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第109話 九条迅 vs. 虐滅のカーディス② ── 見抜かれた戦場、覆る優位──
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青白い霧がゆっくりと遺跡の空間を覆っていく。湿った空気が肌を撫で、淡く光る粒子が霧の中で漂う。
一見すると、ただの濃い霧。
しかし、それは迅が生み出した
“魔力霧筺” という特殊な魔法だった。
(魔力は……水分に触れると、微細な光を放つ)
これは迅が異世界に来てからの実験で得た知見の一つだった。
この世界の魔力は、水分子と何らかの相互作用を起こすと、微弱な発光現象を伴う。
なぜそうなるのかはまだ解明できていないが、少なくともこれは "確実な法則" だった。
ならば 霧状にした、発光性を高めた水分の中で魔力を動かせば、発光のパターンが視覚化できるはず だ——。
この原理を応用し、「魔力の流れを光として可視化する」 のが “魔力霧筺《マナ・シンチレーション》” である。
エリナはその光景を見つめながら、眉をひそめた。
「これは……? ただの霧じゃない……?」
青白い光が、ゆらゆらと揺れながら霧の中を漂っている。
まるで夜空に舞う蛍のような光の粒。それが 魔力の流れ そのものなのだ。
(さて、これでヤツの “重力核” の魔力の広がり方が見えるはずだ)
迅は霧の中に視線を向け、静かに観察を開始した。
“神経加速”発動。
時間がゆっくりと流れ始める。
(さて……どんな風に広がる?)
迅は霧の中に目を凝らした。
すると、カーディスの持つ球体……
“重力核” が脈動するように発光し始めた。
暗い遺跡の中、そこから放たれた魔力が、霧の中に 青白い波紋 を描きながら、じわじわと広がっていく。
(……来たな)
その光の輪は、迅の足元、天井、壁へと 円を描くように 到達していく。
まるで透明な水面に落ちた雫が、波紋となって広がるように——。
(やっぱりな……)
迅の目が細められる。
“重力核《グラビティ・セル》“の攻撃範囲は、直径約8メートルの円形。
迅は 冒険者たちの死体の配置 から、カーディスの攻撃パターンをある程度推測していた。
そして今、目の前で “魔力霧筺《マナ・シンチレーション》” を通じて、それが 正しかった ことを確信する。
(つまり……こいつは 座標を指定して、その場に"超重力"を発生させるタイプの攻撃 か)
カーディスの”重力核《グラビティ・セル》“は、
任意の座標に魔力を送り込み、そこに円形の力場を作る。
その範囲内に加わる『力』を異常強化し、敵を押し潰す。
(こういう「範囲指定型の魔法」なら……潰し方はある)
ニヤリと口角が上がる。
「まだ終わりじゃねぇぞ……この魔法には続きがある」
迅は霧の中に左手をかざし、次なる魔法の詠唱に入った。
「“魔力干渉領域” 。」
霧の中を伝い、迅の魔力の“波”が広がり始める——。
◇◆◇
“魔力干渉領域”——展開。
霧の中に広がる青白い光の波紋が、突如として異なる振動を始めた。
まるで水面を揺らす風のように、霧が僅かに震え、不可視の波が遺跡の空間全体へと広がっていく。
(さて……準備完了だ)
迅は静かに息を吐き、意識を研ぎ澄ませた。
これまでの戦闘データ、“魔力霧筺” による観測結果、そしてカーディスが発動させた魔力の波長……。
それらすべてを “神経加速” による拡張された思考領域で処理し、一瞬で演算する。
カーディスの重力攻撃が発動する座標の計算式は、すべて解読済み——。
ならば、あとは その座標に届く前の魔力波 を 逆位相《ぎゃくいそう》の波 《なみ》で干渉《かんしょう》し、打ち消すだけ。
この魔法は、言わば 魔力の支配領域を塗り替える技術。
対象の魔力波を解析し、干渉波をぶつけることで 魔法を起動する前に“無効化”する という、科学勇者・九条迅が開発した科学魔法。
“魔力干渉領域” は、
今のところ “魔力霧筺” とセットでしか使えないが——
(相手の魔法が視えているなら、そりゃ潰せるよな?)
