科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第78話 王命独行、北へ――謎多き国境の異変

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 荒野を進む馬車の車輪が、乾いた土を踏みしめる音が響く。

 広がる青空には雲がゆっくりと流れ、時折、強い風が馬車の帆を揺らした。

 馬車の中では、四人の旅人が揺られながら、静かに座っていた。

 白衣の青年は頬杖をつきながら、瞳を細める。

 ――九条迅くじょうじん。異世界から召喚された“勇者”であり、アルセイア王国の科学魔法の革新者。

 彼は退屈そうにしながらも、どこか考え込むように窓の外を眺めていた。


「……ったく、急に決まったよな」


 ぼそりと漏らした迅の言葉に、隣で本を読んでいた白髪の老魔法士――ロドリゲス・ヴァルディオスが微かに眉を動かした。

「確かにな。だが、王命ともなれば、迅速に動かねばならん。まして、今回は国境付近での重大事件じゃ」

 ロドリゲスは淡々と言いながら、本のページをめくる。

 その横では、可愛らしいドレスのようなローブを纏った美しい魔法士の少女、リディア・アークライトが静かに頷いた。

「事件の詳細はまだ不明だけど……大勢の兵士が行方不明になってるのよね」

リディアの言葉に、じんは目を細めた。

 大型魔獣等の仕業なら、何らかの痕跡が残るはず。それすらないとなれば、別の要因が絡んでいると考えるのが妥当だ。

「……ま、現場を見ないことには、何とも言えねぇな」

 迅は腕を組み、窓の外の流れる景色に目をやるのだった。

 
───────────────────


──遡る事1日。


アルセイア王国の王宮、広々とした玉座の間には、国王アルセイア十三世が威厳ある姿勢で座していた。

 その前に並ぶのは、迅、リディア、ロドリゲス、そしてカリムの四人。

 豪奢な赤絨毯の上に膝をつき、彼らは国王の言葉を待っていた。

 国王はゆっくりと視線を巡らせた後、静かに語り始める。


「……隣国ノーザリアとの国境付近で、不審な事件が発生した」


 その言葉に、迅たちは眉をひそめる。

「事件とは、どのようなものですか?」

 リディアが先に問いかけた。
 国王は軽く頷き、執政官に目配せする。

 「国境沿いに駐留していたノーザリア兵の部隊が、突如として全滅した。生存者は皆無。
 それどころか、一部の兵士の遺体が見つかっておらず、行方不明となっている」

「……遺体が見つかっていない?」

 ロドリゲスが顎に手を当てる。

「魔王軍の仕業である可能性が高いと見ているが、詳細は不明だ」

「へぇ……?」

 迅は腕を組み、興味深そうに国王の話を聞く。

(何か違和感があるな……ただの襲撃なら、全滅させた時点で終わりのはず。それなのに、わざわざ兵士を攫っている?)

 迅の頭の中で、いくつもの仮説が組み立てられていく。

「現場には既に我が国の偵察部隊が向かい、調査を進めている。彼らの報告によれば、兵士たちは『巨大な圧力』によって押し潰されたような形で発見されているとのことだ」

「圧力……? まるで巨大な魔獣に踏み潰されたようなもの、ということでしょうか?」

「それが、妙なことに……周囲には魔獣の足跡も、戦闘の痕跡もほとんどないというのだ」

 迅の思考が一気に活性化する。

 何かがおかしい。

(……圧力だけで押し潰された? 何かの魔法か? でも、重力系魔法なんてものはこの世界には……)


