科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第112話 "混ざり者"の憤怒

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 カーディスの首が地面に転がる。遺跡の石畳の上に、無惨な血の海が広がるはずだった。しかし、その流れるはずの血はほとんど見当たらなかった。

 異様な静寂が戦場を支配する。

 エリナは、剣を強く握りしめたまま、息をすることすら忘れていた。

 カーディスは確かに死んだはずだ。

 しかし——

 カーディスの首のない身体が、ゆっくりと、あり得ない動きで立ち上がった。

 まるで、見えない糸で操られているかのように。

「……何……?」

 エリナは後ずさる。冷たい汗が背を伝う。

 だが、隣に立つ男は、そんな異常な光景を目の当たりにしながらも、まるで些細なことのように、ただ腕を組んで見つめていた。

「よぉ、しばらく見ない間に随分と珍妙な姿になったな。」

 その飄々とした口調に、エリナは思わず驚き、視線を向ける。

 迅の顔には、焦りも、恐怖もなかった。

 むしろ、どこか楽しそうな響きすら感じられる。

 その時——

「相変わらずの様で、何よりです。勇者殿……」

 声が響いた。

 それは、カーディスの身体からだった。

 正確には、右腕に埋め込まれていた“重力核《グラビティ・セル》”から。

 エリナは咄嗟に剣を構える。しかし、迅は肩をすくめるだけだった。

「驚かせてしまったようですね。お二人のことも、──そちらで"狸寝入り"を決め込んでいる彼のことも。」

 その言葉と同時に——

 地面に転がっていたカーディスの首が、カッと目を見開いた。


「——ッ!」

 エリナの身体がこわばる。

 死んだはずのカーディスが、言葉を発した。

 それも、喉が潰れ、完全に切断されたはずの首だけで——!

「貴様……黒の賢者……!」

 カーディスの首が転がったまま、憎悪に満ちた目を光らせる。

 エリナは、ぞっとして剣を握る手に力を込めた。

 これが高位魔族の生命力か。すると、

「……首だけで喋ってる!キモッ!」

 迅が素で嫌悪感を示しながら呟いた。

「え?」

 エリナが思わず彼を見た。

 ──今、気にするとこ、そこ!?