迅は不敵な笑みを浮かべた。
——波長、干渉開始。
視界の霧が微かに揺らぎ、魔力の流れが一瞬静止する。
この瞬間、すでに勝敗は決していた。
◇◆◇
「死ねぇッ!!」
カーディスの怒声が遺跡に轟く。
同時に、彼の右腕に埋め込まれた “重力核《グラビティ・セル》” が激しく脈動した。
通常ならば、この瞬間に 地獄のような超重力が発動し、
周囲の空間が押し潰されるはずだった。
——だが。
何も起こらなかった。
「……は?」
カーディスの顔が、一瞬 戸惑い に歪む。
再び、カーディスは “重力核《グラビティ・セル》” に意識を集中し、魔力を叩き込んだ。
「クソが……ッ! もう一度だッ!!」
彼は拳を握りしめ、再度 “重力核《グラビティ・セル》” に膨大な魔力を送り込む。
だが——やはり、何も起こらない。
「な……に……?」
カーディスの顔が 真っ青 になる。
重力場が……発生しない?
なぜ?
今までこの技を防がれたことなど 一度もない というのに——?
「貴様……何をした……!?」
目の前の”勇者”を睨みつけるカーディス。
しかし、迅はその視線を余裕たっぷりに受け止め、肩を竦めた。
「おいおい、遠慮しないで"重力攻撃“を撃ってきていいんだぜ?」
「な……っ!!?」
「どうした? いつも通り、撃てばいいだろ?」
迅は、無邪気な笑顔で 意地の悪い挑発 を投げかけた。
カーディスは 焦燥と困惑が入り混じった表情 で拳を握りしめる。
その様子を見た迅は、ふっと息を吐き、冷たく嗤った。
「お前さ……自分が使ってる力の “仕組み” もよくわかってねぇだろ?」
カーディスの拳が震えていた。
信じられないものを見るような、 否、信じたくないものを見せつけられた者の顔 をしている。
「な、何をした……!? なぜ、“重力核《グラビティ・セル》“が発動しない!?」
声がかすれ、額に冷や汗が滲む。
そんな彼を前にして、迅はレイピアを肩に乗せながら 余裕たっぷりに微笑んだ。
「簡単な話だよ。
お前が使ってる “力” の仕組みを、こっちはちゃんと理解しただけのことさ。」
「……な……」
カーディスの表情が引き攣る。
「例えばさ、お前の”重力核”……重力とか言ってはいるものの、要するに “物質に加わる力学的な『力』と『運動量』を一時的に増幅させる” って能力だよな?」
「!?」
「まぁ、俺に言わせりゃ “重力魔法”ってのはこの世界には存在しねぇって確信してるからな。あんな『弱い力』をわざわざ魔力で操るなんて、効率が悪いったらありゃしねぇよ。」
迅はニヤリと笑う。
この世界には、土槍《アースランス》や氷槍《アイスランス》といった、質量を持つ物質を直接飛ばして攻撃する魔法が存在する。
迅はこれらの事実から、既存の魔法の詠唱の中に『力や運動量を直接コントロールする詠唱説』がある事を見抜いていた。
この理論で考えると、近接戦で使用する"肉体強化魔法"のメカニズムもこれに該当する。
──つまり、魔力とは、直接『力学的エネルギー』に変換し得る物なのだ、と。
「だから、これはおそらく『力』や『運動量』そのものを操作して、擬似的な超重力を作る魔導工学的な技術 だろ。」
「な……ッ!?」
カーディスの顔が青ざめる。
迅の言葉は まるで正解を見抜いたような鋭さ を持っていた。
「しかも、発動座標は固定式。毎回 直径8メートルほどの円形に広がる。
これがどこで発動するか、誰が決めてんだ? お前か? それとも、“重力核《グラビティ・セル》“自身か?」
カーディスの拳が強く握られる。
その僅かな動揺を見逃さず、迅はニヤリと笑った。
「やっぱりな。
つまり、“重力核《グラビティ・セル》” は 発動地点を設定するための魔力を放出し、
その座標に命令式を送り込むことで発動する仕組み になってる。」
