さようなら、白い結婚。私は自由になります。

Ame

文字の大きさ
3 / 8

第二話 実家への帰還と、ユリウスとの出会い

しおりを挟む
 実家に戻った翌朝、私は久しぶりに“誰にも気を遣わずに眠った”という感覚を味わった。
 目を開けると、窓から差し込む光が柔らかく、部屋の空気はどこか懐かしい。
 アランの屋敷では、朝の光すら冷たく感じられたのに、ここでは胸の奥が少しだけ温かくなる。

 ――ああ、私は帰ってきたのだ。

 そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。



 朝食の席に着くと、父と母がすでに待っていた。
 父は厳しい表情を崩さないが、どこか落ち着かない様子で私を見ている。
 母は心配そうに手を握り、私の顔色を確かめるように覗き込んだ。

「よく眠れたかしら、リディア」

「はい。……久しぶりに、ぐっすり眠れました」

 母はほっと息をつき、父は小さく頷いた。

「そうか。それなら良い」

 父の声はいつも通り低く、厳格だ。
 けれど、その言葉の奥に“安堵”があることに気づいた。

 私は、家族に心配をかけていたのだ。

 アランの屋敷では、誰にも弱さを見せられなかった。
 けれど、ここでは違う。
 私は娘であり、家族であり、守られる存在だった。

 その事実が、胸にじんと染みた。



 朝食を終えた後、私は庭へ出た。
 バークス家の庭は、子どもの頃から大好きな場所だった。
 季節ごとに花が咲き、風が通り抜けるたびに葉がさざめく。
 その音を聞いていると、心が落ち着く。

 ――こんなふうに、ただ庭を歩くことすら、アランの屋敷ではできなかった。

 私は深く息を吸い込んだ。
 胸の奥に溜まっていた重さが、少しだけ軽くなる。

 その時だった。

「失礼いたします。バークス家護衛任務を拝命しております、王国騎士団長、ユリウス・レーンと申します」

 振り返ると、銀の鎧をまとった騎士が立っていた。
 陽光を受けて淡い金髪が輝き、整った横顔は彫刻のように美しい。
 けれど、それ以上に印象的だったのは――彼の瞳が、まっすぐに私を見ていたことだ。

 『評価』はなく、『観察』でもなく、
 ただ一人の人間として、丁寧に向き合う視線。

 私は思わず息を呑んだ。

「リディア・エルフォードです。……護衛を?」

「はい。宰相閣下より、しばらくの間、リディア様の身辺を守るよう命じられております」

 宰相閣下――アラン。
 その名を聞いた瞬間、胸が少しだけ痛んだ。

「……私はもう、宰相夫人ではありません」

 ユリウスは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「失礼いたしました。では、リディア様とお呼びします」

 その笑みは、押しつけがましくなく、ただ自然で温かかった。
 私は思わず視線を逸らす。

「護衛など、必要ありません。私はただの……」

「いいえ」

 ユリウスは静かに首を振った。

「あなたがどの立場であろうと、守るべき人は守ります。それが、私の務めです」

 その言葉は、私の胸にすっと染み込んだ。
 誰かに守られるという感覚を、私はいつから忘れていたのだろう。

「……ありがとうございます」

 そう答えると、ユリウスは穏やかに微笑んだ。

「こちらこそ。どうか、ご無理をなさらないように」

 その優しさに触れた瞬間、胸の奥に小さな灯がともった気がした。



 その後も、ユリウスは控えめに距離を取りながら、私の散歩に付き添った。
 彼は決して話しかけてこない。
 けれど、私が立ち止まれば足を止め、風に揺れる花を見つめれば、同じ方向を静かに見つめる。

 ――この人は、私の『自由』を奪わない。

 アランの屋敷では、常に誰かの視線を気にしていた。
 けれど、ユリウスの存在は不思議と負担にならなかった。

 むしろ、安心できた。

 私は、久しぶりに深呼吸をした。

 胸の奥に溜まっていた重さが、少しずつ溶けていく。

 ――私は、ここからやり直せるのだろうか。

 そんな希望が、ほんの少しだけ胸に芽生えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

妹の事だけを偏愛されている伯爵様。ならもう私はいらないのですね?

睡蓮
恋愛
ロゼック伯爵はスフィーとの婚約関係を結んでいたものの、彼が優先するのは常に自身の妹であるフラナだった。その愛情は非常に偏っており、偏愛と呼ぶにふさわしかった。ある日の事、フラナはスフィーの事が気に入らないためにありもしない嫌がらせを受けたとロゼックに訴え、彼女の事をすべて信頼するロゼックはその言葉のままにスフィーの事を婚約破棄してしまう。自分の思惑通りになったことで有頂天になるフラナだったものの、その後スフィーの過去を知った時、取り返しの使いことをしてしまったと深く後悔することとなるのだった…。

病弱令嬢…?いいえ私は…

月樹《つき》
恋愛
 アイゼンハルト公爵家の長女クララは生まれた時からずっと病弱で、一日の大半をベッドの上で過ごして来た。対するクララの婚約者で第三皇子のペーターはとても元気な少年で…寝たきりのクララの元を訪ねることもなく、学園生活を満喫していた。そんなクララも15歳となり、何とかペーターと同じ学園に通えることになったのだが…そこで明るく元気な男爵令嬢ハイジと仲睦まじくするペーター皇子の姿を見て…ショックのあまり倒れてしまった…。 (ペーターにハイジって…某アルプスの少女やんか〜い!!) 謎の言葉を頭に思い浮かべながら…。 このお話は他サイトにも投稿しております。

妹が欲しがるので婚約者をくれてやりましたが、私の本命は別にいます

Megumi
恋愛
姉・メアリーの真似ばかりして、周囲から姉を孤立させていく妹・セラフィーナ。 あなたはお姉さんだからと、両親はいつも妹の味方だった。 ついには、メアリーの婚約者・アルヴィンまで欲しがった。 「お姉様、アルヴィン様をシェアしましょう?」 そう囁く妹に、メアリーは婚約者を譲ることに。 だって——それらは全部、最初から「どうでもいいもの」だったから。 これは、すべてを奪われたはずの姉が、最後に一番大切なものを手にいれる物語。

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

婚約破棄は既に済んでいます

姫乃 ひな
恋愛
婚約者に婚約破棄を言われてしまいました。 私にはどうすることもできません。何故なら既に両家の当主で婚約破棄についての話し合いは済んでおりますから… ※説明不足の部分がありますが実際の会話のテンポ感を感じながら読んでいただけると嬉しいです。 ※初心者のため手探りで始めています。よろしくお願いします。

〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。

江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。 幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。 しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。 それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。 母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。 そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。 そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。

処理中です...