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第108話 九条迅 vs. 虐滅のカーディス① ──科学勇者、爆ぜる──
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ズズ……ッ。
重い足音が響く。
荒れ果てた遺跡の瓦礫の上で、虐滅のカーディスが不快げに顔を歪めていた。
右手の甲——そこには、ほんの一瞬前に撃ち込まれた銀貨が深々と食い込んでいる。
「チッ……貴様、妙な真似を……」
カーディスは忌々しげに呟くと、獣のように鋭い爪を立て、その銀貨を乱暴に引き抜いた。
皮膚が裂け、赤黒い血が滲む。しかし——
「——ふん」
軽く力を込めただけで、傷口はみるみるうちに修復されていく。
ほんの数秒も経たぬうちに、そこには何の痕跡も残っていなかった。
「……なるほど、再生能力持ちってか。」
涼しげな声が、カーディスの耳に届く。
——カランッ。
足元で転がる銀貨。
それは、つい今しがたまで自身の手に埋まっていたもの。
「貴様……」
カーディスが目を細めると、目の前には一人の男がいた。
白衣を纏い、無造作に散る漆黒の髪。
その手には、蒼い雷光を宿したレイピアが握られている。
そして、その腕の中には、“重力核《グラビティ・セル》“の拘束から解放された冒険者の少女が眠っていた。
カーディスは驚く暇すらなかった。
迅はすでに地面を蹴り、一瞬のうちにエリナの元へ移動する。
そして、少女をそっと寝かせると、軽く手を払った。
「……怪我は無いみたいだな。ラッキーだ。」
エリナは、その光景に呆気に取られていた。
——何が起こったのかすら、理解できなかった。
“虐滅のカーディス” に対して、まるで何事もないかのように立ち振る舞う男。
そして、その動き——あまりにも速すぎる。
「……あなた、何故ここに……?」
思わず声を漏らすエリナの前で、カーディスが不敵に笑った。
「その風貌……貴様が”黒の賢者”を単身退けたという勇者・九条迅だな!」
エリナの表情が固まる。
(“黒の賢者”を単身で退けた……?)
それは、アルセイア王国が作り出した勇者のプロパガンダではなかったのか?
そんな馬鹿げたことが、現実にあり得るはずが——
(まさか、本当だったというの……!?)
「……さて」
カーディスは、サーベルを拾い上げながら口元を歪める。
先ほどの一撃で、迅の実力は十分に理解できた。
——こいつは、強い。
先程の女冒険者と同じか、それ以上の脅威になり得る存在だ。
だからこそ——
「我が貴様を倒せば、あの”混ざり者”もさぞ悔しがる事だろう!」
そう告げると、カーディスは鋭い笑みを浮かべた。
迅は、レイピアを構えたまま、僅かに眉を寄せる。
(“混ざり者”? 誰の事だ?)
カーディスの言葉の意図を探りながら、迅は冷静に観察を続けた。
——カーディスの体躯。
その筋肉は、通常の竜人族よりも遥かに発達している。
——彼の魔力の波動。
その流れには、微妙な乱れがあり、一定のリズムで波打っている。
(……成程《なるほど》ね。)
その分析を終えると、迅はゆっくりと目を細めた。
「……フッ。」
小さく息を吐き、リラックスした様子でレイピアを軽く回す。
そんな迅の様子に、エリナは思わず叫ぶ。
「その魔族は本物の強敵です! 貴方には荷が勝ちすぎます! 逃げなさい!」
必死の警告。
だが——
「ま、見てなって。」
迅は、振り返りもせずに、手をヒラヒラと振るだけだった。
エリナは愕然とする。
(この状況で……まるで余裕があるみたいに……!?)