「な……」
カーディスは言葉を失う。
「ならば——その 命令式が届く前に、別の魔力波をぶつけて打ち消せばいいだけの話 だろ?」
「貴様……」
「俺は “魔力霧筺《マナ・シンチレーション》“でお前の魔力波長を可視化し、発動座標を特定。
ついでに、発動信号の魔力波長を測定。
その波長にピッタリ合う“逆位相”の魔力をぶつけることで、お前の命令式を消した だけさ。」
迅は、サラリとその 魔法の概念 を語ってのけた。
だが、それはカーディスにとって 到底理解できる代物ではなかった。
「んな、馬鹿なことがあるか!! 貴様の魔法ごときが、我の”重力核”に干渉できるはずが——!!」
「できてんだろ?実際に。」
迅は冷ややかに笑う。
「お前の”力”は確かに強い。けどよ、力だけで戦ってるうちは “仕組みを理解した相手” には勝てねぇよ。」
「貴様……貴様は……何なのだ……!」
カーディスが 怯えを滲ませた目 で迅を睨みつける。
「……この全てを見透かしたような戦い方……
まるで…… あの“混ざり者”のようではないか……!? 」
(——混ざり者?……またその言葉か。)
迅の眉が微かに動いた。
("混ざり者"……アーク・ゲオルグのことを言ってるのか?)
思わぬところで出てきた言葉に、迅の中で新たな疑問が生まれる。
だが、それを考えるのは この場が片付いてから だ。
◇◆◇
——まるで、時が止まったかのようだった。
カーディスが“重力核《グラビティ・セル》”を発動できずにいる。
あれだけ自信に満ち、豪快に力を振るっていた竜人の戦士が、狼狽し、震えていた。
その原因は、一人の男—— 勇者・九条迅。
エリナは、ただその背中を見つめていた。
(……彼は……何をしたの……?)
考えても、答えが出ない。
彼はただ、魔法の理屈を解き明かし、敵の能力を無力化してみせた。
剣士として数多の戦場を駆け抜け、強者と刃を交えてきたエリナにとって—— これは衝撃だった。
戦いとは、力と技のぶつかり合い。
どちらが速く、どちらが強く、どちらが巧みな技を持つか——そういうものだと信じていた。
だが、迅は違った。
彼は 理論と戦術で相手を支配している。
(これが……戦い……? こんな戦い方が……あるなんて……)
剣で切り結ぶわけでもなく、魔法で圧倒するわけでもない。
ただ、相手の戦術を分析し、それを潰し、無力化していく。
その動きには、一切の迷いもなかった。
(……これが、本当に“勇者”……?)
勇者——
それは、王国にとっての希望であり、
伝説に語られる英雄の称号であり、
力と気高さを併せ持つ者の名であると、エリナは思っていた。
しかし——彼の戦い方は、まるで異なる。
(相手が力を振るう前に、勝利を決定づける……こんな戦い方をする勇者なんて……)
まるで、過去に聞いたことのある話のようだった。
——エリナの曽祖父、"赤銀の英雄"ガルヴァ・ヴァイスハルト。
戦場において、力ではなく知略で敵を討ち、その戦い方を恐れられた伝説の冒険者。
敵の行動を見切り、戦場そのものを支配し、無駄な戦いを避けながらも確実に勝利を掴む者。
迅の背中を見ていると、幼い頃に祖父から聞かされた"赤銀の英雄"の姿が、脳裏をよぎった。
(……似ている……)
理論的で、冷静で、圧倒的な実力を持ちながらも、それを誇示しない。
最小限の動きで、最大の成果を得る。
ただ、勝つために戦うのではない——
その勝利が、何を意味するのかまで計算し、戦場を支配する者。
(……彼は……一体……)
エリナは、自分の中で芽生え始めた ある感情 に気づく。
それは 畏怖 ではなく、
警戒 でもなく、
それどころか、彼女がこれまで感じたことのない 熱い感情 だった。
(この人の戦いを……もっと見てみたい——)
