さようなら、白い結婚。私は自由になります。

Ame

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第一話 白い結婚の終わりを決意する

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 翌朝、私はゆっくりと目を開けた。
 薄いカーテン越しに差し込む光は柔らかいのに、胸の奥は重く沈んでいる。
 昨夜、自分の口から出た言葉が、まだ耳の奥に残っていた。

 ――離縁を申し出よう。

 言葉にした瞬間、胸の奥に絡みついていた鎖がひとつ外れたように感じた。
 けれど、同時に恐怖もあった。
 私は本当に、あの屋敷を出ていいのだろうか。
 家のために生きることを当然としてきた私が、勝手に道を変えていいのだろうか。

 そんな迷いを抱えたまま、私は寝室を出た。



 アランの屋敷は、朝も静かだった。
 広い廊下には人の気配が薄く、使用人たちの足音だけが遠くに響く。
 私は食堂へ向かったが、そこにアランの姿はない。

 ――いつものこと。

 結婚して一年、朝食を共にしたことは一度もなかった。
 アランは早朝から執務室にこもり、私は一人で食事をとる。
 形式上は夫婦でも、生活は完全に別だった。

 食堂の窓から差し込む光が、白いテーブルクロスを照らしている。
 その光景は美しいはずなのに、私にはただ冷たく見えた。

「……いただきます」

 小さく呟いて、フォークを手に取る。
 けれど、味はほとんど感じなかった。



 朝食を終えると、侍女が近づいてきた。

「奥様、宰相閣下がお呼びです。執務室へお越しくださいませ」

 胸が強く跳ねた。
 昨夜の決意が、現実になる瞬間が来たのだ。

「……わかりました」

 私は深呼吸をして、執務室へ向かった。



 重厚な扉をノックすると、低い声が返ってくる。

「入れ」

 扉を開けると、アランは机に向かったまま、書類から視線を上げなかった。
 窓から差し込む朝の光が、彼の黒髪を淡く照らしている。
 その姿はいつも通り冷静で、隙がない。

「……離縁の件、承知した」

 その言葉は、あまりにも淡々としていた。
 私は胸の奥がきゅっと痛むのを感じた。
 期待していたわけではない。
 けれど、ここまで無感情に受け入れられると、
 自分が本当に『契約の一部』でしかなかったのだと突きつけられるようで、苦しかった。

「ただし、すぐに手続きはできない。貴族院への報告、家同士の調整、世間への説明……時間が必要だ」

「……はい」

「その間、君は実家に戻れ。ここにいると、余計な噂が立つ」

 アランはようやく顔を上げた。
 その瞳は冷たく澄んでいて、私の心を映すことはない。

「……わかりました」

 それだけ告げて、私は深く頭を下げた。
 アランは何も言わなかった。
 引き止める言葉も、慰めも、謝罪もなかった。

 ――これでいい。
 これで、私は自由になれる。

 そう自分に言い聞かせながら、私は屋敷を後にした。



 馬車が実家へ向かう道を進む。
 窓の外には、見慣れた街並みが広がっていた。
 けれど、胸の中は不思議なほど静かだった。

 アランの屋敷を出た瞬間、肩に乗っていた重荷が少しだけ軽くなった気がした。
 それでも、心の奥にはまだ痛みが残っている。

 ――私は、本当にこれでよかったのだろうか。

 そんな迷いが、時折胸をかすめた。



 実家のバークス家に戻ると、父と母は驚きながらも私を迎え入れてくれた。
 父は厳しい表情で、母は心配そうに私の手を握った。

「……本当に、それでいいのか、リディア」

「はい。私の意思です」

 父はしばらく黙り込んだが、やがて静かに頷いた。

「……お前がそう決めたのなら、私は尊重しよう」

 母は涙ぐみながら、娘の手を握りしめた。

「辛かったでしょう、リディア……」

 その温もりに、胸がじんと熱くなる。
 私は笑顔を作りながら、首を振った。

「大丈夫です。もう……大丈夫ですから」

 そう言いながら、心の奥ではまだ整理できない感情が渦巻いていた。
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