それを見たカーディスが、低く笑う。
「ククク……いい度胸だ。」
そして、サーベルをゆっくりと振りかぶる。
「……ならば、その余裕が、どこまで保つか試してやるぞ——!!」
瞬間、カーディスの巨大な尻尾が唸りを上げた。
一撃で岩を砕くほどの膂力。
それが、迅の頭部目掛けて振り下ろされる——
——次の瞬間、雷光が迸る。
遺跡全体に、眩い閃光が走った。
◇◆◇
——刹那の攻防だった。
カーディスの尻尾が振り下ろされる。
遺跡の石床を軽々と砕く膂力。まともに受ければ、肉も骨も原型を留めない。
しかし、迅は動じなかった。
(遅ぇよ——!)
“神経加速《ニューロ・ブースト》” 発動。
脳内の電気信号を加速させ、認識速度を爆発的に向上させる。
世界がスローモーションになる感覚——カーディスの尻尾の軌道が、まるでゆっくりとした波のように流れて見えた。
迅は一歩踏み込み、紙一重で尻尾を回避する。
——ズドォォォン!!
遺跡の床が爆ぜ、粉塵が舞う。
その衝撃をものともせず、迅は続けざまに剣を突き出した。
“雷光細剣“の刃が電光となって閃く。
カーディスは反射的にサーベルを構え、受け止めようとする。
——が、次の瞬間、カーディスの腕が不自然に引っ張られる。
「……ッ!?」
驚愕するカーディス。
迅のレイピアは、カーディスのサーベルを磁力で引き寄せていたのだ。
“ヴォルト・レイピア” に込められた電磁場制御が、金属製の剣に強力な磁力を発生させていた。
「チィ……小細工を……!」
カーディスは力任せに引き剥がそうとするが、迅は素早く磁性を逆転させ、サーベルを弾き飛ばす。
——ギィィィン!!
宙を舞うサーベル。
しかし、カーディスはすぐに対応する。
尾を跳ね上げ、迅の背後から薙ぎ払う。
(これも、見える——!)
迅はその場で体を捻り、回避。
カウンターで蹴りを放つ——だが、カーディスは腕を上げて防御した。
「ほぅ……やるな。」
一瞬の攻防。
それは、わずか 0.3秒 の出来事だった。
「……ならば、これはどうだ!」
カーディスは息を吸い込むと、喉元が赤く発光し始めた。
(ブレスか……!)
竜人族の中でも特に強靭な肉体を持つカーディスは、魔力を高熱のエネルギーとして圧縮し、一気に放射するブレス攻撃を得意とする。
迅はそれを瞬時に見抜き、次の一手を決めた。
——科学×魔法は、単一の魔法を凌駕する。
迅はレイピアを左手に持ち替え、右手の指を構える。
(中指と人差し指、それぞれに火・土属性の魔力を込める——)
エリナが遠目で見て、息を呑む。
(あの指の形……まさか、別々の魔力を……!?)
迅の右手に、白と赤の二色の光が収束していく。
「"魔力収束粒子砲《マギア・コンヴァージ》"!」
指先から、一本の収束された光線が放たれた。
それはまるで 精密に制御された熱線 のように一直線に伸び、カーディスの口元から放たれたブレスと激突する。
——ドォォォォン!!
空間が歪み、爆風が遺跡の内部を駆け巡る。
熱と熱がぶつかり合い、相殺される。
だが——その均衡は、わずか 0.5秒 で崩れた。
カーディスのブレスは、“魔力収束粒子砲” の前に押し戻されていく。
「な……にぃ……!?」
驚愕するカーディスの視界に、超高速で迫る熱線。
咄嗟に身を捩って回避するが、その一瞬の隙を、迅は逃さなかった。
“神経加速《ニューロ・ブースト》” 再展開。
魔力で強化された肉体が繰り出す超速の蹴りが、カーディスの腹部へと叩き込まれる。
——ズガァァン!!