それが 憧れ なのだと気づいたのは、もう少し先のことだった。
一見すると、ただの濃い霧。
しかし、それは迅が生み出した
“魔力霧筺” という特殊な魔法だった。
(魔力は……水分に触れると、微細な光を放つ)
これは迅が異世界に来てからの実験で得た知見の一つだった。
この世界の魔力は、水分子と何らかの相互作用を起こすと、微弱な発光現象を伴う。
なぜそうなるのかはまだ解明できていないが、少なくともこれは "確実な法則" だった。
ならば 霧状にした、発光性を高めた水分の中で魔力を動かせば、発光のパターンが視覚化できるはず だ——。
この原理を応用し、「魔力の流れを光として可視化する」 のが “魔力霧筺《マナ・シンチレーション》” である。
エリナはその光景を見つめながら、眉をひそめた。
「これは……? ただの霧じゃない……?」
青白い光が、ゆらゆらと揺れながら霧の中を漂っている。
まるで夜空に舞う蛍のような光の粒。それが 魔力の流れ そのものなのだ。
(さて、これでヤツの “重力核” の魔力の広がり方が見えるはずだ)
迅は霧の中に視線を向け、静かに観察を開始した。
“神経加速”発動。
時間がゆっくりと流れ始める。
(さて……どんな風に広がる?)
迅は霧の中に目を凝らした。
すると、カーディスの持つ球体……
“重力核” が脈動するように発光し始めた。
暗い遺跡の中、そこから放たれた魔力が、霧の中に 青白い波紋 を描きながら、じわじわと広がっていく。
(……来たな)
その光の輪は、迅の足元、天井、壁へと 円を描くように 到達していく。
まるで透明な水面に落ちた雫が、波紋となって広がるように——。
(やっぱりな……)
迅の目が細められる。
“重力核《グラビティ・セル》“の攻撃範囲は、直径約8メートルの円形。
迅は 冒険者たちの死体の配置 から、カーディスの攻撃パターンをある程度推測していた。
そして今、目の前で “魔力霧筺《マナ・シンチレーション》” を通じて、それが 正しかった ことを確信する。
(つまり……こいつは 座標を指定して、その場に"超重力"を発生させるタイプの攻撃 か)
カーディスの”重力核《グラビティ・セル》“は、
任意の座標に魔力を送り込み、そこに円形の力場を作る。
その範囲内に加わる『力』を異常強化し、敵を押し潰す。
(こういう「範囲指定型の魔法」なら……潰し方はある)
ニヤリと口角が上がる。
「まだ終わりじゃねぇぞ……この魔法には続きがある」
迅は霧の中に左手をかざし、次なる魔法の詠唱に入った。
「“魔力干渉領域” 。」
霧の中を伝い、迅の魔力の“波”が広がり始める——。
◇◆◇
“魔力干渉領域”——展開。
霧の中に広がる青白い光の波紋が、突如として異なる振動を始めた。
まるで水面を揺らす風のように、霧が僅かに震え、不可視の波が遺跡の空間全体へと広がっていく。
(さて……準備完了だ)
迅は静かに息を吐き、意識を研ぎ澄ませた。
これまでの戦闘データ、“魔力霧筺” による観測結果、そしてカーディスが発動させた魔力の波長……。
それらすべてを “神経加速” による拡張された思考領域で処理し、一瞬で演算する。
カーディスの重力攻撃が発動する座標の計算式は、すべて解読済み——。
ならば、あとは その座標に届く前の魔力波 を 逆位相《ぎゃくいそう》の波 《なみ》で干渉《かんしょう》し、打ち消すだけ。
この魔法は、言わば 魔力の支配領域を塗り替える技術。
対象の魔力波を解析し、干渉波をぶつけることで 魔法を起動する前に“無効化”する という、科学勇者・九条迅が開発した科学魔法。
“魔力干渉領域” は、
今のところ “魔力霧筺” とセットでしか使えないが——
(相手の魔法が視えているなら、そりゃ潰せるよな?)
