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第131話 死の価値と、微笑む王子
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国境付近、アルセイア領北部・アル=ゼオス魔導遺跡・第二層。
静寂が支配する遺跡の奥深く。
その冷えた空間の中心に、黒曜石のような滑らかな石でできた円形の水槽があった。
直径10メートルほどの浅いプールのような形状で、暗い液体が静かに揺蕩《たゆた》っている。
——否、それは液体ではなかった。
そこに満ちるのは、“流動する魔力”だ。
霧のように立ち昇りながら、ゆらゆらと液状になり、また形を崩して漂っている。
中央に刻まれた古い文字。
「主の許しを得し者よ、魔を制する力を求めるならば、供物を捧げよ」
静かに、それを見下ろすルクレウス・ノーザリア。
金色の髪をゆるやかに撫でながら、口元には余裕の笑みを浮かべている。
彼の周囲には、少数の側近と共に、グリフとグラムの双子の姿があった。
「……へぇ」
グリフが、槍を片手に掲げながら、微かに眉をひそめる。
「“供物”ってことは……やっぱ、魔力を捧げなきゃ進めねぇってことか」
「そういうことだろうな」
グラムは冷静に言いながら、背中の魔法弓に軽く触れる。
「で、どのくらいの魔力が必要なんだ?」
遺跡を見渡しながら、彼はルクレウスに視線を向ける。
王子は余裕の表情のまま、軽く肩をすくめた。
「まぁ、簡単なことさ」
優雅な足取りでルクレウスは水槽へと近づく。
彼が手をかざすと、水槽の魔力が波紋のように反応した。
直後——空間に“魔法文字”が浮かび上がる。
「……“あと少しの魔力を捧げれば、封印は解かれる”ってことか」
グリフが呟く。
「ふむふむ、あと少し、ねぇ」
ルクレウスは、楽しげに顎に指を添えながら微笑む。
そして、何の躊躇もなく——。
「じゃあ、君たちが魔力を捧げてよ」
「………………は?」
グリフとグラムの表情が固まった。
一瞬、冗談かと思った。
だが、ルクレウスの笑みは“本気のもの”だった。
「ほら、報告によれば、魔力を抜かれるだけで死ぬわけじゃないしさ」
彼は気軽に手をひらひらと振る。
「母国ノーザリアのために役立てるなら、こんなに名誉なことはないと思わない?」
朗らかに、まるで世間話をするかのような調子で。
双子の背に冷たい汗が流れた。
「……おいおい、殿下?」
グリフの声がわずかに低くなる。
「いくらなんでも、俺たちにそんな役目をやらせるってのは……」
「おや? もしかして、拒否するつもり?」
ルクレウスが、にこやかに目を細めた。
「そんなことしないよね? 君たちはもう僕の“共犯”なんだからさ」
ゾクリとするような悪寒が背筋を走る。
「それに、ここで手を貸さないと、君たちはどうなると思う?」
——理解した。
「……クソが」
グリフが、低く舌打ちした。
この王子は最初からそういうつもりだったのだ。
グリフとグラムは、ルクレウスに“貸し”を作らされていた。
それがどんな意味を持つのか、分かっていたはずなのに——。
(……いや、最初からこうなる算段だったんだろ)
王族の依頼、貴族の思惑、魔王軍の影。
そんなものが絡む依頼で、ただの冒険者に選択肢があるわけがなかった。
「……分かったよ」
グラムが、静かに前へ出た。
「俺がやる」
「グラム……!」
「いいんだよ、グリフ。俺はお前より魔力が多いからな」
軽く笑いながら、グラムは水槽へと歩み寄る。
そして——。
「“供物を捧げる”」
淡々と呟きながら、手を水面に浸した。
瞬間、魔力が吸い上げられる。
「……っ、あぁ……」
思わず膝が折れそうになるほどの感覚。
自分の内側から“何か”が抜き取られていく。
それは、体力とは違う、もっと根源的なもの——。
(……クソ、これ、想像以上にキツい……!)