巨大な体躯が、遺跡の壁に激突する。
「──お前の接近戦、まぁまぁやる方なのかも知れねぇが……カリムに比べたらハエが止まるぜ。」
レイピアを軽く回しながら迅が呑気に呟く。
カーディスは、壁にめり込みながら歯を食いしばった。
(何だ、こいつは……! こいつ、本当に魔法士か……!?)
それほどまでに、迅の戦い方は異質だった。
魔法士の枠に収まらない。
剣士、格闘家、科学者——すべてが絡み合い、圧倒的な強さを生み出していた。
そして、迅は静かに歩みを進める。
エリナの元へ。
ゆっくりと膝をつき、回復魔法をかけながら言った。
「あー……その、悪かった。」
その言葉に、エリナは驚き、そして——胸の奥に何かが込み上げるのを感じた。
——これが、勇者……?
その存在が、彼女の中で大きく変わる瞬間だった。
◇◆◇
「あー……その、悪かった。」
その一言が、エリナの心を大きく揺るがした。
目の前にいる男——九条迅は、戦いの最中にもかかわらず、彼女の負傷を気遣い、丁寧に回復魔法をかけている。
——こんな”勇者”像は、彼女の知るものではなかった。
彼女にとっての “勇者” とは、戦場を駆け、敵を討ち、己の正義を押し通す者だった。
無慈悲であれ。
戦士たる者、情に流されるな。
ただ剣を振るい、勝者として立ち続ける存在——。
しかし、彼は違った。
目の前の迅は、戦士ではない。
魔法士とも違う。
その戦い方は常識外れで、彼が操る魔法は、これまで見たどの魔法士のものとも異なっていた。
——神経加速での超速戦闘。
——雷光細剣の磁力操作。
——魔力収束粒子砲による精密な魔力制御。
すべてが異質だった。
まるで、剣士、魔法士、研究者、そのすべてを内包する”新たな戦士”のようだった。
(こんな戦い方……聞いたことがない……)
彼女の中で、“勇者” という概念が崩壊していく。
——そして何よりも。
「悪かったな。……あんたらにとっちゃ、これは仲間を殺された事件だったのに。」
迅の声が妙に静かに響く。
「俺もな……現場を見てイラついてた。……で、それをあんたらにぶつけちまってたかもしれねぇ。無神経だったな。」
エリナは驚いた。
戦場の最中、戦士が自らの”非”を認め、謝るという行為。
それは、彼女の知る “戦士の在り方” に最もそぐわないものだった。
——勇者が、謝罪している。
しかも、それは戦術的な駆け引きでも、偽善でもない。
純粋に、自分の振る舞いを反省している言葉だった。
「……さっきのあんたの言葉も、正しかったよ。」
迅は、エリナの顔を真っ直ぐに見た。
「……確かに、俺は”ここ”を知らなかった。」
“ここ”。
それは、今まで迅がいたアルセイア王国とは違う、ノーザリアの最前線のことを指しているのだろう。
「俺はな、あんたらみたいに戦場で生きてきたわけじゃねぇ。召喚されるまで、ずっと違う世界で生きてきた。……だから、俺が”勇者”だなんて大仰に言われても、正直ピンとこねぇし、そこに誇りを感じるわけでもねぇ。」
言葉の一つ一つが、エリナの胸を打った。
「だからさ……。」
迅はふっと口の端を上げる。
「俺は、“俺のやり方”で戦わせてもらう。」
エリナは息を呑む。
今まで、彼女は “勇者” というものを、ひとつの”型”として捉えていた。
“国を救う英雄” であり、“剣を振るい、魔王を倒す者” であり、“圧倒的な力を誇示する者” であると。
——だが、目の前の”勇者”は、そのどれとも違った。
剣士ではなく、魔法士でもなく、ましてや”救世主”と呼ぶにはあまりにも飄々《ひょうひょう》としている。
