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第129話 蠢く影、囁く闇
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ノーザリア王宮の地下深く、ひんやりとした空気が重く淀んでいた。
壁に並ぶ古びた燭台の灯火が、揺らめきながら幽かな光を投げかける。
ここは“霊安室”——本来ならば、王族や英雄たちが静かに眠るべき場所。
だが、今夜は違った。
部屋の中央、粗雑な布をかけられた巨躯が横たわっている。
その遺体は、なおも圧倒的な威圧感を残していた。
鉄の如き皮膚。
獣のような筋肉。
死してなお、“力”の余韻を纏う男の亡骸——。
それを見下ろしながら、一人の青年がゆったりと微笑む。
ルクレウス・ノーザリア。
ノーザリア第一王子にして、霧のように掴みどころのない微笑を常に湛える男。
彼は冷たい石の床に足を組み、頬杖をつきながら、台座の上の遺体を眺めていた。
まるで、珍しい玩具を眺める子供のように。
「……随分と荒々しく戦ったんだねぇ。骨まで砕けちゃってるじゃないか」
薄暗い空間に、ルクレウスの楽しげな声が響く。
遺体の周囲には、数名の魔法士たちが控えていた。
彼らは王宮直属の研究者であり、ルクレウスに忠誠を誓う者たちだった。
そのうちの一人が、おずおずと報告する。
「……殿下、他の二体の遺骸は損傷が激しく、回収できませんでした。しかし……"これ"は、何とか摘出する事が出来ました。」
そう言いながら、男は慎重な手つきで、遺体の中心部に埋め込まれていた“何か”を持ち上げた。
それは、鈍い光沢を帯びた球体。
まるで金属の塊のようでありながら、生き物の臓器のような不気味な質感をしている。
死してなお、そこには”名残”があった。
宿っていた力の残滓——。
ルクレウスは、それをじっと見つめる。
「ふぅん……」
彼は座ったまま、ゆっくりと手を伸ばした。
金属球は、彼の手の中で冷たく、けれどどこか生温かかった。
そして——
それは、彼の掌の上で小さく光を放った。
「……ほら、ね?」
ルクレウスは、指をゆっくりと滑らせながら、心底楽しそうに笑う。
「やっぱりさ。強大な力《ちから》っていうのは、主《あるじ》となるべき人間を選ぶものなんだよ。」
彼の魔力に反応したのだ。
つまり——
「……僕は間違っていない」
ルクレウスは小さく呟いた。
何もかも、導かれるように進んでいる。
“手に入れるべきもの”は、自然と僕のもとへ流れ込んでくる。
だからこそ、それを拒む理由なんてない。
彼は目を細め、まるで手のひらの”それ”を愛おしむかのように指先で撫でる。
そして、軽く息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「さて……」
ルクレウスは、側近の魔法士たちを見渡す。
「僕の手の中にあるべき力を……“適切な形”で扱えるように、準備を進めようか?」
静かに、だが確実に——彼の”何か”が動き出そうとしていた。
暗闇の中、燭台の火が揺らめく。
その炎の影が、ルクレウスの薄い笑みをより不吉に映し出した。
(——さあ、これからもっと面白くなるよ。)
彼の胸の内で、冷たい愉悦が広がっていく。
◇◆◇
ノーザリア王都にある冒険者ギルドは、いつもなら活気に満ちている。
酒場のような騒がしさに包まれ、あちこちで情報交換や依頼の相談が交わされる。
だが——今日のギルドは、どこか違った。
ざわ……ざわ……
ひそひそとした声が飛び交い、冒険者たちの間には明らかな動揺が広がっていた。
