科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第107話 魔法士の誇り、そして推しの子

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 闇が晴れた。

 ティネブラが消滅したことで、遺跡内部の重苦しい空気も、影の呪縛も、一瞬にして解き放たれた。


 ——リディアは、長く息を吐いた。


 "魔力収束粒子砲・虹マギア・コンヴァージ・ラルク"。

 七属性の魔力を同時に収束・放出する、リディアの奥の手。

 その威力は圧倒的だったが、問題も多かった。

 杖を片手に、ぐらりとよろめく。

 (ふぅ……やっぱり、負担が大きすぎるわね)

 ただでさえ、妖精蝶《スプリガン・フライ》の並列処理に膨大な魔力を消費していたところに、最後の極大魔法——。

 今、彼女の体内を流れる魔力はほとんど底をつきかけていた。

 「……っ」

 杖を支えにしながら、静かにその場に腰を落とす。
 肩で息をしながら、自身の魔力量を確認する。

 (やっぱり、実戦で使うにはまだ改良が必要ね……)

 妖精蝶の操作、魔力消費の配分、魔法詠唱の最適化……。
 考えなければいけないことは山ほどある。

 それでも——

 「でも……悪くはないわね。」

 リディアは、僅かに満足げな微笑みを浮かべた。

 (アーク・ゲオルグ、あなたにしてやられたあの時とは、もう違うのよ)

 ——そんな彼女の姿を、ライネルは言葉もなく見つめていた。



 ライネルは、まるで時間が止まったかのように、その場に立ち尽くしていた。

 リディア・アークライト。

 その名を聞いたことはあった。
 魔法士として名を馳せる、アルセイア王国の“天才”魔法士。

 しかし、彼女のことを本当に理解していたわけではなかった。

 彼は思っていたのだ。
 彼女はただの“優等生”に過ぎないと。

 天才という肩書きを与えられ、特別扱いされる貴族の娘。

 実戦であれば、白銀級冒険者として数々の修羅場を潜った自分には及ばないだろう──と。

 だが——

 目の前の戦いを見た今、その認識は完全に覆された。

 リディアの戦い方は、まるで新しい魔法の形そのものだった。

 科学の概念を取り入れ、魔法を徹底的に研究し、理論的に組み立て、戦略として構築する。


 「……君の戦いに、心を打たれた。」


 ライネルは、震える声でそう呟いた。

 リディアが静かに顔を上げる。

 「私の?」

 「……ああ。魔法とは、こういう戦い方もできるものなのか……。」

 彼の目には、驚嘆と羨望、そして敬意が混ざっていた。

 彼も魔法にすべてを捧げてきた人間だ。
 しかし、ライネルの魔法はどこまでも“既存の枠組み”に囚われていた。
 彼がやってきたのは、あくまでその枠の中での最適化だった。

 だが、リディアは違う。

 彼女はその枠を“壊し”、新しい魔法の形を創り出したのだ。

 「魔法士は、魔法を極める者……。それが唯一の道だと思っていた。」

 「だが、君の魔法は……俺が思いもしなかった方向へ進んでいた。」

 ライネルは、拳を握りしめる。

 「僕は……君の魔法を見て、初めて“魔法士としての新たな可能性”を感じた。」

 リディアは静かにライネルを見つめる。

 そして、フッと微笑んだ。

 「……そう? なら、これからは貴方も、その可能性を追ってみればいいんじゃない?」

 「——!」

 ライネルの目が見開かれる。

 彼は、初めて“自分が知らなかった世界”を見た。
 その事実が、彼の胸を大きく揺さぶる。

 「君に、僕は……心から敬意を表する。」

 ライネルは、深く頭を下げた。

 「そして、謝罪する……!」

 彼は、強く拳を握りしめながら続ける。

 「君を、ただの噂話で判断し、愚かにも見下していた。」

 「——本当に、すまなかった。」

 リディアは少し驚いたように目を瞬かせる。

 そして、肩をすくめながら言った。

 「……別に気にしてないわよ。」

 それは本心だった。
 別に、他人の評価を気にして生きているわけではない。
 噂を信じられたからといって、彼女の中での優先度は低い。

 しかし——

 ライネルは、その寛大な態度に逆に落ち込んだ。

 (……気にしてない、か……)