しかし、グラムは歯を食いしばって耐えた。
彼が手を浸し続ける中、水槽の魔力が波打ち、揺らぎ始める。
そして——遺跡が震えた。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ
「……へぇ」
ルクレウスが面白そうに呟く。
「やっぱり、君たちは便利だね」
その言葉を聞いた瞬間、グリフの手が無意識に槍の柄を握った。
しかし——。
(……ダメだ)
ここで刃を向けるのは、ただの愚か者のすることだ。
この場で敵に回したところで、逃げ道はない。
魔力を吸い取られ、戦う気力もないグラム。
そして、取り巻きの貴族の魔法士たち。
(……今は、耐えろ)
「……グラム、もういい」
グリフが低く声をかけた。
グラムは肩で息をしながら、ゆっくりと水槽から手を引いた。
その瞬間、封印が解かれる音が響いた。
「さぁ、道が開いたよ」
ルクレウスが、微笑んだまま、足を踏み出す。
「進もうか、“神代の遺産”へ」
そして、奥へと歩き出す彼の背を、双子は黙って見つめていた。
(……俺たちは、一体、何に関わってしまったんだ?)
そう思いながら——。
遺跡の深部へと、彼らは踏み込んでいった。
◇◆◇
アル=ゼオス魔導遺跡・第三層。
冷たい空気が肌を刺した。
魔力を吸い取られたグラムが肩で息をする中、ルクレウスを先頭にした一行は、石造りの階段を降りていく。
先ほどまでの浅い魔力の池とは違い、第三層の封印が施された空間はより広く、荘厳な雰囲気を漂わせていた。
高い天井には巨大な魔法陣が彫り込まれ、そこから微かに青白い光が揺らめいている。
壁の至るところには、神代の文字。
未知の時代の言葉が、無言のまま彼らを見下ろしていた。
——そして。
中央には、一つの巨大な魔法陣が刻まれた装置が鎮座していた。
周囲に比べて異様に濃密な魔力を放っている。
その光景に、双子は一瞬だけ息を呑んだ。
(……これは、今までの封印とは桁違いだ)
グリフは手にした槍を握り直す。
先ほどの“供物”とは異なる、嫌な気配を感じた。
「さて」
ルクレウスが、ゆったりと歩を進める。
「次の封印はどうなっているかな?」
彼が手をかざすと、魔法陣が反応し、浮かび上がる文字があった。
グリフはすぐにそれを読み取ろうとしたが——。
次の瞬間、その内容に思わず血の気が引いた。
「二つの命を捧げよ」
(……は?)
グリフが思考を止める。
その隣で、グラムが顔を顰めた。
「……“魔力を捧げよ”じゃねぇのか?」
「どうやら、ここではそれじゃ済まないみたいだね」
ルクレウスは、何の躊躇もなく微笑んだまま、まるで些細なことのように言った。
そして、彼は部下たちに向き直る。
「それじゃあ——誰が行ってくれるかな?」
一瞬にして、空気が凍りついた。
魔法士たちが、思わず一歩後ずさる。
「殿下……!? そ、それは……」
「なに? そんなに驚くことかな?」
ルクレウスは小首を傾げた。
その笑顔には、まるで悪意がない。
「だって、君たちは“この遺跡を制圧する”ためにここへ来たんだろう?」
「し、しかし……!」
「“命を捧げよ”と書いてあるなら、そうするしかないじゃないか」
冷たく、当たり前のように。
この男は——何の感情もなく、仲間の命を差し出そうとしている。
「……お、俺は、嫌だ……!!」
「俺も! 俺は……まだ死にたくない!!」
魔法士たちの顔が恐怖に染まる。
——当然だ。
“魔力”を捧げるのとは訳が違う。
これは、確実な死だ。
彼らはそれを本能で理解し、必死に後ずさる。
しかし、ルクレウスはそんな彼らを見ても、何の感情も抱かない。
むしろ、退屈そうに肩をすくめた。
「……仕方ないなぁ」
そして——双子へと視線を向けた。
「じゃあ、君たちが適当に二人選んじゃっていいよ」
「…………!!」
グリフとグラムの背中に、鋭い冷気が走った。
「さすがに王子である僕が“国民の犠牲者”を選ぶのは、世間体が良くないからね」
彼は朗らかに笑う。
「だから——君たちが選んで?」
双子は、息をするのも忘れた。
(……選べ、だと?)
