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第一話 白い結婚の終わりを決意する
翌朝、私はゆっくりと目を開けた。
薄いカーテン越しに差し込む光は柔らかいのに、胸の奥は重く沈んでいる。
昨夜、自分の口から出た言葉が、まだ耳の奥に残っていた。
――離縁を申し出よう。
言葉にした瞬間、胸の奥に絡みついていた鎖がひとつ外れたように感じた。
けれど、同時に恐怖もあった。
私は本当に、あの屋敷を出ていいのだろうか。
家のために生きることを当然としてきた私が、勝手に道を変えていいのだろうか。
そんな迷いを抱えたまま、私は寝室を出た。
◆
アランの屋敷は、朝も静かだった。
広い廊下には人の気配が薄く、使用人たちの足音だけが遠くに響く。
私は食堂へ向かったが、そこにアランの姿はない。
――いつものこと。
結婚して一年、朝食を共にしたことは一度もなかった。
アランは早朝から執務室にこもり、私は一人で食事をとる。
形式上は夫婦でも、生活は完全に別だった。
食堂の窓から差し込む光が、白いテーブルクロスを照らしている。
その光景は美しいはずなのに、私にはただ冷たく見えた。
「……いただきます」
小さく呟いて、フォークを手に取る。
けれど、味はほとんど感じなかった。
◆
朝食を終えると、侍女が近づいてきた。
「奥様、宰相閣下がお呼びです。執務室へお越しくださいませ」
胸が強く跳ねた。
昨夜の決意が、現実になる瞬間が来たのだ。
「……わかりました」
私は深呼吸をして、執務室へ向かった。
◆
重厚な扉をノックすると、低い声が返ってくる。
「入れ」
扉を開けると、アランは机に向かったまま、書類から視線を上げなかった。
窓から差し込む朝の光が、彼の黒髪を淡く照らしている。
その姿はいつも通り冷静で、隙がない。
「……離縁の件、承知した」
その言葉は、あまりにも淡々としていた。
私は胸の奥がきゅっと痛むのを感じた。
期待していたわけではない。
けれど、ここまで無感情に受け入れられると、
自分が本当に『契約の一部』でしかなかったのだと突きつけられるようで、苦しかった。
「ただし、すぐに手続きはできない。貴族院への報告、家同士の調整、世間への説明……時間が必要だ」
「……はい」
「その間、君は実家に戻れ。ここにいると、余計な噂が立つ」
アランはようやく顔を上げた。
その瞳は冷たく澄んでいて、私の心を映すことはない。
「……わかりました」
それだけ告げて、私は深く頭を下げた。
アランは何も言わなかった。
引き止める言葉も、慰めも、謝罪もなかった。
――これでいい。
これで、私は自由になれる。
そう自分に言い聞かせながら、私は屋敷を後にした。
◆
馬車が実家へ向かう道を進む。
窓の外には、見慣れた街並みが広がっていた。
けれど、胸の中は不思議なほど静かだった。
アランの屋敷を出た瞬間、肩に乗っていた重荷が少しだけ軽くなった気がした。
それでも、心の奥にはまだ痛みが残っている。
――私は、本当にこれでよかったのだろうか。
そんな迷いが、時折胸をかすめた。
◆
実家のバークス家に戻ると、父と母は驚きながらも私を迎え入れてくれた。
父は厳しい表情で、母は心配そうに私の手を握った。
「……本当に、それでいいのか、リディア」
「はい。私の意思です」
父はしばらく黙り込んだが、やがて静かに頷いた。
「……お前がそう決めたのなら、私は尊重しよう」
母は涙ぐみながら、娘の手を握りしめた。
「辛かったでしょう、リディア……」
その温もりに、胸がじんと熱くなる。
私は笑顔を作りながら、首を振った。
「大丈夫です。もう……大丈夫ですから」
そう言いながら、心の奥ではまだ整理できない感情が渦巻いていた。
薄いカーテン越しに差し込む光は柔らかいのに、胸の奥は重く沈んでいる。
昨夜、自分の口から出た言葉が、まだ耳の奥に残っていた。
――離縁を申し出よう。
言葉にした瞬間、胸の奥に絡みついていた鎖がひとつ外れたように感じた。
けれど、同時に恐怖もあった。
私は本当に、あの屋敷を出ていいのだろうか。
家のために生きることを当然としてきた私が、勝手に道を変えていいのだろうか。
そんな迷いを抱えたまま、私は寝室を出た。
◆
アランの屋敷は、朝も静かだった。
広い廊下には人の気配が薄く、使用人たちの足音だけが遠くに響く。
私は食堂へ向かったが、そこにアランの姿はない。
――いつものこと。
結婚して一年、朝食を共にしたことは一度もなかった。
アランは早朝から執務室にこもり、私は一人で食事をとる。
形式上は夫婦でも、生活は完全に別だった。
食堂の窓から差し込む光が、白いテーブルクロスを照らしている。
その光景は美しいはずなのに、私にはただ冷たく見えた。
「……いただきます」
小さく呟いて、フォークを手に取る。
けれど、味はほとんど感じなかった。
◆
朝食を終えると、侍女が近づいてきた。
「奥様、宰相閣下がお呼びです。執務室へお越しくださいませ」
胸が強く跳ねた。
昨夜の決意が、現実になる瞬間が来たのだ。
「……わかりました」
私は深呼吸をして、執務室へ向かった。
◆
重厚な扉をノックすると、低い声が返ってくる。
「入れ」
扉を開けると、アランは机に向かったまま、書類から視線を上げなかった。
窓から差し込む朝の光が、彼の黒髪を淡く照らしている。
その姿はいつも通り冷静で、隙がない。
「……離縁の件、承知した」
その言葉は、あまりにも淡々としていた。
私は胸の奥がきゅっと痛むのを感じた。
期待していたわけではない。
けれど、ここまで無感情に受け入れられると、
自分が本当に『契約の一部』でしかなかったのだと突きつけられるようで、苦しかった。
「ただし、すぐに手続きはできない。貴族院への報告、家同士の調整、世間への説明……時間が必要だ」
「……はい」
「その間、君は実家に戻れ。ここにいると、余計な噂が立つ」
アランはようやく顔を上げた。
その瞳は冷たく澄んでいて、私の心を映すことはない。
「……わかりました」
それだけ告げて、私は深く頭を下げた。
アランは何も言わなかった。
引き止める言葉も、慰めも、謝罪もなかった。
――これでいい。
これで、私は自由になれる。
そう自分に言い聞かせながら、私は屋敷を後にした。
◆
馬車が実家へ向かう道を進む。
窓の外には、見慣れた街並みが広がっていた。
けれど、胸の中は不思議なほど静かだった。
アランの屋敷を出た瞬間、肩に乗っていた重荷が少しだけ軽くなった気がした。
それでも、心の奥にはまだ痛みが残っている。
――私は、本当にこれでよかったのだろうか。
そんな迷いが、時折胸をかすめた。
◆
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父は厳しい表情で、母は心配そうに私の手を握った。
「……本当に、それでいいのか、リディア」
「はい。私の意思です」
父はしばらく黙り込んだが、やがて静かに頷いた。
「……お前がそう決めたのなら、私は尊重しよう」
母は涙ぐみながら、娘の手を握りしめた。
「辛かったでしょう、リディア……」
その温もりに、胸がじんと熱くなる。
私は笑顔を作りながら、首を振った。
「大丈夫です。もう……大丈夫ですから」
そう言いながら、心の奥ではまだ整理できない感情が渦巻いていた。
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