「よって、お前たち『王命独行』に命じる」


 国王は改めて、四人に視線を向けた。

「直ちに国境へ向かい、事件の調査を行え。
 そして、必要とあらば、迅速に敵を討て」

 国王の言葉に、迅たちは背筋を正す。

「承りました、陛下」

 ロドリゲスが深く頭を下げ、続いてリディアとカリムもそれに倣う。
 迅も少し考えた後、短く頷いた。

「了解」

 だが、国王は続ける。

「今回の調査は、ノーザリアとの共同作戦となる。
彼らの特使も、現場でお前たちと合流することになっている」

「ノーザリアの特使……?」

 リディアが疑問の声を漏らす。

「こちら側には事前の情報はほとんどない。向こうが誰を寄越してくるかも、我らには分からん。
そのつもりで行動せよ」

 その言葉に、迅は不快そうに眉を寄せる。

「……随分とアバウトな話だな」

「外交というものは、常に駆け引きなのだよ、勇者よ」

 国王は薄く笑った。

「言っておくが、あちらの調査隊は必ずしも協力的とは限らん。
 もし、彼らが不当にこの事件の責を我が国へ向けようとするならば、毅然とした態度で対処せよ」

「はぁ……まあ、なるようになるか」

 迅は面倒くさそうに肩を竦める。

「細かい外交の話は得意じゃねぇが、まぁ、なるべく上手くやるさ」

 国王はその返答を聞き、満足げに頷いた。

「では、行け。『王命独行』よ。お前たちにこの国の未来を託す」

 こうして、迅たちは国境へ向かうこととなった。


───────────────────


 隣国ノーザリア。魔王軍と接する北の防衛線を持つ、戦闘民族たちの国。

 彼らがどのような調査隊を派遣してくるのか、気になるところだった。

「向こうがどんな奴を送り込んでくるかは、わしたちには分からん」

 馬車に揺られながら、ロドリゲスが重々しく言う。

 王からも「ノーザリア側の人選は不明」と告げられていた。
 つまり、実際に現場で会うまで、どんな相手と共同作戦を取るのかは分からない。

「ま、協力できる相手ならいいけどな……」

「逆に、足を引っ張る連中だったら面倒ね」

 リディアがため息をつく。

「フッ、心配は無用だ、勇者殿」

 不意に、絢爛《けんらん》な鎧を纏った剣士――カリム・ヴェルトールが自信満々に言った。

「いかなる相手が来ようとも、貴殿の剣となるこのカリムがいれば、何の問題もない」

「…………」

 迅は目を閉じ、静かに考えた。

(……何だろうな、この“お前が一番問題なんだが”って言いたくなる気持ち……)

