31 / 151
第31話 対話か戦闘か――揺れる判断と理論の先
しおりを挟む
王宮の広間に足を踏み入れた途端、空気が張り詰めるのを感じた。
さっきまで静かだった宮廷魔法士たちは、こちらが入ってくるや否や、ざわざわと小声で話し始める。
「……本当に、魔族だったのか?」
「まさか、王宮に堂々と……」
「勇者殿とリディア様が対応したと聞いたが……」
顔を見合わせ、不安げな視線が行き交う。
リディアはその空気を断ち切るように、ズカズカと歩を進めると、鋭い声を放った。
「……ありえないわ。魔族が王宮に入り込むなんて!」
普段は冷静な彼女の怒りが露わになっているのを見て、周囲の魔法士たちも口をつぐむ。
「それも、堂々とよ? 侵入者とか、奇襲とか、そんなのじゃなく、まるで王宮に“訪問”するかのように!」
彼女の拳が小さく震えていた。
それを見たロドリゲスは、腕を組んだまま静かにため息をつく。
「……しかし、奴は明確な敵意を見せなかった」
「そんなの関係ないわ! どうして魔王軍の幹部がここに入り込めたのか、それ自体が異常なのよ!」
リディアは食い下がる。彼女の中では、戦場で相対するべき存在が、こうして王宮の廊下を堂々と歩いていたという事実が受け入れられないのだ。
「それに、あの男……アーク・ゲオルグ……ただの魔族じゃない……」
「……どういうことじゃ?」
「魔力が……異質だったのよ」
リディアは腕を抱きしめるようにしながら、静かに言った。
「普通の魔族とは違う、圧迫感がないのに、でも異常なほど研ぎ澄まされている……そんな感じだった……」
王宮魔法士たちがざわめく。
「まさか、魔族の魔法にも違う系統があるのか……?」
「いや、でも奴は魔導研究者……」
「しかし、勇者殿とリディア様がいなければ、どうなっていたか……」
言葉の端々から、彼らが強い警戒心と動揺を抱えているのがわかる。
王宮魔法士たちの議論——意見の対立
すると、一人の魔法士が前に出て、声を上げた。
「……ならば、いっそ攻撃を仕掛けるべきでは?」
それは、先日の模擬戦で迅と戦った魔法士の一人、ガルツだった。
彼は鋭い眼光を迅に向け、真剣な表情を見せる。
「勇者殿、あなたはどう思う?」
迅は、その問いに少し考え込んだ。
「……戦うのは簡単だが、それで何が変わる?」
「何が、とは?」
「俺たちが何の情報も持たないまま、いきなり刃を向けて、もしアイツが反撃してきたら、どうする?」
迅は淡々と言った。
「俺の見立てじゃ、アイツは確かに敵側だろうが、少なくとも交渉のテーブルにつこうとする余地は持ってる……今のところはな」
ガルツが眉をひそめる。
「しかし、やつが敵であることに変わりはないはずだ。いずれ戦うのなら、早めに仕掛ける方が——」
「それは単なる短絡的な決断だ」
迅は鋭く言い返す。
「科学者ってのはな、たとえ敵であっても、そいつが何を考えているかを見極めるもんだ。頭ごなしに拒否するより、どんな思惑があるかを探る方が、よっぽど有益だろ?」
王宮魔法士たちがざわめく。
「……なるほど……」
「確かに、敵と決めつける前に、情報を集めるのは重要かもしれない……」
しかし、一方で、ビネットが不安げに口を開いた。
「ですが、勇者殿……あの魔族の“研究”が、一体何を目的にしているかもわかりませんよね?」
「それも、今後探ればいい話だろ」
迅は淡々と言った。
「向こうがどう動くか、何をしようとしているのか……俺たちは今、その情報すら持っていない。だったら、戦う前にまずは知ることが重要だ」
「……知ることが、重要……」
エドガーが呟く。
「そうだ。俺は科学の視点で物事を見る。戦う前にまず、相手の理論と戦略を知る。それが戦うための“最初の一手”ってやつだ」
リディアの揺れる心
リディアは、その迅の言葉を黙って聞いていた。
普段なら、「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないわ!」と反論していただろう。
でも——
(……私も、アイツのことをもっと知りたいと思ってしまった……)
それが、少しだけ悔しい。
彼女は唇を噛みながら、そっと迅を見た。
(迅は、アークをどう分析するの……?)
彼の思考を、自分はどこまで理解できるのだろうか?