 しかし、迅は一瞬眉をひそめたものの、すぐに目を輝かせる。

「いや、待てよ?肺がないのにどうやって声帯を振動させてるんだ?風魔法か?」

 興味津々な顔をして首を傾げる迅に、エリナはすかさず言った。

「今はその考察はしなくていいですわ!!」



「……貴様……さえ……いなければ……」

 カーディスの怒りが、噴火する。

 首だけになり、今にも命が尽きようとしているその目が、今にも爆発しそうな憎悪で満ちていた。

「魔王様から賜《たまわ》った”重力核《グラビティ・セル》“の力で……貴様を超えられたはずだったのに!!!」

 震える怒声が、遺跡の壁にこだまする。

 その言葉を聞いた途端、迅は思わず肩を震わせた。


「……はっ……」


 そして、堪えきれず吹き出す。

「……お前、気づいてなかったのか?」

 呆れたように言いながら、ゆっくりと親指をアークの方向へ向ける。

「その”重力核グラビティ・セル“を作ったの、多分アークこいつだぞ。」

 カーディスの目が見開かれた。

「な……に……?」

 理解が追いつかない、といった表情だった。

 迅はちらりとアーク(の声がする方)を見て、軽く問いかける。

「だろ?」

 アークは余裕のある声で答える。

「ご明察。さすがは勇者殿。」

 その言葉を聞いたカーディスの目が揺れ、顔の筋肉が震える。

 絶望の色が滲む。

「……そんな……そんな馬鹿な……」

 自分の誇り、
 自分の力、
 自分が掴み取ったはずの力が、すべて「黒の賢者」の手の内だったと知る。

 それは、あまりに残酷な事実だった。

「ふざけるな……!ふざけるなぁああ!!」

 怒りと、絶望の果てに、カーディスが絶叫する。

 それを見た迅は、静かにその様子を見つめていた。

 カーディスの瞳には、狂気じみた憎悪が宿っていた。



「……貴様のような”混ざり者”などに……!!」



 吐き捨てるようなその言葉が響いた瞬間——

 周囲の空気が、変わった。

 エリナは、はっと息を呑む。

 それまで淡々と、どこか余裕すら感じさせていた”黒の賢者”アーク・ゲオルグの気配が、一変したのだ。

 冷たい、深い闇が辺りに満ちるような感覚。

「……おいおい……」

 迅が静かに呟く。

 カーディスの転がった首を見下ろすように、無機質な声が響いた。

「——私を、そのように呼ぶことは、許さない。」

 その言葉と同時に、カーディスの首無しの身体の右手がゆっくりと持ち上がった。

 そして、“重力核グラビティ・セル“が鈍く光る。

 次の瞬間——

 首の無いカーディスの身体の右掌を突き破り、漆黒の魔力の刃が飛び出した。

「が……あ……?」

 その刃は、寸分の狂いもなく、カーディスの首を貫いていた。

 正確には、転がっていた”カーディスの首”そのものを。

 首の中から、ズブズブと黒い棘のようなものが生え、肉を破り、脳を貫く。

「ッ、な……何……を……!」

 声が、掠れた。

 カーディスの目が、信じられないものを見たかのように見開かれる。

 アークの声は、冷ややかだった。

「……私は”黒の賢者”です。“混ざり者”ではありません。」

 言い終わると同時に、

 黒い棘が、カーディスの頭部を内側から突き破った。

 爆散——。

 肉片と黒い魔力の飛沫が宙を舞う。

 エリナは、口元を押さえた。

 目の前で起きた出来事が、あまりにも異常すぎて、言葉が出なかった。

「……はぁ、やっちまったか。」

 迅が呟く。

 その表情は、驚きも、恐怖もない。

 ただ、何かを確かめるように、アークの気配を探るような目だった。

 エリナは、震える声で言う。

「……あの人……何をしたのですの……?」

 迅は腕を組み、目を細める。

「“重力核グラビティ・セル“の構造を考えれば、あれは単なる魔導兵器じゃない。魔力の物質化を応用して、人体そのものを操る機構を持っていた……ってことだな。」

「操る……?」

 エリナは思わず迅を見上げる。

「……あの”黒い棘”がそれだよ。カーディスの身体の骨格を、魔力で補強する形でアークが組み替えていたんだろう。……ってことは、最初からあいつ、“負ける前提”でカーディスの身体を乗っ取る準備”をしてたってことになる。」

「そんな……!」

 エリナは青ざめる。

 カーディスは最初からアークの掌の上だったのか——?

 そして、今のアークの”怒り”は、まるで——

 彼の中にある何か、とても根深いものを刺激されたかのようだった。



「……勇者殿。」


 カーディスの頭部を処理し終えたアークの声が、再び静かに響いた。

 先程の冷酷な雰囲気は消え、いつもの知的な口調へと戻っている。


「……彼の言葉について、何も聞かないのですか?」


 エリナは、はっとして迅を見る。

 確かに、あの言葉は何かを示唆していた。

 “混ざり者”とは何を指すのか。
 なぜアークはそれに激しく反応したのか。

 普通なら、尋ねるはず。

 しかし——

 迅は、ただ軽く息を吐き、首をかしげるように肩をすくめた。


「……いや、聞かれたくねぇ事なのかな、と思って。」


 アークの声が、一瞬、途切れる。

 そして、数秒の沈黙の後——


 「——フッ……ハハハハハハハ!!!」


 突然、愉快そうに笑い出した。

 それは今までのアークのどの笑いとも違う。

 今までの作り物のような、計算された笑いとは違う。

 心の底から可笑しいと感じた、そんな笑い声だった。

 エリナは唖然としながら、それを見ていた。

「……やはり……勇者殿は興味深いですね。」

 アークが楽しげに言う。

 迅は、不敵な笑みを浮かべながら肩を竦めた。

「敵対する仲にも、最低限の礼儀って必要じゃねぇか?」

 その言葉に、アークはまた小さく笑った。

「……なるほど。では、その”礼儀”に応える形で、少しだけお話ししましょうか。」

 その言葉と共に、“重力核グラビティ・セル“が微かに光を放つ。

 次に語られるのは——“黒の賢者”の真意か、それとも……?
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