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第五話 三人の対峙と、リディアの決断
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夜の庭は、昼間とはまるで別の世界だった。
月明かりが白い石畳を照らし、木々の影が揺れている。
風が吹くたび、葉がさざめき、静寂の中にかすかな音が生まれる。
その静けさを破るように、馬の蹄の音が響いた。
リディアとユリウスが振り返ると、門の前に黒い外套を翻した男が立っていた。
アラン・エルフォード――宰相であり、リディアの元夫。
彼の姿を見た瞬間、リディアの胸が強く波打った。
ユリウスは反射的に一歩前へ出て、リディアを庇うように立つ。
「宰相閣下。こちらへは、どのようなご用件で」
ユリウスの声は冷静だが、警戒が滲んでいる。
アランは彼を一瞥し、すぐにリディアへ視線を戻した。
「……リディアに会いに来た」
その声は低く、かすかに震えていた。
アランが感情を見せることなど、今まで一度もなかった。
その変化に、リディアの胸がざわつく。
「アラン様……」
リディアが一歩前に出ると、ユリウスは静かに身を引いた。
彼はリディアの意思を尊重するように、距離を取る。
アランはリディアを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……話がしたい。少しだけでいい」
その声音には、いつもの冷徹さはなかった。
ただ、必死に何かを伝えようとする人間の弱さがあった。
リディアは迷った。
だが、逃げてはいけないと感じた。
「……わかりました。少しだけなら」
ユリウスが心配そうにリディアを見る。
リディアは小さく頷いた。
「大丈夫です。……行ってきます」
ユリウスはそれ以上何も言わず、ただ静かに見守った。
◆
庭の奥、月明かりが落ちる場所で、二人は向かい合った。
アランはしばらく黙っていた。
言葉を探しているようだった。
リディアはその沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「……アラン様。私に話とはなんでしょう」
アランはゆっくりと息を吸い、そして吐いた。
「……謝らなければならない」
リディアは息を呑んだ。
アランが謝罪を口にするなど、想像したこともなかった。
「私は、君を守るつもりだった。政治の世界に巻き込みたくなかった。だから距離を置いた。……だが、それが君を傷つけた」
アランは拳を握りしめた。
「私は、君の孤独に気づかなかった。いや……気づこうとしなかった」
その言葉は、リディアの胸に静かに落ちた。
「アラン様……」
「離縁を申し出られた時、私は……何も言えなかった。引き止める資格などないと思ったからだ」
アランは苦しげに目を伏せた。
「だが、君がいなくなって……初めて気づいた。私は、君を失いたくなかったのだと」
その告白は、あまりにも遅すぎた。
けれど、嘘ではないとわかった。
リディアは胸の奥が痛むのを感じた。
「……アラン様。私も、あなたの役に立ちたいと思っていました。妻として、家のために……」
「わかっている。君はいつも、誰よりも私を支えてくれていた」
アランは顔を上げ、リディアをまっすぐに見つめた。
「だが、君の人生を奪る権利は、私にはない。君が自由を望むなら……私はそれを受け入れる」
その言葉は、まるで刃のように胸に刺さった。
優しさと、痛みと、諦めが混ざった声だった。
「……ありがとうございます」
リディアは静かに頭を下げた。
「私は、あなたを恨んでいません。ただ……もう、自分を犠牲にする生き方はやめたいのです」
「……ああ。わかっている」
アランは小さく息を吐いた。
「君が笑っている方がいい。私のそばでは、君は笑えなかった」
その言葉に、リディアの胸が締めつけられる。
――そうだ。
私は、アランのそばで笑ったことがなかった。
◆
その時、足音が近づいた。
ユリウスが、二人のもとへ歩いてくる。
アランは彼を見て、わずかに目を細めた。
「……君か。レーン騎士団長」
「はい。リディア様の護衛として参りました」
ユリウスはリディアの隣に立ち、彼女を守るように位置取る。
その姿勢は揺るぎなく、誠実だった。
アランは二人を見比べ、静かに言った。
「……リディア。君は、もう私の妻ではない。君の未来は、君が選べ」
リディアはユリウスを見た。
彼は何も言わず、ただ優しく頷いた。
その瞬間、リディアの心は決まった。
「……私は、自分の人生を生きたい。誰かの役割ではなく、私自身として」
アランは目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。ならば――幸せになれ、リディア」
その言葉は、別れの宣告だった。
けれど、どこか温かかった。
アランは背を向け、静かに去っていく。
その背中は、どこか寂しげだった。
◆
アランの姿が見えなくなると、リディアは小さく息を吐いた。
肩の力が抜け、膝が震える。
「リディア様……」
ユリウスがそっと支える。
その手は温かく、力強かった。
「大丈夫ですか」
「……はい。でも……少し、疲れました」
「当然です。あなたは、長い間ずっと戦ってこられたのですから」
ユリウスの声は優しく、リディアの心を包み込む。
「これからは……あなたの歩きたい道を歩いてください。私は、その隣に立つことを望んでいます」
その言葉に、リディアの胸が熱くなる。
「ユリウス様……」