「そ、そんなこと……!!」
グラムが思わず声を上げる。
「できるわけ、ねぇだろ……!」
「でも、しないと遺跡は開かないよ?」
「だからって……!」
「君たち、もう僕の“共犯”なんだからさ」
ルクレウスの笑顔が、微かに深まる。
「君たちは、もう“選ばれる側”じゃないんだよ」
「…………ッ!!」
グリフとグラムの心臓が、張り裂けそうに脈打った。
王子の瞳が、僅かに細められる。
「……君たちも分かるでしょ?」
「…………」
「“共犯者”が何をすべきか」
グリフは、言葉を失った。
そうだ——俺たちはもう、この男の手の中にいる。
“拒否する”という選択肢など、最初からないのだ。
「……くそ、くそ……!!」
グリフは槍を強く握りしめる。
(誰かを選べ? ふざけるな……!!)
しかし——。
「や、やめろ……!!」
一人の魔法士が、必死に叫びながら逃げようとした。
その瞬間——。
「グリフ……ッ!!」
グラムが叫ぶ。
グリフは、苦しみながらも、魔法士の腕を掴んだ。
「いや……! やめ……!!」
「悪いな……」
「俺たちも生き残らなきゃならねぇんだ」
叫び、悲鳴。
「グラム、もう一人……!!」
「……ッ!」
グラムの手が、もう一人の魔法士の服を掴んだ。
「いや、いやだ!! 俺は……!!!」
——ガチャン。
二人の魔法士が、無理矢理魔法陣の上に押し込まれる。
そして。
——ズルリッ。
二人の身体が、闇に呑まれた。
「いやだ、助けて……!!!」
「くそっ……くそぉぉおお……!!」
ボッ……!!
次の瞬間、魔法陣が輝き、完全に二人を飲み込んだ。
彼らの存在は、この世から完全に消えた。
静寂が訪れる。
——沈黙。
「……はぁ」
ルクレウスが、満足げに微笑んだ。
「これで、やっと扉が開くね」
彼は一歩前へ出る。
——“壊劫の双極”
彼がそう呟くと、封印の扉がゆっくりと開いていく。
その先には——。
黒い闇の中、鈍く光る二つの影が。
グリフとグラムは、震える手を見つめることしかできなかった。
(……俺たちは)
(……もう、“戻れない”)
彼らは、この日、“共犯者”となった。
——“背信の王子”の、手の中で。
静寂が支配する遺跡の奥深く。
その冷えた空間の中心に、黒曜石のような滑らかな石でできた円形の水槽があった。
直径10メートルほどの浅いプールのような形状で、暗い液体が静かに揺蕩《たゆた》っている。
——否、それは液体ではなかった。
そこに満ちるのは、“流動する魔力”だ。
霧のように立ち昇りながら、ゆらゆらと液状になり、また形を崩して漂っている。
中央に刻まれた古い文字。
「主の許しを得し者よ、魔を制する力を求めるならば、供物を捧げよ」
静かに、それを見下ろすルクレウス・ノーザリア。
金色の髪をゆるやかに撫でながら、口元には余裕の笑みを浮かべている。
彼の周囲には、少数の側近と共に、グリフとグラムの双子の姿があった。
「……へぇ」
グリフが、槍を片手に掲げながら、微かに眉をひそめる。
「“供物”ってことは……やっぱ、魔力を捧げなきゃ進めねぇってことか」
「そういうことだろうな」
グラムは冷静に言いながら、背中の魔法弓に軽く触れる。
「で、どのくらいの魔力が必要なんだ?」
遺跡を見渡しながら、彼はルクレウスに視線を向ける。
王子は余裕の表情のまま、軽く肩をすくめた。
「まぁ、簡単なことさ」
優雅な足取りでルクレウスは水槽へと近づく。
彼が手をかざすと、水槽の魔力が波紋のように反応した。
直後——空間に“魔法文字”が浮かび上がる。
「……“あと少しの魔力を捧げれば、封印は解かれる”ってことか」
グリフが呟く。
「ふむふむ、あと少し、ねぇ」
ルクレウスは、楽しげに顎に指を添えながら微笑む。
そして、何の躊躇もなく——。
「じゃあ、君たちが魔力を捧げてよ」
「………………は?」
グリフとグラムの表情が固まった。
一瞬、冗談かと思った。
だが、ルクレウスの笑みは“本気のもの”だった。
「ほら、報告によれば、魔力を抜かれるだけで死ぬわけじゃないしさ」
彼は気軽に手をひらひらと振る。