「おい、聞いたか……?」
「“銀嶺の誓い”が、魔王軍の幹部に負けたらしいぞ……!」
「しかも、隣国アルセイアの勇者一行に助けられたんだとよ……」
「マジか……ノーザリア最強のパーティが負けるなんて……」
「魔王軍の幹部ってのは、そんなにヤバいのか……?」
誰もが、声を潜めながらも、明らかに不安を募らせていた。
彼らにとって“銀嶺の誓い”は誇りであり、希望の象徴だった。
その”最強”が、敗北——。
それが、どれほどの衝撃をもたらしたか。
エリナ・ヴァイスハルトは、ギルドの中央でその様子を静かに見つめていた。
そして——静かに、歩を進める。
その場の空気が、一瞬で変わる。
彼女の凛とした姿勢、堂々とした立ち居振る舞い。
一つ一つの仕草が、周囲の者たちを無言のうちに引き寄せた。
やがて、エリナが前に立ち——静かに口を開く。
「——確かに、私たちは魔王軍の未知の兵器に敗れそうになりました」
その言葉に、冒険者たちは思わず息を呑む。
だが、エリナの表情には、後悔や恥の色はない。
「けれど、隣国の勇者様たちの助けを借り、私たちは立ち上がり、最後には魔王軍の幹部を退けることができました。」
彼女の声は、まっすぐにギルド内に響いた。
「皆さん。魔王軍の侵攻は、これからますます激しくなるでしょう。彼らは、私たちがまだ知らぬ兵器や力を持っているかもしれません。今までのような戦い方では、勝てない相手もいるかもしれない。でも、それでも——私たちは前に進まなければならないのです!」
エリナの瞳が、強い意志を宿す。
「私たちは、勇者様たちに頼るだけでいいのでしょうか?」
「……!」
ざわめきが、一瞬止まる。
「勇者様たちは確かに強い方々です。しかし、彼らは隣国の人間。私たちノーザリアの地を守るのは、私たち自身のはずです!」
言葉に力を込めながら、エリナはギルド内を見渡す。
「——もっと力をつけましょう!」
「……!」
「私たち一人一人が、できることを増やし、より強くなるべきです!“銀嶺の誓い”も、さらに鍛え直します!」
——ギルド内の熱が、僅かに冷えた。
エリナの訴えかける言葉に、多くの冒険者たちが静かに耳を傾けていた。
確かに、敗北の事実はあった。しかし、戦いはまだ終わっていない。
“銀嶺の誓い”は、ただ負けたわけではない。彼らはさらに強くなるのだ。
そんな意識が広がりつつあった、まさにその時——。
「お高い理想だな、エリナ様よ」
不遜な声が、その流れを断ち切った。
場の視線が一斉に向けられる。
ギルドの中央に立っていたのは、二人の男。
ノーザリア冒険者ギルドのNo.4、No.5に位置する白銀級冒険者の双子。
青みがかったグレーの髪を持つ兄・グリフと、赤みがかったグレーの髪を持つ弟・グラム。
彼らは瓜二つの端整な顔立ちをしているが、鋭い目つきがどこか獣じみた印象を与える。
動きやすさを重視した軽鎧を身にまとい、それぞれの得意武器を手にしていた。
グリフは、長身の身体に合わせた長槍を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべている。
その姿はまるで獲物を見つけた猛禽のようだった。
一方のグラムは、背中に魔力を帯びた長弓を背負い、腕を組みながら静かに周囲を見渡していた。
兄とは対照的に、冷静沈着な佇まいを見せているが、その目は狩人特有の研ぎ澄まされた鋭さを持っていた。
双子の息はぴたりと合っており、二人の連携が彼らの最大の武器であることを、一目見ただけで理解できるほどだった。
——そんな彼らが、今、ギルドの中心で”銀嶺の誓い”へと視線を向けていた。