 (やっぱり僕は……誰からも、相手にされないんだな。)

 そんな彼の心の中では、ひそかに“ある感情”が芽生え始めていた——。


 ライネルは、静かに息をついた。


 リディアの「気にしていない」という言葉が、逆に胸を締めつける。

 彼女は自分のことを、特に意識してもいなかったのだ。

 ——当然だろう。

 ライネル・フロストは、魔法の研究に没頭するあまり、人付き合いを疎かにしてきた。
 それが自分の生き方だと割り切っていた。

 だが、時折、ふとした瞬間に感じる。

 「……僕は、誰からも、男として見られたことがないんだよな。」

 思わず、そんな言葉がこぼれた。

 リディアが少し意外そうに、紫紺の瞳を瞬かせる。

 ライネルは小さく笑い、肩をすくめた。

 「“銀嶺の誓い”の二人……ミィシャとエリナだって、僕のことを“仲間”としては信頼してくれているが、男として見たことは一度もないだろう。」

 事実、ミィシャは平気で彼の前で着替えたりする。
 「お前に見られたところで何とも思わねえよ!」と豪快に笑いながら。
 エリナもまた、彼を「頼れる頭脳」としては評価しているが、それ以上の感情を向けてきたことはない。

 ライネルはそれを、もう気にしないようにしていた。

 ——いや、気にしないように”努力していた”が正しい。

 けれども、それは昔から、彼の心のどこかに刺さっていた傷でもあった。

 思い出すのは、かつての婚約者の言葉。

 「私は理想の騎士と結ばれたいのです」

 そう言われて、婚約を破棄された。
 ライネルは剣を取らない。
 ひたすらに魔法を極め、知識を積み重ねることに人生を捧げた。

 しかし、それは彼女の「理想の騎士」にはならなかった。

 「……僕は結局、“戦えない”男だからな」

 どれだけ魔法を極めても、前線に立つ剣士のように華々しく戦うことはできない。

 誰かを直接守ることもできない。

 そして、女性にとっては、それは”魅力的ではない”のだ。

 ライネルは、リディアを見た。

 彼女は圧倒的な魔力を持ち、天才と称されながらも、それを驕らず、真摯に探求し続けている。
 その姿は、まさに理想的な魔法士だ。

 ——だが、だからこそ。

 彼女のような女性が、こんな部屋にこもって研究ばかりの男に魅力を感じるはずがない。

 だから、ライネルは、自嘲気味に笑いながら言った。

 「……君だって、こんな研究ばかりの男には、魅力を感じないだろう?」



 リディアは、ライネルの言葉を聞いて、少し考え込むような表情をした。

 「……なるほど。」

 彼女は腕を組み、ライネルをじっと見つめる。

 ライネルはその視線に、どこか見透かされるような気がして、目をそらした。

 「まあ、気にしないでくれ。これは俺の性分みたいなものだし——」


 「私は、そういう人も素敵だと思うわよ?」


 ライネルの言葉を遮るように、リディアがさらりと言った。

 「——え?」

 ライネルは、一瞬、耳を疑った。

 「研究に没頭して、自分の知識を突き詰めようとする人。 そういう人は、魅力的だと思う。」

 リディアは、微笑んだ。

 「……少なくとも、私はね。」

 ライネルの思考が、停止する。

 (……な……)

 それは、あまりにも意外な答えだった。

 今まで、自分の生き方が「男としての魅力を持たない」と思い続けていたライネルにとって、
 その言葉は、まるで価値観を揺さぶるような衝撃だった。

 (僕の……この生き方を……?)

 (“魅力的”……だと……?)