「母国ノーザリアのために役立てるなら、こんなに名誉なことはないと思わない?」
朗らかに、まるで世間話をするかのような調子で。
双子の背に冷たい汗が流れた。
「……おいおい、殿下?」
グリフの声がわずかに低くなる。
「いくらなんでも、俺たちにそんな役目をやらせるってのは……」
「おや? もしかして、拒否するつもり?」
ルクレウスが、にこやかに目を細めた。
「そんなことしないよね? 君たちはもう僕の“共犯”なんだからさ」
ゾクリとするような悪寒が背筋を走る。
「それに、ここで手を貸さないと、君たちはどうなると思う?」
——理解した。
「……クソが」
グリフが、低く舌打ちした。
この王子は最初からそういうつもりだったのだ。
グリフとグラムは、ルクレウスに“貸し”を作らされていた。
それがどんな意味を持つのか、分かっていたはずなのに——。
(……いや、最初からこうなる算段だったんだろ)
王族の依頼、貴族の思惑、魔王軍の影。
そんなものが絡む依頼で、ただの冒険者に選択肢があるわけがなかった。
「……分かったよ」
グラムが、静かに前へ出た。
「俺がやる」
「グラム……!」
「いいんだよ、グリフ。俺はお前より魔力が多いからな」
軽く笑いながら、グラムは水槽へと歩み寄る。
そして——。
「“供物を捧げる”」
淡々と呟きながら、手を水面に浸した。
瞬間、魔力が吸い上げられる。
「……っ、あぁ……」
思わず膝が折れそうになるほどの感覚。
自分の内側から“何か”が抜き取られていく。
それは、体力とは違う、もっと根源的なもの——。
(……クソ、これ、想像以上にキツい……!)
しかし、グラムは歯を食いしばって耐えた。
彼が手を浸し続ける中、水槽の魔力が波打ち、揺らぎ始める。
そして——遺跡が震えた。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ
「……へぇ」
ルクレウスが面白そうに呟く。
「やっぱり、君たちは便利だね」
その言葉を聞いた瞬間、グリフの手が無意識に槍の柄を握った。
しかし——。
(……ダメだ)
ここで刃を向けるのは、ただの愚か者のすることだ。
この場で敵に回したところで、逃げ道はない。
魔力を吸い取られ、戦う気力もないグラム。
そして、取り巻きの貴族の魔法士たち。
(……今は、耐えろ)
「……グラム、もういい」
グリフが低く声をかけた。
グラムは肩で息をしながら、ゆっくりと水槽から手を引いた。
その瞬間、封印が解かれる音が響いた。
「さぁ、道が開いたよ」
ルクレウスが、微笑んだまま、足を踏み出す。
「進もうか、“神代の遺産”へ」
そして、奥へと歩き出す彼の背を、双子は黙って見つめていた。
(……俺たちは、一体、何に関わってしまったんだ?)
そう思いながら——。
遺跡の深部へと、彼らは踏み込んでいった。
◇◆◇
アル=ゼオス魔導遺跡・第三層。
冷たい空気が肌を刺した。
魔力を吸い取られたグラムが肩で息をする中、ルクレウスを先頭にした一行は、石造りの階段を降りていく。
先ほどまでの浅い魔力の池とは違い、第三層の封印が施された空間はより広く、荘厳な雰囲気を漂わせていた。
高い天井には巨大な魔法陣が彫り込まれ、そこから微かに青白い光が揺らめいている。
壁の至るところには、神代の文字。
未知の時代の言葉が、無言のまま彼らを見下ろしていた。
——そして。
中央には、一つの巨大な魔法陣が刻まれた装置が鎮座していた。
周囲に比べて異様に濃密な魔力を放っている。
その光景に、双子は一瞬だけ息を呑んだ。
(……これは、今までの封印とは桁違いだ)
グリフは手にした槍を握り直す。
先ほどの“供物”とは異なる、嫌な気配を感じた。
「さて」
ルクレウスが、ゆったりと歩を進める。
「次の封印はどうなっているかな?」
彼が手をかざすと、魔法陣が反応し、浮かび上がる文字があった。
グリフはすぐにそれを読み取ろうとしたが——。
次の瞬間、その内容に思わず血の気が引いた。
「二つの命を捧げよ」
(……は?)