彼らは揃って薄笑いを浮かべていた。
「他国の勇者に助けられるなんて、“銀嶺の誓い”も地に落ちたもんだぜ?」
グラムが鼻で笑うように言うと、周囲の冒険者たちがざわつく。
「……っ!」
エリナが何かを言いかけた、その瞬間——。
「……あぁ?」
低く、鋭い声が響いた。
ギルド内に張り詰めた空気。
双子の前に、ゆっくりと歩み出る影が一つ——。
「王選クエストに声もかからなかった奴らが、知りもしねぇで偉そうなこと言ってんじゃねぇよ!」
ミィシャだった。
彼女は肩を大きく回し、ゴキリと鳴らす。
その動作だけで、双子は一瞬だけたじろいだ。
「お、おい、ミィシャ……そんな言い方……」
グラムが苦笑しながら言葉を濁す。
「言われて当然のことだろ?」
ミィシャは目を細めたまま、一歩前へ。
「お前ら、俺たちがどんな敵と戦ったのか、何も知らねぇだろ?」
双子は無言。
「他国の勇者に助けられた? ……違ぇよ」
ミィシャの拳が、ぎゅっと握られる。
「アイツらとは共に戦ったんだ! “銀嶺の誓い”が弱ぇなんて言わせねぇ!!」
その言葉に、双子は明らかに押される。
「……よせ、ミィシャ」
静かな声。
ライネルが、ミィシャの肩に軽く手を置いた。
「言っても分からない奴に、拘《かかずら》うだけ時間の無駄だ」
その言葉は、ミィシャを宥《なだ》めるように聞こえたが——。
「……女の影に隠れなきゃ戦えないお前みたいな奴に言われたくねぇよ、ライネル!」
グリフが、鋭い言葉を放つ。
その瞬間——。
ギルド内の空気が、凍りついた。
「────っ!」
エリナが、瞬間的に身を乗り出しかける。
だが——ライネルは、それを片手で制した。
彼は、まっすぐにグリフを見据え——静かに眼鏡を押し上げた。
「……以前の僕なら、その安い挑発に乗ってしまったかもしれない」
静かな声だった。
だが、その言葉の裏にある確固たる自信が、グリフ&グラムの表情を歪める。
「けれど——」
ライネルの瞳が、微かに鋭さを増す。
「僕はすでに”高み”を見てしまった。」
双子の表情が、僅かに引き攣る。
「……"あの領域"に追いつく為には、君たちの戯言《ざれごと》に、心を動かしている時間などない」
冷静でありながら、圧倒的な"決意"の宿った言葉だった。
グリフの喉が、ひくりと動く。
グラムも、目を細めたまま押し黙る。
「……な……っ!」
二人とも、悔しさを滲ませながらも、言葉を返せなかった。
それが、何よりの”答え”だった。
——ギルド内の空気が、ゆっくりと“銀嶺の誓い”の側へと傾いていく。
『“銀嶺の誓い”は、決して負けたわけではない。
彼らはさらなる高みへと進もうとしている——。』
誰もが、そう悟り始めていた。
双子は、苛立ちを隠せないまま、その場を後にする。
その後ろ姿を見送りながら、エリナは静かに予感していた。
(……嫌な風が吹いていますわね。)
それは、嵐の前触れ。
“銀嶺の誓い”の戦いは、まだ終わらない——
◇◆◇
夜のノーザリア王都。
ギルドを出たグリフとグラムは、夜の街を歩いていた。
昼間の喧騒は消え、道を行き交う人影もまばらだ。
石畳に響く二人の足音だけが、静寂を切り裂く。
「……チッ、ムカつくぜ」
グリフが苛立たしげに舌打ちをした。
槍を背に担ぎ、肩を怒らせたまま歩き続ける。
「アイツら、あんな偉そうにしやがって……」
「……気にするな、グリフ」
グラムは落ち着いた声で言ったが、その目は鋭く光っていた。
彼もまた、苛立ちを抱えているのは明白だった。
「“高みを見た”だ? あの皮肉屋が、何を大物ぶってんだよ……」
「ちょっと勇者と組んだだけで、ノーザリア最強のつもりか? 馬鹿馬鹿しい」
