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第111話 囚われた者たち、蘇る死者
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薄く立ち込める蒼白い霧の中、迅は静かに目を細めた。
部屋の中央のプールには、意識を失ったまま魔力の奔流の中を漂う冒険者やノーザリアの兵士たち。
ゆっくりと呼吸をしているのがかろうじてわかるものの、まだ誰一人として目を覚ましていない。
「……まだだな。」
迅は小さく呟き、杖を持つ手に力を込めた。指先に伝わる魔力の流れを感じ取りながら、ゆっくりと霧の密度を調整する。
「“魔力干渉領域”——展開」
低く響く詠唱とともに、霧の中に微かな振動が生じる。魔力の波動が霧を媒介にして広がり、プールの中の魔力の流れを打ち消し始めた。
魔力の奔流がわずかに波打ち、揺らめく光が反射する。徐々に魔力の奔流が弱まっていくと同時に、魔力の流れが静まり返っていった。
「……よし、これで大丈夫だ。」
杖を下ろしながら、迅はプールの底に横たわる冒険者や兵士たちを見つめる。魔力の影響が消えたことで、彼らはもう目を覚ますはずだ。
「みんな……!」
その様子を見守っていたエリナが、駆け寄るように膝をつき、冒険者たちの顔を覗き込む。だが、彼らはまだ目を開けない。
「どうして……?」
エリナの表情が不安に曇る。水から引き上げた仲間の手を取り、脈を確かめるが——確かに生きてはいる。しかし、眠ったまま目覚める気配がない。
「……何かが足りないのか?」
迅は眉をひそめ、囚われていた者たちをひとりひとり見渡す。
「……ふむ。」
迅は考察を続けながら、そっとエリナに目を向けた。
「とにかく、ここからは、あんたが手当てをしてやる番だな。大事な仲間なんだろ?」
彼はそう言って、一歩引いた。
エリナは一瞬驚いたように迅を見上げたが、すぐに真剣な表情に戻り、コクリと頷いた。
「ええ……そうですわね。」
彼女の手がそっと仲間の額に触れる。その指先にこもる、白銀級冒険者としての誇りが見えた気がした。
エリナは、仲間たちの手を取りながら、ふと迅の方を振り向いた。
彼は相変わらずどこか飄々とした様子で、軽くストレッチをするように腕を回していた。
その姿を見た瞬間、エリナの胸の奥に、強い感謝の気持ちが込み上げてくる。
彼がいなければ、自分はここまで戦えただろうか?
彼がいなければ、仲間たちは救われただろうか?
「……貴方のおかげで……皆を救えましたわ……。」
エリナは真っ直ぐ迅を見つめ、深く頭を下げた。
「心から感謝いたします、勇者様。」
「おっと、かしこまるなよ。」
迅は少し面倒くさそうに肩をすくめる。
「そもそも、俺は好きで首を突っ込んだだけだ。誰に感謝されるほどのことじゃねぇよ。」
「……いいえ。」
エリナはきっぱりと首を振る。
「それでも、貴方の行動が私たちを救ったのは事実ですわ。」
その言葉に、迅は少しだけ考えるように目を伏せたが、結局は「ま、そういうことにしとくか」と軽く笑った。
エリナは続ける。
「……それと、初対面のときの無礼をお許しください。」
「ん?」
「貴方のことを知りもしないで、ひどい言葉を投げかけてしまいました。思い返せば、私の方こそ思慮が足りなかったと反省しています。」
「まあ、俺もデリカシーに欠けてたしな。」
迅は苦笑する。
「アンタらにとっちゃ、これは仲間の命がかかった戦いだったんだし、俺がいくら気にしてなかったとはいえ……無神経な言い方をして悪かったよ。」
お互いに、少しだけ沈黙が流れる。
(……こんな風に、素直に謝ることができるのですね。)
エリナは少しだけ驚いた。
これまで出会った戦士や魔法士たちの中で、迅ほど圧倒的な力を持っている者はそういない。
それほどの力を持つ者は、えてして傲慢になりがちだった。しかし、彼は違った。
謙虚で、そして、思いやりがある。
「……貴方のような方を、本物の”天才”と言うのでしょうね。」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
しかし——
「俺は天才なんかじゃない。」
迅は、まるでそれが当然であるかのように、あっさりと否定した。