 騎士団長を辞め、堂々と勇者の“護衛”として付いてくる剣聖。
 カリム・ヴェルトール。

 彼の異常な忠誠心(?)は、もはや常識を超えている。


「なあ……お前、ちゃんと国王からの辞令で俺の護衛になったんだよな?」

「無論。正式な王命によるものだ」

 カリムは胸を張る。

「王命独行の剣、つまり"勇者の剣"として、貴殿を守る。それこそが、我が使命であり、存在意義!」

「……いや、さっきから聞いてると、お前、もう俺の専属騎士みたいになってるんだけど」

「何か問題が?」

 カリムはキョトンとした顔で首を傾げる。

「いや、大問題だろ……」

 迅がげんなりした顔をすると、リディアはクスクスと笑った。

「ふふっ……でも、頼もしいわよね、カリムがいてくれると」

「いや、確かにこいつ超強いけどさ……」

「貴殿、私の何が不満なのだ?」

「いや、不満とかじゃなくて……なんつーか、その……」

「む?」

「距離感、近くね?」

 迅が半歩ずれると、カリムも無意識に詰めてくる。

「……いやいや、おかしいだろ!?」

「戦場では、互いの呼吸を感じる距離が最も適切な間合いだ」

「だから、ここは戦場じゃねぇっつってんだろ!!」

「うむ、貴殿のツッコミは実に切れ味鋭くて、こう、たまらないものがある。」

「話を聞けええぇぇ!!」

 カリムの揺るがぬ姿勢(?)に、迅が頭を抱える。

 そのやり取りを聞いていたロドリゲスは、静かに本を閉じた。

「……実に平和じゃな」

「……本当にそう思う?」

 リディアが呆れ顔で呟いた。

 こうして、四人の"王命独行"は、事件の真相を探るべく、北の国境へと向かっていった。


◇◆◇


 馬車の車輪が、乾いた大地を静かに踏みしめながら進んでいく。
 陽光が窓から差し込み、車内にいる四人の姿を淡く照らしていた。

 カリムの過剰な忠誠心に辟易しつつも、迅はふと、リディアの背中に目を向ける。

 ローブの背中部分に、蝶の羽のような装飾がついていた。

「……おい、それ何?」

 迅は何気なく尋ねた。

「何って?」

「その、背中のやつ。前は付けて無かったよな?オシャレ?」

 リディアは一瞬、驚いたように目を瞬かせたが、すぐに小さく微笑んだ。

「まだ内緒よ」

「……ほう?」

 迅は眉をひそめるが、それ以上は何も言わなかった。

 だが、彼の好奇心を引いたことは確かだった。
 リディアが秘密にするということは、単なる装飾ではないのだろう。

 “科学勇者”としては、気にならないはずがない。

(まあ、そのうち分かるか……)

 そう考えながら、迅はふと、自分の指先に魔力を集中させた。
 微かな電撃が指先を走り、小さな磁場が発生する。

「……ふむ」

 彼は手の中から銀貨を取り出し、浮かせるようにコントロールする。
 磁場を微調整しながら、コインがゆっくりと宙に浮かび、回転を始めた。


 ――しかし、その動きを見ながら、ふと、迅の頭に疑問がよぎる。


(……アークの魔力球って、どうやって浮いてたんだ?)


 重力を無視して、まるで何かの力に支えられているように静止する魔力球。

 刃の様に形を変え、空を切り襲いかかってくるその動きを思い出す。

 だが、魔力を物質化している以上、重力の影響を受けているはず――


(俺としたことが……『魔法だから』で納得しちまってたか)


 迅は鼻を鳴らす。
 この世界における魔法の原理を探ることをライフワークとしている身としては、見過ごしていたことが悔しい。

(いや、待てよ……まさか)

 何かが引っかかる。
 漠然とした疑問が、迅の中で形を成しつつあった。

「……?」

 その様子を見ていたリディアが、不思議そうに首を傾げる。

「どうしたの? 急に黙り込んで」

「いや……ちょっとな」

 迅は磁場のコントロールを解き、銀貨を指で弾いてしまい込んだ。

「どうも引っかかることがある」

「また何か思いついた?」

「……まだ分からねぇ。現場を見て確かめるしかないな」

 リディアは微かに笑う。

「ほんと、あなたって、そういう時だけ真剣よね」

「悪いかよ」

「いいえ。むしろ、そのおかげで私たちは助けられてるんだから」

 リディアの穏やかな声に、迅は少しだけ目を伏せた。

(……俺がここに召喚された理由は、そういうことなのかもな)

 魔法と科学の融合――
 そして、この世界の理を解明すること。
 それが、異世界から召喚された自分に課せられた役割なのかもしれない。

 だが、そんな真剣な思考を吹き飛ばすような声が、すぐ隣から飛んできた。

「ふっ、やはり勇者殿は、ただの勇者ではないな」

「……お前、また何か言いたいことあんのか?」

 カリムが腕を組み、満足そうに頷いている。

「貴殿は、深淵を見据える者よ。まさに英雄の資質を持つ男だ」

「……お前、俺のこと過大評価しすぎだろ」

「なに、謙遜することはない。私は、貴殿に全幅の信頼を寄せている」

「そっかー……嬉しいなぁー……」

(……この距離感の近さ、どうにかならんのかね?)

 迅は心の中でため息をついた。
 それを見ていたロドリゲスが、ふっと笑う。

「さて……そろそろ到着じゃな」

 そう言われ、迅たちは窓の外を見やる。
 広がる地平線の向こうに、国境線が見え始めていた。

 そこには、彼らの知らぬ“脅威”と、“新たな出会い”が待ち受けている――
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