グリフが槍を肩に乗せ、笑うように吐き捨てる。
「まぁ……確かに、今回の件で“銀嶺の誓い”は一歩先に進んだのかもしれねぇ。だけど、俺たちは俺たちのやり方で強くなる」
グラムが低く呟く。
「勇者のチカラなんかに頼るつもりはない」
「——それには、同感だな」
互いに目を合わせ、双子は不敵に笑った。
——その時だった。
「……なかなか、面白い考えをお持ちですね」
冷たい声が、闇の中から響いた。
瞬間、二人の表情が険しくなる。
「……誰だ?」
グリフが槍を構え、鋭い目で声の主を探す。
暗がりから、黒いローブを纏った男がゆっくりと歩み出る。
フードを深く被り、表情はほとんど見えない。
「焦ることはありません」
男は、淡々とした口調で言った。
「私は、王宮よりの使者」
「王宮……?」
グラムが低く呟く。
「はい。第一王子、ルクレウス殿下がお二人をお呼びです」
フードの奥の目が、冷たく光る。
「……王子が、俺たちを?」
グリフが眉をひそめる。
「何の用だ?」
グラムも警戒を解かずに問う。
男は、微動だにしない。
「詳細は、殿下自らが直接お伝えになるかと」
淡々とした声。
「ですが、ひとつだけお伝えしておきましょう」
男はゆっくりと手を広げた。
「……お二人が望むもの。それを、殿下はお与えになれると」
グリフとグラムの目が、一瞬だけ揺れた。
「俺たちが、望むもの?」
「何を知っている?」
グリフが低く問いかけるが、男の声は揺るがない。
「……それは、殿下の前でお確かめください」
静寂が広がる。
夜の風が、ざわりと吹き抜けた。
「……どうする、グラム?」
「……話だけでも聞いてみるか」
二人は目を合わせ、そしてゆっくりと頷いた。
男は、それを確認すると、ゆっくりと背を向けた。
「では、ご案内いたします」
無機質な声が、静かに夜の闇に溶けていった。
壁に並ぶ古びた燭台の灯火が、揺らめきながら幽かな光を投げかける。
ここは“霊安室”——本来ならば、王族や英雄たちが静かに眠るべき場所。
だが、今夜は違った。
部屋の中央、粗雑な布をかけられた巨躯が横たわっている。
その遺体は、なおも圧倒的な威圧感を残していた。
鉄の如き皮膚。
獣のような筋肉。
死してなお、“力”の余韻を纏う男の亡骸——。
それを見下ろしながら、一人の青年がゆったりと微笑む。
ルクレウス・ノーザリア。
ノーザリア第一王子にして、霧のように掴みどころのない微笑を常に湛える男。
彼は冷たい石の床に足を組み、頬杖をつきながら、台座の上の遺体を眺めていた。
まるで、珍しい玩具を眺める子供のように。
「……随分と荒々しく戦ったんだねぇ。骨まで砕けちゃってるじゃないか」
薄暗い空間に、ルクレウスの楽しげな声が響く。
遺体の周囲には、数名の魔法士たちが控えていた。
彼らは王宮直属の研究者であり、ルクレウスに忠誠を誓う者たちだった。
そのうちの一人が、おずおずと報告する。
「……殿下、他の二体の遺骸は損傷が激しく、回収できませんでした。しかし……"これ"は、何とか摘出する事が出来ました。」
そう言いながら、男は慎重な手つきで、遺体の中心部に埋め込まれていた“何か”を持ち上げた。
それは、鈍い光沢を帯びた球体。
まるで金属の塊のようでありながら、生き物の臓器のような不気味な質感をしている。
死してなお、そこには”名残”があった。
宿っていた力の残滓——。
ルクレウスは、それをじっと見つめる。
「ふぅん……」
彼は座ったまま、ゆっくりと手を伸ばした。
金属球は、彼の手の中で冷たく、けれどどこか生温かかった。
そして——
