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【第1章】再誕
2-2.警告と"尾裂き"
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風が一瞬、止んだ。
空気がひりつく。その瞬間、森の奥から鋭い声が飛んできた。
「伏せろ!」
エイルは反射的に身をかがめる。
矢が風を裂き、目の前の大木に突き立つ。ぶるぶると震える軸。そのすぐ先を、何かが駆け抜けていった。
――四足の獣。
大きな体、分かれた三本の尾。それがしなるたびに草を押し分け、幹に深い爪あとを刻んでいく。
「……見た?」
「うん。大きかった。しっぽが三つ、ってどういうこと?」
フェアが低く羽音をたてながら肩に戻る。
「足音も、あんなに重いのに静かだった。音じゃなくて……におい?」
「たぶん。通ったあとが、薄くて乾いてる。ふつうの獣とは違う」
そのとき、矢を放った人物が現れた。
森の陰から現れたのは一人の青年。褐色の外套を羽織り、泥に染まった長弓を肩に下げている。
その眼差しは鋭く、警戒心を隠さない。
「無事か。矢は外れたが……今の、見ただろ」
「ええ。助けてくれてありがとう」
エイルはゆっくりと立ち上がる。青年の目が彼女とフェアを一度ずつ見る。
警戒は解けていない。
「あなた、あれを追ってたの?」
「ああ。村じゃ“尾裂き”って呼んでる。……名の通り、三本のしっぽで木を折る」
「尾裂き……」
エイルはその名前を復唱した。フェアもつぶやく。
「初めて聞く名前。あんな獣、見たことない」
「昔の記録にも載ってない。……百年前にも、いなかった」
リオンは目を細めた。
「そりゃ当然だろ。あいつは最近になってこの森に現れたんだ。
奥の境から来た。こっちの森になじんでないのに、動きだけは洗練されてる。
尾を使って獲物を選ぶらしい。においを嗅いで、狙うか狙わないか決めてる」
「草のにおいを……避ける?」
「可能性はある。おまえらを襲わなかったのも、そのせいかもな」
エイルは薬草袋に目をやる。
「私は、草と木の実だけで暮らしてる。
火も肉も使ってないし、鉄も身につけてない」
フェアがうなずく。
「それ、いつもにおう。木の葉と、土と、乾いた薬のにおい」
リオンは矢を下ろし、少し間をおいて言った。
「おまえ、薬草師か?」
「そう呼ばれていた時期はあるわ。いまはただ、草を見ているだけ」
「よくわからんが……あの獣のこと、少しでも分かるなら力を借りたい。
この森の先に子どもが通る道がある。あいつが暴れたら、ひとたまりもない」
「分かった。私でよければ協力する。だけど――」
エイルは静かに言葉を選んだ。
「わたしは“討つ”ためじゃなく、“知る”ために歩いている。
草の記録と命の流れ、その変化を見るために」
「……うん。やっぱり、よくわからん」
リオンはため息をついて、ぬかるんだ足元を踏みしめた。
「けど、役に立つならそれでいい。ついてこい。痕跡はこっちに続いてる」
「フェア、大丈夫?」
「うん。ちょっとこわいけど……なんか、この森が本気出してきた感じがする。
ちゃんと見届けよう」
エイルはうなずき、リオンの後を追った。
森の奥へ、獣の巣が待つ場所へと、三つの影が揺れていく。
空気がひりつく。その瞬間、森の奥から鋭い声が飛んできた。
「伏せろ!」
エイルは反射的に身をかがめる。
矢が風を裂き、目の前の大木に突き立つ。ぶるぶると震える軸。そのすぐ先を、何かが駆け抜けていった。
――四足の獣。
大きな体、分かれた三本の尾。それがしなるたびに草を押し分け、幹に深い爪あとを刻んでいく。
「……見た?」
「うん。大きかった。しっぽが三つ、ってどういうこと?」
フェアが低く羽音をたてながら肩に戻る。
「足音も、あんなに重いのに静かだった。音じゃなくて……におい?」
「たぶん。通ったあとが、薄くて乾いてる。ふつうの獣とは違う」
そのとき、矢を放った人物が現れた。
森の陰から現れたのは一人の青年。褐色の外套を羽織り、泥に染まった長弓を肩に下げている。
その眼差しは鋭く、警戒心を隠さない。
「無事か。矢は外れたが……今の、見ただろ」
「ええ。助けてくれてありがとう」
エイルはゆっくりと立ち上がる。青年の目が彼女とフェアを一度ずつ見る。
警戒は解けていない。
「あなた、あれを追ってたの?」
「ああ。村じゃ“尾裂き”って呼んでる。……名の通り、三本のしっぽで木を折る」
「尾裂き……」
エイルはその名前を復唱した。フェアもつぶやく。
「初めて聞く名前。あんな獣、見たことない」
「昔の記録にも載ってない。……百年前にも、いなかった」
リオンは目を細めた。
「そりゃ当然だろ。あいつは最近になってこの森に現れたんだ。
奥の境から来た。こっちの森になじんでないのに、動きだけは洗練されてる。
尾を使って獲物を選ぶらしい。においを嗅いで、狙うか狙わないか決めてる」
「草のにおいを……避ける?」
「可能性はある。おまえらを襲わなかったのも、そのせいかもな」
エイルは薬草袋に目をやる。
「私は、草と木の実だけで暮らしてる。
火も肉も使ってないし、鉄も身につけてない」
フェアがうなずく。
「それ、いつもにおう。木の葉と、土と、乾いた薬のにおい」
リオンは矢を下ろし、少し間をおいて言った。
「おまえ、薬草師か?」
「そう呼ばれていた時期はあるわ。いまはただ、草を見ているだけ」
「よくわからんが……あの獣のこと、少しでも分かるなら力を借りたい。
この森の先に子どもが通る道がある。あいつが暴れたら、ひとたまりもない」
「分かった。私でよければ協力する。だけど――」
エイルは静かに言葉を選んだ。
「わたしは“討つ”ためじゃなく、“知る”ために歩いている。
草の記録と命の流れ、その変化を見るために」
「……うん。やっぱり、よくわからん」
リオンはため息をついて、ぬかるんだ足元を踏みしめた。
「けど、役に立つならそれでいい。ついてこい。痕跡はこっちに続いてる」
「フェア、大丈夫?」
「うん。ちょっとこわいけど……なんか、この森が本気出してきた感じがする。
ちゃんと見届けよう」
エイルはうなずき、リオンの後を追った。
森の奥へ、獣の巣が待つ場所へと、三つの影が揺れていく。
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