それでも——。
(この男は……戦っている。)
その戦いは、エリナの知るどんな戦士のそれとも異なる。
だが、確かに戦場に立ち、仲間を助け、そして戦っている。
(……私は……何も知らなかった……)
今まで、彼女はアルセイア王国の “勇者” を、どこか見下していた。
“王国の都合で創り上げた偶像” だと思っていた。
だが、その認識は間違いだったのだ。
目の前の男は、彼自身の戦いをしている。
戦場で闇雲に剣を振るうわけでもなく、ただ純粋に、最も効率的な方法で敵を倒す術を編み出し、それを実践する。
そのやり方は奇妙で、今まで見たどんな戦士とも異なっていた。
だが、それが”勇者・九条迅”の戦い方なのだ。
エリナは、己の価値観が根底から揺さぶられるのを感じていた。
◇◆◇
壁の瓦礫の中から、カーディスがゆっくりと立ち上がる。
「……ほう……やるではないか……」
その表情には、怒りよりもむしろ 獰猛な喜び が滲んでいた。
「クック……ハハハハ……!」
低く、喉の奥から笑いが漏れる。
「なるほど……“勇者” とは、こういうものか……!」
カーディスは、手の甲の傷を舐めるようにして修復させながら、迅を睨み据えた。
「良かろう……貴様をこの手で屠ることができるのなら……“黒の賢者” などどうでもよい!」
「……へえ。」
迅は、レイピアを軽く振り、肩をすくめる。
「お前、そんなにアーク・ゲオルグに劣等感があるのか?」
「黙れ!」
カーディスの瞳が 怒りと殺意 に染まる。
「貴様如きが、我が優位を疑うな!!」
カーディスは右腕に埋め込まれた”重力核“に魔力を込める。
その瞬間——周囲の空気が、わずかに 歪んだ 。
——重力操作。
(やっぱり、あれがコイツの奥の手か。)
迅は、冷静に観察する。
カーディスは不敵に笑いながら、“重力核《グラビティ・セル》“を起動させる。
「さあ、勇者よ……! 我が力に屈し、地に這い蹲れ!」
その瞬間、周囲の空間に異様な圧がかかる。
地面が ひび割れ る。
大気が 軋む 。
エリナは、膝をつきそうになりながら、思わず叫んだ。
「危ない……! 逃げなさい!!」
しかし——。
迅は、まるで何事もないかのように 微笑む。
そして、眼前の敵に対し不敵に笑う。
「……舐めプしてる余裕は無ぇぞ。本気で来い。」
迅の言葉に、カーディスが、ギロリと目を剥く。
不意に、迅の視線が鋭さを増す。
「……俺も、本気を見せてやるからよ。」
迅は レイピアを構え、呪文を静かに唱えた 。
「“魔力霧筺”——」
空気が変わった。
カーディスの爪先が、わずかに震える。
(……何だ?)
目の前の男、九条迅の周囲に、青白い霧が立ち込め始める。
それはまるで、生き物のようにゆらめきながら、戦場全体に広がっていった。
「……何だ、これは?」
カーディスは不快そうに眉をひそめる。
これは魔法か? いや、ただの霧にしては異様すぎる。
空気の層が歪み、光が微かに乱反射している。
「俺は科学の視点から魔法を解き明かす。」
迅が、ゆっくりと口元を歪めた。
その紫紺の瞳が、カーディスを射抜く。
「お前の”力”も、その原理を理解しちまえば——」
「ただの数式の一部だ。」
静かに、しかし断言するような口調。
その言葉が、カーディスの神経を逆撫でした。
「貴様ァ……!!!」
怒りの咆哮とともに、カーディスは “重力核” を起動した。
——その瞬間。
霧が、光を帯びて震えた。
(……何だ、この感覚は!?)