エリナは驚き、思わず聞き返す。
「……貴方ほどの能力があれば、できないことなんかないのでは?」
迅はふっと笑った。
「俺は元の世界の知識を持ってるから、色々できるように見えるだけだ。」
「でもな。」
その笑いは、一瞬だけ寂しげだった。
「どれだけ知識があっても……できないことだらけだよ。」
その言葉の意味を、エリナはまだ理解できなかった。
ただ、ほんの少しだけ、迅の背中に言葉にできない哀愁を感じたのだった——。
◇◆◇
静寂が、異様なまでに重くのしかかる。
迅とエリナが交わした短い会話の後、二人は再び囚われていた冒険者やノーザリアの兵士たちに目を向けた。
しかし、誰一人として目を覚まそうとしない。
「……変ですわね。」
エリナが囁くように言った。
魔力の流れはすでに断たれている。
迅が”魔力干渉領域“を展開したことで、異常な魔力は完全に払拭されているはずだ。
にもかかわらず——誰も目を覚まさない。
それどころか、彼らの胸の上下する動きは微かすぎるほどに弱々しい。まるで、生気そのものを削り取られたかのように。
「……迅様?」
エリナの不安げな声が響く。
迅はその場にしゃがみ込み、近くに横たわる冒険者の額に手をかざした。魔力の流れを確認する。
(……魔力の循環が異常に鈍い。)
この異常な衰弱具合——特に魔法士風の者たちほど、著しく衰弱している。
一方で、戦士や騎士らしき者たちはそれほどでもない。
「おかしいな……。」
迅は低く呟いた。
「何がですの?」
「衰弱の仕方に差がある。魔法を使うやつほど、異様に消耗している。」
「……そんな。」
エリナの表情が曇る。
確かに、目を向けると魔法士と見られる者たちは肌の色が異様に青白く、息も浅い。
逆に、戦士風の者たちはぐったりはしているものの、まだしっかりとした体つきを保っている。
まるで——魔法士だけが何かを奪われたように。
(──デルヴァ村の村人達。あいつらは殆どが"魔力不適合者"だったって話だ。……って事は──)
迅は、かつてこの遺跡で起きた事象を思い出す。
あの時、デルヴァ村の村人達はそこまで衰弱していたとは聞いていない。そのかわり、彼らは記憶を無くしていた。
そこから推測できる事は───
「……迅様、まさか……。」
エリナが何か言いかけたその瞬間——
——“ギギギ……”
不快な軋み音が、遺跡の静寂を引き裂いた。
そして、その音が響いたのは——倒れたはずのカーディスの方向からだった。
エリナは素早く武器を構え、迅も鋭い視線を向けた。
——カーディスは、確かに死んだはずだった。
首を落とされ、地に伏したあの瞬間。間違いなく”命”の炎は消え去ったはず。
それなのに、カーディスの肉体は今、ゆっくりと立ち上がっていた。
「……そんな。」
エリナの手がわずかに震える。
カーディスの首は未だに失われたままだった。首から上がない、異様な”死体”が、まるで操られるかのように立ち上がる。
(……ちょっと待て。)
迅の目が鋭くなる。
その異様な姿に違和感を覚えた。これは”死者が蘇った”わけではない。カーディスの身体が”何か”に操られているのだ。
そして——
その違和感の答えが、次の瞬間に訪れた。
——“シャアアア……”
カーディスの右腕に埋め込まれていた”重力核“が、薄く光を放った。
そこから、“聞き覚えのある声”が響く。
「お久しぶりですね、勇者殿……。」
——その声は、“黒の賢者”アーク・ゲオルグのものだった。
「──久しぶりだな。"黒の賢者"アーク・ゲオルグ。」
「──ッッ!!」
迅の言葉に、エリナが息を呑む。
「まさか……カーディスの中に、“黒の賢者”が……!?」
しかし、迅は静かに目を細めた。
「違う。」
「……え?」
「アーク・ゲオルグ本人じゃない。これは……“通信魔法”だ。」
迅は”重力核“に目を向けながら、静かに言葉を続ける。
「つまり、アークはこの”核”を通じて、俺たちを”見ている”ってことさ。」
エリナが息を呑む。
「……つまり……!」
“黒の賢者”アーク・ゲオルグは、どこかで、すべてを見守っているのだ。
「……ふむ。」
カーディスの”死体”がゆっくりと動き出し、まるで人形のように、静かにこちらへと向き直る。
そして、アークの声が、薄く笑うように囁いた。