それは、彼の掌の上で小さく光を放った。
「……ほら、ね?」
ルクレウスは、指をゆっくりと滑らせながら、心底楽しそうに笑う。
「やっぱりさ。強大な力《ちから》っていうのは、主《あるじ》となるべき人間を選ぶものなんだよ。」
彼の魔力に反応したのだ。
つまり——
「……僕は間違っていない」
ルクレウスは小さく呟いた。
何もかも、導かれるように進んでいる。
“手に入れるべきもの”は、自然と僕のもとへ流れ込んでくる。
だからこそ、それを拒む理由なんてない。
彼は目を細め、まるで手のひらの”それ”を愛おしむかのように指先で撫でる。
そして、軽く息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「さて……」
ルクレウスは、側近の魔法士たちを見渡す。
「僕の手の中にあるべき力を……“適切な形”で扱えるように、準備を進めようか?」
静かに、だが確実に——彼の”何か”が動き出そうとしていた。
暗闇の中、燭台の火が揺らめく。
その炎の影が、ルクレウスの薄い笑みをより不吉に映し出した。
(——さあ、これからもっと面白くなるよ。)
彼の胸の内で、冷たい愉悦が広がっていく。
◇◆◇
ノーザリア王都にある冒険者ギルドは、いつもなら活気に満ちている。
酒場のような騒がしさに包まれ、あちこちで情報交換や依頼の相談が交わされる。
だが——今日のギルドは、どこか違った。
ざわ……ざわ……
ひそひそとした声が飛び交い、冒険者たちの間には明らかな動揺が広がっていた。
「おい、聞いたか……?」
「“銀嶺の誓い”が、魔王軍の幹部に負けたらしいぞ……!」
「しかも、隣国アルセイアの勇者一行に助けられたんだとよ……」
「マジか……ノーザリア最強のパーティが負けるなんて……」
「魔王軍の幹部ってのは、そんなにヤバいのか……?」
誰もが、声を潜めながらも、明らかに不安を募らせていた。
彼らにとって“銀嶺の誓い”は誇りであり、希望の象徴だった。
その”最強”が、敗北——。
それが、どれほどの衝撃をもたらしたか。
エリナ・ヴァイスハルトは、ギルドの中央でその様子を静かに見つめていた。
そして——静かに、歩を進める。
その場の空気が、一瞬で変わる。
彼女の凛とした姿勢、堂々とした立ち居振る舞い。
一つ一つの仕草が、周囲の者たちを無言のうちに引き寄せた。
やがて、エリナが前に立ち——静かに口を開く。
「——確かに、私たちは魔王軍の未知の兵器に敗れそうになりました」
その言葉に、冒険者たちは思わず息を呑む。
だが、エリナの表情には、後悔や恥の色はない。
「けれど、隣国の勇者様たちの助けを借り、私たちは立ち上がり、最後には魔王軍の幹部を退けることができました。」
彼女の声は、まっすぐにギルド内に響いた。
「皆さん。魔王軍の侵攻は、これからますます激しくなるでしょう。彼らは、私たちがまだ知らぬ兵器や力を持っているかもしれません。今までのような戦い方では、勝てない相手もいるかもしれない。でも、それでも——私たちは前に進まなければならないのです!」
エリナの瞳が、強い意志を宿す。
「私たちは、勇者様たちに頼るだけでいいのでしょうか?」
「……!」
ざわめきが、一瞬止まる。
「勇者様たちは確かに強い方々です。しかし、彼らは隣国の人間。私たちノーザリアの地を守るのは、私たち自身のはずです!」
言葉に力を込めながら、エリナはギルド内を見渡す。
「——もっと力をつけましょう!」
「……!」
「私たち一人一人が、できることを増やし、より強くなるべきです!“銀嶺の誓い”も、さらに鍛え直します!」
——ギルド内の熱が、僅かに冷えた。