 ライネルは、まるで初めてその可能性を見つけたような表情で、リディアを見つめた。


 だが——リディアは、その言葉を口にした直後、自分が何を言ったのかに気づき、わずかに顔を赤らめた。

 (……しまった。なんで私、こんなこと……)

 リディアの脳裏に、一瞬、とある人物の顔がよぎる。

 普段はどこか無頓着で、冷静沈着なのに、研究や考察の話になると急に熱くなり、
 興味があることには徹底的に没頭する男——。

 (……違う、今はそんなことを考える時じゃないでしょう!)

 ほんの一瞬だけ、リディアは目を逸らす。

 それを見たライネルは、さらに勘違いを深めた。

 (……まさか、これは……!?)

 ライネルの脳内で、ものすごい勢いで何かが弾けた。

 (この状況……この流れ……!)

 (ま、まさかリディア・アークライトは、僕に対して……!!)

 彼女のわずかな頬の赤み、言葉を口にした後の目の揺らぎ、
 そして、ほんの一瞬だけ視線を逸らした仕草——

 ライネルの脳内で、警鐘が鳴り響く。

 ——落ち着け、僕!!!

 ——誤解するな、僕!!!

 ——でも、ひょっとしたらひょっとするのでは!?僕!!!!?


 急激に加速する鼓動を抑えきれず、ライネルは一瞬、目の前のリディアの顔をまともに見られなくなった。

 (い、いや……しかし、僕は彼女の実力に到底及ばないし、こんな天才魔法士にそんなこと……!)

 ——だが!!!!!

 ライネルの中に、何かが弾ける。

 (この人は、僕の生き方を否定しなかった!!!)

 ライネルの生き方は、これまで多くの人間に「価値がない」と切り捨てられてきた。

 剣を取り戦えない男に、女性は振り向かない。

 ただ魔法を研究するだけの男に、仲間たちは「頼れる頭脳」としての価値しか見出さない。

 ずっとそうだった。


 ——だが、このリディア・アークライトは違った。


 彼女は、研究に没頭する男の生き方を「素敵だ」と言った。

 まるで、ありのままの自分を肯定されたような気がした。

 ライネルは、軽く息を飲む。

 (……こんな魔法士としても女性としても素晴らしい人物に、自分が好意を向けられたい等と大それたことは思わない。)

 (だが……僕が彼女を尊ぶ気持ちは、止められない!!!)

 その瞬間——ライネルの中で何かが弾けた。


 ——これは、恋ではない。


 ——これは、『推し』だ!!!!


 ライネルの人生において、新たな概念が生まれた。


 この人を、俺は推す!!!


 どこまでも、全力で、魂の底から推す!!!


 急に目を輝かせたライネルを見て、リディアは不安げに眉をひそめた。

 (……今、一瞬、彼の目が輝いた気がするけど……気のせい?)

 そして、その直後——。

 ライネルが、リディアを見上げて、こう言った。


 「リディア様……!!」


 リディアの表情がピクリと引きつる。

 「……様付けはやめて。せめて“さん”付けにして。」


 「……リディアたん!!」


 「……今、『たん』って言った?」


 リディアの紫紺の瞳が一瞬だけ見開かれたが、
 すぐに「深く追加するとろくなことにならない」と結論を出し、華麗にスルーした。


 ——こうして、ライネル・フロストに『推し』の概念が誕生した瞬間であった。



「——最後にこれだけ、確認させてほしい。」

 

ライネルは、改めてリディアを正面から見据えた。

リディアは、その真剣な表情に少しだけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに落ち着いた表情に戻る。