「さて、勇者殿——」
「“貴方の戦いぶり”、じっくり拝見させてもらいましたよ。」
部屋の中央のプールには、意識を失ったまま魔力の奔流の中を漂う冒険者やノーザリアの兵士たち。
ゆっくりと呼吸をしているのがかろうじてわかるものの、まだ誰一人として目を覚ましていない。
「……まだだな。」
迅は小さく呟き、杖を持つ手に力を込めた。指先に伝わる魔力の流れを感じ取りながら、ゆっくりと霧の密度を調整する。
「“魔力干渉領域”——展開」
低く響く詠唱とともに、霧の中に微かな振動が生じる。魔力の波動が霧を媒介にして広がり、プールの中の魔力の流れを打ち消し始めた。
魔力の奔流がわずかに波打ち、揺らめく光が反射する。徐々に魔力の奔流が弱まっていくと同時に、魔力の流れが静まり返っていった。
「……よし、これで大丈夫だ。」
杖を下ろしながら、迅はプールの底に横たわる冒険者や兵士たちを見つめる。魔力の影響が消えたことで、彼らはもう目を覚ますはずだ。
「みんな……!」
その様子を見守っていたエリナが、駆け寄るように膝をつき、冒険者たちの顔を覗き込む。だが、彼らはまだ目を開けない。
「どうして……?」
エリナの表情が不安に曇る。水から引き上げた仲間の手を取り、脈を確かめるが——確かに生きてはいる。しかし、眠ったまま目覚める気配がない。
「……何かが足りないのか?」
迅は眉をひそめ、囚われていた者たちをひとりひとり見渡す。
「……ふむ。」
迅は考察を続けながら、そっとエリナに目を向けた。
「とにかく、ここからは、あんたが手当てをしてやる番だな。大事な仲間なんだろ?」
彼はそう言って、一歩引いた。
エリナは一瞬驚いたように迅を見上げたが、すぐに真剣な表情に戻り、コクリと頷いた。
「ええ……そうですわね。」
彼女の手がそっと仲間の額に触れる。その指先にこもる、白銀級冒険者としての誇りが見えた気がした。
エリナは、仲間たちの手を取りながら、ふと迅の方を振り向いた。
彼は相変わらずどこか飄々とした様子で、軽くストレッチをするように腕を回していた。
その姿を見た瞬間、エリナの胸の奥に、強い感謝の気持ちが込み上げてくる。
彼がいなければ、自分はここまで戦えただろうか?
彼がいなければ、仲間たちは救われただろうか?
「……貴方のおかげで……皆を救えましたわ……。」
エリナは真っ直ぐ迅を見つめ、深く頭を下げた。
「心から感謝いたします、勇者様。」
「おっと、かしこまるなよ。」
迅は少し面倒くさそうに肩をすくめる。
「そもそも、俺は好きで首を突っ込んだだけだ。誰に感謝されるほどのことじゃねぇよ。」
「……いいえ。」
エリナはきっぱりと首を振る。
「それでも、貴方の行動が私たちを救ったのは事実ですわ。」
その言葉に、迅は少しだけ考えるように目を伏せたが、結局は「ま、そういうことにしとくか」と軽く笑った。
エリナは続ける。
「……それと、初対面のときの無礼をお許しください。」
「ん?」
「貴方のことを知りもしないで、ひどい言葉を投げかけてしまいました。思い返せば、私の方こそ思慮が足りなかったと反省しています。」
「まあ、俺もデリカシーに欠けてたしな。」
迅は苦笑する。
「アンタらにとっちゃ、これは仲間の命がかかった戦いだったんだし、俺がいくら気にしてなかったとはいえ……無神経な言い方をして悪かったよ。」
お互いに、少しだけ沈黙が流れる。
(……こんな風に、素直に謝ることができるのですね。)
エリナは少しだけ驚いた。
これまで出会った戦士や魔法士たちの中で、迅ほど圧倒的な力を持っている者はそういない。
それほどの力を持つ者は、えてして傲慢になりがちだった。しかし、彼は違った。
謙虚で、そして、思いやりがある。
「……貴方のような方を、本物の”天才”と言うのでしょうね。」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
しかし——
「俺は天才なんかじゃない。」
迅は、まるでそれが当然であるかのように、あっさりと否定した。
エリナは驚き、思わず聞き返す。
「……貴方ほどの能力があれば、できないことなんかないのでは?」
迅はふっと笑った。
「俺は元の世界の知識を持ってるから、色々できるように見えるだけだ。」