エリナの訴えかける言葉に、多くの冒険者たちが静かに耳を傾けていた。
確かに、敗北の事実はあった。しかし、戦いはまだ終わっていない。
“銀嶺の誓い”は、ただ負けたわけではない。彼らはさらに強くなるのだ。
そんな意識が広がりつつあった、まさにその時——。
「お高い理想だな、エリナ様よ」
不遜な声が、その流れを断ち切った。
場の視線が一斉に向けられる。
ギルドの中央に立っていたのは、二人の男。
ノーザリア冒険者ギルドのNo.4、No.5に位置する白銀級冒険者の双子。
青みがかったグレーの髪を持つ兄・グリフと、赤みがかったグレーの髪を持つ弟・グラム。
彼らは瓜二つの端整な顔立ちをしているが、鋭い目つきがどこか獣じみた印象を与える。
動きやすさを重視した軽鎧を身にまとい、それぞれの得意武器を手にしていた。
グリフは、長身の身体に合わせた長槍を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべている。
その姿はまるで獲物を見つけた猛禽のようだった。
一方のグラムは、背中に魔力を帯びた長弓を背負い、腕を組みながら静かに周囲を見渡していた。
兄とは対照的に、冷静沈着な佇まいを見せているが、その目は狩人特有の研ぎ澄まされた鋭さを持っていた。
双子の息はぴたりと合っており、二人の連携が彼らの最大の武器であることを、一目見ただけで理解できるほどだった。
——そんな彼らが、今、ギルドの中心で”銀嶺の誓い”へと視線を向けていた。
彼らは揃って薄笑いを浮かべていた。
「他国の勇者に助けられるなんて、“銀嶺の誓い”も地に落ちたもんだぜ?」
グラムが鼻で笑うように言うと、周囲の冒険者たちがざわつく。
「……っ!」
エリナが何かを言いかけた、その瞬間——。
「……あぁ?」
低く、鋭い声が響いた。
ギルド内に張り詰めた空気。
双子の前に、ゆっくりと歩み出る影が一つ——。
「王選クエストに声もかからなかった奴らが、知りもしねぇで偉そうなこと言ってんじゃねぇよ!」
ミィシャだった。
彼女は肩を大きく回し、ゴキリと鳴らす。
その動作だけで、双子は一瞬だけたじろいだ。
「お、おい、ミィシャ……そんな言い方……」
グラムが苦笑しながら言葉を濁す。
「言われて当然のことだろ?」
ミィシャは目を細めたまま、一歩前へ。
「お前ら、俺たちがどんな敵と戦ったのか、何も知らねぇだろ?」
双子は無言。
「他国の勇者に助けられた? ……違ぇよ」
ミィシャの拳が、ぎゅっと握られる。
「アイツらとは共に戦ったんだ! “銀嶺の誓い”が弱ぇなんて言わせねぇ!!」
その言葉に、双子は明らかに押される。
「……よせ、ミィシャ」
静かな声。
ライネルが、ミィシャの肩に軽く手を置いた。
「言っても分からない奴に、拘《かかずら》うだけ時間の無駄だ」
その言葉は、ミィシャを宥《なだ》めるように聞こえたが——。
「……女の影に隠れなきゃ戦えないお前みたいな奴に言われたくねぇよ、ライネル!」
グリフが、鋭い言葉を放つ。
その瞬間——。
ギルド内の空気が、凍りついた。
「────っ!」
エリナが、瞬間的に身を乗り出しかける。
だが——ライネルは、それを片手で制した。
彼は、まっすぐにグリフを見据え——静かに眼鏡を押し上げた。
「……以前の僕なら、その安い挑発に乗ってしまったかもしれない」
静かな声だった。
だが、その言葉の裏にある確固たる自信が、グリフ&グラムの表情を歪める。
「けれど——」
ライネルの瞳が、微かに鋭さを増す。
「僕はすでに”高み”を見てしまった。」
双子の表情が、僅かに引き攣る。