迅は不敵な笑みを浮かべた。
——波長、干渉開始。
視界の霧が微かに揺らぎ、魔力の流れが一瞬静止する。
この瞬間、すでに勝敗は決していた。
◇◆◇
「死ねぇッ!!」
カーディスの怒声が遺跡に轟く。
同時に、彼の右腕に埋め込まれた “重力核《グラビティ・セル》” が激しく脈動した。
通常ならば、この瞬間に 地獄のような超重力が発動し、
周囲の空間が押し潰されるはずだった。
——だが。
何も起こらなかった。
「……は?」
カーディスの顔が、一瞬 戸惑い に歪む。
再び、カーディスは “重力核《グラビティ・セル》” に意識を集中し、魔力を叩き込んだ。
「クソが……ッ! もう一度だッ!!」
彼は拳を握りしめ、再度 “重力核《グラビティ・セル》” に膨大な魔力を送り込む。
だが——やはり、何も起こらない。
「な……に……?」
カーディスの顔が 真っ青 になる。
重力場が……発生しない?
なぜ?
今までこの技を防がれたことなど 一度もない というのに——?
「貴様……何をした……!?」
目の前の”勇者”を睨みつけるカーディス。
しかし、迅はその視線を余裕たっぷりに受け止め、肩を竦めた。
「おいおい、遠慮しないで"重力攻撃“を撃ってきていいんだぜ?」
「な……っ!!?」
「どうした? いつも通り、撃てばいいだろ?」
迅は、無邪気な笑顔で 意地の悪い挑発 を投げかけた。
カーディスは 焦燥と困惑が入り混じった表情 で拳を握りしめる。
その様子を見た迅は、ふっと息を吐き、冷たく嗤った。
「お前さ……自分が使ってる力の “仕組み” もよくわかってねぇだろ?」
カーディスの拳が震えていた。
信じられないものを見るような、 否、信じたくないものを見せつけられた者の顔 をしている。
「な、何をした……!? なぜ、“重力核《グラビティ・セル》“が発動しない!?」
声がかすれ、額に冷や汗が滲む。
そんな彼を前にして、迅はレイピアを肩に乗せながら 余裕たっぷりに微笑んだ。
「簡単な話だよ。
お前が使ってる “力” の仕組みを、こっちはちゃんと理解しただけのことさ。」
「……な……」
カーディスの表情が引き攣る。
「例えばさ、お前の”重力核”……重力とか言ってはいるものの、要するに “物質に加わる力学的な『力』と『運動量』を一時的に増幅させる” って能力だよな?」
「!?」
「まぁ、俺に言わせりゃ “重力魔法”ってのはこの世界には存在しねぇって確信してるからな。あんな『弱い力』をわざわざ魔力で操るなんて、効率が悪いったらありゃしねぇよ。」
迅はニヤリと笑う。
この世界には、土槍《アースランス》や氷槍《アイスランス》といった、質量を持つ物質を直接飛ばして攻撃する魔法が存在する。
迅はこれらの事実から、既存の魔法の詠唱の中に『力や運動量を直接コントロールする詠唱説』がある事を見抜いていた。
この理論で考えると、近接戦で使用する"肉体強化魔法"のメカニズムもこれに該当する。
──つまり、魔力とは、直接『力学的エネルギー』に変換し得る物なのだ、と。
「だから、これはおそらく『力』や『運動量』そのものを操作して、擬似的な超重力を作る魔導工学的な技術 だろ。」
「な……ッ!?」
カーディスの顔が青ざめる。
迅の言葉は まるで正解を見抜いたような鋭さ を持っていた。
「しかも、発動座標は固定式。毎回 直径8メートルほどの円形に広がる。
これがどこで発動するか、誰が決めてんだ? お前か? それとも、“重力核《グラビティ・セル》“自身か?」
カーディスの拳が強く握られる。
その僅かな動揺を見逃さず、迅はニヤリと笑った。
「やっぱりな。
つまり、“重力核《グラビティ・セル》” は 発動地点を設定するための魔力を放出し、
その座標に命令式を送り込むことで発動する仕組み になってる。」
「な……」
カーディスは言葉を失う。
「ならば——その 命令式が届く前に、別の魔力波をぶつけて打ち消せばいいだけの話 だろ?」
「貴様……」