「でもな。」
その笑いは、一瞬だけ寂しげだった。
「どれだけ知識があっても……できないことだらけだよ。」
その言葉の意味を、エリナはまだ理解できなかった。
ただ、ほんの少しだけ、迅の背中に言葉にできない哀愁を感じたのだった——。
◇◆◇
静寂が、異様なまでに重くのしかかる。
迅とエリナが交わした短い会話の後、二人は再び囚われていた冒険者やノーザリアの兵士たちに目を向けた。
しかし、誰一人として目を覚まそうとしない。
「……変ですわね。」
エリナが囁くように言った。
魔力の流れはすでに断たれている。
迅が”魔力干渉領域“を展開したことで、異常な魔力は完全に払拭されているはずだ。
にもかかわらず——誰も目を覚まさない。
それどころか、彼らの胸の上下する動きは微かすぎるほどに弱々しい。まるで、生気そのものを削り取られたかのように。
「……迅様?」
エリナの不安げな声が響く。
迅はその場にしゃがみ込み、近くに横たわる冒険者の額に手をかざした。魔力の流れを確認する。
(……魔力の循環が異常に鈍い。)
この異常な衰弱具合——特に魔法士風の者たちほど、著しく衰弱している。
一方で、戦士や騎士らしき者たちはそれほどでもない。
「おかしいな……。」
迅は低く呟いた。
「何がですの?」
「衰弱の仕方に差がある。魔法を使うやつほど、異様に消耗している。」
「……そんな。」
エリナの表情が曇る。
確かに、目を向けると魔法士と見られる者たちは肌の色が異様に青白く、息も浅い。
逆に、戦士風の者たちはぐったりはしているものの、まだしっかりとした体つきを保っている。
まるで——魔法士だけが何かを奪われたように。
(──デルヴァ村の村人達。あいつらは殆どが"魔力不適合者"だったって話だ。……って事は──)
迅は、かつてこの遺跡で起きた事象を思い出す。
あの時、デルヴァ村の村人達はそこまで衰弱していたとは聞いていない。そのかわり、彼らは記憶を無くしていた。
そこから推測できる事は───
「……迅様、まさか……。」
エリナが何か言いかけたその瞬間——
——“ギギギ……”
不快な軋み音が、遺跡の静寂を引き裂いた。
そして、その音が響いたのは——倒れたはずのカーディスの方向からだった。
エリナは素早く武器を構え、迅も鋭い視線を向けた。
——カーディスは、確かに死んだはずだった。
首を落とされ、地に伏したあの瞬間。間違いなく”命”の炎は消え去ったはず。
それなのに、カーディスの肉体は今、ゆっくりと立ち上がっていた。
「……そんな。」
エリナの手がわずかに震える。
カーディスの首は未だに失われたままだった。首から上がない、異様な”死体”が、まるで操られるかのように立ち上がる。
(……ちょっと待て。)
迅の目が鋭くなる。
その異様な姿に違和感を覚えた。これは”死者が蘇った”わけではない。カーディスの身体が”何か”に操られているのだ。
そして——
その違和感の答えが、次の瞬間に訪れた。
——“シャアアア……”
カーディスの右腕に埋め込まれていた”重力核“が、薄く光を放った。
そこから、“聞き覚えのある声”が響く。
「お久しぶりですね、勇者殿……。」
——その声は、“黒の賢者”アーク・ゲオルグのものだった。
「──久しぶりだな。"黒の賢者"アーク・ゲオルグ。」
「──ッッ!!」
迅の言葉に、エリナが息を呑む。
「まさか……カーディスの中に、“黒の賢者”が……!?」
しかし、迅は静かに目を細めた。
「違う。」
「……え?」
「アーク・ゲオルグ本人じゃない。これは……“通信魔法”だ。」
迅は”重力核“に目を向けながら、静かに言葉を続ける。
「つまり、アークはこの”核”を通じて、俺たちを”見ている”ってことさ。」
エリナが息を呑む。
「……つまり……!」
“黒の賢者”アーク・ゲオルグは、どこかで、すべてを見守っているのだ。
「……ふむ。」
カーディスの”死体”がゆっくりと動き出し、まるで人形のように、静かにこちらへと向き直る。
そして、アークの声が、薄く笑うように囁いた。
「さて、勇者殿——」
「“貴方の戦いぶり”、じっくり拝見させてもらいましたよ。」
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