「……"あの領域"に追いつく為には、君たちの戯言《ざれごと》に、心を動かしている時間などない」
冷静でありながら、圧倒的な"決意"の宿った言葉だった。
グリフの喉が、ひくりと動く。
グラムも、目を細めたまま押し黙る。
「……な……っ!」
二人とも、悔しさを滲ませながらも、言葉を返せなかった。
それが、何よりの”答え”だった。
——ギルド内の空気が、ゆっくりと“銀嶺の誓い”の側へと傾いていく。
『“銀嶺の誓い”は、決して負けたわけではない。
彼らはさらなる高みへと進もうとしている——。』
誰もが、そう悟り始めていた。
双子は、苛立ちを隠せないまま、その場を後にする。
その後ろ姿を見送りながら、エリナは静かに予感していた。
(……嫌な風が吹いていますわね。)
それは、嵐の前触れ。
“銀嶺の誓い”の戦いは、まだ終わらない——
◇◆◇
夜のノーザリア王都。
ギルドを出たグリフとグラムは、夜の街を歩いていた。
昼間の喧騒は消え、道を行き交う人影もまばらだ。
石畳に響く二人の足音だけが、静寂を切り裂く。
「……チッ、ムカつくぜ」
グリフが苛立たしげに舌打ちをした。
槍を背に担ぎ、肩を怒らせたまま歩き続ける。
「アイツら、あんな偉そうにしやがって……」
「……気にするな、グリフ」
グラムは落ち着いた声で言ったが、その目は鋭く光っていた。
彼もまた、苛立ちを抱えているのは明白だった。
「“高みを見た”だ? あの皮肉屋が、何を大物ぶってんだよ……」
「ちょっと勇者と組んだだけで、ノーザリア最強のつもりか? 馬鹿馬鹿しい」
グリフが槍を肩に乗せ、笑うように吐き捨てる。
「まぁ……確かに、今回の件で“銀嶺の誓い”は一歩先に進んだのかもしれねぇ。だけど、俺たちは俺たちのやり方で強くなる」
グラムが低く呟く。
「勇者のチカラなんかに頼るつもりはない」
「——それには、同感だな」
互いに目を合わせ、双子は不敵に笑った。
——その時だった。
「……なかなか、面白い考えをお持ちですね」
冷たい声が、闇の中から響いた。
瞬間、二人の表情が険しくなる。
「……誰だ?」
グリフが槍を構え、鋭い目で声の主を探す。
暗がりから、黒いローブを纏った男がゆっくりと歩み出る。
フードを深く被り、表情はほとんど見えない。
「焦ることはありません」
男は、淡々とした口調で言った。
「私は、王宮よりの使者」
「王宮……?」
グラムが低く呟く。
「はい。第一王子、ルクレウス殿下がお二人をお呼びです」
フードの奥の目が、冷たく光る。
「……王子が、俺たちを?」
グリフが眉をひそめる。
「何の用だ?」
グラムも警戒を解かずに問う。
男は、微動だにしない。
「詳細は、殿下自らが直接お伝えになるかと」
淡々とした声。
「ですが、ひとつだけお伝えしておきましょう」
男はゆっくりと手を広げた。
「……お二人が望むもの。それを、殿下はお与えになれると」
グリフとグラムの目が、一瞬だけ揺れた。
「俺たちが、望むもの?」
「何を知っている?」
グリフが低く問いかけるが、男の声は揺るがない。
「……それは、殿下の前でお確かめください」
静寂が広がる。
夜の風が、ざわりと吹き抜けた。
「……どうする、グラム?」
「……話だけでも聞いてみるか」
二人は目を合わせ、そしてゆっくりと頷いた。
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「では、ご案内いたします」
無機質な声が、静かに夜の闇に溶けていった。
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