カーディスが警戒を強めたその時、迅の目が冷たく輝く。
「……お前の“力”の正体、もう分かっちまったよ。」
不敵な笑みを浮かべ、迅はレイピアを霧の中に差し込んだ。
すると——
霧が微かに発光し、カーディスの足元に揺らめく魔力の流れを映し出した。
「その”重力”、もう隠せねぇぞ。」
重い足音が響く。
荒れ果てた遺跡の瓦礫の上で、虐滅のカーディスが不快げに顔を歪めていた。
右手の甲——そこには、ほんの一瞬前に撃ち込まれた銀貨が深々と食い込んでいる。
「チッ……貴様、妙な真似を……」
カーディスは忌々しげに呟くと、獣のように鋭い爪を立て、その銀貨を乱暴に引き抜いた。
皮膚が裂け、赤黒い血が滲む。しかし——
「——ふん」
軽く力を込めただけで、傷口はみるみるうちに修復されていく。
ほんの数秒も経たぬうちに、そこには何の痕跡も残っていなかった。
「……なるほど、再生能力持ちってか。」
涼しげな声が、カーディスの耳に届く。
——カランッ。
足元で転がる銀貨。
それは、つい今しがたまで自身の手に埋まっていたもの。
「貴様……」
カーディスが目を細めると、目の前には一人の男がいた。
白衣を纏い、無造作に散る漆黒の髪。
その手には、蒼い雷光を宿したレイピアが握られている。
そして、その腕の中には、“重力核《グラビティ・セル》“の拘束から解放された冒険者の少女が眠っていた。
カーディスは驚く暇すらなかった。
迅はすでに地面を蹴り、一瞬のうちにエリナの元へ移動する。
そして、少女をそっと寝かせると、軽く手を払った。
「……怪我は無いみたいだな。ラッキーだ。」
エリナは、その光景に呆気に取られていた。
——何が起こったのかすら、理解できなかった。
“虐滅のカーディス” に対して、まるで何事もないかのように立ち振る舞う男。
そして、その動き——あまりにも速すぎる。
「……あなた、何故ここに……?」
思わず声を漏らすエリナの前で、カーディスが不敵に笑った。
「その風貌……貴様が”黒の賢者”を単身退けたという勇者・九条迅だな!」
エリナの表情が固まる。
(“黒の賢者”を単身で退けた……?)
それは、アルセイア王国が作り出した勇者のプロパガンダではなかったのか?
そんな馬鹿げたことが、現実にあり得るはずが——
(まさか、本当だったというの……!?)
「……さて」
カーディスは、サーベルを拾い上げながら口元を歪める。
先ほどの一撃で、迅の実力は十分に理解できた。
——こいつは、強い。
先程の女冒険者と同じか、それ以上の脅威になり得る存在だ。
だからこそ——
「我が貴様を倒せば、あの”混ざり者”もさぞ悔しがる事だろう!」
そう告げると、カーディスは鋭い笑みを浮かべた。
迅は、レイピアを構えたまま、僅かに眉を寄せる。
(“混ざり者”? 誰の事だ?)
カーディスの言葉の意図を探りながら、迅は冷静に観察を続けた。
——カーディスの体躯。
その筋肉は、通常の竜人族よりも遥かに発達している。
——彼の魔力の波動。
その流れには、微妙な乱れがあり、一定のリズムで波打っている。
(……成程《なるほど》ね。)
その分析を終えると、迅はゆっくりと目を細めた。
「……フッ。」
小さく息を吐き、リラックスした様子でレイピアを軽く回す。
そんな迅の様子に、エリナは思わず叫ぶ。
「その魔族は本物の強敵です! 貴方には荷が勝ちすぎます! 逃げなさい!」
必死の警告。
だが——
「ま、見てなって。」
迅は、振り返りもせずに、手をヒラヒラと振るだけだった。
エリナは愕然とする。
(この状況で……まるで余裕があるみたいに……!?)