——その興味が、リディアの心を揺さぶる。
だが、それを悟られまいと、彼女は努めて冷静を装った。
「……まあ、あなたがそう言うなら、好きにすれば?」
「……お、意外とあっさり納得するんだな」
「っ……! そ、そういうわけじゃないわよ! ただ……」
リディアは言葉に詰まり、顔をそむけた。
(……私が言いたいのは、そういうことじゃない……)
彼女の中で、言葉にならない感情が渦巻いていた。
そんなリディアの様子を見て、ロドリゲスは微かに笑う。
「ふむ……まあ、しばらくは慎重に様子を見るのがよかろうな」
「そういうこと」
迅は腕を組みながら、満足そうに頷いた。
「……ただし!」
リディアが鋭い視線を向ける。
「あなた、下手にアークと接触して、危険な目に遭ったりしたら許さないわよ!」
「……ああ、気をつけるさ」
そう答えた迅の表情は、どこか楽しそうだった。
さっきまで静かだった宮廷魔法士たちは、こちらが入ってくるや否や、ざわざわと小声で話し始める。
「……本当に、魔族だったのか?」
「まさか、王宮に堂々と……」
「勇者殿とリディア様が対応したと聞いたが……」
顔を見合わせ、不安げな視線が行き交う。
リディアはその空気を断ち切るように、ズカズカと歩を進めると、鋭い声を放った。
「……ありえないわ。魔族が王宮に入り込むなんて!」
普段は冷静な彼女の怒りが露わになっているのを見て、周囲の魔法士たちも口をつぐむ。
「それも、堂々とよ? 侵入者とか、奇襲とか、そんなのじゃなく、まるで王宮に“訪問”するかのように!」
彼女の拳が小さく震えていた。
それを見たロドリゲスは、腕を組んだまま静かにため息をつく。
「……しかし、奴は明確な敵意を見せなかった」
「そんなの関係ないわ! どうして魔王軍の幹部がここに入り込めたのか、それ自体が異常なのよ!」
リディアは食い下がる。彼女の中では、戦場で相対するべき存在が、こうして王宮の廊下を堂々と歩いていたという事実が受け入れられないのだ。
「それに、あの男……アーク・ゲオルグ……ただの魔族じゃない……」
「……どういうことじゃ?」
「魔力が……異質だったのよ」
リディアは腕を抱きしめるようにしながら、静かに言った。
「普通の魔族とは違う、圧迫感がないのに、でも異常なほど研ぎ澄まされている……そんな感じだった……」
王宮魔法士たちがざわめく。
「まさか、魔族の魔法にも違う系統があるのか……?」
「いや、でも奴は魔導研究者……」
「しかし、勇者殿とリディア様がいなければ、どうなっていたか……」
言葉の端々から、彼らが強い警戒心と動揺を抱えているのがわかる。
王宮魔法士たちの議論——意見の対立
すると、一人の魔法士が前に出て、声を上げた。
「……ならば、いっそ攻撃を仕掛けるべきでは?」
それは、先日の模擬戦で迅と戦った魔法士の一人、ガルツだった。
彼は鋭い眼光を迅に向け、真剣な表情を見せる。
「勇者殿、あなたはどう思う?」
迅は、その問いに少し考え込んだ。
「……戦うのは簡単だが、それで何が変わる?」
「何が、とは?」
「俺たちが何の情報も持たないまま、いきなり刃を向けて、もしアイツが反撃してきたら、どうする?」
迅は淡々と言った。
「俺の見立てじゃ、アイツは確かに敵側だろうが、少なくとも交渉のテーブルにつこうとする余地は持ってる……今のところはな」
ガルツが眉をひそめる。
「しかし、やつが敵であることに変わりはないはずだ。いずれ戦うのなら、早めに仕掛ける方が——」
「それは単なる短絡的な決断だ」
迅は鋭く言い返す。
「科学者ってのはな、たとえ敵であっても、そいつが何を考えているかを見極めるもんだ。頭ごなしに拒否するより、どんな思惑があるかを探る方が、よっぽど有益だろ?」
王宮魔法士たちがざわめく。
「……なるほど……」
「確かに、敵と決めつける前に、情報を集めるのは重要かもしれない……」
しかし、一方で、ビネットが不安げに口を開いた。
「ですが、勇者殿……あの魔族の“研究”が、一体何を目的にしているかもわかりませんよね?」
「それも、今後探ればいい話だろ」
迅は淡々と言った。
「向こうがどう動くか、何をしようとしているのか……俺たちは今、その情報すら持っていない。だったら、戦う前にまずは知ることが重要だ」
「……知ることが、重要……」
エドガーが呟く。
「そうだ。俺は科学の視点で物事を見る。戦う前にまず、相手の理論と戦略を知る。それが戦うための“最初の一手”ってやつだ」
リディアの揺れる心
リディアは、その迅の言葉を黙って聞いていた。
普段なら、「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないわ!」と反論していただろう。
でも——
(……私も、アイツのことをもっと知りたいと思ってしまった……)
それが、少しだけ悔しい。
彼女は唇を噛みながら、そっと迅を見た。
(迅は、アークをどう分析するの……?)
彼の思考を、自分はどこまで理解できるのだろうか?
——その興味が、リディアの心を揺さぶる。
だが、それを悟られまいと、彼女は努めて冷静を装った。
「……まあ、あなたがそう言うなら、好きにすれば?」
「……お、意外とあっさり納得するんだな」
「っ……! そ、そういうわけじゃないわよ! ただ……」
リディアは言葉に詰まり、顔をそむけた。
(……私が言いたいのは、そういうことじゃない……)
彼女の中で、言葉にならない感情が渦巻いていた。
そんなリディアの様子を見て、ロドリゲスは微かに笑う。
「ふむ……まあ、しばらくは慎重に様子を見るのがよかろうな」
「そういうこと」
迅は腕を組みながら、満足そうに頷いた。
「……ただし!」
リディアが鋭い視線を向ける。
「あなた、下手にアークと接触して、危険な目に遭ったりしたら許さないわよ!」
「……ああ、気をつけるさ」
そう答えた迅の表情は、どこか楽しそうだった。
41
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル『レベル1固定』は最強チートだけど、俺はステータスウィンドウで無双する
うーぱー
ファンタジー
アーサーはハズレスキル『レベル1固定』を授かったため、家を追放されてしまう。
そして、ショック死してしまう。
その体に転成した主人公は、とりあえず、目の前にいた弟を腹パンざまぁ。
屋敷を逃げ出すのであった――。
ハズレスキル扱いされるが『レベル1固定』は他人のレベルを1に落とせるから、ツヨツヨだった。
スキルを活かしてアーサーは大活躍する……はず。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【村スキル】で始まる異世界ファンタジー 目指せスローライフ!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は村田 歩(ムラタアユム)
目を覚ますとそこは石畳の町だった
異世界の中世ヨーロッパの街並み
僕はすぐにステータスを確認できるか声を上げた
案の定この世界はステータスのある世界
村スキルというもの以外は平凡なステータス
終わったと思ったら村スキルがスタートする
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる