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第133話 壊劫の刻——新たなる軍勢
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——静寂。
遺跡の空間は、まるで時間そのものが止まったかのような、異様な空気に満たされていた。
それまで人間を喰い散らかし、命を吸い尽くしていた“壊刧の双極”は、いま目の前に立つルクレウスを前にして、何かを見定めるように動きを止めていた。
彼らは、獲物を見る目ではない。
ましてや、恐怖や敵意を抱くような相手でもない。
ルクレウスは、それを直感で理解していた。
(——こいつらは、僕を試している)
アポリオンは、ギラついた瞳でルクレウスを見下ろしていた。
ゴリゴリと歯を擦り合わせる音が響く。
「兄ちゃん、こ、こいつ……さっきの奴らよりデカい魔力持ってるんだな……」
口元の牙が剥き出しになり、ヨダレが滴る。
その声は、まだ言葉を使い慣れていない幼獣のように、不安定に震えていた。
「く、食っちまおうぜ!」
——一歩、アポリオンが前に出る。
しかし、その瞬間。
「待て、弟よ」
ムスティガが、淡々とした声で制した。
音もなく佇むその姿は、まるで黒い影が揺らめいているようだった。
「……まだ、こやつの価値は定まっておらぬ」
アポリオンは、不満そうに唇を噛む。
「でも、兄ちゃん……! こんなに魔力が濃いなら……絶対、うまいぞ……!」
「小生たちは、ただ飢えを満たすためにここに呼ばれたのではあるまい」
ムスティガの眼が、赤く妖しく光る。
ルクレウスは、その視線を真正面から受け止めながら、口元を微かに緩めた。
「君たち、意外と理知的なんだね」
その言葉に、ムスティガは僅かに笑みを深めた。
「ふむ、貴様……なぜ、小生たちを恐れぬ?」
ルクレウスは、一歩前へと進み出た。
彼の影が、異形たちの巨体に飲み込まれながらも、微塵の迷いも見せない。
「恐れていないわけじゃないさ」
静かに、言葉を紡ぐ。
「だけどね、僕は恐怖よりも”興味”の方が強いんだ」
——この存在は何なのか?
——何を目的としているのか?
——僕は、こいつらをどう利用できるのか?
「君たちは僕の期待を裏切らない、そうだろう?」
——沈黙。
ムスティガは、目を細めた。
まるで、ルクレウスの内側を覗き込むかのように。
「……小生の針が、今この瞬間、貴様の喉元を貫くかもしれぬぞ?」
「そうなったら、僕も抵抗せざるを得ないね」
ルクレウスは、僅かに口角を上げた。
「“奥の手”が無いわけじゃない」
彼の胸元で、微かに何かが“鼓動”する。
ルクレウスが言う"奥の手"に、彼の魔力が集まり、赤黒い光を放ち始める。
(切り札は、見せるだけで十分だ)
「に、兄ちゃん……この魔力……?」
アポリオンが、不安げに眉をひそめる。
「……ああ、弟よ」
ムスティガの声が、僅かに低くなる。
「これは……興味深い」
ルクレウスは、その反応を見て、心の中で小さく笑った。
(——僕の直感は、やはり正しかった)
この異形の双子は、ただの野獣ではない。
彼らは”理”を持ち、考え、判断する。
そして——“強者を嗅ぎ分ける”。
「……気が変わった」
ムスティガは静かに口を開いた。
「人間よ、我ら滅びの双子の力、貴様に貸してやらんこともない」
その言葉に、ルクレウスの唇が歓喜に震えた。
ルクレウスは、満面の笑みを浮かべながら、ムスティガの言葉を反芻した。
——貸してやらんこともない、か。
その言葉には、まるで自分たちがこの世界の支配者であるかのような傲慢さが滲んでいた。
(ずいぶんと上から言ってくれるじゃないか……)
だが、ルクレウスはそれを不快には思わなかった。むしろ、心地よかった。
そうだ、“貸す”と言うならば貸させればいい。
今は、この関係が対等であるかのように振る舞うのが得策だ。
“いつか僕が、この滅びの双極すらも支配するその時まで”。
ルクレウスは、余裕の笑みをたたえながら、軽く肩をすくめた。
「……ただし」
彼がそう口を開いた瞬間、ムスティガの瞳が鋭く光る。
「貴様の“本当の欲望”を見せろ」
——その言葉に、ルクレウスの表情がわずかに動いた。
「……僕の望みは、君たちの力を使って魔王軍を滅ぼして——」
「違う」
ムスティガは、即座にその言葉を切り捨てた。
「貴様が心から望むものは何だ?」
その声には、奇妙な響きがあった。
単なる興味ではない。
見透かしているような、抉り出そうとするような——そんな言葉の重み。
ルクレウスの喉が、乾いた音を立てた。
(……この僕の”本心”を暴こうとするのか)
最初は、取り繕うつもりだった。
いつものように、理想を語り、綺麗な言葉で相手を魅了する。
けれど——
ムスティガの瞳が、それを許さなかった。
ルクレウスは、それが”試されている”のだと気づく。
この怪物は、彼の飾り立てた言葉ではなく、“本音”を求めている。
そして、そうでなければ、この契約は成立しない。
ルクレウスの微笑が、ゆっくりと消えていった。
まるで、薄氷の上に描かれた絵が剥がれ落ちるように。
「……僕は、憎いんだ」
その声には、今まで決して表に出してこなかった“激情”が滲んでいた。
「魔王軍が」
「父が」
「弟が」
「義母……セラフィーナが」
「エリナ・ヴァイスハルトが」
「“銀嶺の誓い”が」
——そして。
「……万能であることを当然のように振る舞い、誰よりも先を見据えて世界を変えようとしている、あの召喚勇者・九条迅が!!」
ルクレウスの声が、遺跡に響き渡った。
それは怒りにも似た叫び。
「母様を奪った魔王軍を滅ぼしたい!」
「奴ら全員を、僕の前に跪かせたい!」
「そのための力を——僕に寄越せ!!」
——沈黙。
その瞬間、滅びの双子が、嗤った。
「……貴様、実に愉快な人間だ」
ムスティガの口元が、初めて嗜虐的に歪んだ。
「欲望の器よ。貴様は我らが主に相応しい」
ルクレウスの目が、狂気に輝く。
この瞬間、彼は確信した。
“僕は、間違っていない”。
この世の理を変えるには、力が必要だ。
そのために、彼は滅びの力を手にする。
そして——
この世界のすべてを、跪かせる。
ムスティガは静かに笑い、ゆっくりとその手を差し出した。
まるで、契約の証を交わすかのように。
「ならば、契約を結ぼう。我らの力を貴様に預ける」
ルクレウスは、一度深く息を吸い、そして——その手を取った。
「……じゃあ、契約成立だね?」
新たなる”闇の軍勢”が、今ここに生まれようとしていた——。
◇◆◇
遺跡の闇の奥。
死臭がまだ消えぬ空間に、三つの影が並んでいた。
ルクレウス・ノーザリア。
そして、今まさに目覚めた滅びの双子——アポリオンとムスティガ。
二人は今や完全に“人”の形をとっていた。
それまでの異形めいた竜の輪郭を消し、身長はルクレウスとさほど変わらぬ程度に収まり、皮膚はなめらかな人間のものへと変わっている。
だが、顔立ちは整っていながらも、どこか“人とは異なる”違和感があった。
肌はまるで昆虫の外殻のような滑らかな硬度を持ち、目はわずかに光を放ち、爪は獣のごとく鋭く尖っている。
“人に似て、しかし人ならざるもの”
——それこそが、この世界が恐れた“壊劫の双極”だった。
「……フフ、いいね」
ルクレウスはゆっくりと掌を開き、彼らの変化を隅々まで見定めるように観察した。
「これで君たちは、どこからどう見ても“人間”だ。」
「人間……か?」
ムスティガは、指をゆっくりと動かしながら口元に微笑を浮かべた。
「人間とは、実に面白い形だな。」
「お、おう……に、兄ちゃん。こ、これ、本当に俺たちなのか?」
アポリオンの声は、まだ若干ぎこちなかったが、興味深げに自分の腕を眺めている。
「まるで……生まれ変わったみてぇだな。」
「生まれ変わったのさ。」
ルクレウスは自信満々に言い切る。
「君たちはこの時代に適応し、新たな存在となった。これから僕たちは、世界を壊す者として共に歩んでいく。」
ティガはその言葉に静かに頷いた。
「貴様の言葉、面白いな、人間よ。」
「もう、人間なんて他人行儀な呼び方はやめようじゃないか。」
ルクレウスは軽やかに手を広げた。
「今日から僕たちは同志だ。君たちのことは、アポロ、ティガと呼ぶことにしようか。」
「アポロ……ティガ……」
アポロがその名を反芻するように呟く。
そして、少しずつ口角を上げた。
「な、なんかいいな!そ、その名前、気に入ったぜ!」
「フフ……まぁ、悪くはないな。」
ティガも満更ではなさそうだった。
ルクレウスはその様子に満足げに頷いた。
「でもね、三人だけじゃ、手数が足りないかな?」
「ふむ……では、増やせばいい。」
ティガは静かに言うと、手の甲を爪で裂いた。
そこから流れ出た黒ずんだ血が、ゆっくりと宙に浮かび、球体を形作る。
一方のアポロは、喉の奥を鳴らしたかと思うと、口を大きく開き、どろりとした黒い卵のようなものを吐き出した。
ルクレウスはそれを見つめ、微笑んだ。
「これは……?」
「こいつらは元々、なかなかの魔力を持っていたからな。」
ティガは生み出した血球を指先で回しながら言う。
「小生たちがその魔力を核に、“分身体”を作った。」
アポロが卵を指で弾く。
「へへ……元々のそいつらの力を、遥かに上回るぜ。」
卵と血の球体は、しばしの沈黙の後——。
バキンッ!!
鋭い破裂音とともに、二つの影が形を成した。
——グリフとグラム。
だが、彼らは“以前の彼ら”ではなかった。
髪は漆黒に染まり、瞳の色は不気味に光る紅。
表情には、異様なまでの高揚感が浮かんでいた。
「……ははっ……すごい……!」
グリフが自分の手を見つめる。
「俺たちは間違いなく、俺たちだ……!」
「でも、まるで生まれ変わった気分だ……!」
グラムが歓喜の表情を浮かべる。
「力が溢れる……!」
ティガは小さく笑った。
「こいつらの元の器は悪くなかった。新たな生命として再構築するには、ちょうどいい材料だったな。」
ルクレウスは、その様子を見つめながら、満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい。」
彼は両手を広げ、五人の姿を一望する。
「さぁ、これで僕たちの軍勢が完成した。」
「“壊劫の双極”を筆頭に、“蘇りし双子”を加えた最強の布陣。」
ルクレウスの瞳が、暗く光る。
「これで僕は、世界の秩序を覆すことができる。」
「そして——」
彼はゆっくりと空を仰ぎ、静かに名を呟いた。
「手始めに、以前の雪辱を果たさせてもらおうかな。……エリナ・ヴァイスハルト……!」
彼の口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「さぁ、行こうか。新たな時代を始めるために。」
こうして、“ルクレウスの軍勢”は、今まさに結成された——。
滅びを携えた、新たなる闇として。
遺跡の空間は、まるで時間そのものが止まったかのような、異様な空気に満たされていた。
それまで人間を喰い散らかし、命を吸い尽くしていた“壊刧の双極”は、いま目の前に立つルクレウスを前にして、何かを見定めるように動きを止めていた。
彼らは、獲物を見る目ではない。
ましてや、恐怖や敵意を抱くような相手でもない。
ルクレウスは、それを直感で理解していた。
(——こいつらは、僕を試している)
アポリオンは、ギラついた瞳でルクレウスを見下ろしていた。
ゴリゴリと歯を擦り合わせる音が響く。
「兄ちゃん、こ、こいつ……さっきの奴らよりデカい魔力持ってるんだな……」
口元の牙が剥き出しになり、ヨダレが滴る。
その声は、まだ言葉を使い慣れていない幼獣のように、不安定に震えていた。
「く、食っちまおうぜ!」
——一歩、アポリオンが前に出る。
しかし、その瞬間。
「待て、弟よ」
ムスティガが、淡々とした声で制した。
音もなく佇むその姿は、まるで黒い影が揺らめいているようだった。
「……まだ、こやつの価値は定まっておらぬ」
アポリオンは、不満そうに唇を噛む。
「でも、兄ちゃん……! こんなに魔力が濃いなら……絶対、うまいぞ……!」
「小生たちは、ただ飢えを満たすためにここに呼ばれたのではあるまい」
ムスティガの眼が、赤く妖しく光る。
ルクレウスは、その視線を真正面から受け止めながら、口元を微かに緩めた。
「君たち、意外と理知的なんだね」
その言葉に、ムスティガは僅かに笑みを深めた。
「ふむ、貴様……なぜ、小生たちを恐れぬ?」
ルクレウスは、一歩前へと進み出た。
彼の影が、異形たちの巨体に飲み込まれながらも、微塵の迷いも見せない。
「恐れていないわけじゃないさ」
静かに、言葉を紡ぐ。
「だけどね、僕は恐怖よりも”興味”の方が強いんだ」
——この存在は何なのか?
——何を目的としているのか?
——僕は、こいつらをどう利用できるのか?
「君たちは僕の期待を裏切らない、そうだろう?」
——沈黙。
ムスティガは、目を細めた。
まるで、ルクレウスの内側を覗き込むかのように。
「……小生の針が、今この瞬間、貴様の喉元を貫くかもしれぬぞ?」
「そうなったら、僕も抵抗せざるを得ないね」
ルクレウスは、僅かに口角を上げた。
「“奥の手”が無いわけじゃない」
彼の胸元で、微かに何かが“鼓動”する。
ルクレウスが言う"奥の手"に、彼の魔力が集まり、赤黒い光を放ち始める。
(切り札は、見せるだけで十分だ)
「に、兄ちゃん……この魔力……?」
アポリオンが、不安げに眉をひそめる。
「……ああ、弟よ」
ムスティガの声が、僅かに低くなる。
「これは……興味深い」
ルクレウスは、その反応を見て、心の中で小さく笑った。
(——僕の直感は、やはり正しかった)
この異形の双子は、ただの野獣ではない。
彼らは”理”を持ち、考え、判断する。
そして——“強者を嗅ぎ分ける”。
「……気が変わった」
ムスティガは静かに口を開いた。
「人間よ、我ら滅びの双子の力、貴様に貸してやらんこともない」
その言葉に、ルクレウスの唇が歓喜に震えた。
ルクレウスは、満面の笑みを浮かべながら、ムスティガの言葉を反芻した。
——貸してやらんこともない、か。
その言葉には、まるで自分たちがこの世界の支配者であるかのような傲慢さが滲んでいた。
(ずいぶんと上から言ってくれるじゃないか……)
だが、ルクレウスはそれを不快には思わなかった。むしろ、心地よかった。
そうだ、“貸す”と言うならば貸させればいい。
今は、この関係が対等であるかのように振る舞うのが得策だ。
“いつか僕が、この滅びの双極すらも支配するその時まで”。
ルクレウスは、余裕の笑みをたたえながら、軽く肩をすくめた。
「……ただし」
彼がそう口を開いた瞬間、ムスティガの瞳が鋭く光る。
「貴様の“本当の欲望”を見せろ」
——その言葉に、ルクレウスの表情がわずかに動いた。
「……僕の望みは、君たちの力を使って魔王軍を滅ぼして——」
「違う」
ムスティガは、即座にその言葉を切り捨てた。
「貴様が心から望むものは何だ?」
その声には、奇妙な響きがあった。
単なる興味ではない。
見透かしているような、抉り出そうとするような——そんな言葉の重み。
ルクレウスの喉が、乾いた音を立てた。
(……この僕の”本心”を暴こうとするのか)
最初は、取り繕うつもりだった。
いつものように、理想を語り、綺麗な言葉で相手を魅了する。
けれど——
ムスティガの瞳が、それを許さなかった。
ルクレウスは、それが”試されている”のだと気づく。
この怪物は、彼の飾り立てた言葉ではなく、“本音”を求めている。
そして、そうでなければ、この契約は成立しない。
ルクレウスの微笑が、ゆっくりと消えていった。
まるで、薄氷の上に描かれた絵が剥がれ落ちるように。
「……僕は、憎いんだ」
その声には、今まで決して表に出してこなかった“激情”が滲んでいた。
「魔王軍が」
「父が」
「弟が」
「義母……セラフィーナが」
「エリナ・ヴァイスハルトが」
「“銀嶺の誓い”が」
——そして。
「……万能であることを当然のように振る舞い、誰よりも先を見据えて世界を変えようとしている、あの召喚勇者・九条迅が!!」
ルクレウスの声が、遺跡に響き渡った。
それは怒りにも似た叫び。
「母様を奪った魔王軍を滅ぼしたい!」
「奴ら全員を、僕の前に跪かせたい!」
「そのための力を——僕に寄越せ!!」
——沈黙。
その瞬間、滅びの双子が、嗤った。
「……貴様、実に愉快な人間だ」
ムスティガの口元が、初めて嗜虐的に歪んだ。
「欲望の器よ。貴様は我らが主に相応しい」
ルクレウスの目が、狂気に輝く。
この瞬間、彼は確信した。
“僕は、間違っていない”。
この世の理を変えるには、力が必要だ。
そのために、彼は滅びの力を手にする。
そして——
この世界のすべてを、跪かせる。
ムスティガは静かに笑い、ゆっくりとその手を差し出した。
まるで、契約の証を交わすかのように。
「ならば、契約を結ぼう。我らの力を貴様に預ける」
ルクレウスは、一度深く息を吸い、そして——その手を取った。
「……じゃあ、契約成立だね?」
新たなる”闇の軍勢”が、今ここに生まれようとしていた——。
◇◆◇
遺跡の闇の奥。
死臭がまだ消えぬ空間に、三つの影が並んでいた。