「俺は “魔力霧筺《マナ・シンチレーション》“でお前の魔力波長を可視化し、発動座標を特定。
ついでに、発動信号の魔力波長を測定。
その波長にピッタリ合う“逆位相”の魔力をぶつけることで、お前の命令式を消した だけさ。」
迅は、サラリとその 魔法の概念 を語ってのけた。
だが、それはカーディスにとって 到底理解できる代物ではなかった。
「んな、馬鹿なことがあるか!! 貴様の魔法ごときが、我の”重力核”に干渉できるはずが——!!」
「できてんだろ?実際に。」
迅は冷ややかに笑う。
「お前の”力”は確かに強い。けどよ、力だけで戦ってるうちは “仕組みを理解した相手” には勝てねぇよ。」
「貴様……貴様は……何なのだ……!」
カーディスが 怯えを滲ませた目 で迅を睨みつける。
「……この全てを見透かしたような戦い方……
まるで…… あの“混ざり者”のようではないか……!? 」
(——混ざり者?……またその言葉か。)
迅の眉が微かに動いた。
("混ざり者"……アーク・ゲオルグのことを言ってるのか?)
思わぬところで出てきた言葉に、迅の中で新たな疑問が生まれる。
だが、それを考えるのは この場が片付いてから だ。
◇◆◇
——まるで、時が止まったかのようだった。
カーディスが“重力核《グラビティ・セル》”を発動できずにいる。
あれだけ自信に満ち、豪快に力を振るっていた竜人の戦士が、狼狽し、震えていた。
その原因は、一人の男—— 勇者・九条迅。
エリナは、ただその背中を見つめていた。
(……彼は……何をしたの……?)
考えても、答えが出ない。
彼はただ、魔法の理屈を解き明かし、敵の能力を無力化してみせた。
剣士として数多の戦場を駆け抜け、強者と刃を交えてきたエリナにとって—— これは衝撃だった。
戦いとは、力と技のぶつかり合い。
どちらが速く、どちらが強く、どちらが巧みな技を持つか——そういうものだと信じていた。
だが、迅は違った。
彼は 理論と戦術で相手を支配している。
(これが……戦い……? こんな戦い方が……あるなんて……)
剣で切り結ぶわけでもなく、魔法で圧倒するわけでもない。
ただ、相手の戦術を分析し、それを潰し、無力化していく。
その動きには、一切の迷いもなかった。
(……これが、本当に“勇者”……?)
勇者——
それは、王国にとっての希望であり、
伝説に語られる英雄の称号であり、
力と気高さを併せ持つ者の名であると、エリナは思っていた。
しかし——彼の戦い方は、まるで異なる。
(相手が力を振るう前に、勝利を決定づける……こんな戦い方をする勇者なんて……)
まるで、過去に聞いたことのある話のようだった。
——エリナの曽祖父、"赤銀の英雄"ガルヴァ・ヴァイスハルト。
戦場において、力ではなく知略で敵を討ち、その戦い方を恐れられた伝説の冒険者。
敵の行動を見切り、戦場そのものを支配し、無駄な戦いを避けながらも確実に勝利を掴む者。
迅の背中を見ていると、幼い頃に祖父から聞かされた"赤銀の英雄"の姿が、脳裏をよぎった。
(……似ている……)
理論的で、冷静で、圧倒的な実力を持ちながらも、それを誇示しない。
最小限の動きで、最大の成果を得る。
ただ、勝つために戦うのではない——
その勝利が、何を意味するのかまで計算し、戦場を支配する者。
(……彼は……一体……)
エリナは、自分の中で芽生え始めた ある感情 に気づく。
それは 畏怖 ではなく、
警戒 でもなく、
それどころか、彼女がこれまで感じたことのない 熱い感情 だった。
(この人の戦いを……もっと見てみたい——)
それが 憧れ なのだと気づいたのは、もう少し先のことだった。
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名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
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