グリフが思考を止める。
その隣で、グラムが顔を顰めた。
「……“魔力を捧げよ”じゃねぇのか?」
「どうやら、ここではそれじゃ済まないみたいだね」
ルクレウスは、何の躊躇もなく微笑んだまま、まるで些細なことのように言った。
そして、彼は部下たちに向き直る。
「それじゃあ——誰が行ってくれるかな?」
一瞬にして、空気が凍りついた。
魔法士たちが、思わず一歩後ずさる。
「殿下……!? そ、それは……」
「なに? そんなに驚くことかな?」
ルクレウスは小首を傾げた。
その笑顔には、まるで悪意がない。
「だって、君たちは“この遺跡を制圧する”ためにここへ来たんだろう?」
「し、しかし……!」
「“命を捧げよ”と書いてあるなら、そうするしかないじゃないか」
冷たく、当たり前のように。
この男は——何の感情もなく、仲間の命を差し出そうとしている。
「……お、俺は、嫌だ……!!」
「俺も! 俺は……まだ死にたくない!!」
魔法士たちの顔が恐怖に染まる。
——当然だ。
“魔力”を捧げるのとは訳が違う。
これは、確実な死だ。
彼らはそれを本能で理解し、必死に後ずさる。
しかし、ルクレウスはそんな彼らを見ても、何の感情も抱かない。
むしろ、退屈そうに肩をすくめた。
「……仕方ないなぁ」
そして——双子へと視線を向けた。
「じゃあ、君たちが適当に二人選んじゃっていいよ」
「…………!!」
グリフとグラムの背中に、鋭い冷気が走った。
「さすがに王子である僕が“国民の犠牲者”を選ぶのは、世間体が良くないからね」
彼は朗らかに笑う。
「だから——君たちが選んで?」
双子は、息をするのも忘れた。
(……選べ、だと?)
「そ、そんなこと……!!」
グラムが思わず声を上げる。
「できるわけ、ねぇだろ……!」
「でも、しないと遺跡は開かないよ?」
「だからって……!」
「君たち、もう僕の“共犯”なんだからさ」
ルクレウスの笑顔が、微かに深まる。
「君たちは、もう“選ばれる側”じゃないんだよ」
「…………ッ!!」
グリフとグラムの心臓が、張り裂けそうに脈打った。
王子の瞳が、僅かに細められる。
「……君たちも分かるでしょ?」
「…………」
「“共犯者”が何をすべきか」
グリフは、言葉を失った。
そうだ——俺たちはもう、この男の手の中にいる。
“拒否する”という選択肢など、最初からないのだ。
「……くそ、くそ……!!」
グリフは槍を強く握りしめる。
(誰かを選べ? ふざけるな……!!)
しかし——。
「や、やめろ……!!」
一人の魔法士が、必死に叫びながら逃げようとした。
その瞬間——。
「グリフ……ッ!!」
グラムが叫ぶ。
グリフは、苦しみながらも、魔法士の腕を掴んだ。
「いや……! やめ……!!」
「悪いな……」
「俺たちも生き残らなきゃならねぇんだ」
叫び、悲鳴。
「グラム、もう一人……!!」
「……ッ!」
グラムの手が、もう一人の魔法士の服を掴んだ。
「いや、いやだ!! 俺は……!!!」
——ガチャン。
二人の魔法士が、無理矢理魔法陣の上に押し込まれる。
そして。
——ズルリッ。
二人の身体が、闇に呑まれた。
「いやだ、助けて……!!!」
「くそっ……くそぉぉおお……!!」
ボッ……!!
次の瞬間、魔法陣が輝き、完全に二人を飲み込んだ。
彼らの存在は、この世から完全に消えた。
静寂が訪れる。
——沈黙。
「……はぁ」
ルクレウスが、満足げに微笑んだ。
「これで、やっと扉が開くね」
彼は一歩前へ出る。
——“壊劫の双極”
彼がそう呟くと、封印の扉がゆっくりと開いていく。
その先には——。
黒い闇の中、鈍く光る二つの影が。
グリフとグラムは、震える手を見つめることしかできなかった。
(……俺たちは)
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