、長期休暇に入った。
新年の時期を跨ぐ事も相まって、多くの生徒が帰省のために領都を立ち、パーティメンバーも全員いなくなってしまった。
その上、森には立ち入らないようにと担任のユーリから言われているので、出来ることも少ない。
そんなわけで突然暇になったためにふと考え込んでしまったけれど、戦って少しスッキリした。
考えたって仕方ない。
もしもエルリックの価値観や感覚が混じっていようとも、俺は俺だ。人は変わるものだし、変わったからといって他人になるわけでもない。
深刻に受け止めなくてもいいのかもしれない。
「よし」
俺は迷いを振り切り、冬の風を背に受けて、街に向かって歩き始めた。
(帰ったら父さんに剣の稽古でも付けてもらおう)
─── しかし、そうして丘を下り始めたところで、遠くに馬車が止まっているのが見えて足を止める。
街とは反対側。立ち入るなと言われているあの森の近くだ。
この距離ではよく見えないが、馬車の周りで何かしているようだ。
(何してるんだ?あんなところで)
立ち入り禁止の理由は教えてくれなかったけど、もしかして森で何か事件でも起きたのか?
立ち入るなとは言われたが、近付くなとは言われていない。
誰に対してでもなく、そう心の中で言い訳しながら気になって近付いてみると、それは魔物に襲われている一台の馬車だった─── 。
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