ルクレウス・ノーザリア。
そして、今まさに目覚めた滅びの双子——アポリオンとムスティガ。
二人は今や完全に“人”の形をとっていた。
それまでの異形めいた竜の輪郭を消し、身長はルクレウスとさほど変わらぬ程度に収まり、皮膚はなめらかな人間のものへと変わっている。
だが、顔立ちは整っていながらも、どこか“人とは異なる”違和感があった。
肌はまるで昆虫の外殻のような滑らかな硬度を持ち、目はわずかに光を放ち、爪は獣のごとく鋭く尖っている。
“人に似て、しかし人ならざるもの”
——それこそが、この世界が恐れた“壊劫の双極”だった。
「……フフ、いいね」
ルクレウスはゆっくりと掌を開き、彼らの変化を隅々まで見定めるように観察した。
「これで君たちは、どこからどう見ても“人間”だ。」
「人間……か?」
ムスティガは、指をゆっくりと動かしながら口元に微笑を浮かべた。
「人間とは、実に面白い形だな。」
「お、おう……に、兄ちゃん。こ、これ、本当に俺たちなのか?」
アポリオンの声は、まだ若干ぎこちなかったが、興味深げに自分の腕を眺めている。
「まるで……生まれ変わったみてぇだな。」
「生まれ変わったのさ。」
ルクレウスは自信満々に言い切る。
「君たちはこの時代に適応し、新たな存在となった。これから僕たちは、世界を壊す者として共に歩んでいく。」
ティガはその言葉に静かに頷いた。
「貴様の言葉、面白いな、人間よ。」
「もう、人間なんて他人行儀な呼び方はやめようじゃないか。」
ルクレウスは軽やかに手を広げた。
「今日から僕たちは同志だ。君たちのことは、アポロ、ティガと呼ぶことにしようか。」
「アポロ……ティガ……」
アポロがその名を反芻するように呟く。
そして、少しずつ口角を上げた。
「な、なんかいいな!そ、その名前、気に入ったぜ!」
「フフ……まぁ、悪くはないな。」
ティガも満更ではなさそうだった。
ルクレウスはその様子に満足げに頷いた。
「でもね、三人だけじゃ、手数が足りないかな?」
「ふむ……では、増やせばいい。」
ティガは静かに言うと、手の甲を爪で裂いた。
そこから流れ出た黒ずんだ血が、ゆっくりと宙に浮かび、球体を形作る。
一方のアポロは、喉の奥を鳴らしたかと思うと、口を大きく開き、どろりとした黒い卵のようなものを吐き出した。
ルクレウスはそれを見つめ、微笑んだ。
「これは……?」
「こいつらは元々、なかなかの魔力を持っていたからな。」
ティガは生み出した血球を指先で回しながら言う。
「小生たちがその魔力を核に、“分身体”を作った。」
アポロが卵を指で弾く。
「へへ……元々のそいつらの力を、遥かに上回るぜ。」
卵と血の球体は、しばしの沈黙の後——。
バキンッ!!
鋭い破裂音とともに、二つの影が形を成した。
——グリフとグラム。
だが、彼らは“以前の彼ら”ではなかった。
髪は漆黒に染まり、瞳の色は不気味に光る紅。
表情には、異様なまでの高揚感が浮かんでいた。
「……ははっ……すごい……!」
グリフが自分の手を見つめる。
「俺たちは間違いなく、俺たちだ……!」
「でも、まるで生まれ変わった気分だ……!」
グラムが歓喜の表情を浮かべる。
「力が溢れる……!」
ティガは小さく笑った。
「こいつらの元の器は悪くなかった。新たな生命として再構築するには、ちょうどいい材料だったな。」
ルクレウスは、その様子を見つめながら、満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい。」
彼は両手を広げ、五人の姿を一望する。
「さぁ、これで僕たちの軍勢が完成した。」
「“壊劫の双極”を筆頭に、“蘇りし双子”を加えた最強の布陣。」
ルクレウスの瞳が、暗く光る。
「これで僕は、世界の秩序を覆すことができる。」
「そして——」
彼はゆっくりと空を仰ぎ、静かに名を呟いた。
「手始めに、以前の雪辱を果たさせてもらおうかな。……エリナ・ヴァイスハルト……!」
彼の口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「さぁ、行こうか。新たな時代を始めるために。」
こうして、“ルクレウスの軍勢”は、今まさに結成された——。
滅びを携えた、新たなる闇として。
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