「……何かしら?」
 

ライネルは、深く息を吸った。
 

「その……君にまつわる噂のことだ。」
 

リディアの表情が、わずかに険しくなる。

「まだ噂の話をするの?」

「いや、違う、そういうわけじゃない。僕は、もう噂を信じるつもりはない。ただ……」

ライネルは強く首を振った。
 

「僕は君の戦いを見て、心を打たれた。君が剣士に媚びるような人間じゃないことは、もうよく分かってる。……だが、それでも、どうしても聞いておきたいことがある。」

「……」
 
リディアは静かに聞いている。

ライネルは、意を決して言った。
 

「君と、"剣聖"カリム・ヴェルトールの関係だ。」

 
リディアの眉がピクリと動いた。


「ああ、その話ね。」
 

ライネルはゴクリと唾を飲む。


「君は、剣聖と懇意だったと言う噂がある……だけど、それは……」
 
「それは無い。」
 

 リディアは一瞬の迷いもなく、きっぱりと言い放った。それも食い気味に。

ライネルは、心の中でガッツポーズを取った。
 

(ッッッッッ……!! よし!! そうだと思った!!!)

 
リディアはカリムのことを、剣士として認めていたのかもしれない。だが、それ以上の感情があったわけではない!

ライネルは深く頷き、満足げに胸を撫で下ろす。
 

「そ、そうか! ならば問題ない!!」

「……問題?」

「いや、何でもない。」


ライネルは、ほっとした表情で手を振った。

だが——

 

「じゃあ……勇者に惹かれているって噂も、でたらめなんだな?」

 

——その言葉を聞いた瞬間。

 

リディアの身体がピタリと硬直した。

ライネルの前で、明らかに表情が固まる。
 

「……」

 
そして——

リディアの顔が、みるみるうちに赤くなっていった。
 

「……っ!」

 
ライネルの心臓が、止まる。

 

(……あれ? なんで沈黙するんだ?)

(なんで顔が赤くなるんだ……?)

 

ライネルは、このとき気づいてしまった。


(即答が……来ない……?)


剣聖の話の時は、即答だった。だが、勇者の話になった瞬間、リディアの反応が明らかに変わった。

この違いが、何を意味するのか——

 

「えっ……まさか……」

 

ライネルの脳内に、ゆっくりと、しかし確実にある結論が導き出されていく。

リディアは、赤くなった顔を隠すように、わざとそっぽを向いた。

「……な、なんでそんなこと聞くのよ……?」

 

その言葉で、ライネルは確信した。

 

(これは………ッ!?)

 

ライネルの目の前が、ぐらりと揺れる。

 

(ま、待て待て待て待て!!! 落ち着け僕!!)


(つまり……つまり……)

 

 
——リディア・アークライトは。


——本当に、勇者に………?

 


ライネルの目が、信じられないものを見たかのように見開かれる。

「えっ……マジで……?」

リディアはその視線を避けるように、視線をそらしたまま、小さく唇を噛む。

「……マジでとか言わないで……」


ライネルの心に、何とも言えない感情が込み上げる。


「いや、ちょっと待ってくれ……」

「何よ……」

「僕……僕は、確かに君のことを尊敬している……! だけど……!」

ライネルは、まるで世界の崩壊を見たかのような表情で震えた。
 

「僕の“推し”が……勇者に……!?」

 
リディアが、ピクッと肩を震わせる。

「ちょっと待って、何よその“推し”って!?!?」

「僕は、リディアたんが誰よりも輝いていると思っていたのに……!!」

「だから、たん付けやめなさい!!」

 
ライネルは涙を滲ませながら、拳を握った。

そして、震えながら、最後の言葉を絞り出した。



「……でも……リディアたんが幸せならOKです……!!!」



親指を立てながら、ライネルは涙を流す。


「何なのよ!!!」


リディアが思い切りツッコミを入れる。



ライネルの心は、まだ整理が追いついていなかった。

勇者・九条迅——

この男が、自分の“推し”の想い人……?


「……こんなことって……あるのか……?」


ライネルは、1人勝手にショックに打ちひしがれながら、小さく呟いた。

 
そして彼は、新たな覚悟を決めるのだった。


(いいだろう……勇者よ……!!)

(僕はこれからも、全力でリディアたんを推していく!!)

(だが……もし貴様がリディアたんを悲しませるようなことがあれば……!!)

 
(貴様を……氷像にしてやる!!!)

 
そう、ライネルは心の中で静かに決意したのだった——。
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