夜風が二人の間を通り抜ける。
その風は、まるで新しい未来の始まりを告げているようだった。
月明かりが白い石畳を照らし、木々の影が揺れている。
風が吹くたび、葉がさざめき、静寂の中にかすかな音が生まれる。
その静けさを破るように、馬の蹄の音が響いた。
リディアとユリウスが振り返ると、門の前に黒い外套を翻した男が立っていた。
アラン・エルフォード――宰相であり、リディアの元夫。
彼の姿を見た瞬間、リディアの胸が強く波打った。
ユリウスは反射的に一歩前へ出て、リディアを庇うように立つ。
「宰相閣下。こちらへは、どのようなご用件で」
ユリウスの声は冷静だが、警戒が滲んでいる。
アランは彼を一瞥し、すぐにリディアへ視線を戻した。
「……リディアに会いに来た」
その声は低く、かすかに震えていた。
アランが感情を見せることなど、今まで一度もなかった。
その変化に、リディアの胸がざわつく。
「アラン様……」
リディアが一歩前に出ると、ユリウスは静かに身を引いた。
彼はリディアの意思を尊重するように、距離を取る。
アランはリディアを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……話がしたい。少しだけでいい」
その声音には、いつもの冷徹さはなかった。
ただ、必死に何かを伝えようとする人間の弱さがあった。
リディアは迷った。
だが、逃げてはいけないと感じた。
「……わかりました。少しだけなら」
ユリウスが心配そうにリディアを見る。
リディアは小さく頷いた。
「大丈夫です。……行ってきます」
ユリウスはそれ以上何も言わず、ただ静かに見守った。
◆
庭の奥、月明かりが落ちる場所で、二人は向かい合った。
アランはしばらく黙っていた。
言葉を探しているようだった。
リディアはその沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「……アラン様。私に話とはなんでしょう」
アランはゆっくりと息を吸い、そして吐いた。
「……謝らなければならない」
リディアは息を呑んだ。
アランが謝罪を口にするなど、想像したこともなかった。
「私は、君を守るつもりだった。政治の世界に巻き込みたくなかった。だから距離を置いた。……だが、それが君を傷つけた」
アランは拳を握りしめた。
「私は、君の孤独に気づかなかった。いや……気づこうとしなかった」
その言葉は、リディアの胸に静かに落ちた。
「アラン様……」
「離縁を申し出られた時、私は……何も言えなかった。引き止める資格などないと思ったからだ」
アランは苦しげに目を伏せた。
「だが、君がいなくなって……初めて気づいた。私は、君を失いたくなかったのだと」
その告白は、あまりにも遅すぎた。
けれど、嘘ではないとわかった。
リディアは胸の奥が痛むのを感じた。
「……アラン様。私も、あなたの役に立ちたいと思っていました。妻として、家のために……」
「わかっている。君はいつも、誰よりも私を支えてくれていた」
アランは顔を上げ、リディアをまっすぐに見つめた。
「だが、君の人生を奪る権利は、私にはない。君が自由を望むなら……私はそれを受け入れる」
その言葉は、まるで刃のように胸に刺さった。
優しさと、痛みと、諦めが混ざった声だった。
「……ありがとうございます」
リディアは静かに頭を下げた。
「私は、あなたを恨んでいません。ただ……もう、自分を犠牲にする生き方はやめたいのです」
「……ああ。わかっている」
アランは小さく息を吐いた。
「君が笑っている方がいい。私のそばでは、君は笑えなかった」
その言葉に、リディアの胸が締めつけられる。
――そうだ。
私は、アランのそばで笑ったことがなかった。
◆
その時、足音が近づいた。
ユリウスが、二人のもとへ歩いてくる。
アランは彼を見て、わずかに目を細めた。
「……君か。レーン騎士団長」
「はい。リディア様の護衛として参りました」
ユリウスはリディアの隣に立ち、彼女を守るように位置取る。
その姿勢は揺るぎなく、誠実だった。
アランは二人を見比べ、静かに言った。
「……リディア。君は、もう私の妻ではない。君の未来は、君が選べ」
リディアはユリウスを見た。
彼は何も言わず、ただ優しく頷いた。
その瞬間、リディアの心は決まった。
「……私は、自分の人生を生きたい。誰かの役割ではなく、私自身として」
アランは目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。ならば――幸せになれ、リディア」
その言葉は、別れの宣告だった。
けれど、どこか温かかった。
アランは背を向け、静かに去っていく。
その背中は、どこか寂しげだった。
◆
アランの姿が見えなくなると、リディアは小さく息を吐いた。
肩の力が抜け、膝が震える。
「リディア様……」
ユリウスがそっと支える。
その手は温かく、力強かった。
「大丈夫ですか」
「……はい。でも……少し、疲れました」
「当然です。あなたは、長い間ずっと戦ってこられたのですから」
ユリウスの声は優しく、リディアの心を包み込む。
「これからは……あなたの歩きたい道を歩いてください。私は、その隣に立つことを望んでいます」
その言葉に、リディアの胸が熱くなる。
「ユリウス様……」
夜風が二人の間を通り抜ける。
その風は、まるで新しい未来の始まりを告げているようだった。
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