それを見たカーディスが、低く笑う。
「ククク……いい度胸だ。」
そして、サーベルをゆっくりと振りかぶる。
「……ならば、その余裕が、どこまで保つか試してやるぞ——!!」
瞬間、カーディスの巨大な尻尾が唸りを上げた。
一撃で岩を砕くほどの膂力。
それが、迅の頭部目掛けて振り下ろされる——
——次の瞬間、雷光が迸る。
遺跡全体に、眩い閃光が走った。
◇◆◇
——刹那の攻防だった。
カーディスの尻尾が振り下ろされる。
遺跡の石床を軽々と砕く膂力。まともに受ければ、肉も骨も原型を留めない。
しかし、迅は動じなかった。
(遅ぇよ——!)
“神経加速《ニューロ・ブースト》” 発動。
脳内の電気信号を加速させ、認識速度を爆発的に向上させる。
世界がスローモーションになる感覚——カーディスの尻尾の軌道が、まるでゆっくりとした波のように流れて見えた。
迅は一歩踏み込み、紙一重で尻尾を回避する。
——ズドォォォン!!
遺跡の床が爆ぜ、粉塵が舞う。
その衝撃をものともせず、迅は続けざまに剣を突き出した。
“雷光細剣“の刃が電光となって閃く。
カーディスは反射的にサーベルを構え、受け止めようとする。
——が、次の瞬間、カーディスの腕が不自然に引っ張られる。
「……ッ!?」
驚愕するカーディス。
迅のレイピアは、カーディスのサーベルを磁力で引き寄せていたのだ。
“ヴォルト・レイピア” に込められた電磁場制御が、金属製の剣に強力な磁力を発生させていた。
「チィ……小細工を……!」
カーディスは力任せに引き剥がそうとするが、迅は素早く磁性を逆転させ、サーベルを弾き飛ばす。
——ギィィィン!!
宙を舞うサーベル。
しかし、カーディスはすぐに対応する。
尾を跳ね上げ、迅の背後から薙ぎ払う。
(これも、見える——!)
迅はその場で体を捻り、回避。
カウンターで蹴りを放つ——だが、カーディスは腕を上げて防御した。
「ほぅ……やるな。」
一瞬の攻防。
それは、わずか 0.3秒 の出来事だった。
「……ならば、これはどうだ!」
カーディスは息を吸い込むと、喉元が赤く発光し始めた。
(ブレスか……!)
竜人族の中でも特に強靭な肉体を持つカーディスは、魔力を高熱のエネルギーとして圧縮し、一気に放射するブレス攻撃を得意とする。
迅はそれを瞬時に見抜き、次の一手を決めた。
——科学×魔法は、単一の魔法を凌駕する。
迅はレイピアを左手に持ち替え、右手の指を構える。
(中指と人差し指、それぞれに火・土属性の魔力を込める——)
エリナが遠目で見て、息を呑む。
(あの指の形……まさか、別々の魔力を……!?)
迅の右手に、白と赤の二色の光が収束していく。
「"魔力収束粒子砲《マギア・コンヴァージ》"!」
指先から、一本の収束された光線が放たれた。
それはまるで 精密に制御された熱線 のように一直線に伸び、カーディスの口元から放たれたブレスと激突する。
——ドォォォォン!!
空間が歪み、爆風が遺跡の内部を駆け巡る。
熱と熱がぶつかり合い、相殺される。
だが——その均衡は、わずか 0.5秒 で崩れた。
カーディスのブレスは、“魔力収束粒子砲” の前に押し戻されていく。
「な……にぃ……!?」
驚愕するカーディスの視界に、超高速で迫る熱線。
咄嗟に身を捩って回避するが、その一瞬の隙を、迅は逃さなかった。
“神経加速《ニューロ・ブースト》” 再展開。
魔力で強化された肉体が繰り出す超速の蹴りが、カーディスの腹部へと叩き込まれる。
——ズガァァン!!
巨大な体躯が、遺跡の壁に激突する。
「──お前の接近戦、まぁまぁやる方なのかも知れねぇが……カリムに比べたらハエが止まるぜ。」
レイピアを軽く回しながら迅が呑気に呟く。
カーディスは、壁にめり込みながら歯を食いしばった。
(何だ、こいつは……! こいつ、本当に魔法士か……!?)
