科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第110話 九条迅 vs. 虐滅のカーディス③ ── 嘘つき勇者と、白銀の誇り──

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「ありえん……!」

 虐滅のカーディスは、荒い呼吸を繰り返しながら、目の前の光景を信じられない思いで見つめていた。

 圧倒的な力を持つはずの自分が、勇者の前に手も足も出ない。

 その事実が、喉の奥からこみ上げる憤怒とともに、脳を焼くような苛立ちを引き起こしていた。

 魔王軍でも名の知れた武人である自分が、ここまで屈辱的な戦いを強いられるなど、一体誰が想像できただろうか。

 カーディスの脳裏に、魔王軍本部での出来事が蘇る。

 ——あの日、魔王陛下直属の“あのお方”は、特別兵器として、この力を自分たち三人に授けてくれたのだ。

 その時の言葉が、耳の奥にこだまする。

 「魔王様はお前たちに期待している。この力を使い、“黒の賢者”が投げ出した遺跡の封印解除を成し遂げよ。そうすれば、お前たちは”黒の賢者”を超えるのだ。」

 あの”混ざり者”——“黒の賢者”アーク・ゲオルグ。

 彼は、魔王軍に知恵をもたらし、多くの研究成果を生み出してきたが、所詮はに過ぎない。の者が、己を賢者と名乗ること自体が間違っているのだ。

 魔王軍は力こそが全て。

 だからこそ、“あのお方”は言った。

 「お前たちが結果を残せば、“黒の賢者”は不要となる」

 それなのに——。

 カーディスは拳を握りしめる。硬く、爪が食い込み、血が滲んだ。

 こんなところで、勇者風情に負けるなど、断じてあってはならない。

 それこそ、あの”混ざり者”以下の存在であると認めることになる。


「我は……!我は……こんなところで……!」


 荒い息を吐きながら、カーディスは己の残された魔力を全て振り絞る。

 右腕に埋め込まれた”重力核グラビティ・セル“が、不穏な唸りを上げた。


「……これは流石に魔力干渉波でも打ち消せねぇな」


 九条迅は、カーディスの膨れ上がる魔力量を見つめながら、呑気な口調で呟いた。

 周囲に漂う魔力の霧が、静かに揺れる。

「……!?」
 
 エリナが、その言葉に目を見開く。

「ちょ、ちょっと……何を悠長に……!?」

「んー……」

 迅は腕を組み、カーディスの変化を観察するように目を細める。

 カーディスの”重力核グラビティ・セル“が、これまでとは桁違いの魔力を吸収し始めている。

 己の命をも削る勢いで魔力を注ぎ込み、この一撃で雌雄を決するつもりなのだろう。

 先程までとは違い、空間そのものが揺らぐような異様な重圧が広がり始めた。

 (……これは、打ち消すにはちと出力がデカすぎるな。)

 迅は軽く首を鳴らすと、ニヤリと笑った。

「ま、打ち消せねぇなら、ちょいと逸らしてやればいいだけさ」

「逸らす……?」

 エリナが怪訝そうに迅を見つめる。


「お前は俺に””を与えすぎた」


 迅は、ゆっくりと剣を構える。

 そして、低く呟いた。


「“魔力干渉領域マナ・ドミネーション”、再展開。」


 青白い霧が、迅の足元から静かに広がっていく——。


 「——超重力で潰れろォ!!!勇者ァ!!」


 カーディスが咆哮と共に、“重力核グラビティ・セル“を解放した。

 瞬間、空間が震えた。

 何もかもが歪み、地面が軋みを上げる。遺跡の壁が圧力に耐えきれずにひび割れ、天井から砂がぱらぱらと落ち始めた。


 そこに存在する全てが、想像を絶する引力に引きずられる——


はずだった。



 カーディス自身も、その圧倒的な重力の発動を確信していた。


 しかし——次の瞬間、信じがたい光景が彼の目の前に広がった。



「……なっ!?」



 カーディスの叫びが、遺跡の広間に響く。

 目の前にいる勇者、九条迅。

 本来なら、彼がこの重力場の中心に飲み込まれ、身動きすら取れずに押し潰されていくはずだった。


 しかし——。


 潰れるのは、カーディス自身だった。


 「グ……ッァァァアアアアアアッ!!!」


 叫びながら、カーディスは自分の両足を見た。

 地面が砕け、自分の足元が異様に沈み込んでいる。

 そして、その沈み込みは徐々に激しさを増し、まるでカーディス自身が重力の中心となったかのように、身体が圧縮されていく。

 腕が、骨が、皮膚が、全身が悲鳴を上げた。

 「ぐ……うぉぉぉおおおっ!!!?」

 何が起こっている?

 なぜ、自分が潰される!?


 「おいおい……随分と派手にやるなぁ」


 ふと、前を見ると——そこにいる迅は、ただ涼しげにカーディスを見つめていた。

 悠然と、まるで勝利を確信していたかのように。

 その表情が、カーディスの怒りをさらに煽る。

 「貴様……な、何をした……!?」

 血の滲むような声で問いかけるカーディスに、迅は少し肩をすくめ、気の抜けたような声で答えた。


 「簡単なことさ」

 「お前の“超重力”が発動する寸前、“魔力干渉領域マナ・ドミネーション“で、“重力核グラビティ・セル“の発動座標を書き換えたのさ」


 カーディスの目が見開かれる。

「ざ、座標を……!? そんなことが……!」

「ま、発動しちまった後じゃ、どうにもできねぇもんな」

 迅は軽く剣を回しながら、淡々と続けた。

 「それに、さっきまでの戦闘で観察させてもらったが……お前の”重力核”は、一度起動すると制御できねぇみたいだな」

 カーディスは歯を食いしばる。

 その通りだった。

 “重力核グラビティ・セル“は、発動時に座標を定めた後は、一切の制御が効かない。

 強制的に、その地点に超重力を発生させるだけの代物だ。

「く……そ……!」

 自分がそれを使うことを決めたのだ。

 自分の全ての魔力を込めた攻撃だったのだ。

 それが、何故、自分に向かう!?