それほどまでに、迅の戦い方は異質だった。
魔法士の枠に収まらない。
剣士、格闘家、科学者——すべてが絡み合い、圧倒的な強さを生み出していた。
そして、迅は静かに歩みを進める。
エリナの元へ。
ゆっくりと膝をつき、回復魔法をかけながら言った。
「あー……その、悪かった。」
その言葉に、エリナは驚き、そして——胸の奥に何かが込み上げるのを感じた。
——これが、勇者……?
その存在が、彼女の中で大きく変わる瞬間だった。
◇◆◇
「あー……その、悪かった。」
その一言が、エリナの心を大きく揺るがした。
目の前にいる男——九条迅は、戦いの最中にもかかわらず、彼女の負傷を気遣い、丁寧に回復魔法をかけている。
——こんな”勇者”像は、彼女の知るものではなかった。
彼女にとっての “勇者” とは、戦場を駆け、敵を討ち、己の正義を押し通す者だった。
無慈悲であれ。
戦士たる者、情に流されるな。
ただ剣を振るい、勝者として立ち続ける存在——。
しかし、彼は違った。
目の前の迅は、戦士ではない。
魔法士とも違う。
その戦い方は常識外れで、彼が操る魔法は、これまで見たどの魔法士のものとも異なっていた。
——神経加速での超速戦闘。
——雷光細剣の磁力操作。
——魔力収束粒子砲による精密な魔力制御。
すべてが異質だった。
まるで、剣士、魔法士、研究者、そのすべてを内包する”新たな戦士”のようだった。
(こんな戦い方……聞いたことがない……)
彼女の中で、“勇者” という概念が崩壊していく。
——そして何よりも。
「悪かったな。……あんたらにとっちゃ、これは仲間を殺された事件だったのに。」
迅の声が妙に静かに響く。
「俺もな……現場を見てイラついてた。……で、それをあんたらにぶつけちまってたかもしれねぇ。無神経だったな。」
エリナは驚いた。
戦場の最中、戦士が自らの”非”を認め、謝るという行為。
それは、彼女の知る “戦士の在り方” に最もそぐわないものだった。
——勇者が、謝罪している。
しかも、それは戦術的な駆け引きでも、偽善でもない。
純粋に、自分の振る舞いを反省している言葉だった。
「……さっきのあんたの言葉も、正しかったよ。」
迅は、エリナの顔を真っ直ぐに見た。
「……確かに、俺は”ここ”を知らなかった。」
“ここ”。
それは、今まで迅がいたアルセイア王国とは違う、ノーザリアの最前線のことを指しているのだろう。
「俺はな、あんたらみたいに戦場で生きてきたわけじゃねぇ。召喚されるまで、ずっと違う世界で生きてきた。……だから、俺が”勇者”だなんて大仰に言われても、正直ピンとこねぇし、そこに誇りを感じるわけでもねぇ。」
言葉の一つ一つが、エリナの胸を打った。
「だからさ……。」
迅はふっと口の端を上げる。
「俺は、“俺のやり方”で戦わせてもらう。」
エリナは息を呑む。
今まで、彼女は “勇者” というものを、ひとつの”型”として捉えていた。
“国を救う英雄” であり、“剣を振るい、魔王を倒す者” であり、“圧倒的な力を誇示する者” であると。
——だが、目の前の”勇者”は、そのどれとも違った。
剣士ではなく、魔法士でもなく、ましてや”救世主”と呼ぶにはあまりにも飄々《ひょうひょう》としている。
それでも——。
(この男は……戦っている。)
その戦いは、エリナの知るどんな戦士のそれとも異なる。
だが、確かに戦場に立ち、仲間を助け、そして戦っている。
(……私は……何も知らなかった……)
今まで、彼女はアルセイア王国の “勇者” を、どこか見下していた。
“王国の都合で創り上げた偶像” だと思っていた。
だが、その認識は間違いだったのだ。
目の前の男は、彼自身の戦いをしている。
戦場で闇雲に剣を振るうわけでもなく、ただ純粋に、最も効率的な方法で敵を倒す術を編み出し、それを実践する。
そのやり方は奇妙で、今まで見たどんな戦士とも異なっていた。
だが、それが”勇者・九条迅”の戦い方なのだ。
エリナは、己の価値観が根底から揺さぶられるのを感じていた。
◇◆◇
壁の瓦礫の中から、カーディスがゆっくりと立ち上がる。
「……ほう……やるではないか……」
その表情には、怒りよりもむしろ 獰猛な喜び が滲んでいた。
「クック……ハハハハ……!」
低く、喉の奥から笑いが漏れる。
「なるほど……“勇者” とは、こういうものか……!」
カーディスは、手の甲の傷を舐めるようにして修復させながら、迅を睨み据えた。
「良かろう……貴様をこの手で屠ることができるのなら……“黒の賢者” などどうでもよい!」
「……へえ。」
迅は、レイピアを軽く振り、肩をすくめる。
「お前、そんなにアーク・ゲオルグに劣等感があるのか?」
「黙れ!」
カーディスの瞳が 怒りと殺意 に染まる。
「貴様如きが、我が優位を疑うな!!」
カーディスは右腕に埋め込まれた”重力核“に魔力を込める。
その瞬間——周囲の空気が、わずかに 歪んだ 。
——重力操作。
(やっぱり、あれがコイツの奥の手か。)
迅は、冷静に観察する。
カーディスは不敵に笑いながら、“重力核《グラビティ・セル》“を起動させる。
「さあ、勇者よ……! 我が力に屈し、地に這い蹲れ!」
その瞬間、周囲の空間に異様な圧がかかる。
地面が ひび割れ る。
大気が 軋む 。
エリナは、膝をつきそうになりながら、思わず叫んだ。
「危ない……! 逃げなさい!!」
しかし——。
迅は、まるで何事もないかのように 微笑む。
そして、眼前の敵に対し不敵に笑う。
「……舐めプしてる余裕は無ぇぞ。本気で来い。」
迅の言葉に、カーディスが、ギロリと目を剥く。
不意に、迅の視線が鋭さを増す。
「……俺も、本気を見せてやるからよ。」
迅は レイピアを構え、呪文を静かに唱えた 。
「“魔力霧筺”——」
空気が変わった。
カーディスの爪先が、わずかに震える。
(……何だ?)
目の前の男、九条迅の周囲に、青白い霧が立ち込め始める。
それはまるで、生き物のようにゆらめきながら、戦場全体に広がっていった。
「……何だ、これは?」
カーディスは不快そうに眉をひそめる。
これは魔法か? いや、ただの霧にしては異様すぎる。
空気の層が歪み、光が微かに乱反射している。
「俺は科学の視点から魔法を解き明かす。」
迅が、ゆっくりと口元を歪めた。
その紫紺の瞳が、カーディスを射抜く。
「お前の”力”も、その原理を理解しちまえば——」
「ただの数式の一部だ。」
静かに、しかし断言するような口調。
その言葉が、カーディスの神経を逆撫でした。
「貴様ァ……!!!」
怒りの咆哮とともに、カーディスは “重力核” を起動した。
——その瞬間。
霧が、光を帯びて震えた。
(……何だ、この感覚は!?)
カーディスが警戒を強めたその時、迅の目が冷たく輝く。
「……お前の“力”の正体、もう分かっちまったよ。」
不敵な笑みを浮かべ、迅はレイピアを霧の中に差し込んだ。
すると——
霧が微かに発光し、カーディスの足元に揺らめく魔力の流れを映し出した。
「その”重力”、もう隠せねぇぞ。」
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