「貴様……なぜ……!?」

 カーディスの問いに、迅はニヤリと笑って答えた。

「お前がチンタラしてて、俺に観察する時間を与えすぎたからだよ」

 カーディスは絶望とともに、崩れゆく地面へと沈んでいく——。



 ◇◆◇



「よし、終わった終わった。」


 頭の後ろで手を組みながら、迅は踵を返し、カーディスに背を向ける。

 カーディスの身体が沈み、己の"擬似超重力"に押し潰されていく。

 エリナは呆然とその光景を見つめていた。

 (こんな戦い方が……あるなんて……)

 彼女が知る戦いは剣技と魔法のぶつかり合いだった。力量差があれば技量で埋める、魔法で補う——だが、この戦いは違う。

 九条迅は力と力でぶつかるのではなく、相手の力そのものを利用し、相手自身に向けることで、完全な優位に立っていた。

 圧倒的な実力差を見せつけられたカーディスが、敗北を悟ったように叫ぶ。

 「くそ……馬鹿な……! こんな奴が……勇者だと……!」

 すでに立ち上がる力は残っていない。
 もはや反撃する余力もなく、身を圧縮されながら崩れ落ちていくカーディス。

 エリナは、そんな彼を見下ろしながら、心の中で叫ぶ。

(──いえ……まだ終わっていない!)

 彼女は知っている。戦場では、敵が完全に沈黙するまでは終わらない。
 とどめを刺し損ねれば、復讐の刃が振るわれることもある。

 だからこそ、彼女は思わず迅へと声をかけた。

 「……九条迅くじょうじん! まだ終わってませんわ!!」

 迅は振り返ることなく、ただ軽く手を振って応えた。

 「いいや、俺の役目はここまでだ。」

 その瞬間、エリナの背筋を冷たい悪寒が駆け抜けた。

 沈みゆくカーディスの手が、最後の力を振り絞り、地面に落ちていたサーベルを掴む。

 そして、獣のような咆哮とともに、崩れ落ちる体勢のまま迅の背後へと跳躍した!

 「グオオオオオオオオッ!!!」

 それを見た瞬間、エリナの身体が反応した。

 (間に合わない……! 私が……私が動かなければ!)

 そして——彼女は決断する。

 全身の筋肉が悲鳴を上げるのを無視し、エリナは一気に踏み込む。

 目の前で、カーディスが迅の背へと斬撃を繰り出そうとしていた。
 その獣のような眼光は、憎しみと執念に燃えている。


 (駄目……このままでは……!)


 だが、同時にエリナは気づいてしまった。


 ——迅が、こちらを見ていることに。


 その視線は、まるで自分に何かを伝えているかの様に。

 「……っ!」

 理解した瞬間、エリナは息を飲み、残る全ての力を持込めて剣を振りかぶった。


 「——"白銀ノ太刀《エクレール・ブラン》"!!!」


 その剣閃は、まさしく閃光のごとき速度だった。


 剣がカーディスの首元を捉えた刹那——


 閃光が迸り、カーディスの首が宙を舞う。

 そのまま重力に従い、地面へと落ちていくカーディスの身体。

 剣を振り切ったエリナは、呼吸を荒げながらも、ゆっくりと姿勢を正した。

 カーディスの首が地に落ちた瞬間——

 遺跡内に、静寂が訪れた。


 それは、確かに"エリナの勝利"だった。


 ◇◆◇


 剣を振り抜いたエリナは、荒い呼吸を整えながら、ゆっくりと顔を上げた。

 カーディスの首が地面に転がる。
 もう動くことはない。

 ——終わった。

 その事実を、ようやく実感し始めた。

 視線を横に向けると、九条迅が振り返るところだった。

 その表情は、相変わらず飄々としている。


 「おお……あっぶな!!助かった~!」


 迅はまるで自分がまったく危機になかったかのような軽い口調で、親指を立てて見せる。

 「俺、まったく気づいてなかったわ。いやー、あぶねぇあぶねぇ!」

 その言葉に、エリナは思わず目を細める。

 「……貴方あなた、嘘つきですわね。」

 その声には、呆れ混じりの安堵が滲んでいた。

 この男は、間違いなく全てを見通していた。
 わざと隙を作り、カーディスに最後の一撃を狙わせた。

 ——そして、それを討つ役目を、自分に託したのだ。

 (わたくしに……とどめを刺させるために……)

 わざとらしく頭を掻いている迅の顔を見ながら、エリナは静かに確信する。

 これは、“勇者”の慈悲ではない。

 これは、“戦場の同胞”としての信頼、そして優しさだった。

 だからこそ、彼は最後の一手を、自分に委ねたのだ。

 「何のことだかさっぱりだな。」

 迅は相変わらず飄々とした笑みを浮かべる。

 エリナは肩をすくめ、剣を鞘に収めた。

 「ええ、そうですわね。私はただ、貴方の命を救っただけですものね。」

 微笑を浮かべながらも、その胸の奥では、今まで感じたことのない感情が渦巻いていた。

 (……この人は、一体何者なのかしら?)

 ただの勇者という枠には到底収まらない。
 先ほどまで抱いていた警戒や疑念は、すでに霞のように消え去っていた。

 それに代わって生まれたのは——純粋な興味と、理解したいという想いだった。

 エリナ・ヴァイスハルトの”勇者”に対する認識が、この瞬間、確かに変わった。
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